第201話臨済語録(3)
金屑貴しと雖も眼に落つれば翳と成る
(金の細片は貴重なものだが眼に入ってしまっては害にしかならない)
もともとの話は、
臨済禅師が住職をしていた臨済院に、その地方の知事が訪ねて来て、臨済禅師に質問をした。
知事
「このお寺の修行僧たちは読経やや坐禅をしているのですか?」
臨済禅師
「読経もしないし、坐禅もしない。仏になるのです」
※禅の修行道場であり、読経も坐禅もしないはずがないけれど、臨済禅師はそう答えた。
それに対する知事
「金屑貴しと雖も眼に落つれば翳と成る」
(金の細片は貴重なものだが眼に入ってしまっては害にしかならない)
※知事は「読経や坐禅もそれにとらわれてはかえって仏になる妨げになってしまうのですね」と理解した。
臨済禅師はこの時、知事のこの言葉に「その通り」と応えた。
江戸時代初期の大名家で、小姓が大名の留守中に、家宝の弓で遊んでいて、ポキリと弓を折ってしまった。
小姓は打ち首も覚悟して大名の沙汰を待ったけれど、帰ってそのことを聞いた大名は「常にこの弓を傍に置いて万が一に備えていたが、小姓が引いても折れるくらいの弓ならば、自分が引いても必ずや折れて危機に陥っていたであろう。むしろ事前にそれを知ることができたのは幸いである」と言って笑って許したということ。
壊れるような弓をなおも大切なものと見ていたのであれば、無用の長物をありがたがる考えになる。
その大名は、壊れた弓より大切なものがあるということに気づいた。
「冷静な判断力を持ち、大切なものは何なのかしっかりと見極めなさい」という教えに理解した。
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