第96話 リグレットとスカイレス

――アドラー帝国 帝都ヘクタス


「ヘイ!火龍の頭お待ち!」


 帝都のギルド本部にある複数の受付カウンターの一つに、威勢のいい声と共にドンっと大きな音を立てて巨大な火竜の首が無造作に置かれる。

滅多に拝めないSランクモンスターの首と、それを討ち取ってきた若き女冒険者に周りにいる冒険者達からの注目が集まる。


「はい、Sランクの依頼『火竜の討伐』対象である火竜の首、確かに確認しました。」


 皆がざわつく中でギルドの受付を務める女性は目の前に置かれた巨大な竜の頭にも一切物怖じせず、平然と慣れた手つきでいつものように依頼達成の手続きをする。


「では、こちらが報酬になります。いつもご苦労様です、リグレットさん。」


受付のお礼の言葉にリグレットは満面の笑みでニコッと笑うと、報酬金を受け取り上機嫌にギルドから出て行った。


――


 仕事を終えて足取りが軽くなると、リグレットはメンバーが泊まっている宿屋とは逆方向の道へと歩いて行く。

 そっちの方向にあるのはあまり清掃の行なっていない小汚い裏道。そしてその先にはヘクタスの汚点とも言える下層地区へと続く階段がある。

 一般の人間なら近づく事を躊躇う場所にリグレットは鼻歌を歌いながら階段を降りていく。


 無法者が集まる下層地区に、肌の露出が多い格好をした若い女性のリグレットは目立つ。

不潔な格好をした男達が飢えた獣の目付きで彼女の姿を伺うが、相手がリグレットだと気づくと男達はすぐに退いて行く。

 初めの頃は一人で来るたびに幾度も襲い掛かられていたが、今では顔を覚えられ襲い掛かってくる者はほとんどいない。

 たまに新参者や勝てないとわかっていても性欲を抑えきれずに襲いかかる者もいるが、その時はただ街の一部となるだけである。


 相変わらずの暗い雰囲気の下層地区をリグレットは場違いに軽くスキップを踏みながら歩いて行く。

そして一つのオンボロの小屋に着くと、リグレットは腐った木で出来た扉を開けた。


大工の知識のない者が作った、建てつけの悪い扉はキィっと汚い音を立てる。


そしてその音を呼び鈴がわりにこのボロ小屋で酒場兼食堂を営む、男がカウンターの方へと出てくる。


「いらっしゃい……ってリグレットじゃねぇか、街に来てたのか?」

「おっちゃん、久しぶりだね、いつもの一つ。」


 リグレットから定番のメニューを頼まれると酒場の親父ははいよ!と威勢良く返事をし料理に取り掛かる。


「フフン、やっぱこの街に来たのならこれを頼まないとねぇ。」

「そこまで喜んでくれるのは嬉しいが、お前は金はあるんだからこんなところじゃなくてもっと良いもん食いに行けば良いじゃねえか、俺が使ってるのは上から落ちて来たゴミから集めたものだからあまり衛生的にいいものとは言えんぞ?」


 とは言っているが料理に使う食材は食べれるものを出していることはリグレットは知っている。

 ゴミから集めているとは言え全てが食べれないものではない。形が悪く商品にならない物や売れ残りの物と言った訳ありの物もある。そして酒場の主人はゴミ山からそんな使えそうな食材を念入りに調べながら探しているのでリグレットも安心しきっている。


「どんなに金があっても、やっぱり、たまには懐かしい味が食べたくなるのよ。」

「そうかよ。」


酒場の親父が少し嬉しそうに笑うと、奥にある厨房へと入って行く。

リグレットは待ってる間、ペタリとカウンターへとへたり込んだ。


「あーこの感触、やっぱりここは落ち着く〜」


――懐かしいなぁ、昔よくこうやってここでブランの帰り待ってたっけ?


リグレットが少し思いふけった顔で、カウンターをさする。

 先月のセグリアの一件は依頼は成功するも後味が悪く、ダイヤモンドダストは上書きするかのようにどんどん依頼をこなしていった。

 そして今日は休暇の日になっていたがリグレットは未だに晴れないモヤモヤをぶつけるかのように一人で依頼を受け、モンスターを討伐していた。


 懐かしきの思い出に浸りながら昔の様にカウンターに頰をつけたまま、店の中を見回す。

相変わらず客入りは少ないようで、いるのは隣に座る顔から全てを鎧に身を包んだ場違いな格好をした者だけだった。


 別にその格好がおかしいとは思わない。

 ここは訳あり達が集まる下層地区、顔を隠すため時折変な格好した者は腐る程いる。

 ただそれでもリグレットは他の客がいないこともあってか、鎧の者が気になった。


――この鎧……なんの素材でできてるんだろう?


 淡い紅色の水晶のような鉱石で出来ている鎧の様だが、こんな鎧をリグレットは今まで見たことがない。


――異国の鎧?それとも特別仕様オーダーメイド


隣の鎧を下から順に視線を通して行く。

そして視線が上まで到達すると兜についた装飾に目が止まった。


――あれは翼の装飾か……翼の装飾?……ってまさか⁉︎


「アヴァン・エルロン⁉︎」


 リグレットは正体に気づくと素早く立ち上がり、そのまま距離を取り戦闘態勢に入る。


「何か用か?ナターリア・ジーザス・・・・

「その名前で呼ばないで!その名はとっくの昔に捨てたんだから!」

「それはこちらも同じ、今の俺はスカイレスだ。」


 リグレットが殺気剥き出しで相手の出方をうかがう。

 しかし、スカイレスの方はそんなリグレットを、相手にせず、ただジッと座っている。


「安心しろ、お前を連れ戻せという命令は受けていない。」


 そう聞くとリグレットは暫く様子を伺った後、警戒しながら無言で一つ席をずらして再び座る。


「陛下はお前のギルドでの功績を高く評価している。」

「そりゃどうも、まああんたらに褒められても嬉しくもなんともないけどね。どうでもいいけど飲む時くらい、鎧脱いだらどう?」

「……生憎だがこんなボロ小屋に飲みに来たわけではない、ここに手配犯が頻繁にくると言う噂があったから来てみただけだ、」

「あっそう。」


 素っ気なく返事をするとリグレットは絡むのをやめ、視界にスカイレスが入らないように背を向けて頰をつき、料理ができるのを待つ。


 会話がなく重苦しい空気が漂う中、スカイレスが低い声で呟くように問いかける。


「……わからんな、何故陛下の元から逃げ出した?お前も選ばれし子供の一人だったはず。あのまま宮殿にい続ければ地位も名誉も手に入れられたと言うのに。冒険者達ドブネズミの間でチヤホヤされて満足か?同化師リグレット。」

「お生憎様、私は地位も名誉に興味はないの、欲しかったのは自由よ。訳のわからない計画のために連れ去られて、誰かさんの犬になる。そんな人生真っ平ゴメンよ。あんたの生き様見てると出てってよかったって改めて思ったわ。国の忠犬スカイレスさん。」


 二人の間に再び無言と緊迫が訪れる。

 重々しい空気が流れる状況がしばらく続いていると、先にスカイレスの方が動き出した。


「……フン、ならば何処へでも行くがいい。」


 そう言うと、スカイレスはそのまま直立に立ち上がり出口へと向かった。

立ち去るスカイレスに興味を示さないリグレット、しかしスカイレスが扉に手をかけたところで、リグレットが独り言をつぶやくかのように口を開いた。


「あ、早々、我が国の皇帝陛下はあんたがいる事で随分他国相手に大きく出てるみたいだけど、あんまり調子に乗っていると痛い目にあうよ。」

「……どう言う意味だ?」


 立ち去ろうとする足を止めて一度リグレットの方へ振り向く。


「とある国にいるのよ、あんたと互角、いや、それ以上の相手がね」

「……何者だ?」


スカイレスの問いかけにリグレットは悪戯っぽく笑みを浮かべるだけで答えようとしない。

答える気がないことを悟るとスカイレスはフンっと、小さく鼻を鳴らし酒場から出て行った。

そして一人になった店内でリグレットはその名前をポツリと呟いた。


「ネロ・ティングス・エルドラゴ。この先、アドラーはあの子に掻き乱される事になるわ……っま、勘だけどね。」




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