1−3「お昼は取ったのでしょうか」
「概要は端折るが、今回のクライアントはアザーだ。商売敵の企業とひと悶着あったせいで相当な恨みを買ったらしい。ご丁寧に戦線布告までして本気で潰しに来るそうだ。山本からの報告によると、侵攻部隊は“鋼鉄の棺”で間違いない」
その名前を聞いて
『むう』
『あーらら、そこが来ちゃうかい』
鋼鉄の棺はメイカ達が主に活動している大陸西部において、最大にして最強の傭兵団だ。機動力を殺すかわりに必ず複数機で行動し、相手をゆっくりと追い詰めて倒す。実に大所帯らしい連携を重視した戦い方を取る。
跳甲機とは跳躍機関によって生み出した力を用いて跳躍することで、本来機動力を活かして戦う兵器である。しかし、鋼鉄の棺は重装甲で知られる“グローカス”社製の装甲をさらにぶ厚く改造しており、重量過多による事故のリスクを常に背負って戦うことで有名だ。有り体に言って、まともではない。
『でもさ、鋼鉄の棺ったって何回かやり合ったことあるじゃん? 大丈夫ダイジョーブ。ね、アイゼン』
『余裕だ。任せておけ』
「いやはや、頼もしい限りですねぇ」
駆人達の曇りない勝利への自信をメイカや秋山は疑わない。それでも、もし歯が立たなかったときのことを考えるのはメイカの仕事である。駆人は目の前の敵に全力でぶつかればそれでいいのだ。
「勝負に満足して死ぬなよ。作戦の説明だ、秋山」
「はい。本作戦の目標は敵部隊長の撃破になります」
『頭を叩くのは基本だよね』
部隊のトップが潰されるということは即ち戦況の傾きを意味する。賢い傭兵団であれば直ちに撤退するであろう。
『はいはーい、質問。そいつぶっ殺しても帰ってくれない時は?』
「示談です」
『うわぁ、でたー』
「まあまあ任せてくださいリムさん。メイカ様では交渉決裂必至ですし、私にはこれくらいしかできることがないのですよ」
「おい」
『そっかそっか、だよねー』
特定の周波数で通信を行えば必ず相手の傭兵に言葉が届く。傭兵界隈の暗黙のルールというわけだ。これは主に初見の機体にコンタクトを取ったり、煽り、命乞い、交渉のために用いられる。ただし話ができるというだけであって、会話が必ずしも成立するわけではない。傭兵にはこちらの理解を超えた殊勝な思考をもった者も多い。
「話が進まん。後にしろ」
『さーせんした』
「ん。許す」
「続けますね。配置ですが、正面の門より離れた位置に陣を展開、会戦にて迎え撃ちます。……まぁ今のままですけど。我々の部隊は真ん中を担当しまして両翼をアザー様ご自慢、鍛え抜かれた精鋭による守備部隊の皆様に就いていただきました!」
『よっ、ぱちぱちぱちぱち』
メイカの守備部隊に対する心境を汲み取り、秋山が皮肉たっぷりに説明した。アザー社守備部隊は今回の作戦に全36機を投入し、24機を外に布陣。残りを本社前に配置している。機体は全てパラキートの最新型である“DEC-4”だ。確かに戦力だけを見れば申し分ない。
跳甲機が通れる門は正面と右面の2つだけであり、塀を越えない限りはそこ以外からアザーへ入ることはできない。指揮車両と跳甲機を運搬してきた輸送車両2台は、今のところ安全な正面の門内に停車している。
12-2-12という数が極端に偏った布陣だが問題は無い。会戦であれば跳甲機の機動性が十分に活かされ、物量に勝るとも劣らず駆人の技量がものをいう。ゼンツクの絶対的なエースであるアイゼンに対して、メイカの信頼は厚い。
「アイゼン、リムは今回キャノン用の仕様だ。初めの展開ではクソの役にも立たん。お前が全部さばいてやれ」
『承知』
『はー何その言い方ムカつくわー。だったら中で待機でいいじゃん。全力で援護してやるし』
「そうか。勝手にしろ」
「はい、でですね。ここで戦線が瓦解した場合は残った——」
ブリーフィング中の通信に突如、喧しい警報音が鳴り響く。それを聞いて秋山も説明を止めて黙った。
『こちら本部、敵部隊を目視! 反応の数は……15!』
続いて戦場にいる全員に向けての通信。見張りが敵部隊を発見したらしい。メイカの位置からはまだ見えない。
「せっかちな方が率いているんでしょうねぇ。お昼は取ったのでしょうか」
メイカは秋山から双眼鏡を受け取って覗いた。荒れた地を貫く1本の道を辿っていくと、中央に待機している2機が映る。そしてさらに道を進んでいくと、丘の影から砂煙と共に、重厚な装甲を纏った跳甲機の一団が現れた。
ついに、来たか!
敵の姿を確認したことで鼓動が速まる。程よい緊張感、頭は最高に冴えている。メイカは思わず立ち上がっていた。
一団は走行で迫って来ている。通常、跳甲機は長距離を移動する場合、エネルギー節約のために両脚による大跳躍で進行するが、あの機体では事故の可能性があるのだろう。単機を先頭に2機ずつが広がるようにして続き、移動中陣形が崩れることはない。それなりの統率力である。
「ご丁寧に迷彩の塗装までしてきたか」
「どれ、私にも見せてくださいよ」
「黙れ」
「いけずですねぇ」
倍率を上げてそれぞれの機体を詳しく観察する。跳躍で上下に大きく動かないのでいつもより見やすい。機体はグローカス社製“YOROI”。旧世代重量機の代名詞ともいえる機体だ。先頭から3機がグレネードランチャーを持ち、残りの装備はライフルで固めてある。やはり装甲で重量を食うせいか、最低限の武装だ。
左の肩部には、一部を四角く抜いた縦の白い長方形で棺を模し、その抜いた部分からは、頭部のアイライトを表しているであろう鋭いひし形が赤で描かれている。いつ見ても安直なエンブレムだ。しかし、それ故に印象は強い。
「先頭の1機のみ各所パーツに微妙な差異を確認した。こいつは、いかにもな隊長機だな」
「普通わざわざ狙われるような改造は避けますが……おっと、彼らに普通は通じませんね」
頭部には通信機能の強化、跳躍機関周りにも装甲を追加して胸部の排熱部分までも装甲を盛っている。跳甲機の脆い部分、つまり弱点を隠すようにしているが、明らかに重量過多である。どうやら敵の隊長機はまともな跳躍をする気がないらしい。
「そっちは確認できたか?」
『見えている』
『ああ、なるほど。これは分っかりやすい』
「では先頭の機体を目標に指定。後は事前に説明したとおりだ。……作戦開始」
『承知』
『よっしゃ、やったるよー』
メイカの号令を合図にアイゼン機が跳躍して陣形の一番前に躍り出た。リム機は正確な援護射撃ができるように膝立ちの体勢でその場に控えた。
『撃てー! 撃てー! 数ではこちらの方が上だ。のろまにありったけの弾を食らわせてやるんだ!』
両翼では既に攻撃を開始しており、大きく距離が離れていたときに比べて速さの増した敵の一団に向け、一斉に射撃している。
「チッ、バカが。あいつらはライフルの有効射程も知らんのか」
いくら跳甲機用の武器が大きめで、攻撃力に重きを置いているからといって、あの距離では命中しても有効な一撃になる確率は低い。まして相手は重装甲だ。抜けるはずもない。
敵の機体のあちこちから火花が散っているが、撃っている数からすると明らかにその回数は少ない。メイカの思った通り、一団は24機にもなる怒涛の集中砲火をものともせず、アザーに向けて進行を続ける。守備部隊もしばらくして効果が薄いと分かったのか攻撃を止めた。
「メイカ様、一応言いますけど、危ないので戻りませんか?」
「あぁ? こんなまともに肉眼で戦場が見られる位置、そうそうないぞ! 誰が戻るかクソ死ね」
「死ねって……はいはい、まぁ分かってましたよ」
呆れた様子でため息をつく秋山。守備部隊の取った残念な初手はメイカをイラつかせるのには十分だった。
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