恋ぞつもりて
織田 宵
春は出会いの季節
第壱話
電車に揺られること、およそ二十分。
春休みに部活の練習で何度も学校には来ていたからそんなに久しぶりってわけではないけれど、やっぱりどこか新しく感じる。
満員とは程遠い車内にも、徐々に見慣れた制服が増えてきた。私もこの制服に身を包んで三年目か。高校生でいられる時間なんて、あっという間に過ぎてしまう。
ぼんやりとしているうちに電車は駅に着いていて、私は急いでホームに降り立った。
今日は始業式だ。風が心地よくて、いい一年を予感させるような、そんな日だ。ちょっと詩的すぎるかもしれないけど。
駅から学校までの一本道は、桜並木がとてもきれいだ。最初はとても感動したんだっけ。
春色のじゅうたんを踏みしめていると、ちりんちりんと後ろから自転車のベルが鳴った。
「
満面の笑みのいつきが自転車から飛び降りて駆け寄ってきた。子犬みたいでかわいい。
「おはよ、いつき。今日も元気だねー」
「だって始業式だよ! テンション高くないはずがない!」
久しぶりにみんなに会えるから嬉しいとか、クラス替えどうなってるかなとか、でももうちょっと休みたかったとか、桜きれいだねとか、たわいもないけれど話は尽きない。
つい最近みんなで遊んだときに散々しゃべり倒したはずなのに。でも、そういうものだ。
「あたし自転車停めてくるから、先行っててー!」
またあとでね、といつきに手を振る。
もう少しで新しいクラスが発表されるから、とりあえず掲示場所にでも行ってみようか。
掲示場所には既に人だかりができていた。
一年二年でクラスメイトだったり同じ部活だったりの友達とも会ったけれど、みんな元気そうで安心する。
「あ、飛鳥。おはよう」
背後からの聞き慣れた声に振り返り、おはよう、と口を開こうとして、でもそれは声にならなかった。
「
照れ臭そうに紬が笑った。
去年の夏前からとある理由で髪を伸ばし始め、つい最近みんなで会ったときには背中くらいまでのロングヘアになっていたのに。
「そろそろいいかなって。なんか無性に切りたくなっちゃって」
つまりは、そういうことなんだろう。久しぶりに見たショートボブ姿も、よく似合っている。さらさらの髪が風に揺れた。
「そっか。いやでも本当にかわいいと思うよ?」
「そう? ありがとう。ちょっと恥ずかしいな」
「うん、惚れ直しちゃった」
「もう、飛鳥め。からかわないでくださーい」
ふたりで笑い合う。完全に吹っ切れたみたいだし、これはさらに紬もモテるんだろうな。
そのあと、合流したいつきと
歓声と共に二階の渡り廊下から一斉に紙が下ろされる。みんな自分の名前を探そうと必死だ。
十クラスの中から自分の名前を見つけ出すって、去年も思ったけどかなり難しい。
「あっ、あった」
四人の中で最初に声をあげたのは真子だった。
「私、八組だ。いつき一緒だよ」
「え、どこ? ……本当だ、やったー!」
すると、紬にちょんちょんと指で突かれた。
「あった。七組だよ! 飛鳥も同じクラス! よかったー」
確かにそこには私の名前があった。
クラスのメンバーを見てみると、去年や一昨年同じクラスだった子がいたり、はたまた初めましての人もいるけれど、とりあえず紬が一緒で良かった。これ以上心強いことはない。
「きれいに分かれちゃったねー」
「いやでも、七と八だったら体育は一緒だよ」
「あ、そっか! 隣のクラスだから行き来しやすいね」
「そっちのクラスいっぱい遊びに行くね」
新しい教室へと移動して、七組と八組の前で二人と別れた。本当にすぐ隣でほっとする。
紬と教室に入ると、やっぱり見知った顔も結構いて、それになにより盛り上がりがすごい。ちょっと打ち解けるの早すぎないだろうか、このクラス。
みんなと自己紹介だったり雑談だったりをしていると、始業式があるから第一体育館に集合するように、との放送が入った。
校内にも桜は咲いていて、風に舞った花びらが紬の肩に乗っていたりして、ちょっと笑った。
新しく同じクラスになった子たちとも、担任と副担誰だろうね、なんて言いながら一緒に体育館へと向かう。
別れの季節、とも言うけれど、新しい出会いも沢山あるわけで、だからいつも春はわくわくする。四季のなかで春がいちばん好きなのも、それが大きな理由なのかもしれない。
始業式が始まった。
雲ひとつない青空と満開の桜も貴方たちを歓迎してくれています。なんていった定型句は正直聞き飽きたけれど、仕方ない。
いつも通り長かった校長の話も教頭先生からの諸連絡も聞き流し、やっと各クラスの担任教師の紹介へと移る。とは言え、一年生から発表されるので私たち三年生はいちばん最後だ。
「三年七組の担任になりました、
「同じく三年七組の副担任の
結論から言うと、私たちの担任と副担は当たりだった。いや、大当たりだった。みんな嬉しそうで、小さくハイタッチまでしている。他クラスからの羨みの目が向けられる。これは一年間、受験の年といえど、楽しくならないはずがない。
「初めまして、三年八組の副担任になりました、
その声に吸い寄せられるように舞台上を見た瞬間だった。両目とも二.〇近くある視力が、その人を捉えて離さなかった。自分でもよく分からないけれど、確かにその瞬間、その人しか見えていなかった。
「……飛鳥?」
「あ、ごめん。どうかした?」
「ううん、いきなり黙っちゃったから大丈夫かなって思っただけ」
「大丈夫、何でもないよ」
紬に声をかけられて我に返ったときには先生達の紹介も終わっていて、一年生に向けて生徒会長を始めとする生徒会の歓迎の言葉が述べられていた。
後から思えば、これが、俗にいう一目惚れというやつだったのかもしれない。
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