第156話 ダイヤモンドダスト

――十年前


 ロールはただ、遠くから燃えさかる炎を茫然としながら眺めていた。

 炎は轟々と燃え続け、城を、街を、そして人々を、ガゼル王国の兵士であるロールの守るべきものすべてを燃やし尽くしていた。


 本来ロールがいるべき場所は国王がいる城内であったが、彼女が今いる場所はガゼル王国の王都から少し離れた場所にある見晴らしのいい高台であった。


 ならば何故いるべき場所に彼女がいないのか?

 理由は一つ、ロールは戦場と化した王都から逃げ出していたからだ。

 命をかけて守るべき人を置いて逃げ出し、生き延びたこの日の事をロールは決して忘れることはなかった。

……ガゼル王国が滅んだ日の事を……


――


 当時のロールは訓練校を卒業したばかりの新卒兵士であった。

 まだガゼル王国の兵士になったばかりの彼女であったが、その実力は訓練校の頃から高く評価され、新人としては異例となる国王の近衛部隊である零番隊に配属された。


 新人であり、更に戦闘が苦手な兎の獣人族でありながらの零番隊に配属されたロールはガゼルの兵士たちからも一目置かれる存在であった。

 ただ、ロールもそのことを鼻にかけたところが見られていた。

 自分の実力に自信を持つロールは、他の部隊の兵士や実績のないベテランの兵士を見下し、そして戦争中である竜人族との争いの中で傷だらけで帰ってくる兵士を心中で馬鹿にしていた。


――あんな脳筋の種族相手になにやってるんだか、あーあ、私も早く戦って実績をあげたーい、私ならあんな奴ら一人でぶっ潰してやるのに


王の身を守る近衛隊だけに戦場に赴くことのないロールは日に不満を募らせていた。


――竜人族の奴ら、城まで襲って来ないかなぁ。


 そんな、縁起でもないことを日々考えていたロールであったが、それは程なくして現実となった。

 そして不幸にもその日こそが、ロールの初めての実践となり王国最期の日となる……。


 それは皆が寝静まった真夜中に起きたことだった。 

 ガゼル王国が誇る精鋭部隊、ガゼル獣侍軍の半分が遠征で不在の中での襲撃、王都は瞬く間に制圧され、城に竜人族の兵士がなだれ込んできた。


 ロールの望んでいた竜人族の襲撃、しかし目の前で行われる訓練とは違う命のやり取りの戦いに、彼女は思うように体が動かず、硬直していた。


 普段から弱いと馬鹿にしていたベテラン兵士達が、王を守る為にとボロボロになりながらも竜人族に勇敢に立ち向かっていき、そして無残に殺されていく。

 その光景に恐怖を覚えたロールは、いつの間にかその場から全てを置いて逃げ出していた。


 ロールは息が切れるまでただ無我夢中で走り続けた。

 行先もどこに向かっているかも分からず、ただひたすら遠くへと……

 そして気がつくと、ロールは城を抜け出し王都から離れた場所にいた。


「ハァ、ハァ……あれ?私……どうしてここに?」


 切らした息を整えながらロールはゆっくりと心を落ち着かせる、そして前を見てみれば、ロールの目には燃え盛る街が映っていた。


「あっ、そっか……私……」


 その光景を見て、ロールは自分が全てを捨てて逃げ出してきたことを自覚する。


「ごめんなさい……皆……ごめんなさぁぁぁい!」


 ロールはその場で泣き崩れると、燃え盛る街に向かって、ただひたすらに謝り続けた。


――


 それからロールはガゼル王国があったタイタン大陸から人間たちが支配権を握る大陸である、イスンダル大陸に移り住んでいた。


 他種族を亜人と罵り、差別意識を強くもつ人間の国で、獣人族が一人で生きていくのは難しく、ロールは山に拠点を置きながら、盗賊行為を行い、各地で転々として生きながらえていた。


「私は何をやってるんだ……」


 盗賊行為を繰り返すたびに罪悪感に苛まれる。

 その行動はあくまで生きる為であり、危害を加える事も極力避けていたが、それでも元兵士のロールの罪悪感は積もりつづけた。


 そんな生活が三年程続いたある日、とうとうロールはギルドから派遣された冒険者一向に敗れ、捕らえられてしまう。


 自分を捕えたのはベテランの剣士一人と子供が二人の異色のパーティーで、そのパーティーのリーダーは意外にもその子供の一人で自分より若い赤髪の少女だった。


 まだ幼さなの残る活発な少女だが、その少女の持つスキルの特性は脅威的で、ロールはなす術もないままあっさり捕まった。


――そっか、とうとう捕まっちゃったか。


 捕らえられたが、内心にはこホッとしている自分がいる。

 ただ、他種族に厳しい人間たちが獣人族の犯罪者である自分に対しどのような処罰を下すのかが、少々不安であった。


――奴隷か、もしくは処刑にでもされるのかな?ま、どっちでもいいか。


 自暴自棄になってるロールは、どんな処遇を受け入る覚悟を決めていた。

 しかし、捕まえたパーティーのリーダーである少女はギルドに引き渡そうとせず、捕えたロールに意外な提案をしてきた。


「ねえ?私達とパーティーを組まない?」


 その一言にロールは一瞬でキョトンとした顔になった。

 それはいわば、ギルドの依頼放棄の意味合いでもあったからだ。


 ロールは即座に断る。

 彼女は危害こそ加えないでいたが、もとはと言えば人間の差別意識が強いのが原因だったので、決して人間に友好的感情は持ち合わせてはいない。


 そもそも他のメンバーが許すはずもない、そう思っていたが……


「ま、うちのお姫様がそうしたいなら仕方ないな。」

「私も……別に……」


 他の二人もとあっさり承諾した。

 それでも、ロールは頑なに拒んだ。

 すると少女はロールの前で二人の仲間にどうやって仲間に引き込むかを本人に聞こえる距離で他二人と相談し始めた。


「まずは……友達から……とか?」

「なるほど、じゃあどうやって友達になればいいの?」

「文通とか始めればいいんじゃないか?」

「目の前にいる相手と⁉︎」


 こっちがバカバカしくなる内容にロールも気がつけば敵意を治めただ、呆れて聞いていた。

 結局案が決まらなかったようで、ロールはしばらく拘束されたまま、そのパーティーと行動する事となった。


 この三人はリグレット、リンス、ブランという名前で、自由気ままに冒険者として活動しながら旅をしているらしい。


 三人は旅路の合間にロールを口説く作戦を相変わらず本人の前で話し合い、時には本人にすら相談してきたりもしたが、そんな馬鹿馬鹿しくも楽しそうな三人のやりとりにロールも少しずつ惹かれていった。

 そしてある日、ロールが初めて自分から言葉を切出した。


「ねぇ。どうして貴方はそこまで私に拘るの?」


 ロールが真面目な顔で尋ねる。

 もし理由が同情などといったものなら舌を噛みちぎろうとでも考えていた。

 しかし、少女からの答えは違った。


「カッコよかったから!」

「は?」


 ドヤ顔で言ってきたリグレットの言葉にロールは眉をひそめる。

 ロールが少女に対しカッコいい姿など一度も見せたことなかったはずだ。


「あのピョーンって跳んでクルクル―って回ってずばーんってなる攻撃?威力も凄かったけどそれ以上にかっこよかった」


 子供らしく少女は無邪気な目を輝かせながら言った。


――カッコいいって技の事ね……


 でも悪い気はしていなかった。

 あれは王国の王子が独自に開発していた獣拳と言う技を自分の身体能力を生かして更に改良して作り上げた技だった。


「カッコよくなんてないよ……だって私は……」


 気がつけばロールは自分の過去を子供のリグレットに話していた。自分が国を捨てた事を、王を守る近衛隊にいながら王を見捨てて逃げた事を。

 こんな自分をカッコいいと言った少女に自分がどれだけ情けない存在なのかを語った。

 しかし、話を聞いたリグレットはロールに失望することも見限ることも、しなかった。

 そして、リグレットはロールに問いかけた。


「ねえ、私達のパーティー名って知ってる?」


 突然の質問にロールは戸惑いを見せるがすぐに答える。


「……ダイヤモンドダストでしょ?」


 流石にずっといたら嫌でも覚えてしまう。


「そう、じゃあそのパーティー名の由来ってわかる?」


 確か北の国で見られる自然現象の名前だと何処かで聞いたことがある、しかしそう答えるとリグレットは首を横に振った。


「残念だけど違うよ、名前はそこから借りてきたけどね。私達のパーティーの由来はダイヤモンド級の価値のあるゴミって言う意味なの」

「……ダイヤモンドほどの価値があるゴミ?」


 リグレットは頷くと、今度は少し大人びいた表情で語り始める。


「……私達はね、皆んながそれぞれ色んな過去を持ってるんだ、それもゴミのように捨てたいくらいの辛い過去を……でもね、そんなゴミのような過去でも未来のあり方次第ではダイヤモンド級の価値をつけられるんだよ……あの辛い過去があったからこそ、今の光輝かしい未来があるんだって感じでね。」


 リグレットがそっと手を差し伸べる。


「どう?君もその辛い捨てたくなるように過去に価値をつけてみない?」


――あんな過去に……価値を?


 そう言ってにっこりと笑う彼女の言葉に、ロールの目には涙が浮かんでいた。


「……つけられるのかな?……あんな過去にも価値がつけられるのかなぁ?」

「それは君次第だよ、まあ、私はつけられると信じたから誘ってるんだけどね。」


 ロールは差し伸べられた手を掴む、そして涙を拭くと決意を新たにする。


――私はもう逃げない、あのゴミのような捨てたい過去に価値を付けるために。

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