第39話 ヤラタサソリ

 アキラがクズスハラ街遺跡をバイクで疾走している。その表情はかなり険しく、そこまで急ぐ事態の深刻さをうかがわせていた。

 併走して飛んでいるアルファが、アキラの表情を険しくさせている理由を追加する。

『アキラ。もう次の救援指示が来たわよ。これで順番待ちは3件よ』

『もう次か! まだ今回の現場に到着もしていないんだぞ! 何か多くないか!?』

『私に言われても困るわ。獲物が多くて報酬が期待できると思いましょう。……単純な討伐依頼ではないから、金ではなくてハンターランク上昇ポイントで支払われるかもしれないけれど』

 アキラが思わず心底嫌そうな表情を浮かべる。

『これだけ頑張って赤字になる結果だけは勘弁してくれ!』

 再びクズスハラ街遺跡の前線基地構築補助の依頼を受けたアキラは、今度はビルの制圧作業ではなく他のハンターの救援作業に回されていた。先日のビル制圧作業に時間を掛けすぎた所為で配置を変更されたのだ。

 救援作業は激務だった。現場での作業自体は然程さほどでもなかったのだが、救援要求が次々に来るのだ。

 アキラも仕事は真面目にやるつもりだ。自分が遅れた所為で救援対象が全滅したという事態に遭遇するのも良い気はしない。できる限り急いで現場に向かっていた。

 遺跡の中には大小様々な瓦礫がれきが散らばっている。アキラはそれをアルファの高度な運転技術で、細かく避け、大きく避け、時に飛び越して、現場への最短距離を駆けていく。

 現場も様々だ。時間を掛ければ現場の人員だけで事態を収拾できた場所。ようやく到着した時には既にモンスターを倒し終えていた場所。救援対象がアキラに対処を押し付けて逃げ出した場所もあった。

 アキラは疲労を積み重ねてそれらに何とか対処し続け、ようやく順番待ちの件数を1件にまで戻した。

 救援対象のハンター達と現場のモンスターの掃討を済ませて、別れてビルから出たアキラが疲労をにじませた息を吐く。そして回復薬を取り出して飲み込んだ。シズカの店で買った安物だが、疲労の軽減ぐらいは可能だ。

 アキラが何となく不満をこぼす。

『……あんまり効いていない気がする』

『遺跡から持ってきた回復薬と比べるのは無理よ。性能も価格も根本的に違うわ。効果を分かりやすく実感できるほど飲めば違うかもしれないけれど、山ほど飲むことになるわよ?』

『ハンターが薬漬けになる訳だな』

 東部ではハンター向けに多種多様な薬が販売されている。回復薬もその一つだ。それらの薬を多用し常用するハンターも多い。品質の悪い薬を使用すると後日副作用で後遺症が出ることもある。だがその後日を迎えるためには今日を生き延びなければならない。そのためにハンターは今日も薬を多用するのだ。

『残り1件で切りも良いし、次の救援を片付けたらしばらく休憩にしましょう。本部には弾薬の補充が必要だとでも言えば良いわ』

『駄目だと言われたら?』

『前にも言ったけれど、私はアキラの命を優先するわ。弾薬の補充もさせずにモンスターと殴り合え。そんな指示を出す依頼をアキラに続けさせる気はないわ』

『……そうだな。分かった。取りあえず次を済ませよう』

 アルファにへそを曲げられて依頼の継続を拒否されたら自分にはどうしようもない。アキラはそれを言い訳にして、次で休憩を取ることに決めて、少し気を楽にした。アルファの意図通りに。

 アキラが次の救援場所である廃ビルの前に到着する。バイクをめてビルを見上げると、5階の窓から銃声や爆発音が聞こえてきた。

『あそこか』

『まだ生きているようで何よりだわ。今も交戦中のようね。彼らの弾薬が尽きる前に救援に行きましょう。突入ルートは私が指示するわ』

『頼んだ』

『任せなさい』

 アキラは視界に拡張表示されている道案内の線に従って勢い良く走り出し、そのまま廃ビルの中に突入した。道案内の線はアルファが索敵を済ませた上で目的地への最短ルートを計算して表示している。それを知っているアキラは、どこにモンスターが潜んでいても不思議のない入り組んだ場所を、本来なら奇襲を警戒して慎重に進まなければならない場所を、遠慮なく安心して駆けていく。

 ビルの中にはハンターとモンスターとの交戦の跡が強く残っている。今のところハンターの死体はない。代わりに生物系モンスターの死体が多数散らばっている。四散した肉片とともに体液が壁や床に飛び散っていた。

 アキラは原形を残しているモンスターを見る。モンスターは蜘蛛くもとサソリを混ぜて外骨格を付け足したような外見をしていた。

 ヤラタサソリと呼ばれるこのモンスターは、頑丈な外骨格に周囲の環境に合わせた物体を取り付けて周囲の一部に擬態する能力を持っていた。

 その外骨格は鉄屑てつくず瓦礫がれきの一部のようにも見えた。また無数の銃撃を受けた痕が有り、貫通していない弾痕が外骨格の頑丈さを示していた。

 アルファがアキラに指示を出す。

『止まって。まだ生きているヤラタサソリが混ざっているわ。しっかり殺してから進まないと危険よ。AAH突撃銃だと時間が掛かるわ。CWH対物突撃銃を使って一撃で殺して』

『了解』

 アキラが立ち止まってCWH対物突撃銃を構える。ヤラタサソリは全く動こうとしない。既に死んでいるのか、負傷で動けないのか、あるいは死んだ振りをして獲物が近付くのを待っているのか、全く見分けが付かない。

 すると視界に無数に映っているヤラタサソリの一部が赤く拡張表示された。アルファがまだ生きていると判断した個体だ。ピクリともしないヤラタサソリ達の生死を個別に瞬時に見分けるなど常人には無理だ。だがアルファは全く問題なく識別していた。

 このヤラタサソリ達を無視して進むのは非常に危険だ。だが念のために疑わしい個体全てを銃撃すると大量の弾薬を消費する。しかしその生死を確実に識別できるのであれば話は別だ。

 アキラは赤枠の付いているヤラタサソリに狙いを定め、引き金を順に引いていく。放たれた銃弾がヤラタサソリの強固な外骨格を貫通して内部を破壊し即死させる。数匹のヤラタサソリが倒された後、1匹のヤラタサソリが擬態を解いてアキラに襲いかかろうと動き出した。しかしすぐに同じように銃撃を受けて即死した。

『終わったわ』

『よし』

 アキラは完全にしかばねとなったヤラタサソリ達の間を駆け抜けて先を急いだ。


 ハンター達がビルの5階の一室で籠城を続けている。部屋の唯一の出入口に銃口を向けながら、険しい表情でモンスターの襲撃に備えていた。

 その一人が貸出し端末に向かって叫んでいる。

「こちら157番! 本部! 応答しろ!」

「こちらA4区画本部。どうした?」

「どうした、じゃねえ! 救援はどうなっているんだ!」

「救援の指示は既に出している。現在そちらに向かっている。そこで待て」

「いつまで待てば良いんだ! さっきから全然来ねえじゃねえか!」

「救援要員は順番に現地に向かっている。救援要請が多すぎて混んでるんだよ。恨むなら雑魚モンスター相手に救援要請を出す雑魚ハンターを恨め。その分お前が割を食ってるんだ。待ってろ。以上だ」

「おいちょっと待て! ……クソッ! 切りやがった!」

 思わず端末を床にたたき付けようとするのを、他のハンターが慌てて止めた。無事な端末はそれが最後なのだ。他の端末は交戦中に破損や紛失してしまっていた。

 部屋の出入口にはヤラタサソリの死体が散らばっている。部屋の中にも動いてはいないが数匹入り込んでいる。

 ハンター達はヤラタサソリに近付いてそれらの生死を確認する気にはなれなかった。しかしそれらを念入りに銃撃して生死を問わず確実に止めを刺すのも躊躇ためらっていた。

 ヤラタサソリの強靱きょうじんな外骨格を破壊して明確な死体に変えるには、残り少ない弾薬をぎ込まなければならない。手榴しゅりゅう弾などの爆発物はここに逃げ込むまでに使い切ってしまった。効き目の薄い通常弾で救援が来るまで持たせなければならない。無駄遣いはできないのだ。

 ハンター達は仕方なくその場で救援を待ち続けることにした。覚悟を決めて部屋から飛び出せる気力はない。部屋の外にはどの程度ヤラタサソリがいるか分からない。最悪床を埋め尽くすほどのヤラタサソリがいるかもしれない。そう考えると、もう部屋から出るわけにはいかなかった。

 ハンター達がしばらく待っていると、かすかな銃声が部屋の外から聞こえてきた。その銃声は少しずつ部屋に近づいてきている。

「救援か!?」

「た、助かった!」

 ハンター達が歓喜の声を上げる。しかしその声はすぐに中断された。部屋の中にいたヤラタサソリの数匹が銃声に反応して擬死を解いたからだ。ハンター達は慌ててそれらを銃撃した。


 アキラは救援対象のもとに急いでいたが、行く手を何度も擬死状態のヤラタサソリに遮られて少々手子摺てこずっていた。数匹の死体の周辺には、必ずと言って良いほど擬死の個体が混じっていた。その中には頭部を失っても即死しない個体が混じっていた。その場合は尾や脚を破壊して、殺せずとも無力化して先を急いだ。

 アキラがCWH対物突撃銃の弾倉を交換しながら愚痴をこぼす。

『多い! 何だこの量は! これで何匹目だ!?』

『今ので54匹目よ。しかし多いわね』

 CWH対物突撃銃の弾倉には通常弾より高価な徹甲弾が装填されている。本来は頑丈な機械系モンスターの撃破用で、ヤラタサソリには少々過剰な威力だ。しかし通常弾ではヤラタサソリの外骨格には効果が薄いので、仕方なく高価な徹甲弾を使用している。

 アキラは撃つたびに銃口から金を吐き出しているような感覚を覚えて表情をしかめている。

『弾薬費は自払いだぞ? これで報酬が安値だったらこの依頼はもう受けないからな!』

『単純な討伐依頼なら倒したモンスターの質と数で報酬が決まるけれど、今回は違うからね。その辺は終わってみないと分からないわ。昨日の報酬も基本分の2万オーラムだけだったしね』

『2万オーラム分の弾薬なんか、とっくの昔に使い切ったぞ! 今日の弾薬費は幾らになるんだ!?』

『そういう計算は終わってからにしましょう。弾薬をケチりだしたら死ぬわよ?』

『分かってる!』

 アキラは銃を構えながら先を急ぐ。追加で20体ほどヤラタサソリを倒した頃、ようやくハンター達がいる部屋の近くまで辿たどり着いた。その部屋からは銃声が絶え間なく響いている。

 アキラが警戒しながら部屋に飛び込み銃を構えると、ハンター達は2匹のヤラタサソリに向けて銃撃を続けていた。ハンター達の銃弾はヤラタサソリに対して効果が薄く、被弾の衝撃で近づかせないのが限界だった。

 アキラが素早くヤラタサソリを銃撃する。ヤラタサソリの頭部や尾が徹甲弾の直撃を受けて粉砕される。破片が部屋に飛び散りヤラタサソリ達が再度動きを止めた後で、ハンター達はようやくアキラに気が付いた。

「救援のハンターか!? ……た、助かった」

 安堵あんどで緊張が解けたハンターがへたり込んだ。警戒を解いていない別のハンターがアキラに尋ねる。

「お前一人か?」

「そうだ。他には来ていないのか?」

「いや、お前だけだ」

 アキラはヤラタサソリの群れがいる場所の増援が自分だけだと知って驚いた。しかし本部を批難する前に、浮かんだ疑問を彼らに聞いてみることにする。

「……救援を頼んだ時、本部に何て言ったんだ?」

「虫っぽいやつの群れに襲われたので至急救援を頼むと伝えた。催促しても待ってろって言われるだけだった。正直、危なかった。助かったよ」

 恐らく本部は小型の弱い虫系のモンスターだと判断したのだろう。アキラはそう考えて、正しい情報を連絡することの重要性を改めて理解した。

 ここから早く出たいのはアキラも同じだ。すぐにハンター達に指示を出す。

「新手が来る前にここから脱出しよう。俺が通った道はまだ安全なはずだ」

「そ、そうだな。おい、おい行くぞ!」

 アキラの先導でハンター達がビルからの脱出を急ぐ。途中で通路や階段のヤラタサソリの死体を見て何度が立ち止まったが、先行するアキラが近付いても何も起こらないこと見ると安心して続いて後に続いた。

 ハンター達を連れてビルの外に辿たどり着いたアキラが本部に連絡を入れる。

「こちら14番。本部、応答を求む」

「こちらA4区画本部。どうした?」

「対象の救出に成功した。これより仮設基地に帰還する」

「駄目だ。救出したハンターを自力で帰還させて、次の場所に向かってくれ」

 アキラが少し表情を険しくさせて強い口調で答える。

「嫌だ。ビルの中はヤラタサソリだらけだった。弾薬の補充無しで次の場所には絶対に行かないからな」

 アキラは本部からの返答を待った。しかし返事がなかなか返ってこない。端末の向こう側から僅かに聞こえるざわめきに妙な予感を覚え、怪訝けげんそうに返答を催促する。

「……本部。応答を求む。どうした?」

 すると慎重な口調の返答が返ってくる。

「確認する。本当にヤラタサソリか? そのビルがヤラタサソリの巣なのか?」

「巣かどうかは知らないが、AAH突撃銃の通常弾をはじく外骨格を持つ虫っぽいモンスターが、ビルの中にうじゃうじゃしていたのは確かだ。気になるのならそっちで誰か派遣して、モンスターの死体を自分で確認してくれ」

「先ほどの指示は撤回する。至急仮設基地に帰還しろ。こちらから配布した端末は無事だろうな?」

「俺のは無傷だ。他のやつのは、……確かそっちとの連絡に使ったもの以外は駄目になったそうだ」

 本部から強く大きな声で指示が出る。

「絶対になくさずに、速やかに帰還しろ! それ以上端末を絶対に壊すな! 以上だ!」

 本部との通信が切れる。アキラ達は怪訝けげんそうに不安そうに顔を見合わせていた。

 少し戸惑っているようにも見えるアキラに、アルファがその迷いを消すように微笑ほほえんで指示を出す。

『アキラ。分からないことを気にするよりも、まずは戻りましょう。依頼元とめずに帰還できるようになって良かった。そう考えなさい』

『……。そうだな』

 何かがあったのだろうが、アルファが険しい表情をしていないのなら大丈夫だ。アキラはそう判断して気を切り替えた。


 アキラ達が仮設基地への帰路に就いている。ハンター達が徒歩で先を歩き、その後ろをアキラがバイクでゆっくり移動している。救出作業自体はハンター達をビルから退避させた時点で終わっているので、アキラだけ先に帰っても良かったのだが、ハンター達に必死に止められたので同行していた。

 アキラは情報収集機器の操作に慣れるために、試しにハンター達を探っていた。しかし上手うまくいかない。すぐ近くにいるはずのハンター達の反応を正しく取得できない。情報収集機器の設定をいろいろ変更しながらぼやく。

『難しいな。エレナさんの設定から少しでも変更すると結果がめちゃくちゃになる。これはもう下手に変更しない方が良いのか?』

『エレナの設定はある程度の理想解ではあるからね。そこから適当に変更すれば情報収集の精度が大幅に落ちるのは当然よ。でもいろいろ変更して、設定項目の意味を理解して、いろいろ慣れておきなさい』

『そういえば、アルファもこの情報収集機器も使って索敵しているんだよな。俺が情報収集機器の設定を変更すると、アルファの索敵の邪魔になったりしないのか? 大丈夫なのか?』

『大丈夫よ。私は情報収集機器から未加工の収集データを直接取得して、そのデータ解析は自分で行っているからね。アキラが今見ている索敵結果は情報収集機器のソフトウェアが出力しているものよ。私の索敵とは無関係よ。安心して好きに変更して良いわ』

『そうか。それならいろいろいじってみるか』

 アキラはバイザー型の表示装置に表示されている索敵結果を確認する。アキラの視界の右前にはアキラを中心にした周囲の反応が立体表示されていた。前を歩くハンター達の反応も表示されているが、その反応は大雑把おおざっぱで不明確だ。これは情報収集機器の設定が適切ではない所為だ。

 解析結果は情報収集機器の各種設定を変更することで大きく変化する。必要な情報に特化して最適化すれば多少の融通が利く。何かが、その辺りの、どこかにいる可能性がある、という漠然とした解析結果も、対象の位置や形状等を正確に識別した解析結果も、設定値によって自由に調整できるのだ。

 アルファが設定の目安を説明する。

『基本的には収集範囲を広く浅く設定して、何らかの反応らしきものがある場所に対して狭く深く解析する。広域収集と狭域収集の切替え間隔や、映像解析、音響解析、動体解析の調査比率、解析方法の設定も重要よ。例えば見通しの悪い場所なら映像解析の比率を下げるとか、広域収集では逆に上げるとか、前は自分で見るから映像解析は後方だけに絞るとか、いろいろあるわ』

『難しいなぁ』

 アキラはアルファの説明を聞きながら悪戦苦闘していた。そのまましばらく進んだ後、急にアルファが真剣な声を出す。

『アキラ。今すぐ彼らを置いて先に行くか、彼らに全力で仮設基地に向かうように伝えて。ヤラタサソリの群れが近付いてきているわ』

 アキラが前にいるハンター達に向かって叫ぶ。

「おい! 今すぐ走って仮設基地へ向かってくれ! さっきのモンスターが集まってきている!」

 ハンター達が驚いてアキラの方を向く。アキラが険しい表情で続ける。

「ある程度足止めはしておく! 死ぬ気で走れ!」

 ハンター達が周囲を警戒するがヤラタサソリの姿は見えない。彼らの一人が慌てながら尋ねる。

「本当か!? どこにいるんだ!? 見えないぞ!?」

 アキラが急ごうとしないハンター達を怒鳴り付ける。

「良いから早く走れ! それ以上そこにとどまるなら援護はしないぞ! 俺だけ先に逃げるからな!」

 ハンター達が慌てて走り出した。その後でアキラも周囲を確認する。しかしヤラタサソリの姿は見えない。

『アルファ。ヤラタサソリの群れはどこにいるんだ? 姿も見えないし情報収集機器の反応にもないぞ?』

『アキラ。今からアキラの視界を拡張するから、落ち着いてね』

 アルファはアキラに念を押してからアキラの視界を拡張した。拡張されたアキラの視界にヤラタサソリの姿が拡張表示される。その途端、アキラの表情が明らかに強張こわばった。

 ハンター達は仮設基地に向かって必死に走っていた。広い道幅で瓦礫がれきも少ないため走りやすいが、それは隠れる場所が少ないという意味でもある。この場でヤラタサソリの群れに襲われれば彼らの命はない。彼らもそれは十分理解しているので必死に走っている。

 先頭を走っていたハンターが急に立ち止まった。後続の他のハンター達もそれで立ち止まった。

「何で止まった……!?」

 急に立ち止まったハンターへの疑問は、立ち止まった者の返事を待たずに解決した。

 ハンター達の前に遠目にはただ瓦礫がれきにしか見えないものが多数転がっている。しかしそれは動かずにじっと獲物を待ち構えていたヤラタサソリ達だった。ヤラタサソリ達に先回りされた上に待ち伏せされたのだ。

 ハンター達は慌てて銃を構えるが、それよりも早くヤラタサソリが動き出す。

 次の瞬間、銃声とともに一匹のヤラタサソリがはじけ飛んだ。ハンター達が銃声の方へ振り向くと、バイクに乗ったままCWH対物突撃銃を構えているアキラの姿があった。

 アキラはアルファのサポートにより、ハンター達より早くヤラタサソリの存在に気付いていた。そのまま他のヤラタサソリ達を銃撃しながら怒鳴る。

「立ち止まるな! 走れ!」

 ハンター達は急いで走り出し、アキラに倒されたヤラタサソリの横を駆け抜けていった。

 アルファのサポートで拡張されたアキラの視界には、周囲に多数存在しているヤラタサソリ達の姿が赤枠で表示されている。瓦礫がれきに擬態している個体も、瓦礫がれきの影に隠れている個体も、遮蔽物の向こうから近付いてきている個体も、位置も形状もしっかり認識できる形で表示されていた。

 アキラが確認していた情報収集機器の索敵結果には、ヤラタサソリだと思われる反応は全く表示されていない。少なくともアキラにはそれらしい反応を確認できなかった。

 アキラは突然出現したかのようなヤラタサソリ達に驚きと困惑を覚えていた。

『あんなにいるのに情報収集機器には何で反応がなかったんだ!?』

『情報収集機器の各種センサーが収集したデータには、ヤラタサソリのデータもちゃんと含まれていたわ。ただし情報自体は収集していても、その情報をヤラタサソリだと識別できるかどうかは別よ。アキラだってそのあたりに幾らでも転がっている小石を映像情報として目で見えてはいるけれど、そこに小石があると認識してはいないでしょう? 全てを真面まともに扱えば発狂しかねないほど膨大な情報から、有益な情報とノイズに分けるのは大変なのよ。私の膨大な情報収集能力を基に私の高度な処理能力から算出した結果と、その情報収集機器の出力結果を比べるのは無理があるわ。付け加えれば、エレナの設定を保持していた場合はアキラもヤラタサソリにちゃんと気付いたはずよ』

『俺が変な設定をしたから、エレナさんから折角せっかく譲ってもらった情報収集機器が真面まともに機能していなかったってことか?』

『はっきり言えばそうなるわ。強いて言えば、エレナの設定の上手うまさを褒めるべきね』

『便利な道具があっても使いこなせないと意味がないか。この銃撃もアルファのサポートのおかげだしな。俺、ちゃんと強くなっているのかな』

 自身の不甲斐ふがいなさを嘆くようなことを口にしたアキラを、アルファが笑って元気付ける。

『自分の実力に不満があるのならこれからも訓練に精を出しなさい。少なくとも、訓練をする前より強くなっていることは私が保証してあげるわ』

『そうだな。分かった』

 アキラは苦笑しながらCWH対物突撃銃でヤラタサソリを狙い続けた。

 アキラにその自覚はないが、実際にはアキラの実力は異常な速度で向上している。それはアルファによる極めて高度で効果的で効率的な訓練のおかげだ。だからこそ日に2度もモンスターの群れに襲撃されても、多少の幸運はあったにしろ生き延びたのだ。

 しかしアキラが自分の実力を高く評価することはない。自分の実力などアルファのサポートに比べれば比較対象にすらならないほどに微々たるものだと認識しているからだ。それがアキラの自己評価を大いにゆがめていた。

 自分の実力に確固たる自信を持っている者は、それが強者きょうしゃの風格として表に出るものだ。その逆も同じだ。アキラの自己評価の低さはアキラの実力を無意識に低く偽装させていた。

 その結果、一見した実力と交戦時の戦闘能力がひど乖離かいりしているたちの悪い子供が出来上がっていた。小石だと思って踏みつけ蹴飛ばしたら命を落としてしまう地雷のような子供が。

 アキラがヤラタサソリをCWH対物突撃銃で次々と撃破していく。徹甲弾がヤラタサソリの強固な装甲を貫いて内部の神経系を破壊し、即死、若しくは無効化させる。だがヤラタサソリはまだまだ残っている。切りがないと思いながら、次の目標に狙いを定めようとした時、アルファの指摘が入った。

『アキラ。それで弾切れよ』

『……ってことは、徹甲弾はこれで終わりか!?』

『残念ながらね。銃を持ち替えて』

 アキラは険しい表情でAAH突撃銃に持ち替える。そちらの弾丸は通常弾だ。ヤラタサソリを相手にするには少々心もとない。

 前方にいるハンター達が悲鳴を上げる。アキラがそちらを確認すると、数匹のヤラタサソリがハンター達の前に立ちはだかっていた。

つかまって』

 アルファの指示と同時にアキラの強化服がアルファの操作で勝手に動き、バイクのハンドルをしっかりとつかんだ。同時にバイクが勢い良く走り出す。そのままハンター達の脇を駆け抜けると、ヤラタサソリ達に向けて更に加速した。

 アキラが勝手に動く強化服に自身の動きを合わせて体を振り、バイクの体勢を意図的に大きく崩して車体を横に向けながら滑らせる。片足を地面に付けて転倒寸前の体勢となったバイクを支えながら、滑らせたバイクの両輪をヤラタサソリに接触させた。その瞬間、更に回転数を上げていた両輪がヤラタサソリ達を勢い良くはじき飛ばした。

 はじき飛ばされたヤラタサソリ達が周囲の壁や地面に激突する。死んではいないがしばらく行動不能だ。一匹のヤラタサソリが衝突時の角度の所為で真上に飛ばされていた。アキラは車体を戻した後、落ちてきたヤラタサソリを強化服の身体能力で蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたヤラタサソリが真横に吹き飛び、瓦礫がれきに激突して更に奥にはじかれていった。

 唖然あぜんとしているハンター達にアキラが叫ぶ。

「早く行け!」

 我に返ったハンター達は慌てて先を急いだ。

 アキラ達を追うヤラタサソリ達が少しずつ数を増やしていく。アキラはハンター達の背後でAAH突撃銃を両手に持ってヤラタサソリ達を銃撃し続けている。しかし通常弾ではヤラタサソリの強固な外骨格を破壊するには威力が足りず、効果的な攻撃にはなっていなかった。

 アキラはアルファのサポートによる精密射撃で、ヤラタサソリの強固な外骨格の同一箇所に何度も被弾させる。被弾箇所を集中させ強靱きょうじんな外骨格を破壊して何とか行動不能にさせる。しかしそれでヤラタサソリを数匹倒しても、全体の移動速度を少し落とす程度の被害しか与えられていない。

『固い! 多い! ちょっと不味まずいぞ!』

 険しい表情で焦りを見せているアキラとは異なり、アルファは落ち着いた表情を浮かべている。だが戦況の判断は一致していた。

『そろそろハンター達を見捨てて、アキラだけ先に仮設基地に向かうのを検討した方が良いかもしれないわ』

『そ、それはちょっと……。本部に救援を要請するとかは駄目か?』

『それは彼らが逃げながら何度も試みているわ。返答はかんばしくないようね』

『……ぎりぎりまで粘ってみるか』

 折角せっかく助けに来たのだ。アキラも彼らを助けたいとは思っている。しかし彼らと心中するつもりは毛頭ない。アキラは険しい表情のまま銃撃を続けた。

 状況は悪化の一途いっと辿たどっている。ハンター達の体力も限界に近い。ハンター達は荒い息で体力の限界に挑戦するように走り続けている。ヤラタサソリ達は疲労など欠片かけらも感じさせずに距離を詰めてきている。このままだとじきに追いつかれる。

『そろそろヤバいな』

『彼らには近くの建物にでも立て籠もってもらって、本部の増援に期待してもらいましょう。運が良ければ助かるわ』

『仕方ないか。お勧めの建物でもあるか?』

『そうね。あれなんか……、アキラ、その必要はなくなったわ』

 近くの建物を指差そうとしていたアルファが、指を差す先を仮設基地の方向へ向ける。アキラがそちらを見ると、数台の武装車両がこっちに向かってきていた。

 アキラが通行の邪魔にならないようにバイクを道の脇に移動させる。武装車両はアキラの横を通り過ぎると、ヤラタサソリ達を機銃でぎ払った。ヤラタサソリ達は強力な弾幕を全身に浴びて瞬く間に粉微塵みじんになり、あっさりと殲滅せんめつされた。

 武装車両はそのまま後続のヤラタサソリを粉砕しながら遺跡の奥に向かっていく。その車両の一台がアキラの隣にまった。乗っていた男がアキラに話しかけてくる。

「お前が14番か?」

「そうだけど……」

「俺達はクガマヤマ都市の防衛隊だ。本部から指示を受けている。貸出し端末を渡してくれ」

 アキラが端末を男に渡す。

「良し。これでお前の仕事は終わりだ。もう帰って良いぞ」

「ちょっと待ってくれ。何があったんだ?」

「遺跡の地上部にヤラタサソリがあふれつつある。俺達はそれの駆除に駆り出されている。どこかにヤラタサソリのデカい巣があって、今回の制圧作業で巣を刺激した可能性が高いらしい。仮設基地周辺の制圧作業はやり直しだそうだ。端末が記録している襲撃時のデータから巣の位置を割り出す予定らしいが、ヤラタサソリに襲われて死んだハンターも多くてな。データ不足で巣の正確な場所や数を割り出すのは難しそうだって話だ。死亡したハンターの端末も無事なら回収してこいって指示が出ている。ああ、何なら回収作業を手伝うか? お荷物連れてここまで来たんだ。腕には自信が有る方だろう?」

 アキラが嫌そうに首を横に振る。

「勘弁してくれ。余裕を持って用意したはずの弾薬をほとんど消費したんだ。そんな余裕はないよ。契約上、弾薬費が回収できるかどうかも怪しいんだ」

 男が嘆くアキラの顔を見て軽く笑う。

「それはついてなかったな。今度は弾薬費保証の契約にでもしておくんだな。じゃあな」

 男はそう言い残して先に進んでいった。

 アキラがハンター達を見る。ハンター達は他の車両の男と何かを話していた。アキラに彼らの話は聞こえないがアルファには聞こえていた。情報収集機器で僅かな音を解析したのだ。

『仮設基地まで送ってもらえないか頼んでいて、断られているようね。問題ないわ。私達は帰りましょう』

『そうだな』

 アキラがバイクでハンター達の横を駆け抜けていく。呼び止めるハンター達の声が聞こえたが、気にせずに通り過ぎていった。

 他の車両もハンター達から端末を回収すると先を急いでいった。残されたハンター達が愚痴をこぼす。

「あのガキも、防衛隊の連中も、仮設基地まで送ってくれても良いじゃねえか……」

「愚痴ってもしょうがねえ。早く帰ろうぜ。防衛隊の連中が仮設基地までの道のモンスターを駆除したからって、いつまでも安全とは限らねえんだ」

「そうだな。行くか。……それにしても、あのガキは何だったんだ? やたら強いガキだったが」

「さあな。分かるのは、あのモンスターの中に独りで突入させられるだけの実力はあるってことだ。ドランカムの若手連中にすごいガキがいるって話を聞いたけど、そいつじゃねえか? この前のデカい襲撃でも活躍したって話だ」

「ああ、そんな話があったな。熟練ハンターの稼ぎで良い装備を身に着けて、調子に乗っているガキどもだって聞いたが、まあ、あれだけ強ければ調子にも乗るか。何て名前だっけ? 確か、カ……カ……カソヤ?」

「名前なんか知るか。もう良いから帰ろうぜ」

 ハンター達は疲れた様子で話しながら、それでも少し急いで仮設基地へ向けて歩いていった。

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