No.66 こっちが何もしてないのに変に良い待遇受けたら心配になるよな?


 ......暇だ。

 そしてなにより腰が痛い。ずっと目隠しされてるから眠れそうなのだが、そんなことは全然無く。

 どこに向かっているのかは見当もつかないが、誘拐されてから軽く半日以上は経っているんじゃなかろうか。

 俺の記憶と感覚で感じたことを話すとするならば、まず車で二時間ぐらいの移動。微かに聞こえていた走行音から察するに、高速を使っていた。その後おそらく何か大きな袋的なバックに詰められ......ぐらいから寝てしまった。

 いや、思った以上に移動時間が長くて普通に睡魔がやばかったんだよ。んで、今も多分車だろうな。右だの左だの坂道だのを繰り返している。

 はぁ、心細い............。横に誰かいるのは分かるんだけど、それがはたして彼杵そのぎやカズなのか。それとも誘拐犯なのか。分からないし猿轡さるぐつわされてて喋れないから確かめようも無い。

 目隠しによる暗闇がずっと続くのにも慣れてきて、何か変な気分なんだよなぁ。

 あ、ちょっとお腹すいてきたな。ていうか、よく考えたら誘拐されてから一度もトイレしてない。

 あ~、考えるんじゃなかったな。すっげぇおしっこしたい......。

 結構尿意がエグくなってきた俺は、別のこと(主に彼杵)を考えてひたすら尿意を紛らわすことにした。

 

 と、その時。

 車のスピードが徐々に落ちていき、やがて停止した。ドアが開く音がして、横に座っていたであろう人間がいなくなる気配が感じられる。


「Get out of the car」

 

 無機質な声が俺に呼びかける。

 車から降りろ、か。ちなみに俺の英語の成績は悪くも無く良くも無く、たどたどしいが喋れる程度だ。

 目隠しはされたままなので、感覚と雰囲気と気配だけに頼って車から出る。

 

「I think that it is good to take off blindfolds」

「I see」


 ちょっと聞いた事ない単語が出てきたな。Blindfoldってなんだろ。

 学生時代の記憶を探っていると、誰かが俺の後ろに立った(気配がした)。

 刹那、目隠しが外され視界が真っ白に輝く。というよりかは、ずっと目隠しされていたことにより、いきなりの光に目が追いついていないのだ。目隠しと一緒に猿轡も外され、俺はとりあえず大きく酸素を肺に送り込む。

 ふぁぁ~、素晴らしい開放感だ~! 口周りが涎だらけなのはいただけないが。

 俺が出所して自由度に感動している元犯罪者みたいな反応をしたのを見ると、金髪のグラサンをしたいかつい男が手招きしながら言う。

 

「Come along」

「オ、オーケー」


 多分着いて来いって言ってるはず......。

 自分の英語力を信じて男に着いて行く。後ろからは、スキンヘッドで肌色の黒い男とモヒカン頭の男が俺が下手なこと出来ないようにか、ぴったりとくっついて歩いている。

 ......皆、どこ行ったんだろ。




「お~い、金髪ナルシー。死んだんですか~?」

「ん、んぁ......?」


 聞き覚えのある声が耳元で聞こえる。可愛らしい声だ。アニメ声というわけでもないが、ちょっと幼い感じの活発ある雰囲気だな。そうそう余談だが俺の経験上、アニメ声が地声でそれに悩みを一つも抱えてないってヤツにまともなヤツはいない。


「ダメですね。これは死んでます。捨てましょう」

「おいおい、今明らかに呻き声的なのが聞こえたんだが......?」

「!! 王女様のキスで眠りから覚める的なヤツかもね」

「ちょっと彼杵? 何言ってんの?」

「サヤ姉、ナルシーにキスしましょう! さすれば目を覚ます!!」

「へ、変なこと言わないでよっ! なんであたしが!」

「お前しかおらんだろう、この中で言えば」

「そーだよー。いまでも好きなんでしょ~?」

「そ、それはそうだけどぉ~......」


 なんだ、やけに騒がしいいな。意識が完全に覚醒してないせいで何て言ってるかはわかんねぇけど。

 

「ほら、既成事実は作っといた方が今後のためになりますよ!!」

「どうせだから、一発カマしといたらどうだ? チ○コだけなら刺激されれば起きるだろう」

「あ、ツバキちゃんうまい!!」

「あんたたちねぇ......」

「もぉ、サヤ姉何躊躇ってんのさ! 早くキスしちゃいなよ」

「ほれキ~ス、キ~ス、キ~ス」

「うぅぅぅぅ......」

「サヤ姉、お店のお客さんとヤった話ならノリノリで話してくれるのに、何でこういうとこで恥ずかしがっちゃうの?」

「そ、それはっ!」

「彼杵よ、そんなこと訊くのはヤボというやつだ。女というものは誰しも、好きな男の前では美しく純情でありたいというものだ」

「ほほ~、なるほど」


 あ~、やっと耳が聞こえるようになってきた。身体を起こそうとしてみるけど、まだちょっと重いな。それに頭もイテぇ。


「でもサヤ姉の場合、一度ナルシーとヤってますからね」

「いまさら純情ぶっても遅い、というわけだな」

「いいじゃないのよ! 少しくらい純情っぽく振舞っても!!」

「ま、細かいことは置いといて。ささっ、ブチュっとどうぞ!!」

「和人が息できなくなるほど長くアツいちゅーをどうぞ!!」

「う、分かったわよぉ~」

「サヤ姉、まんざらでもなさそうだね」

「むしろキスできるチャンスがめぐってきて嬉しそうだ」

「うっさいわね!!」


 いやいや、うっさいのそっちだから。こちとら倒れてんだから少しくらい静かにして欲しい。

 そろそろ頭も回ってきた。俺はそっと目を開けてみる。


「って、うお!? サヤ!?」

「ひぇ!?」

「な、なんでこんな密着してんの?」


 目を開けた途端、目の前に見えたのはサヤの整ったクオーターらしき日本人七割外国人三割の顔。頬を少し赤く染めて横になっている俺にぴったりと密着していたのだ。

 サヤは目にも止まらぬ速さで俺から離れ、彼杵ちゃんとツバキちゃんの後ろに隠れる。


「あ~ぁ。ホントたいみんぐ悪いですね~」

「全くだ。もっと寝ていればいいものを」

「え、何で俺そんなにジト目で見られてんの? 何かした?」

「そうですね、目を覚まして欲しくなかったです」

「彼杵ちゃん、相変わらずヒドイ!!」


 クソ~、俺そこまで言われることしたかな......? まさかまた酔って記憶に無い内に何かしてしまったのか!?

 いや、待てよ。それ以前に俺たちはイカツイ外国人たちにさらわれたんじゃなかったっけか!?


「そーだよ! 皆は、他の皆はどうしたっ、イッテぇ......」


 俺が横になっていたソファから勢いよく身体を起こす。それと同時に後頭部にとてつもない激痛が走る。


「おとなしくしとけ、和人。お前、抵抗したからボッコボコに殴られてたんだぞ。記憶に無いか?」

「......一切ねぇ」

「ホントに殴られて記憶って消えるんですね」

「お~、イテテ......それで、俺たちは誘拐されたってことでいいのか?」

「そうね。この通りよ」

「いや、この通りって言われてもな......」

「??」

「何でこんな豪勢な部屋に連れてこられるんだ!?」


 さっきからずっと気になっていた。誘拐されたはずなのに、俺が寝かされていたのは異常なまでにフッカフカなソファ。身長百八十越えの俺が足を伸ばして寝れてるんだから、相当デカいソファだということが分かってもらえるはずだ。  

 その上、部屋の中央にはキラキラ輝くシャレたデザインのテーブル。机上にはフルーツが載せられた銀色に光る器。天井を見やると窓からそそぐ太陽光を美しく反射するシャンデリア。

 壁に掛かる鹿と熊の剥製。チックタックと小気味良い音を刻む古時計。明らかに高そうなよく分からん形した金色の置物。


「誘拐された人間がいるところじゃねぇだろ!!」

「ま、そうですよね~。」

「その反応であってるぞ」

「あたしたちも連れてこられたときは驚いたわ」

「説明をくれ! 意味が分からん!!」


 俺がやけに冷静な三人に状況の説明を求めて立ち上がる。


「そんなこと言われても、私たちも目が覚めたらここにいたって感じなんで」

「もう慣れたわよね。この豪華さ」

「そうだな、誘拐犯側がこんだけしてくれてるんだ。こっちはおとなしく被害者やっておいた方がいいだろう」

「意味も分からずこの待遇受けるの怖くないか!?」


 俺が取り乱してわめいている時だった。部屋の外から足音が聞こえる。

 そしてガチャっと扉が開いて、人が入ってきた。


「失礼しま~す......。あれ、皆?」

「あ、神哉くん!!!」

「ぐほっ!! ちょ、待て待て彼杵。ギブギブ......今俺腰痛めてるから......」


 部屋に入ってきたのは、俺たちのたまり場の家主、神哉だった。

 彼杵ちゃんはその姿を見ると、ラガーマン顔負けのタックルで抱きつく。おそらくここに連れてこられるまでの間、ずっと座ったままだったのだろう。そら腰も痛くなるわ。

 

「むは~、神哉くんの匂い~」

「おい! スーハーするな!! こそばゆい!」

「一日以上会えなかったんですからぁ~、神哉くん成分が足りてないんですぅ」

「その神哉くん成分って何か気持ち悪いからもう使うなよ?」


 一通り彼杵ちゃんが神哉を堪能すると、やがて神哉は腰を抑えながら俺の寝ていたソファに腰掛ける。


「アイタタタ......。長時間座ったままってのがこんなに腰痛めるとは思わなかった」

「そんなことより、神哉。今どういう状況なのか、分かるか?」

「え、誘拐されたんだろ?」

「それはそうなんだけどよ。おかしいだろ、こんな豪華な部屋に監禁なんて」

「カズ、ここの外装観てないのか......?」

「外装......?」


 んなもん観てねぇよ。起きたらこの部屋だったんだもん。逆に何でお前は外を観てきてんだ。


「ま、俺も予測なんだけど。外国人の誘拐犯とこのオシャレで豪華な感じから考えるに、今回の一件で絡んでるのは......」


「はいはい、そこまで!」


「わっ!? びっくりしたぁ」

「誰だ? 日本人じゃないか」

「あー! あんたら!!」


 突然神哉の言葉を遮ってきたその人物は、二回ほど会ったことがあった。

 初めて会ったのはあの俺の裁判になるかならないか騒ぎの時。


松浦まつうら!?」

女乃都めのともいま~す」


 違法弁護士、松浦まつうら綾平りょうへいとポンコツ弁護士、女乃都マヤだった。


「説明もなしに悪いが、ちょっと着いて来てくれ。私たちの今回の依頼主が君たちと話がある」

「依頼主......?」


 

 次は犯罪者たちがついにイクミと再会!?

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