第四章…「フェリスの剣。【2】」
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にしても、可能性の話とは言え、恋人からの贈り物…なんて事もなくはない…か。
私は、ここでは女だし、もし恋人がいるなら…。
「そうなると…、相手は男になるのか」
「そ、それは当然ですよ。フェリさんは女の子ですし、恋人は男性です、きっと」
恋人という響きには耳心地の良いものを感じるけど、結局中身は私ではなく俺…男な訳で、相手が男というのは正直嬉しくない。
「ずっとそばに置いておくなら、男よりももっと、目の保養になる相手の方が…」
フィアみたいな可愛い女の子に世話をしてもらえるのも悪い気はしないし、単純に目の保養という意味だけで言うなら、エルンみたいな良い体の女性とかが…。
「フェリさん…、なんか目がいやらしいですよ?」
「え? あ、気にしないで。何でもない何でもない」
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想像するあまり、俺の部分が表に出てきてしまった。
それは良くない。
フェリスという存在が崩れてしまう。
「ま、まぁこの話は置いておこう。フィーの恋の話も興味はあるけど、それはまた今度」
「え、私の話ですか?」
「私は話せる事が無いし、イクに聞いたって、あなたの事を話すだけっていうのが目に見えてる。なら、残った選択肢は1つだけじゃない」
「で、でも私は…」
『魅力的でお花畑な話も悪くはないけど、早くしてくれないかい?』
私が話を進める度にフィアの顔が赤くなり、それが楽しくなり始めた頃、部屋の外から声を掛けられる。
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いつの間にか開けられていたドアの前に立っていたのはエルンだった。
まさに噂をすれば影というやつだ。
まぁ噂と言っても、私自身の頭の中で出しただけだから、正確には噂ではないのだけど。
それでも出てくるタイミングが良すぎるだろう。
「エルン? どうしてここに?」
「どうしてって言われてもな。医術士が自分の患者の様子を見に来ちゃいかんのか?」
「いや、そんな事は…」
赤くなった顔をリセットでもしようとしたのか、フィアは一呼吸おいてからエルンの方へと向き直る。
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「エルンさんは、いつもはあんなですけど、患者の事を大事に思っているのです。以外かもしれませんが」
「自分の動揺をなかった事にしようとして、毒舌になってるぞ、フィー」
「え?」
「まぁいいや。フェリ君、さっきのフィーの恋バナ、やる時は私に一声かけてからにしてくれな。私も興味があるから~」
「はい」
「え、や、やめてください」
「い~や、普段そういった話をしてくんないし、この際だからじっくり話をしてもらうよ~」
「え~…」
まさに、フィアからしてみれば、聞かれてはいけない人に聞かれたようなモノか。
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聞く耳を持たんとでもいうような姿勢を崩さないエルンに、彼女は落胆の色を見せつつがっくりと肩を落とす。
「それで、話がそれたけど、エルンはなぜここに?」
「さっきも言ったろ。君の様子を見にさ」
「そうじゃなくて、様子を見るだけなら軍基地に来る必要はないじゃない」
「あ~、そっちか。軍に復帰するにあたって、どうせ目新しい事は無いと思うけど、監督役的な立ち位置にいる私も、その場にいないといけないってだけの話。まぁ~、私にとってはフェリ君の様子…状態を見るのが主な目的で、そっちの話に立ち会うのは次いでだ」
「なるほど」
「そんでわざわざこの部屋に来たのは、君たちが一向に帰って来ないから、何かいかがわしい事でもしてるんじゃないかと思ってさ」
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「な!?」
せっかく収まってきていたフィアの赤面が再び復活する。
「エルン。本気か冗談かは置いておいて、フィーで遊んでると、いつまでもだらだらする事になっちゃうから」
「ん~? なんだよ。君だってさっき同じような事してただろうに」
「それはそれ、これはこれ。時間切れってやつだ」
「なんだ、つまらないなぁ~。まぁ時間が無いのも事実か」
「そうそう」
「じゃあ遊びはここまでにして。良く似合ってるじゃないかフェリ君」
「どうも」
「では早速執務室の方に戻るとしよう」
そう言って、エルンは部屋を出ていく。
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私は改めて服装に乱れが無いかを確認し、得物…武器を持って彼女の後を追った。
フィアもまた、そんな私の後ろを疲れた様子で付いてくる。
「そういえば。少しはスッキリした?」
前を歩くエルンは軽く視線をこちらに向けて、優しい微笑みを向けた。
「ん? 何の話だ?」
「さっき、子供みたいにわんわん泣いてたじゃないか」
「あ~、その事か。そう言われてもざっくりとし過ぎた問いで、どう答えていいかわからない」
「本当に? まぁ記憶がないんじゃそう答えるしかないか。いやなに、簡単な話さ。理由はどうであれ、泣いたという事はそうなるだけのきっかけがあったという事。そして泣くという事は、体から吐き出したいものがあったって事だろう。それなりに長い時間泣いていたし、君にその認識がなくても、そうした事で気持ち的な変化があると思うのさ」
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「気持ち…か」
そう言われて自分の胸に手を当てる。
意識していないから感じないだけなのかもしれないが。
改めてその変化を感じ取ってみると、泣き疲れはあるけれど、そこには悲しさとか苦しみめいた感情は何もない。
むしろ、スッキリとした心地よさがある。
「まぁなんにせよ、君の中にあった重しが1つ無くなっていると私は思う訳なんだよねぇ~」
「確かに気持ち的には軽くなったような気はするけど」
「そうかそうか、良い傾向だ。記憶が絶対に戻る…取り戻せると約束できない以上、今を生きる君には、できる限り過去の残滓は持ち続けてほしくないからね。「今を生きているのは君」で、「記憶をなくす前の君は所詮過去の存在」、人間はどうあがいたって過去には戻れないんだ。だったら、今を全力で生きた方が良いだろう」
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「・・・そうね。私も、その意見に同意できる」
俺は失ったモノに見苦しくも手を伸ばしてはいるけど、私はまだそこまで落ちてないし、失ってもいない。
フェリスの過去はもちろん興味はあるけど、それはあくまで知れればいいという知識欲というか…探求心の1つ、俺みたいな未練とかそういった負からくるものじゃない。
「あとは…そうだな~、その服とか装備を身に着ければ、もう少し君に何かしらの変化が起こると思ったんだけど、その辺は急ぎ過ぎた感じかな?」
「・・・という事は、これを着るように言ったのはエルンなのか」
「そうそう。とにかく吐き出せるものがあるなら吐き出してほしくてね。後は君のその姿が見てみたかったから」
なるほど、それならそうとフィアも、エルンがそう言っていたと教えてくれればいいのに、その辺にも何かしらエルンの考えがあるのだろうか。
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そもそも着るだけなら今じゃなくていいし、この姿を見たいという事に嘘はないだろうけど、そこの意味する部分は見えないな。
「とにかく、これで君は、また1歩、しっかりと前に進んだわけだ」
嬉しそう…とは違う不敵な笑みをエルンは浮かべる。
そして彼女は、執務室の前まで来て、その扉をノックすらせずに何の躊躇もなく開けた。
「お待たせ」
それは、まるで友人の部屋に入るかのように陽気で、なんの緊張感もないものだった。
「いやいや、全然待っていないよ。彼女にとってとても大切な事があったと思うしね。リータ君、気分はどうかね?」
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執務の椅子に座ったアルは、エルンの行動にも慣れているかのような落ち着いた様子。
そして、真剣で心配の色の籠った表情で私を見てくる
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「なに、こちらは当たり前の行動を取ったに過ぎないよ。困るとするなら返したモノをいらないと言われる事ぐらいかな」
そう言って、彼は笑った。
彼の行動には、少しでも私から恥ずかしさを取り除こうとするような気づかいが感じ取れる。
「それじゃあ全員揃った所で話を進めようか」
全員…ね。
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最初に執務室に行った時との違いはエルンがいるかどうかだけ。
彼女らしいと言えば、らしいオチだな。
「話と言ってもそんな長いモノではないから、気を楽にしておくれ」
そう言って、彼は机の引き出しから1枚の紙を取り出す。
「今日から10日後、ここにいるフェリス・リータ、イクシア・ノードッグ、フィア・マーセルの3名は、ここ「エアグレーズン監視島基地」に着任する事が決まった。今回はそれを知らせる事と、それにあたっての署名をしてほしいため、来てもらった次第である」
フィアから話は聞いていたけど、改めて言われると気が引き締まるというか、緊張が襲ってくる。
そのせいか、何となく触っていた剣と柄、自然と手に力が入った。
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「まぁ内容は置いておいて、話す事はこれだけでね。なに、重く受け取らなくても問題はないよ。ここはエアグレーズン、オラグザームが攻めてこない程の辺境と監視島だ。前線基地に行く者達にとっての踏み台の基地。君たちの能力なら、全て難なく熟せると思う」
内容は真面目なのに、話している人にはそういった色が見えない、気が抜けるものだ。
噂とかを踏まえても、アルが言っている事は本当だろう。
「ではこれに署名を」
出された書類に私達3人はサインをしていく。
緊張しているはずなのに、そういった気持ちが胸にはあるというのに、そのサインをする手は不思議と、震える事なく平静時と対して変わる事は無かった。
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その後、軽い挨拶を交わし、執務室を後にして、私達は孤児院への帰路に着く。
緊張したという気持ちの裏で、呆気なさを感じた。
そんな心境を変えようと、両手剣の持ち手に手を伸ばす。
メインの武器であろう両手剣は、鞘にショルダーバックにあるような肩にかけるために帯というか紐がついていて、今はそれを右肩に掛けて剣が左の腰付近に来るようにしている。
短剣の方はベルトに固定する器具がついていて、今は両手剣と同じ位置に来るようにベルトの左側に付けた。
白い剣の方は、取り付け方が変わっているというか、思っていたのと違うモノで、背中の鎧部分に取り付ける器具があって、持ち手が下にきて、丁度右手と右肩甲骨の間に来るよう縦に取り付けられている。
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不思議なモノで、3本も剣があっても、この剣はここに、この剣はあそこにといった感じで、しっくりと来る場所がある事を付けていて自然と感じとれた。
正直な所有難い。
私だけだったら、フェリスにとっての武器のベストポジションがわからずに3本の武器を持て余していた所だ。
そして、自身の武器を手にしていると、胸の底から沸き立つモノを感じる。
わくわくというかウキウキというか、これは魔術という存在を知った時と同じ感覚だ。
私というより、俺の男としての中二心をくすぐられているのかいないのか、それともフェリスの体に刻まれた何かなのか、何にせよ、この辺は単純明快。
パロトーネで作り出す疑似的な武器ではなく、実物を持っているからこその興奮が、そこにあるのだ。
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単刀直入に言ってしまえば、この剣を振って戦ってみたい。
これは訓練で使っていた武器ではなく、当たれば切れるし、相手の命を奪う事もある凶器だ。
さっきまでの緊張感は鳴りを潜め、意識してしまったが最後、その事で頭がいっぱいになっていた。
「フェリ君も、記憶は無くなっても「戦士」って事か」
そんな私の状態を感じ取ってか、エルンが興味深そうにこちらを覗き込む。
「それはきっと、君の闘争本能だ。自身の武器が手元にあるという安心感、そしてこれでまた戦えるという意気、欲求、君の奥底に眠っていたモノに火が付いたと見える」
コツンッとエルンは両手剣の鞘を叩く。
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「私は君の変化を見ているのが楽しい。そして不安だ」
「不安?」
「せっかく生死の境から帰って来たっていうのに、その戦いを求める部分が君自身を燃やし尽くさないかってね。その辺の留め具が壊れていない事を願うよ。・・・、お?」
こちらがその言葉を理解する前に、何かを見つけて小走りに、彼女は前に出る。
それを止めようとしたが、その前にその行く先に見知った顔がある事に気付いた。
「ドゥー?」
そこには本島で乗合船の操舵手をしているドゥー・ダイの姿があった。
その横には、彼の身長を越える程の長細い何かが立てかけられている。
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「やっと来たか」
私達の姿を見てすぐ、彼は動いた。
嬉しそうな表情を浮かべてだ。
「あなたがどうしてここに? サボりで来るにしては、距離が離れ過ぎてると思うけど」
「俺って、姉さんからはそんな印象を持たれてんの? それって結構傷つくんだが」
「冗談だって。そんなあからさまにがっかりすんな。まるで私がいじめてるみたいだろ」
「そうか? じゃあ気を取り直して、ここにいるのはサボりじゃなくて仕事だ」
「仕事? あなたはここでも乗合船の操舵をしているの?」
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「違う違う。今日は別の仕事。その1つが、あんたの主治医の足、送り迎えの船の操舵だ。後、そこのお嬢ちゃんへの届け物」
そう言って自分の横に立てかけられた長細いモノとイクシアを交互に指さす。
「なにそれ?」
形からして、私としては軽く恐怖心を刺激されてしまうんけど。
長細い…というかもはや棒で、その先端には長方形のような板か何かがついていて、反対には三角形のような板が…。
私の微かに引きつり出した表情を一瞥しながら、イクシアはドゥーからそれを受け取る。
何度も上下に持ち上げて、その重さ、感触、バランス、確かめるというより、感じ取ろうとするかのように、動作1つ1つを、目を閉じて集中しながら動かしていった。
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そして、私達から離れ、周りに人がいない事を確認し、手に持っていたそれを振り回す。
スポーツの、バトン選手が自分の武器であるバトンを振り回すかのように、それはもはや綺麗と呼べる程に一切の乱れもなく、まるでそれがイクシアの体の一部で、手を動かすのと同じかのように自由自在に動いた。
決まっているかのような動作、もはや舞いとも言える美しさすら感じさせるそれが終わった時、いつの間にか集まっていた人だかりから歓声と拍手が送られる。
私も思わず拍手をしてしまったけど、こちらの表情は引きつり気味だ。
イクシアはそういった目的ではなかっただろうけど、今の動きを見てくれた人、拍手をしてくれた人達に対して、軽いお辞儀をし、一目散にこの場を離れようと走っていく。
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そんなイクシアの様子を見て、エルンは笑い、フィアは慌てて走り去った彼女の後を追った。
「余程嬉しかったみたいだねぇ~。周りが見えなくなるほどに」
ひとしきり笑ったエルンがポロっとそんな事を漏らす。
「じゃあ私達も孤児院に行こうか」
「私は置いてけぼりを喰らっているんだけど、イク達を追わなくていいの?」
「追った所でどうしようもないさ。それにフェリ君じゃあるまいし、帰る場所ぐらいわかっているって」
「・・・そうか」
私じゃあるまいし…て所に関しては、今は何も言うまい。
それにしても、イクシアのあんな行動は見た事がなかったな。
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恥ずかしさを紛らわす光景は何回か見てきているけど、今のあれはまた別のモノだ。
ようやく顔を引きつりが収まって来た所で、今度はイクシアのそんな行動に笑ってしまう。
馬鹿にするとかそういう意味ではなく、単純に可愛いと思ってしまったから、そんな行動をした彼女の一面を見れたという意味で嬉しくて、そこから出た笑いだ。
「それで、イクが振り回してたのって…」
「ん? あいつの武器だけど、それがどうした?」
一応、あれを持ってきたドゥーに聞いてみたが、答えの1つとして思い至っていた答えが、当たり前のように返ってきた。
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「やっぱり…、だから怖く感じたのか」
この夢を見る度にイクシアに疑似的に作られた武器でボコボコに叩きのめされていたんだ。
だからその形に近いモノ、というかその本体ともいえる物だったから、布で覆われて全部は見えなくても、体が反応してしまったらしい。
条件反射だ。
痛みとかが無いにしても、あれで叩かれるという恐怖が無くなる訳じゃないから。
「さてさて、いつまでもここにいたって疲れるだけだし、孤児院の方に行こうか」
エルンは軽い欠伸をして、決して早くない速さで足を進め始める。
その後はイクシアの隠しきれていない照れ隠しの被害に会う羽目になり、日が暮れるまで戦闘訓練をやる事となった。
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