第36話 交戦の基準

 クガマヤマ都市から荒野を車で少々進んだ辺りに旧世界時代の住宅街だった場所がある。そこは今ではヒガラカ住宅街遺跡と呼ばれている。

 既に都市のハンター達から寂れた遺跡として認識されている。長年の遺跡探索によって高価な遺物を粗方持ち出されたからだ。そこそこの遺物ならまだ残っているが、車などの移動手段を持っているハンターなら他所の遺跡で稼いだ方が実りが良い。その程度の遺跡だ。

 そこにエレナ達がカツヤ達を連れて訪れていた。目的は遺物収集ではない。ドランカムから依頼として引き受けたカツヤ達の訓練だ。

 エレナがカツヤ達に少し真面目な表情を向ける。

貴方あなた達にはこれからこのヒガラカ住宅街遺跡を自由に探索してもらう。これは遺跡探索の訓練で、私達はその教官役だけど、貴方あなた達に今更細かい指示は不要だと思っているから、途中で一々口を出す気はないわ。各自の判断で行動して」

 サラは普段通りの笑顔を浮かべている。

「ここのモンスターはそんなに強くないはずだけど、そのはず、であって、所詮は事前情報。絶対ではないってことを忘れないでね。私達は少し離れて見ているから、手に負えないと思ったらすぐに助けを求めて。私達がこの辺りのモンスターに手子摺てこずる可能性は低いから、その辺は安心してちょうだい」

「でも基本的に私達はいないものとして判断、行動すること。探索終了後に探索の評価を出すわ。帰還するタイミングの判断も本来は評価の内だけど、今回は最長でも4時間よ。質問がなければ始めましょう。何か質問は?」

 エレナがカツヤ達を見渡すと、まずはユミナが口を開く。

「自由に探索と言われても、具体的に何をするべきでしょうか?」

 サラが質問に答える。

「それを考えるのも訓練の内なんだけど、まあ今回は普通に遺物収集に来たと思って行動して」

「……でも、確かこのヒガラカ住宅街遺跡にはもう大した遺物は残っていませんよね?」

「そこは訓練だと思って割り切って。高価な遺物も強力なモンスターもたっぷり。そんな遺跡を訓練場所にする訳にはいかないのよ。ユミナ達を生還させるのも私達の依頼の内だからね」

 エレナが補足する。

「私達もここに大した遺物が残っていないのは分かっているわ。だから安値の遺物しか見付けられなかったとしても、それでユミナ達の評価を下げるつもりは全くないわ。そこは安心して。探索場所に見切りを付けて次の場所に移動する間隔とか、周囲を警戒する様子とか、評価はいろいろな点から判断するから、普通に遺物収集をしてちょうだい。勿論もちろん、見過ごされていた高価な遺物を発見したりすれば、その分だけ評価を上げるつもりよ」

「分かりました」

 ユミナがうなずいて質問を切り上げると、次はアイリが口を開く。

「今回の探索で最低限達成するべき目標などはありますか? 目標によって行動基準が異なります」

 エレナがそれに答える。

「ないわ。強いて言えば、最小の労力で最大の利益を出すこと。危険に見合った利益を稼ぎ出すこと。自分達のハンター稼業に適した最善の選択を取り続けることよ。本来はさっきユミナが尋ねた通り、このヒガラカ住宅街遺跡で遺物収集をするかどうかの選択から始めるべきなんだけど、今回は訓練だから何らかの理由でこの遺跡に来た前提での選択になるわ。だから次善の選択として速やかな撤退を目標にするのも、それはそれで有りよ。その場合は撤退理由とその後の指針を私達に説明してくれれば良いわ。その内容で評価を下すから」

「分かりました。撤退はせず、効率的な探索を目的とします」

 ユミナとアイリがそれぞれの質問を終えた。残るカツヤが少し険しい表情で口を開く。

「あの、エレナさん達の家から出てきたやつは誰なんですか?」

 エレナとサラが顔を見合わせ、ユミナが軽く頭を抱える。アイリの様子に変化はなかった。

 エレナがカツヤに力強く微笑ほほえむ。そこには熟練ハンターの威圧感がにじみ出ていた。

「説明が不足していたわね。訓練に関する質問は?」

「その、気になることが残っていると、訓練に集中できない気がしまして……」

 威圧されながらも質問を取り消さないカツヤの態度に、サラが笑いを堪えながら口を出す。

「集中力の欠けた状態がどれだけ危険か実感してきなさい。ついでに余計なことを考えず、気持ちを切り替える訓練もしてきなさい」

「質問がないなら始めなさい」

 有無を言わせないエレナの微笑ほほえみを見て、カツヤ達は慌てて遺跡探索を開始した。

 サラがカツヤ達に向けていた苦笑を今度はエレナに向ける。

「別に教えても良かったんじゃない? 知り合いのハンターに使わずにほこりを被ってた情報収集機器を安く譲っただけでしょう?」

「そこから質問が派生して根掘り葉掘り聞かれても困るわ。答えにくいことまで聞かれるかもしれないしね。だから対応はあれでいいのよ。余計なことを聞かない、話さない。アキラとそう約束した以上、余計な推察の元になりそうなことも下手に口に出さない方が良いわ」

「……それもそうか。私も気を付けないと」

 サラは以前にシズカとエレナにアキラ絡みの内容を軽く尋ねただけでかなり詳しく推測されたことを思い出すと、少し表情を引き締めた。


 カツヤ達は遺跡探索を順調に進めていた。安値のものではあるが遺物を見つけ出し、たまに遭遇するモンスターもしっかり撃退できていた。だがその順調さは、同時にカツヤに余計なことを気にする余裕を与え続けていた。

「なあ、エレナさん達の家から出てきたやつのことなんだけどさ。あいつ、前に会ったやつだよな?」

「そうだっけ?」

「記憶にない」

 ユミナもアイリもアキラのことは覚えていない。巡回用のトラックで偶然一緒だっただけで、別にそこまで印象深いことでもなかったからだ。

 だがカツヤには悪い意味で印象深い出来事だった。同じ年頃のハンターが、自分を子供扱いして馬鹿にしていたハンターから認められていた。自分はシカラベの脅しに屈して引き下がり、トラックに残って大人しく都市に戻ったが、相手は1人で戦場に向かっていた。それを見たシカラベからも、どこか認めたような目で見られていた。それをカツヤはしっかりと覚えていた。

 それらの記憶が、アキラの姿とともに何か粘ついたものをカツヤの脳裏に張り付かせていた。そのアキラが、自分が認め尊敬しているエレナ達の家から出てきたのだ。どうしても気になってしまっていた。

 ユミナがそのカツヤに少し苛立いらだちを見せる。

「カツヤ。何をそんなに気にしているのか知らないけど、サラさんが言ったとおり気を切り替えて。そんなに注意力が散漫だと危険よ。サラさん達にまで私達の子守をしていると思われたいの?」

 アイリも珍しく口調を強める。

「エレナさん達の手を煩わせれば、そう思われる可能性が高くなる。気を切り替えてほしい」

 普段より少々きつい注意。ユミナ達の感覚ではその程度のことだった。しかしユミナ達の予想を超えた効果が現れる。カツヤが顔を急にかなり真剣なものに変えたのだ。

「そうだな。悪かった。気を切り替える」

 エレナ達にまで自分達の子守りをしているのだと、未熟者の尻拭いを強いられているのだと思われる。それはカツヤには耐えがたいことだ。それを避けるために、カツヤは意識を一気に切り替えた。

 ユミナ達は真剣になったカツヤを頼もしく好ましく思う一方で、カツヤのやる気を変えた理由に少し嫉妬を覚えて、心にどこか釈然としない気持ちを残した。


 エレナ達は遺跡探索を続けるカツヤ達と一定の距離を取りながらその様子を観察していた。カツヤ達をエレナの索敵範囲内に常に入れるように注意して、カツヤ達では手に負えない強力なモンスターと遭遇した場合にも備えている。

「エレナ。今回の依頼って、私達をドランカムに勧誘する布石かもしれないって言ってたわよね?」

「多分ね。まあただの深読みかもしれないけど、ドランカムは若手の育成のために教官役のハンターも欲しがっているようだから、可能性はあると思うわ。過去の依頼で私達にカツヤ達を何度も一緒にさせたのも、そのためかもね」

「勧誘か……。今のところは断ってるけど、どうする?」

「一度入ったら気軽に抜けられそうにないわ。即決を求められたら断る。ドランカム側もそれが分かっているから返答をかしたりはしないのよ。ゆっくり考えましょう。サラはどう思っているの? サラが前向きに考えているのなら、私ももう少し前向きに検討するわ」

「正直迷っている所はあるけど、エレナはそれで良いの?」

「一長一短だからね。ドランカムに所属すれば、より安全に活動できるのは事実よ。装備も今より充実するだろうし、いろいろ支援も受けられる。前みたいにサラのナノマシンの補充代で困った時も、少しは援助をしてくれると思うわ」

 サラが苦笑いを含んだ険しい表情を浮かべる。

「そこを指摘されるとつらいのよね……」

「ただしドランカムに所属すれば、今までのような自由を失うのは確かよ。やりたくもない仕事を押しつけられるかもしれないし、組織のしがらみもいろいろ面倒でしょうね」

 ナノマシンの補充代はサラの命に直結している。その代金に対する保険が増えることは基本的には歓迎するべきことだ。だがドランカムにサラの命を握られる可能性も考えなければならない。万一の場合の援助を条件にして、契約内容にエレナとサラの行動や選択を制限する内容を盛り込むことは十分考えられる。

 エレナとサラは良くも悪くも2人で活動することに慣れてきた。ハンターとして自由に生きてきたのだ。エレナ達にとって、その自由を失う意味は大きい。

 自分の命も大切だが、自分の命を理由に親友に迷惑を掛けるのも、心配を掛けるのも嫌だ。その苦悩を見せているサラに、エレナが優しく力強く微笑ほほえむ。

「選択を押しつけるようで悪いけど、私はいろいろ深刻なのはサラの方だと思っているわ。だからまずはサラが選んで。幸いゆっくり考える時間はあるわ。どっちを選んでも文句は言わないから」

「ありがとう。エレナ。ゆっくり考えるわ」

 親友の気遣いをうれしく思ってサラも笑顔を返した。


 そろそろエレナが告げた制限時間になろうとしていた。その間、カツヤ達は真面目に遺跡探索を続けていた。遠距離からカツヤ達を観察しているエレナ達に、まだまだ粗削りではあるがその秘めた才能の片鱗へんりんを見せ付けるように精力的に活動していた。

 その甲斐かいもあって、カツヤ達の成果はヒガラカ住宅街遺跡にしては悪くないものになっていた。だがカツヤはその成果に不満を覚えていた。ちょうど調べていた廃屋で見付けた遺物を見ながら不満をこぼす。

「本当にろくな遺物がないな」

「まあ、それは仕方ないんじゃない? エレナさん達もこの遺跡にはもう大した物は残ってないって言っていたしね」

「もっと良い遺物を見付けたいのなら、ここは見切りを付けて早く次の建物に移動した方が良い」

「あ、でもそろそろ時間だし、切りも良いし、もう遺跡探索を切り上げた方が良いかもね。カツヤ、どうする?」

「……なあ、今日集めた遺物って、どれぐらいの稼ぎになると思う?」

「旧世界特有の技術に依存した遺物は少ない。恐らく高値にはならない」

 アイリの現実的な予想通りの返事を聞いて、カツヤが僅かに項垂うなだれてめ息を吐く。

 カツヤはユミナ達の言葉で高いやる気を出したが、同時に相応の成果も無意識に望んでいた。

 本日の成果はカツヤ達だけでこの遺跡に来たとしても微妙だ。エレナ達の実力を基準にすれば間違いなく割に合わない。更にエレナ達はカツヤ達の生還も依頼として請け負っている。それを護衛と考えて、その代金を加味した場合、間違いなく大赤字だ。

 悪く考えれば、ドランカムの金でエレナ達に自分達の子守をさせたことになる。カツヤは無自覚にそれに気付き、無意識にそれを覆す成果を求めていた。そしてその成果を得られないままに制限時間が来てしまったことに強い焦りを覚えていた。


 周囲の索敵を続けていたエレナが表情を少し険しくする。情報収集機器で大型モンスターの反応を捕捉したのだ。反応はカツヤ達から大分離れた位置から、遮蔽物で目視できない場所から出ていた。

 エレナは索敵の設定を調整して反応の詳細情報を得た。そして対象の形状からモンスターを推測すると、少し険しい顔を更にしかめた。

「暴食ワニか……。ここにもいたのね」

 暴食ワニはワニに似た形状のモンスターだ。金属のうろこと2本の尾を持ち、機械系モンスターすら食い千切る強靱きょうじんな顎で大概のものを捕食する。そして食事内容を自身に反映させる。機銃を備えた機械系モンスターを捕食した個体は背中から火器を生やし、戦車を食い千切った個体は大砲や機銃などの戦車装備に加えて腹に無限軌道まで生やすこともある。

 エレナが情報収集機器で暴食ワニの大きさと形状を把握して対象の脅威度を測る。幸いにもこの個体は機銃などの遠距離攻撃手段を生やしてはいなかった。しかしそれでも金属を食い千切る顎と、装甲並みに強靱きょうじんうろこ、生物系モンスター特有の異常な生命力を持つ強力なモンスターに違いはない。

「サラ。こっちには来ないと思うけど、一応警戒して。もしこっちに来たら、カツヤ達だと多分荷が重いわ」

「それなら今のうちに私達で殺しておく?」

「こっちに来ないなら放っておきましょう。私達にもカツヤ達にも気付いていないようだから、放っておけば無害よ」

「まあ、襲ってこないなら態々わざわざ倒す必要もないか」

 エレナ達は暴食ワニに対して様子見の判断を下した。


 カツヤ達が遺跡探索を切り上げてエレナ達のもとに戻ろうとしている。その途中でカツヤが情報収集機器の微弱な反応に気付いた。並の者なら見逃すその反応に気付けたのは、類いまれな才能の表れでもあった。

 カツヤがその方向を注意深く警戒していると、視線の先にある遮蔽物の影から暴食ワニがゆっくりと姿を現した。暴食ワニはカツヤ達に気付いていないので、すぐに離れれば全く問題ない。

 だが、カツヤはそこで考えてしまう。

(あれは暴食ワニだ。……今日集めた遺物じゃ大した成果にはならない。でも、あれを倒せば、遺物収集ではなくモンスター討伐として、今日の訓練の十分な成果になるか? 確か暴食ワニの討伐料は結構高かったはずだ。少なくとも今回見つけた遺物の売却金を軽く超える。あれを倒せば……、エレナさん達も俺を認めてくれるんじゃないか?)

 撃破できれば十分な成果になるモンスターに対して、確実に先制を取れる状況。どちらかと言えば、遺物収集よりモンスター討伐でハンター稼業の実績を稼いできた経験。今日の無様な成果を覆せる絶好の機会。それらがカツヤの判断を後押しする。

 カツヤが真剣な表情でユミナ達に尋ねる。

「ユミナ。アイリ。俺達にあれが倒せると思うか?」

「……暴食ワニか。距離もあるし私達に気付いている様子もない。機銃とかが生えている変異種でもないし、こっちから奇襲すれば勝率は上がると思うけど……」

「頭部に攻撃を集中させ、近付かれる前に倒す」

 ユミナは高い成功率を、アイリは具体的な攻撃方法を答えた。カツヤに真剣な表情で見詰められたユミナ達は、返答を無意識にカツヤの意見を肯定する方向へ偏らせていた。

 そしてカツヤはその木霊のような返答を聞いて、十分な勝機があると思ってしまった。

「それなら、俺はあれを倒したい。遺物収集は余り上手うまくいかなかったんだ。別の成果でも、成果を残して結果を出して帰りたい。嫌なら言ってくれ」

 ユミナはカツヤの真剣な表情の中に、仲間を失った悲しみを背負い、次は死なせないと悲痛な表情で必死に訓練を続けていた時の影を見た。そして、その痛ましい姿を繰り返させたくないという思いが浮かぶ。

(ここでカツヤが暴食ワニを倒して強くなったと実感してくれれば、あんな無理な訓練は止めてくれるかもしれない……。仮に私達だけでは無理でも、エレナさん達もいれば絶対に大丈夫……)

 エレナ達がいるという保険が最終的にユミナの意思を後押しした。

「カツヤがそう言うなら、私は構わないわ」

 アイリがカツヤを見ながら考える。

(前回の功績で私達の装備も向上した。カツヤもできないことを提案しているわけではないはず。カツヤができると考えているなら、私達ならできる。カツヤもあれだけ訓練をしていた。私も訓練を欠かさなかった。シカラベもカツヤの才能は認めていると言っていた。そのカツヤと一緒なら、私達でも暴食ワニも倒せる)

 カツヤへの信頼と自分達の実力への評価が最終的にアイリの意思を後押しした。

「一発目の狙撃は私がやる。私が一番得意」

 カツヤが仲間への信頼をにじませてうれしそうに笑う。

「ありがとう。よし、行くぞ!」

 カツヤは今日一番の気合を入れた。


 エレナ達はカツヤ達が暴食ワニを倒そうとしていることにすぐに気付いた。エレナが少し顔をしかめ、サラが少し意外そうな顔を浮かべる。

「サラ。カツヤ達の援護の準備をお願い。危ないと思ったらすぐに暴食ワニを仕留めるわ。それまでは手出ししないで。私の指示を待たないでサラの判断で撃って。私も狙うけど、私が撃っていないからって安全だとは判断しないで」

「了解。でもそれならやっぱり先に殺しておいた方が良いんじゃない?」

「私達はカツヤ達に、彼らの護衛のためにこの場にいるわけではないし、私達はいないものと思って行動するようにとも言ったからね。それに十分勝機があると考えた上での行動かもしれないわ。それなら、邪魔をするのも悪いわ」

 エレナはそう答えはしたが、恐らく勝機は薄いと表情で語っていた。それを見てサラが軽く笑う。

「……まあ、違っていたとしても、死なない程度に苦戦するのも訓練の内か」

 サラが身体強化拡張者の身体能力を生かして近くの建物の屋根に飛び移る。そこでカツヤ達が多少位置を変えても自分の射線に入らない位置を確保するとCWH対物突撃銃を構えた。

 カツヤ達の邪魔をしないように、だが危ない時はすぐに確実に助けられるように、銃には強靭きょうじんな暴食ワニを1発で撃破できる強力な徹甲榴弾りゅうだんを装填している。既に照準は合わせた。後は引き金を引くだけ。サラはその状態で軽く息を整えると、真面目な表情で状況の推移を見極め始めた。

 エレナは情報収集機器で暴食ワニを捕捉しながらDSS狙撃銃を構える。その銃は情報収集機器と連携して命中率を向上させる改造品で、更に単純な威力も向上するように改造部品を組み込んでいる。

 装填されている弾丸は貫通力に特化した徹甲弾だ。サラの弾丸よりは大分威力が低めだが、情報収集機器で暴食ワニの弱点部位を探り、脳などの弱点部位を正確に破壊することで、暴食ワニに致命傷を与えられる。

 エレナが収集したデータはサラにも送信されている。そのおかげでサラも照準精度を劇的に向上させている。

 エレナとサラはいつでも暴食ワニを撃破できる準備を整えた。


 アイリが地面に伏せて狙撃銃で暴食ワニの頭部に狙いを付ける。暴食ワニはカツヤ達に気付いておらず、緩慢な動きで地面をいずっている。

 これなら当たる。アイリは着弾を確信して引き金を引いた。その確信の通り、発射された弾丸は暴食ワニの頭部に見事命中した。

 しかし弾丸は硬質のうろこに阻まれて、暴食ワニの頭部の肉を少々削っただけだった。暴食ワニの生命力の前ではその程度の負傷など致命傷どころか重傷にも届かない。カツヤ達に気付いた暴食ワニは、その巨体には不釣合いな敏捷びんしょうさでカツヤ達の方へ振り向くと、素早い動きでカツヤ達に向かってきた。

 アイリは続けて狙いを付けて引き金を引く。その僅かな時間の間にも、暴食ワニは俊敏な動きでカツヤ達との距離を大きく縮めていた。ユミナも暴食ワニの頭部を狙って射撃を始め、カツヤも構える銃を全自動射撃で撃ち続けた。

 暴食ワニは3人分の火力を正面から受けても欠片かけらひるむ様子がない。その巨体に無数の銃弾を浴びせられ、強靱きょうじんうろこを剥がされて、その下の肉に無数の銃弾がり込んでも、暴食ワニは驚異の生命力で前進を続ける。逃げる様子など全く見せずに一直線にカツヤ達に向かってくる。

 暴食ワニとの距離が縮まるのに比例して、カツヤ達の表情に焦りとおびえが混ざり始めた。一方的に攻撃しているのはカツヤ達の方だ。しかし劣勢なのもカツヤ達だ。カツヤが歯を食い縛りながら銃撃し続ける。ユミナとアイリも必死に応戦する。だが暴食ワニの前進は押しとどめられない。

 これ以上は危険だと判断したエレナ達が引き金を引こうとした直前、アイリが撃った弾丸が既に暴食ワニの頭部にめり込んでいた弾丸に偶然直撃した。割れた弾丸の破片が暴食ワニの内部を破壊しながら飛び散った。それでも暴食ワニは絶命しない。しかし暴食ワニの体勢を大きく崩し、歩みを大きく鈍らせた。

 それを好機と見たカツヤ達はそのまま暴食ワニの頭部を銃撃し続けた。暴食ワニはうろこが剥がれてき出しとなった頭部に銃弾を浴び続け、頭部の原形を半分ほど失った辺りでようやく絶命した。

 カツヤ達は暴食ワニが動きを止めたことにすぐには気付かずに銃撃を続け、それに気付いてようやく銃撃を止めた。カツヤ達の顔に何かを成し遂げた者の笑顔が浮かんだ。

 カツヤが喜びの声を上げる。

「やった! 倒せた! 俺達の勝ちだ! 俺達だけで倒せたんだ!」

 ユミナは安堵あんどの息を吐いてからうれしそうに微笑ほほえむ。

「やったわね。ちょっと危なかったけど、勝ちは勝ち。倒せて良かったわ」

 アイリも誇らしげに笑う。

「これが私達の実力。私達だけで暴食ワニを倒した以上、もう駆け出しとは呼ばせない」

 カツヤ達は互いの顔を見ながら自分達の健闘をたたえ合い喜び合っていた。


 サラがエレナのところに戻ると、エレナが暴食ワニの方を見ながら少し怪訝けげんな顔をしていた。

「ちょっと危ないと思ったけど、結局はカツヤ達だけで倒したわね。なかなかやるわ。……エレナ、どうかしたの?」

「サラ。暴食ワニの動きが急に悪くなった気がしたのだけど、どう思う?」

「偶然弾が弱点部位にでも命中したんじゃない? あれだけ撃っていれば一発ぐらい偶然当たっても不思議はないわ」

「運が良かったわけか……。まあ、運も実力の内って言うしね」

「あら、エレナはカツヤ達の活躍が不満なの?」

「そういう訳じゃないわ。ちょっと思うところがある。それだけよ」

 いつもの調子で笑っているサラとは異なり、エレナは少し不機嫌にも思える雰囲気を漂わせていた。

 上機嫌で戻ってきたカツヤ達をエレナが迎え入れる。

「お疲れ様。じゃあ成果を持って帰りましょうか。帰りは私達が索敵とかするからゆっくり休んで。あと本来は拠点に戻るまで気を抜かないように」

 エレナ達はカツヤ達と一緒にクガマヤマ都市へ帰還した。


 カツヤ達がドランカムの拠点の一室でエレナ達の戻りを待っている。エレナ達は依頼主であるドランカムの幹部と別室で依頼の報告等を行っている。その報告には今回のカツヤ達の訓練に対するエレナ達の評価も含まれており、その評価内容をこの後に教えられると聞かされていたカツヤは少しそわそわしていた。

 しばらくすると、エレナ達とドランカムの幹部であるアラベが部屋に入ってくる。エレナ達はカツヤ達の向かいの席に座り、アラベは少し離れた場所で壁に寄りかかった。

 エレナがカツヤ達に話し始める。

「今から今回の訓練の評価を話すわ。まず始めに、3人だけで暴食ワニを倒したのは見事だったわ。正直荷が重いと考えていたから驚かされたわ。そこは評価を改めないといけないわね」

「ありがとう御座います!」

 カツヤがうれしそうに元気よく答えた。ユミナとアイリもうれしそうだ。

 エレナがカツヤ達の反応を軽く見ながら話を続ける。

「旧世界の遺物の探し方や、周囲の警戒の仕方、暴食ワニ以外のモンスターの対処もおおむね問題なしよ。ドランカムの評価基準でどうなのかは、私達の報告内容を基にドランカム側で決定することだから、そこは別に考えて。でも私達の判断では問題らしい問題を見つけることはできなかったわ。つまり、一人前のハンターとして評価できる内容だったわ」

 エレナから一人前のハンターと評価されたカツヤ達の表情が緩む。今まで多くのハンターから散々足手まとい扱いをされてきたこともあり、そこから脱却した喜びは大きい。

 エレナが話を進める。

「それで全体の評価の話になるのだけれど、その前に3人に聞きたいことがあるわ。今回の遺跡探索の目的をもう一度答えてもらえる?」

 カツヤ達はエレナの質問の意図が読めずに少し戸惑った。ユミナが答える。

「目的は遺物収集です。より正しく言えば、その訓練です。価値のある遺物を効率良く探すことが目的です。そう認識していました」

「その認識の通りの行動を取った。そう考えて良いのね?」

 ユミナは念を押してくるエレナに少し戸惑い、自分なりの考えで補足を入れる。

「……ヒガラカ住宅街遺跡にはもう大した遺物は残っていないことが分かっているのだから、即座に別の遺跡に向かうことを提言するべきだった……などということは除いて、ですけど」

「大丈夫よ。それは除いて構わないわ」

「それなら、はい」

 ユミナの返事を聞いたエレナが確認を取るようにカツヤとアイリを見る。カツヤとアイリがうなずいて答える。

「俺もそう思っていました」

「私もです」

「……そう。3人一致ね。目的意識を共通できているのは良いことよ」

 エレナはそこで一度話を区切った。事前にエレナ達から話を聞いていたアラベが苦笑している。カツヤ達がそのアラベの態度に気付いて、少しだけ怪訝けげんな様子を見せる。

 エレナが話を続ける。

「これは飽くまでも私の評価であって、それが正しいとか、間違っているとかは、各自判断してもらう必要があるわ。評価の基準は人それぞれよ。その基準に一致していれば高い評価になるし、一致していなければ低い評価になる。それだけの話よ。それを踏まえて、私が今回の3人を全体的に評価すると、非常に悪いと言わざるを得ないわ」

 エレナの予想外の評価を聞いたカツヤ達が愕然がくぜんとする。カツヤがひどく慌てながら反論する。

「ど、どうしてですか!? 俺達はちゃんとやったはずです! いや、エレナさん達から見れば手際は悪かったかもしれませんが、そこまで悪い評価を受けることはないはずです! 暴食ワニを倒したことも褒めてくれたじゃないですか!」

「そこよ。そこが今回の評価のほぼ全てよ。確かに暴食ワニを倒したことは褒めたわ。それで、暴食ワニを倒した理由は?」

「俺達なら倒せると判断したからです! 事実倒せました!」

 エレナは少しの間続きを待った。そしてカツヤの口から続きが出ないことを確認してから、続けて尋ねる。

「それだけ?」

「そ、それだけって……」

「倒せそうだから倒した。理由はそれだけなの? 索敵に引っかかったモンスターは皆殺しにしないと気が済まないの? 3人分の火力を集中させてようやく倒せたモンスターを、放っておけば交戦を回避できたモンスターを、下手をすれば死ぬ危険まで冒して、どうしても倒さなければならなかった理由は、本当にそれだけなの?」

 カツヤは返事を返せなかった。エレナが視線の先をカツヤからアイリに移す。アイリが少し考えた後に答える。

「……目的の遺物探しは不調に終わりました。そこで暴食ワニを倒してそれを成果にしようとしました。十分な成果になったと判断できるはずです」

「そう。それでその成果で得られた報酬は具体的に何? 暴食ワニの討伐料とハンターランクの上昇ポイントかしら? それは冒した危険に本当に釣り合うものだったの? それとも本当はもっと余裕を持って楽に倒せるはずだったのだけれど、思いのほか苦戦してしまっただけ? それともその苦戦を初めから想定して、その苦戦に見合う報酬を得られると判断して倒したの?」

 そうだとは答えられず、アイリも黙ってしまう。

 エレナがユミナに視線を移す。ユミナは少し躊躇ちゅうちょしてから話し始める。

「……私達は子供だということもあって軽んじられているところがあります。暴食ワニを撃破できれば払拭できるし、私達の自信にもつながると思いました」

 正確にはそれを気にしているのはカツヤだ。ユミナはそのカツヤの助けになればと思い、暴食ワニの討伐を止めなかったのだ。自分の弱さを悔いるカツヤの姿を、もう一度見ずに済むように。

「そう。まあ事情はそれぞれだと思うわ。それで、その判断の要素に、私達が含まれていないと言い切れる? 最悪私達が何とかするから、多少無茶むちゃをしても大丈夫だ。そう欠片かけらも考えていないと本当に言い切れる? 言い切れるとして、貴方あなた達を軽んじている人がその話を聞いて、納得して評価を改めると本当に思っているの?」

 ユミナもそうだとは答えられず、同じく黙ってしまう。

 エレナが黙ってしまった3人を見ながら続ける。

「私には貴方あなた達が必要のない危険を無駄に無意味に冒しているようにしか見えなかった。危険に見合う報酬を得ようとしているとはどうしても思えなかった。だから評価は非常に悪いとしか言えないわ。ハンターとして一緒に仕事をする気にはなれないし、護衛をするなら高額を要求する。私としては以上よ。サラも何か言っておく?」

 カツヤ達がどこかすがるような目でサラを見る。サラは苦笑いを浮かべ、カツヤ達に軽い同情の色を見せながらも、基本的にはエレナに同意見だった。

「まあ、さっきエレナも言った通り、これは基準の話なのよ。ハンター稼業は程度の差はあれ命賭け。命を賭ける以上、それに見合う報酬を手に入れたい。でもどの程度の報酬が妥当なのかは人それぞれで、その価値観を共有できないハンターと一緒に行動するのは難しいわ。私達とカツヤ達ではその基準とちょっと合わなかった。だから少々手厳しい評価になった。それだけの話よ。カツヤ達が暴食ワニを倒したのは事実だし、カツヤ達の判断を認めるハンターもいるわ。カツヤ達が私達の評価を気に入らないのならば、私達を臆病者だとでも思って笑ってちょうだい」

 サラの言葉がカツヤ達の沈んだ心情を引き上げることはなかった。

 その後、エレナ達が部屋から出て行った後で、アラベがカツヤ達の前に来る。

「いろいろあったようだが、ドランカムとしてはお前達が暴食ワニを倒したことを高く評価している。よって若手ハンターに付けているサポート役をお前達からは外す。暴食ワニを倒せる実力者にまでサポート役を付ける余裕もないしな。これからは一人前のハンターとして、依頼の選別も自分達でやって良い。お前達のチームに他のハンターを加えるのも自由だ。ドランカムの若手の代表として、これからも頑張ってくれ」

「……分かりました」

 カツヤは何とかそう答えた。アラベはそのカツヤ達の様子を見て苦笑している。

「まあ、今日はゆっくり休むんだな。ハンターをやっていれば失敗なんて幾らでもある。一々へこんでいると身が持たないぞ。じゃあな」

 アラベはそう言い残して部屋を出て行った。そして廊下を歩きながらシカラベの言葉を思い出し、軽く舌打ちする。

「シカラベの指摘そのままじゃねえか。あいつらを出汁だしにエレナ達を勧誘するのはもう無理だな。次の手を考えないと……」

 当初の予定ではエレナ達にカツヤ達の面倒を任せることになっていた。エレナ達にもそれは気付かれていた。

 身の程を知らずに無謀を繰り返すハンターの世話などエレナ達も御免だろう。その無謀の巻き添えになるのはエレナ達なのだ。アラベはそう判断すると、め息を吐きながら次の手を考え続けた。

 アラベが出て行った後もカツヤ達はしばら項垂うなだれていた。

「……ちくしょう」

 カツヤが自分でも聞き取れない小さな声でつぶやいた。その言葉の意味など、カツヤにも分からなかった。

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