第2話「五ヶ月前」

『謎の巨大物体 皇居内に現れる』

 家に帰ってポストに入っていた夕刊を広げる。一面に大きく踊る文字。一位二位を争う全国紙の見出しとは思えないが、確かにそう載っている。一緒に載せられたカラー写真には確かに卵状の物体が、大きく写っていた。手前には首相官邸が写され、その大きさを強調している。まあ確かに、通勤途中にそんなものを見たなと思い返す。

 テレビを付ける。ちょうど夕方のニュースの時間。汐留にある第一テレビのチャンネルだったが、そちらでもその「卵状の巨大物体」の特集が組まれていた。時間的にはトップニュース扱い。浜岡総理が昨日、近いうちの衆議院解散を明言したのにも関わらず、である。

『自衛隊による観測によると、表面温度は外気温とほぼ変わらないとのことです。物体表面の調査では一部に電波吸収性を持つ物質が検出されていますが、他国の兵器の可能性は低いとの見解が出ています』

 巨大物体の映像から、スタジオに切り替わる。

『中谷さん、政府の対応が後手後手に回っている気がするのですが』

 中年を過ぎた容貌の男性へと話が振られた。下に出たテロップには「中谷昭文 ジャーナリスト・二十年以上の取材経験から世の中を分析するプロフェッショナル」という紹介が表示され、発言が絶対的に正しいという印象を視聴者に植え付ける。

『そうですね、自衛隊が何故すぐに出現を探知できなかったか、それが問題です。状況を考えると空から飛来したと思われますから、高価なレーダーを運用している意義に疑問符がつかざるを得ません。また政府の発表がメディアの報道を追う形に──』

 テレビを切って新聞をじっくり読むことにする。電波を吸収する素材で覆われていたとしたら、容易に探知できる訳がない。仕事が関係しているので解ることかもしれないが。また政府見解としての言葉は重い。きちんとした確認が取れない段階で安易に発表しがたい気持ちも理解できる。

 翌朝会社に出ると、予想通り巨大物体のことが話題になっていた。丸の内にオフィスを構えているが、東京駅側なので直接「大きな卵」を見る機会は少ない。

「隕石じゃないですかね?」

 今年入ってきたばかりの春永が言うが、それはないだろう。

「あの大きさが隕石だったら、東京は壊滅してるよ」

 代弁してくれたのは秋山課長。まだ三十代前半だが、その出世の犠牲になったのか頭はかなり薄くなってしまっている。

「じゃあ何なんですか?」

「宇宙人の移動カプセルかな」

「それこそあり得ないし。信じてるんですか、宇宙人。非科学的ですね、秋山課長」

「判らないものは否定しないのが科学だからね」

「じゃ、隕石説も否定出来ないじゃないですか」

 残念ながら春永の方が上。細かい知識については秋山課長に利があるが、切り返しについては逆だ。

 電話が掛かってきたのはその時。

「はい、東京エレクトロニック・サービス、夏木です」

『第一テレビ報道局の天田と申します。実は取材の一環として調査をお願いしたいのですが』

 昨日観ていた番組の放送局だ。電波に関する調査という事業の関係上、テレビ局からの依頼を受けることも少なくないが、取材を含むことは珍しい。

「どういったご用件でしょうか?」

『昨日出現した「卵」の影響で電波障害が起こっているはずなので、そのエリアを特定して欲しいのです』

「なるほど、そのエリアでテレビの状況について取材をかけることで、出現時刻を特定しようということですか」

 なかなか面白いことを考えるものだ。ただ首都圏のテレビ送信所が六百メートル以上の東京スカイツリーに移ったことやデジタル放送の耐ノイズ性を考えると、そのエリアは限られてくる。出現位置が皇居の敷地内ともなれば、実質影響なしとなる結果も考えうる。

『全く、その通りです』

「では上の者に確認して参りますのでしばらくお待ち下さい」

 おそらく社内は通る、そう思いながら秋山課長に報告する。秋山課長から社長に上げてもらい、予想通りこの仕事を受けることになった。ただし、期待通りの結果が得られないという可能性を念押ししておく。

 電話を切ると早速、調査の準備を開始する。具体的にはコンピュータを使ったシミュレーション。会社では首都圏にある建物の詳細な情報を網羅・実際の電波状況についての調査結果も反映させた数値地図を管理しており、その地図上にニュース映像から推定された「位置や高さ・形」の情報を入力する。コンピュータの中で再現が可能になった段階で取材班が到着し、映像を撮り始める。

 メインである電波障害エリアの推定はスーパーコンピュータを使用した大がかりな作業である。首都圏全体ともなれば地球シミュレータなど外部機関の大規模群を使用するが、エリアが限定されている上、予約の段階を踏む時間もないため自社にある虎の子の一台のみで行う。一時間にもわたる計算の間に、再現した「巨大な卵」のCG画像を画面にだし、素材にしてもらう。

 計算結果はこちらの予想通り、取材班にとっては残念な結果。電波障害が起こるエリアはあるものの、映像に影響を与えるほどの受信レベルの低下は皇居の敷地内だけ。

「となると、テレビ電波による出現時刻の推定は不可能だと考えられますね」

「そうですか……」

 これで手がかりが掴めると意気込んでいたので、ショックも大きいようだ。ふと代案を思いつき、話してみる。

「電波障害となると、都庁に問い合わせてみるのは?」

「都庁ですか?」

「緊急時でも通信できるよう、都庁と区役所はマイクロ波回線で結ばれていたと思います。もしここに回線が通っていれば、何らかの障害が起こったかもしれません。ああ、東京消防庁に聞くのも一案かと」 

「ああ、そうですね。参考になります」

 天田記者は肩を落として帰っていった。

 数日経った頃だろうか。例の夕方のニュースを観ていると「巨大な卵」について取り上げられていた。それは最近ずっとだが、気になったのは別の理由からである。

『特集です。突如現れた巨大な卵。第一テレビの取材により、この巨大物体の出現時刻が明らかになってきました。──』

 ようやく一つにまとめあげたか。そう感心したからだ。

 まずは自分達の会社が手がけた電波障害のシミュレーション。手順についての紹介から、一般家庭の電波に影響がないことまでが紹介される。因みにこの費用は営業局と報道局が折半したとのこと。テレビ電波についての調査だったのも営業局から費用を引き出すためだったそうだ。その辺り、天田記者は機転が利く。

 そして次に出てきたのは、都庁だった。東京都防災局通信システム課長なる肩書きの人物が画面に出てくる。

『はい。確かにその日から、一部の区役所間を結んだ通信網に障害が発生しています。システム自体は都庁を中心に運用するよう設計されているので、影響はありませんが』

 出てきたのは業務記録。都庁本庁舎内に設置された災害対策本部システムの警報ブザーが鳴り、当直が駆けつけた旨が走り字で書かれている。時刻は午前三時二十分。

『影響が始まったのは午前三時二十分頃。品川区役所と千代田区役所の間で障害が発生したことが記されている』

 おそらくは局のアナウンサーと思われるナレーションで特集は進んでいく。視聴者に解りやすいよう両区役所の位置関係が示され、その線上に「卵」が存在することが説明されている。東京消防庁への取材はさらに効果的だったようだ。車載無線の障害についても言及されており、推測の精度を高めている。これ自体は小さなスクープだが、今後の調査には大きな影響を与える、そんな意義のある報道。

 放送翌日、再び天田記者が会社に訪ねてきた。

「先日はアドバイスを頂き、ありがとうございました」

「いえいえ、決して安くない金額を払って頂いたにも関わらず決定打を打てなかったのは、こちらの負い目ですから」

 正確さを求めたが故都合のいい結果にはならない。何とも皮肉である。

「しかし、何もないことを祈りますね。社内では宇宙人のカプセルなどとも言われてますから」

「そうですね。実は報道局でもそういう説がありますよ。さすがに電波には乗せられませんが」

 何故卵なのか。不自然な形に少々の違和感がありつつも、結局は流してしまっていた。

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