第50話 神の手

 その日、俺は暇を持て余していた。これといって、別にすることもない。

 俺は、たまたま目についたパチンコ店に入った。

 もともと、あまりパチンコなどしたことがないのだから、大当たりの出る機械など見分けられるわけもない。俺は適当にあいている席に座り、レバーを握る。すると・・・


 「この台はやめておきな。今日は二つ右隣の台がいいよ」


 思わず、俺はあたりを見回した。昼間の時間帯で、比較的すいていたためか俺の周りには誰もいない。

 おかしいと思いつつも、俺はもう一度レバーを握ってみる。

 「だから、この台は出ないって。二つ右隣の・・・」

 確かに、目の前のパチンコ台がこう言っているのだ。

 もちろん、それは声として聞こえるのではなく、俺の頭の中にささやいてくるように聞こえるのだ。

 ものは試しと、俺は頭のささやきに従って、その台から右に二つ目の台に移ってみる。


 「やあ、時間はあるのかい。今日はたっぷり楽しんでっておくれよ」

 握ったレバーを伝わって、今度はこんな声が聞こえてきた。

 俺は何度か、レバーを握ったり離したりしてみたが、どうやら握っている時だけ、この機械からの声が伝わってくるようだ。

 それならばと、俺はレバーを強く握りしめ、早く大当たりが出るようにと念じてみた。しかし、それに対しては何の反応も返ってこない。

 どうやらこのテレパシーのようなものは、向こうの気持ちだけがわかる、一方通行であるようなのだ。

 当然その夜、俺は抱えきれないぐらいたくさんの景品を持って帰ることとなった。


 その日以来、文字通り俺の生活は一変した。手にふれたすべての物が、みんな心のささやきをしてくるのだ。


 テレビのリモコンを握れば、

 「今、裏でクイズ番組をやっているよ。『グリーンハウス』と解答を書いて、番組に応募してごらん。景品がもらえるはずさ」

 と、答えてくれる。

 はたして一月ほど経ったころ、テレビ局からの景品だということで、真っ赤なスポーツカーが贈られて来た。


 デパートの福引を回そうとしたときもそうだった。そう、あの小さな玉の出てくるやつだ。

 「今回はやめて、もう一回後ろの列に並びな」

 と、聞こえてくる。

 福引件が見当たらないといって、後ろの列に並び直してから回してみる。何と特等のハワイ旅行が当たる。

 一事が万事、こんな具合なのだ。


 まあ、それでもいつも良いことばかりと言うわけでもない。車を運転する時は、多少疲れることもある。

 なにせ、いやでもハンドルを握らなければならないのだ。

 そのたびに、頭の中にはやれスピードを出し過ぎるだの、ブレーキの踏み込みが浅いだのと、いらない自動車のささやきが聞こえて来るのだ。

 だが、押しなべてみても、俺はすごい力を手にしたようだ。まさにゴッドハンド、神の手とも言えるだろう。


 そんな生活にも一応慣れてきたある日、俺はある決心をした。

 そう、細かくちびちび稼ぐよりも、ここはひとつ、一攫千金を狙って、宝くじでも買おうと思ったのだ。

 その日から、俺の宝くじ売り場巡りの旅が始まった。

 宝くじを買うといっても、そんな簡単に当たりくじに出くわすわけがない。まして、そのくじに触れなければわからないのだから、これは思っていた以上に大変な仕事となった。

 俺は一軒一軒売り場で、くじを触らせてもらえるよう頭を下げた。

 そして念力でも与えているかのように、一枚一枚くじに触れていくのだ。その光景たるや、はたから見ていて決して見栄えの良いものではない。

 もちろん、売り場の人からも半分怪しい目で見られるのは言うまでもない。

 それでも俺は、ついに一等の五億円の当たりくじを見つけることが出来た。まあ、正確に言うならば、その宝くじのほうから俺に語り掛けて来たわけだが・・・

 

 一月後、俺は予定通り一等の五億円を手にする事となった。

 当たり券を持った俺は、現金に換金するため町の銀行を尋ねた。


 早速出てきた銀行の支店長は、お金の入ったバッグを俺に手渡すなり、しっかりと俺の手を握ってこう言った。

 「このたびは、大変おめでとうございます。あなたのような方に当たってこそ、宝くじを主催している当銀行の価値があるというものです」

 支店長はなおも笑みを絶やさない。


 しかし、俺の耳には、その支店長の言葉など何も入ってはこなかった。

 ただ、頭の中に聞こえてきたのは、

 「まったく、おあつらえ向きなカモが当たったもんだな。これでこいつから、五億円の定期預金を取りつければ、私が焦げつかせてしまった不当貸付も、当分の間は隠せるってもんだ」

 と、いう支店長の心のささやきであった・・・

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