崩壊小説

愛知川香良洲/えちから

1「はじまり」

 明るければいい、とヒロちゃんは言った。明るければ風情など要らない、と。

 そこは地下鉄の駅のホームだった。

「ヒロちゃんはただ真っ白の、蛍光灯の光でもいいの?」

 私は蛍光灯が嫌い。ただ照らすだけの光が嫌い。隠すべきものも照らしてしまう、そんな光が嫌い。ホームの照明は危険防止のために、その周りをまんべんなく照らしている。だから、影がない。隠すべきものを隠す、陰がない。

「物事は全部明らかになっちゃえばいいと思う? 罪は全部、明らかになっちゃえばいいと思う?」

 違うよ、とヒロちゃんは言った。でも犯罪は暴かれなくちゃいけない。そうも言った。ああ、なんて正義を重んじる人間なんだろう。その正義が正しいかは、判らないのに。

「知られなければそれで済む、そんなものでも?」

 ヒロちゃんは頷いた。ああ、私はこの人とうまくやっていけない。そう感じてしまった。だって、私には陰があるから。

「それなら、言うよ、全部。私、──」

 そう言って私がヒロちゃんに語ったのは、この国では違法とされたり、世間から蔑まれていたりする、そんな事柄の数々。つまり、陰の私。私は思いつくまま、自分を蔑みながら、淡々と喋った。

 それを話している間ヒロちゃんはただ黙っていた。私が話し終えるとしばらくたって、知りたくなかった、と一言だけ言った。ほら、知りたくなかったよね。犯罪を犯していた過去なんて、話してほしくないでしょう?

 でも大丈夫、キミはキミだよ。ヒロちゃんはそう言ってくれた。でもそれが誤魔化しだってことは雰囲気で判る。この雰囲気は絶対、私のことを軽蔑している。

 でも法律は今後守ってほしいな。ヒロちゃんはそう言う。でもそれ、曲解できるから。

「法律ってのは守るものじゃないよ? 使われるだけ」

 守るってのは倫理や道徳。殺人だって刑法で禁止はされてない。ただそれに則って、裁判所がペナルティを与えるだけだ。まあ法律によって作られたモラルを守る、って見方もできないことはない。けど、モラルだって怪しい。戦争や正当防衛による殺人は、一概に悪とはされないから。同じ人殺しでも、場合によって扱いが変わる。

 ヒロちゃんは言葉を無くしたようだ。うん、それが私。今まで正常であるかのように偽って、実際は狂っていた、そんな存在。多分、経験の違いで、私の考えは変わってしまった。

 電車が来る。この駅を境に私とヒロちゃんは帰る方向が別になるのだ。だから、これで終わり。私の汚れた部分を見せるのも、ヒロちゃんとの付き合いも。

「じゃあね、バイバイ」

 ヒロちゃんにはそう別れを告げて、私はその場を立ち去った。電車に乗った。ヒロちゃんは追い掛けてこなかった。うん、そうだね。これで本当にお別れ。きっと、二度と会わないだろうし。

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