171話 別れ②
「……と言うことで、トリンドルの森がわかったみたい。」
エレナがカラクとの話をピエトロとエーテルの二人に報告すると、その情報を必要としていたはずである
「ピエトロありがとう!私、完全に忘れてたわ」
――こいつ、本当に助けを求める気あんのか?
ただ、ネロも忘れてたので口にはしない。
「でも大丈夫?あれから随分時間が経ってるけど……」
エーテルの妹と会話をしてからもう二ヶ月近く経過している。
大国や戦力が均衡した者同士の戦争ならともかく、数の少ない妖精族への侵攻なら二ヵ月もあったらとっくに終わっていても不思議ではない。
「恐らくだけど僕の見立てでは、もし争いが始まっているとするなら、始まったのは早くても数週間前、僕たちがダルタリアンに向かう前だと思うよ」
「ん?どうしてだ?」
「それは……そのうちわかるよ。」
ネロから問いに、ピエトロは口にしようとした言葉を止め、答えをはぐらかした。
いつもならば、問いに対し詳しい説明が入るピエトロだけに、その反応に少し首を傾げるネロだったが、きっとピエトロの事だから答えないのにも意味があるのだろうと、そのことについて追及する事はしなかった。
「まあ大丈夫でしょ、妖精界にはそう簡単には入れないし、仮に妖精界に入られていたとしても、妖精の国は更に女王の結界に守られているからそう簡単には侵攻できないわ。特に私達は幻術魔法のエキスパートだから、勝つことは出来なくても時間を稼ぐのは得意よ。」
エーテルが腰に手を当て得意げに説明する。
「まあ、でも、急いだほうがいいのは確かよね。」
「そうだな、場所も分かったし、面倒事はとっとと終わらせようぜ。」
「あ、でも助けてもらった後でも旅は続けるんだよね?一緒にいてもいいんだよね?」
そう尋ねられるとネロは一度考える。
確かに以前ヘクタスに入れなかった時にそんな話をしたが、あの後結果的に三人でヘクタスを見て回っている。
そして妖精界を救ってしまえば、
後は目的の不老不死のスキルを持つレアードのいると言われているレミナス山へ行くだけだが、そこはホワイトキャニオンを遥かに超えるほどの、超危険地帯なだけに三人を連れて行くのは不可能で、行く時は一人のつもりでいる。
「……ま、いいんじゃねえの?」
「ホント⁉」
ネロの言葉に不安げな表情を見せていたエーテルの顔が瞬く間に笑顔へ変わった。
――別に焦る必要はないしな。
ネロの年齢はまだ十三歳、運命が決まる十五歳の誕生日まではまだ一年以上はある。
それならばすぐに行く必要もないと考えると、ネロはエーテルの言葉に頷いた。
「じゃあ、この戦いの後も、また四人で色んなところ旅しようね!約束だよ!」
エーテルは嬉しそうに何度も確認する。
そんなはしゃぐエーテルを見てエレナは笑い、ネロも呆れながらも笑みをこぼす。
……しかしそんな雰囲気を切り裂くように静かな声が響いた。
「……残念だけど、僕はここでお別れするよ。」
「え?」
その言葉に和やかだった空気が一瞬にして凍りつく。
そう言ったのは先程から、口数が少なかったピエトロだった。
「……ピエトロ?」
「お別れってどう言うこと?」
「言葉の通りさ、エーテルには申し訳ないけど僕は妖精界にはいけない。」
「……」
ピエトロの言葉にエレナとエーテルは驚きを隠せずにいたが、ネロは内心動揺するもすぐに納得した。
元々ピエトロの目的であったブルーノを止めると言う目的は達成され、自分達と一緒にいる理由はもう既に無くなっている。
だがそれでも……
「なんでなんだ?」
ネロは尋ねた。
「やることが出来たんだ。」
「やる事?」
「うん、今回のダルタリアンの一件は、捕えられた人たちを助け、バルオルグスも倒して何とか目的は達成できたけど、それと同時に問題も一つ残ってしまったんだ。」
――問題……
ピエトロの言う問題について考えるが、いまいち答えが出てこない。
ただ、ピエトロも別に問いかけてきたわけではないのですぐに答えを告げる。
「それは二大貴族が潰れた事により、帝国が外に出るのを封じていた枷がなくなった事さ。本来なら帝国とゲルマで争いをさせて戦力を削る予定が僕の読みが甘かったせいで失敗に終わってしまった。そして主君を失った二つの勢力はこのままでは帝国に飲み込まれ、帝国はますます力をつけるだろう。そうなれば帝国は本気で世界の主導権を握りに動き出す、それだけは避けなければならない。」
ピエトロは真剣な表情で訴えるように力強く言った。
それだけで、それがどれほど深刻な事なのかが窺える。
「それでお前はどうするんだ?」
「僕は、メリルと共にそれぞれの家に戻って家督を引き継ぎ帝国を抑える、それが残った僕とメリルの使命でもある。」
「戻るって、一体いつ戻るの?」
「今日、この後出る予定の船に乗せてもらうつもりさ。」
「きょ、今日⁉そんな、すぐじゃなくても……」
「ううん、やることは沢山あるし、それに、少しでも早く町の人達を安心させてあげないとね……。」
街の現状を知るエレナ達はそう言われると何も言えなくなる。
現在ダルタリアンは、帝国の介入により鎮圧されてはいるが徐々に取り込まれつつもある、ベルトナに関してはレゴールが捕まった事すら知らされていない。
「本来なら、もっと早く戻らなければならなかったんだけど、最後にどうしても君たちに会っておきたくてね……」
その言葉に皆が無言になるとピエトロは納得したと判断すると、ネロの方へとゆっくり歩み寄り、そして手を差しだした。
「ネロ、ありがとう、本当に君と出会えてよかった……」
「ピエトロ……」
「僕達四人が過ごした毎日はたったの三ヶ月……それは十三年間生きてきた僕の人生の中では五パーセントにも満たない時間だ。……でも、その時間は僕にとって他の時間をどれだけ合わせても決して勝る事のないかけがえのない時間だった。」
ピエトロがいつものように笑みを浮かべる。
もう見慣れたはずの笑顔にネロはどこか寂しさのようなものを感じていた。
「俺も……初めて友達が出来て嬉しかった。」
少し照れくさそうにしながらそう言ってネロも手を出し握手を交わす。
ネロの言葉にピエトロも少し頬を赤くしてはにかんでみせる。
「ネロ、理由はわからないが君が死に怯えているのはわかっている。君ほどの強さを持つ人間が死に怯えるなどと笑う者もいるかもしれないが、君の考えは間違っていない、どれだけ最強の力を持とうとも僕達が
「……それも得意の予測か?」
「違うよ、予測なんかじゃない、ただ君を信じているだけさ。」
ピエトロの握る力が強くなると、ネロもそれに合わせて強く握り返す。
それは二人の絆の固さを表すようで、気が付けばネロもピエトロの様に笑みを浮かべていた。
「ピ、ピエトロォ~」
「フフッ、エーテルも泣かないで、妖精界を救ったらまた三人でベルトナに遊びに来てくれればいいからさ。」
泣きじゃくるエーテルがピエトロの肩に抱き着くと、ピエトロは握手をほどいてエーテルの小さな頭を指で撫でる。
そして、そのまま少し離れたところで涙を浮かべるエレナの方を見る。
「ピエトロ……」
「そちらは、ネロと何かあったみたいだね。」
「え⁉あ、あのそれは……」
その一言にエレナは前の一件を思い出し、取り乱し始め、それを見たピエトロはまたクスリと笑う。
「相変わらず、わかりやすいね、でも大丈夫君の思いはきっと伝わってるから……」
「……うん。」
二人のやり取りをネロは聞かないふりをしてやり過ごす。
そんなネロにピエトロは少し苦笑した。
「……じゃあ、僕はこれから僕の準備があるから、ここでお別れするよ。」
「ああ……じゃあ、
「うん、じゃあ
別れの挨拶をすると、ネロ達はピエトロの姿が見えなくなるまで見送りを続けた。
「……さて、俺達も準備しないとな。」
ネロの言葉に気持ちを切り替えた二人が気合を入れて力強く頷いた。
次の目的地はルイン王国のモールズ領、ネロの前世の故郷である。
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