第49話 ギルド

――ミディール国領土ガガ島カーミナル伯爵邸


「あなた、ネロから手紙が届きましたよ!」


妻アンナの声を聴くと、この家の主、リング・カーミナルが自室から出てくる。


「そうか、もう一月経ったんだな。」


 ネロと旅立つ前に交わした月一の安全確認と状況報告の手紙。

 手紙が来ている時点で無事だと思っているので、リングは安心してゆっくりと妻の元へ歩いていく。


「あ、でもこれ、エレナの字ですね。」

「なにぃ⁉」


リングは愛娘の名前を聞くと、先程とは一転し、急いでアンナの元へと行き、手紙を受け取る。

そして、その場で封を開けると立ったまま、エレナからの手紙を読み始めた。



――拝啓、お父様へ

 お父様、お母さま、お元気でしょうか?

 ガガ島を出てから早一か月、私たちはアドラー帝国領土を旅し、今は帝都へクタスを目指し歩いています。

 初めてする旅はわからないことも多く、慣れるまでは大変でしたが、今はネロの他にもう一人友達もできて、三人で楽しく過ごしています。

 旅をしている途中で訪れる、町や村の人々と関わることで、アドラー帝国の情景や、母国ミディール国との価値観の違いに時折戸惑うこともありますが、本だけではわからない事を知ることができ、私とネロは日々、成長できていると思います。

特にネロの変わりっぷりが凄いんです!

初めこそお父様が懸念していた通り、平民差別が目立ちましたが、初めに訪れた街での出来事をきっかけに、今では、どんな相手でも普通に接しています。

……まあ、元々口が悪いので相変わらずもめ事も多いですが、もう前の様な平民を無視したり意味なく貶すことはしていません。

早く、お父様たちに成長したネロの姿を見せてあげたいです。



――追伸 勝手に出て行ってごめんなさい      エレナより



――

「ウフフ、随分楽しそうに過ごしているみたいですね」

「うむ、初めはどうなるかと思ったが、やはり、ネロは旅に行かせて正解だったな」


 手紙を読み終えたリングとアンナが笑みをこぼす。


「次会う時は二か月後、二人がどう成長しているか、この目で見せてもらおうじゃないか」

「そうですね、二か月後が楽しみです……しかし、戻ってきたらエレナはどうします?旅を続けさせますか?」

「うむ……」

 そう言ってリングは考え込み始めた。



――冒険者の街タール


 大きさは帝国の中では、中規模の街で、特徴の一つとしてここには冒険者組合のギルド支部がある。

 近くにいるモンスターも強いのがいないので、依頼なども手ごろなのが多く、ここには駆け出し冒険者などが自然と集まって来る。

 そして冒険者が多いためか、街には多数の武器屋や道具屋、宿屋があり、どの店も大いに賑わっている。

 そしてネロはそんな町の一軒の宿屋の看板に見ていた。


 タールの三つ星宿

 お一人様一泊食事付き 二十万ギル


「よし、ここにしよう」

「ストオォォォォォップ!」


 中に入ろうとするとエレナが全力で止める。


「何すんだよ?」

「こんな高いところに止まっちゃダメよ!お金なくなっちゃうじゃない!」

「安心しろ、金なら四十一万ギルあるし、ちゃんと足りてる。」


 そう言ってネロは袋を揺らし、中に入った金貨を鳴らすが、エレナの表情は険しいままだ。


「何言ってるの⁉︎それあと二ヶ月分のお金よ。こんなところで泊まったら、残り二ヶ月一万ギルで過ごさないといけないじゃない!」


 ネロは防具や武器を使わない分、経費は他の旅人よりは少ないが貴族として見栄を張るため、毎回食費や、宿、テントなど野営の道具に膨大な金を使っている。


「何言ってんだ、久々にまともな宿で泊まれるんだ、ここは少し無理してでも泊まるべきだろ?。」

「そしたらこの先、食材も宿も、道具もぜーんぶ、安物になっちゃうけどいいの?。」


 エレナの問いにネロは返答に詰まる。エレナの言葉も一理ある……というより、二理も三理もある。

しかしネロはそれでも引き下がらない。


「でも、俺達は貴族だぞ?ただでさえアドラーの貴族になめられてるのに、高級宿に泊まらないなんてそれこそまた馬鹿にされるじゃねーか」


 ここを旅して一か月、何人かのアドラーの貴族達とも交流する機会があった。

 流石にゲルマの兵士のように平民と同じ、とは考えている者はいなかったが、ガガ島を田舎呼ばわりする者はそれなりにいて、その度ネロとの喧嘩が勃発していた。


「大丈夫よ、もう誰も貴族って気づかないわ。」


 そう言ってエレナはネロの着ている服を見る。

 以前ホーセントドラゴンの時に破れたことで新しい服を新調したのはいいが、貴族の服では動きにくいので、今は冒険者が着るような、身軽な服装になっている。


 エレナも、汚れた事もあり新しい服を買ったのだが、庶民の服にも興味を持っていたのかネロと揃って平民の服を着ている。

 それに貴族の服で街中を歩くと人目が、少し痛いという事もあった。


「しかしなぁ……」

「もう!さっさと、決めなさいよ!」


 ネロが諦めきれずにいると、何処からともなく声が聞こえて来たかと思うと、宿の看板の上に姿を消していたエーテルが姿を現した。


 エーテルの着ている服は妖精界にある特殊な花を使った服で出来ており、自分の魔力を消費することで事で姿を隠すことができる。

 見つけた当初は傷ついていたので使えなかったが、今では基本的に人目の多い場所では姿を消している。


「別に安物の宿でもいいじゃない?貴族だからとかいう、そんなちんけなプライドなんてちゃっちゃと捨てちゃいなさいよ」

「クソ、てめぇは他人事だと思って」

「実際他人事だしねー、姿消してるからお金は取られないし、私は実際何処でもいいし、なんたって妖精からしてみれば人間のベッドならどれも高級ベッド並みの大きさと柔らかさだからねぇ、もう暫く切り株のベッドでは眠れないわ。」


 そう上機嫌に話しながら、看板に座って足をバタつかせるエーテルにネロは悔しさのあまり、歯ぎしりを鳴らす。


「一つ下げるだけでも十分良いところなんだから今夜はそっちにしましょ?」


 エレナの提案した宿はさきほどよりは安いし、それなりに良い。

 しかしここに来てネロの貴族としてのプライドが立ちはだかる。


――クソ、何とかここで、泊まれる方法は……

 

 ネロは何か考えはないかと、少し辺りの様子を見渡す、するとそこで周りの冒険者に目がいく。

 冒険者たちが皆同じ場所に歩いていく、そこの先にあるのはギルドだ。


「そうだ!その手があるじゃないか!」

「どうしたの?」

 

 いきなり声を上げた、ネロにエレナは首をかしげる


「ギルドだよ!ギルドでモンスター倒して金を稼げば良いんだよ!そこら辺の雑魚倒してたらそれなりに稼げんだろ。」

「そんなに上手くいくかなぁ?」


 ネロの提案にもあまり気が乗らなさそうなエレナにネロはまき餌となる一言を放つ。


「討伐ランクが高いと珍しいモンスターもいるかもしれないぞ?」

「行こう!早く!今すぐに!」


 ネロの一言に見事に食いついたエレナが目の色を変えると今度は真逆にネロの袖を引っ張り、急かし始める。


「……て言うか普通に金を稼ぐのは問題ないのね、モンスター倒して金を稼ぐなんて、そっちの方が貴族っぽくないと思うけど。」


 エーテルの放ったチクリとした言葉に聞こえないふりをすると、ネロとエーテルは早速ギルド支部がある町の中央へと歩き出した。


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