第50話 大森林
「やっぱり適当な装備を揃えて、一度魔王に挑んでみようぜ。それで失うのは経験値だけなんだから痛手にはならないだろ」
「まあ、それならいいんじゃないかしらね」
どうやら、クレアは新しく手に入れた装備を失うのが嫌なだけらしい。
たしかに今の装備を失うとクリアが怪しくなってきてしまう。だがゲームというのはクリアできるように作られているはずだから、レア装備だって必須ではないはずなのだ。
ただし装備がなければ、当然クリアに必要なランクは上がってしまうだろう。
「もしかしてアイリは、クリアしたら叶うっていう願い事に期待しているの」
「ち、違うわよ。そんな話、すっかり忘れていたわ」
「それは興味あるな。アイリは何をお願いするんだ。世界征服でも願うのか」
「ユウサクじゃあるまいし、そんなこと考えるわけないじゃない」
「でも、叶うお願いは一つだけよね。だったら私たちみんなで一つのお願いなんじゃないかしら」
確かに、クレアの言う可能性もある。それは俺も見逃していた。
「もしお願い事が一つだったら、もちろん俺がお願いしていいんだよな」
俺がそう言ったら、そんなの駄目に決まっているじゃないと、アイリとクレアは立ち上がって叫んだ。
いったいどんな野心を持っているのかしらないが、二人はこのパーティーにどれだけ貢献しているつもりでいるのだろうか。
「なによ、その顔は」
とアイリ。
「不満そうな顔をしているわ」
とクレア。
「それなら、100兆円もらってみんなで分ければいいじゃねーか」
モーレットは朝から焼肉定食を食べつつ、さもいい思いつきであるかのように言った。
「わかってないわね。お金なんて話にならないわよ」
「クレアこそわかってねーよ。みんなが納得するお願いなんてないだろ」
「私は世界一の美人になりたいわ」
「性格を直して、胸に厚めのパッドでも入れとけよ。それでだいたい叶うだろ。とりあえずアイリの願いは却下だな」
「やっぱりユウサク君はアイリの事が好きなんだね」
突然、ワカナが訳のわからないことを言いだして俺は焦った。
「なんでそうなるんだよ。こんな奴、大っ――」
大嫌いにきまってるだろと続けようとしたが、アイリの泣きそうな顔に気付いた俺は続きの言葉を飲み込んだ。
しかし、なにを言おうとしたか大体は想像がつくのだろう。アイリは目に涙をにじませながら俺のことを睨んだ。
「最後まで言いなさいよ」
俺を睨みながらそんなことを言うアイリの言葉は無視した。
「とにかく、つまらない願い事は却下だ。俺としては、この世界に永住させてくれなんてどうかと思うんだけどな」
「馬鹿も休み休みに言いなさい」
「みんな情けないわよ」クレアが立ち上がって、俺たちを見回す。「自分たちのことばっかりじゃない。世界平和とか、どうしてもっとまともな考えが出てこないの」
クレアの意見を聞いて皆が黙り込んだ。もしかして自分勝手なことを言ってしまったと反省しているのだろうか。
確かにクレアの言うことはぐうの音も出ないほどの正論かもしれない。
しかしこの話を長引かせるのは良くない。最初の話では魔王を倒したものは願いが叶うと言っていたのだから、ダメージの大きい俺に願う権利が回ってくる可能性は大きい。
そしたら俺が好き勝手にお願いを言ってしまえばいいのだ。
俺は話を変えることにした。
「じゃあ、今日はリカに装備を買い集めてもらおう。それ以外のメンツは休みだな」
俺は金も出来たので、午前中は奴隷商館に行こうと思っていた。もう慣れてしまったのでタクマは誘わなくていいだろう。
最近ではコンパニオンを連れて歩いているやつを見かけるのも珍しくない。高いコンパニオンは無理だと悟って、みんな安いコンパニオンを買い始めたのだ。
コンパニオンだけでパーティーを作って一緒にやっている者もいるそうである。出たアイテムやお金を独占できるので、いったん軌道に乗ればかなりの額を稼ぎ出すそうだ。
コンパニオンを買った連中の間でも、最高級のコンパニオンを買った俺とタクマは噂になっているそうだ。
俺は午後になってから奴隷商館に行ってウサコを買ってきた。ニャコは不機嫌になったが、クウコは気にした様子がない。
クレアたちは、何を行っても無駄だという態度で何も言わなかった。
夕方頃、リカが部屋にやってきて俺の装備を置いていった。オリハルコンバスターソードとかいうやたらと高そうで重たい剣を買ってきてくれた。
どういうつもりでこんなものを買ってきたんだと言ったら、それしかなかったとリカは言った。
鎧はアントクイーンシェルから作られたものだった。あれを倒したパーティーがいるのだろうか。
俺たちは蒼天の山脈で莫大な額を稼いだので、市場に出ている一番いいものを買っても大した金額ではなかった。
すでに商売のレベルもあがっているので、狩りで出たアイテムくらいならコウタの手を借りずにコンパニオンだけで捌ききれている。
夜になってタクマに連絡すると、やっとランク35になったそうで、次は欲望の塔に行くのだと嬉しそうに話していた。貸していたお金も返ってきて、俺としても喜ばしい限りだ。
ミサトはランク38になったそうである。やはり俺たちとはかなり離れている。
「それじゃ明日から魔王の洞窟に行くぞ」
「特に悪いこともされていないのに魔王を倒すなんて、なんだか気がひけるわね」
「クレアは何もされてなくたって、他の奴らはやられてんじゃねーのか」
NPCの知り合いが多いモーレットは、魔王の悪評も耳にしているのだろうか。
「ところでアタシの伝説が始まるのはいつからなんスかね! もちろん明日の冒険にも連れて行ってくれるんスよねぇ」
アイリの隣で飯を食っていたウサコが急に顔を上げていった。その動きに合わせて跳ね上がった耳がアイリの顔を直撃している。
「そんなもんあるか。しっかり留守番しとけよな」
「アタシの身体だけが目当てだったのねー!」
「うるさいって、そういうのいいから」
「もうちょっと静かに食事してもらえないかしら」
「この氷の女王はだれッスかね」
「アイリだよ。あんまりかかわらないほうがいいぞ」
「私はまだ紹介もされてないわよ」
アイリがあきれ顔でウサコを眺めながら言った。
「アタシはウサコ、今日からユウサク様の性奴隷になりました。よろぴくでぃーーッス!」
「こういう子が好きなのね」
アイリが冷めた態度で呟く。
「そんなわけないだろ」
「じゃあどうしてアタシを買ったんスか!」
「やめてくれって、いちいち叫ぶなよ。びっくりするだろうが」
「そんな扱い可哀そうじゃない」
まだこいつのキャラを掴みきれていないクレアが見かねて言った。
「いえ、そうでもないッス」
俺が静かに食べろと言ったら、ウサコは「うッス」みたいな返事をしておとなしくなった。こいつはパンチの利いた挨拶ができたッスみたいなことを考えているに違いない。
このイカレウサギを買ったのは、顔と体が優れていたからに他ならない。
晩飯を終えたら、その日は明日に備えて早めに寝ることにした。魔王の洞窟というからには、そこまでの道のりですら強敵がいるに違いないのだ。
睡眠不足では魔王までたどり着けなくなってしまう。
ぐっすりと寝て翌日、ウサコに起こされて朝ご飯を食べた。朝からすさまじい金切り声を聞かされて、脳みそを引っ掻かれたような気分で目を覚ます羽目になった。
文句を言いたいが聞きもしないだろうから、手早く朝飯を済ませて準備を始めた。俺が準備を済ませるころには、他の皆も準備を済ませていた。
魔王の洞窟までの道のりは簡単である。
瘴気の森からアルゴスの大森林に入って、その中で入り口を探すだけだ。地図で見れば小さな森だし、入ってみても大した敵はいなかった。
大森林という割にはうっそうとした薄暗さのない、明るめの森だった。
そこで遺跡のようなものがあって、これが洞窟の入り口かなと思っていたらボスが現れた。
"ケルピー"と表示された青白い馬で、遺跡の守り神のような雰囲気で現れる。直感的にボスであるとわかった。瞬間的にクレアがメイヘムを使ったおかげで、ビームのように放たれた水流は彼女を襲った。
一撃で半分以上のHPが減らされたので、もしクレア以外が食らっていたら一発で消し飛んでいたであろう攻撃である。
ワカナのグレーターヒーリングでクレアのHPは一瞬にして戻ったが、直線的な単体魔法だけあって、後衛に流れ弾に当たるのが怖い。
「クレア、敵の魔法を避けるなよ」
「わかってるわ」
水流の攻撃がそれほど早くなくて、かわし易い速度なのも悪意を感じるところだ。クレアに壁役の意識がなかったらヤバかったが、彼女に関してはそういう心配は無用だった。一歩も動かずに、魔法攻撃に対して何の役にも立たない盾など構え直していたくらいだ。
クレアが斬りかかると、敵は自分を中心にして竜巻のように水を巻き上げる魔法攻撃を使ってきた。フルレジストしてしまって俺にダメージは入らない。
仕方がないので、俺はデストラクションを放ってから剣を敵に振り下ろした。
結局、敵の魔法攻撃をすべてフルレジストしてしまい、リバイバルからのデストラクションは使えなかった。必死で攻撃していたが、倒すのにやたらと時間がかかってしまった。
使っているのは魔剣ですらないし、敵からのダメージがないと大したダメージが出せないという俺の弱点が現れてしまった感じだ。
これでは魔王に対しても攻撃力が足りなさ過ぎて下見にならないかもしれない。
ソウルブレードとブラッドソードがあるので、最悪どちらかをロストしてしまってもいいかという考えも浮かんだが、攻撃力の低い俺は魔剣を失うのが一番悪い事態なので、それだけはやめておくことにした。
そもそも普段の狩りは軽いソウルブレードがいいし、ボスには火力が出せるブラッドソード以外の選択肢はない。二本ともちゃんと役割があるのだ。
どちらもゲーム内で最強の武器だろうから、失ったら二度と手に入らないに違いないというのもある。
大したことのないボスだと思ったら、ケルピーはアブソリュートマジックバリアの魔法書を落としていた。すぐにワカナに覚えさせて、俺たちは森の中を進んだ。
「最後に来るところだからドロップも凄いわね。あのくらいのボスが、クラスⅤの魔法書を落とすんだもの」
「確かにな。ここで全部の魔法を揃えてから挑んだ方がいいのかもな」
ケルピーはユニークボスですらなかったのに、何故か最高級レアに近いアイテムを落とした。復活までにかなりの時間はかかるだろうが、倒し続ければクラスⅤの魔法書も揃いそうである。
大体のギミックをクリアしてきたから、ボスも危なげなく倒せるようになってしまって、なんだか感慨深いものを感じた。
これで、このゲームも終わりかという感慨である。なかなか肝が冷えるような体験をさせられてきたが、それも終わりかというのが寂しい。
アルゴスの大森林は地図に表示されているよりも大きかった。
昼飯時になっても、まだ洞窟の入り口すら見つからない。どうやら森自体に何らかのギミックが仕掛けられている可能性もある。
しかしどんなスキルや魔法を使っても変化は見つけられないので、ただ異次元空間的な本当の広さがあるだけの可能性もあった。
森の中ではアイリのテレポートも使えないので、今日中に洞窟の入り口を見つけられないとなると、泊まり込みで洞窟の入り口を探さなければならないという事になる。
しかし、ここには洞窟内にあったような休憩所は見つけられない。だから、ここで寝るとなれば、一晩中見張りを立てておく必要があるという事になるだろう。
昼飯時になって、俺たちは倒れている丸太に座ってメシの実を食べた。木の上でひとり食べているリカを見たら、あの気持ちのいい景色を思い出して少し羨ましく思えた。
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