第9話 自己紹介
一緒について行った先では、部屋の隅っこのテーブルに制服を着た人間が、幾つかのグループに分かれて作業をしている。
どうもグループ間には、見えない壁が有るようで、微妙な空気を醸していた。
ミズキさんに促されて女の子のグループのテーブルに、田中健、
彼らが何をやっていたかと言うと……銃のマガジンに弾込め作業や、銃を分解して整備作業をやっている。
「夕夜君、ここについてもらえる。作業しながら簡単な自己紹介するわ」
一ノ瀬ミズキさんに促され、俺がテーブル着くと、他のテーブルにいた別グループからも一斉に視線を受けた。
俺は、テーブルの上に有ったM4A1の空マガジンを1つ手に取る。
このマガジンには30発の弾が入る。
続いて一列に10発が並んだ5.56x45mmNATO弾の塊を鷲掴みにして、弾込め作業を始めた。
チャッチャジィシャラ カチャカチャ チャッチッジィシャラ
弾込め作業をしながら話しを聞く。
ふと顔を上げた時、一番離れたテーブルに居た中年の男性と眼が合った。
「ふーん、ミズキさん、俺達にもその男の子を紹介してくれるんでしょ? 最初から金色階級の聖服着てる理由とか、色々さ」
髪をオールバックにして、精悍な感じの中年の男性が、俺から視線を外さずミズキさんに声をかけた。
年齢は30代……いや、白髪の混じり具合からもっと行っててもおかしくない、年齢不詳の人だ。顔には、柔和な笑みをたたえてるが、目が全然笑ってない。
隣には短髪と七三分けにした30代ぐらいの男の人が2人。どちらもガッチリした体型で、耳もカリフラワーに潰れている。
何だかちょっと嫌な感じの人だな。
俺が目線を外すと、ミズキさんが口を開く。
「ええ、吉田さん、もちろんですよ」
この男の人は、吉田さんと言うらしい。
「それじゃ、田中君達3人は、自己紹介済ませたけど、皆で自己紹介するわね。皆いいかな」
弾込め作業に悪戦苦闘してた健の顔を見る。健達は、先に挨拶を済ませていたようだ。
「夕夜おかえり」「夕夜さんお久しぶり」「にいにいお帰りー」
同じテーブルにいた女の子達が、一斉に声をかけてきた。油断をしていたので、ビクッとなる。
「あ、はい、 加南夕夜(かなんゆうや)です……すいません…少し…記憶が……」
説明不足気味の自己紹介の後、何を話せばいいのか分からず、黙り込んでしまった。
周りに軽い沈黙が流れる。
沈黙を破って、一ノ瀬さんが話し出す。
「じゃあ、私から自己紹介をするわね」
彼女の黒い髪は後ろで一本に編み上げ、その目は鋭く、俺の事を観察するように真っ直ぐ見ている。
俺が黙って見ていると、一ノ瀬ミズキさんがニッコリ微笑む。
「
? ……2年前って。
「……えっ? いや、うちの父さんは、2年前に他界しました……えっ、でも、あれ?」
「混乱させてごめんなさい。あなたのお父様、昭彦さんは、私達を守るためにダンジョンで命を落としました。その後色々あって、夕夜君は、ダンジョン卒業を選んで記憶とレベルを失ったの」
「記憶を……」
……そうか。
最初から感じていた既視感や、彼女達の記憶が残っていた理由が解った、やっぱり俺はここに来ていたんだ。
ただ、父さんは、うちのリビングで轢死体になって発見され、大騒ぎになったのに、すぐ警察が問題ないとして捜査を打ち切ったんだ。
ダンジョンで死んで……家で?
「私の名前は、一ノ瀬 ミズキ、ミズキって呼んでちょうだい。戦闘中は少しでも時間が惜しいから呼び捨てで構わないわ、私もあなた方の事を呼び捨てにさせて貰うけど、悪く思わないでね」
「あ、はい、大丈夫です」
ミズキさんに教わった、父さんの事がショックで頭が回りきらない。
「そ、良かった、私の階級は青銅、パーティーの隊長を務めているわ。よろしく」
俺の混乱を他所に、ミズキさんは、5.56x45mm弾を1つ摘むと、慣れた手つきで、アサルトライフルM4A1のテイクダウンピンに押し当て、分解整備作業を始めた。
次は、160cmぐらいだろうか、ショートボブの少し落ち着いた感じの人だ。
「こんにちは夕夜君、お久しぶりです。私は
俺の隣にいた小さい少女を指差すので見ると、少女がニカッと笑った。
「最初の頃、夕夜君とお父様には、本当に助けてもらったのよ。記憶を失ってるみたいだから分からない事あったら聞いてね」
彼女は優しく微笑む。
1学年しか違わないのに、優しくて大人な人だなあ。
顔が緩むのを自覚しながら返事をした。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
ツンツン、ツンツン
隣の、音羽さんの妹さんが腕を引っ張ってた。
そちらを向くと、150cmぐらいの小さな身長をした、男の子っぽいショートカットの女の子がニコニコしている。
彼女の装備は少し変わっていた。
シーラカンスみたいな四角い銃……ショットガン、銃身は2本、ポンプアクション、現代銃特有のポリマー製フレーム。
……DP-12だ。
7×2発+2発、合計16発も12番
……ゴクリ、う、撃ってみたい。俺が父さんに連れられてアリゾナに行ってた頃は、こんな銃無かったもんなあ。
って言うか、こんな小さな女の子が、ショットガンなんて撃てるのか? いや、聖服の肉体強化が有れば大丈夫なの???
「にいにいー、よそ見すんなー」
ぴょんっ
小さな女の子の事より、彼女の持っていた銃を見ていたら、突然彼女が飛びついてきた。
「えっ、えええ」
少女が飛んで、抱きついてきた!?
ふわわわあわあ。
「こらー、にいに、こっち見ろー」
彼女は、子犬が匂いつけするように、頬っぺたを俺の頰にスリスリしてきたので硬直してたら……
「こらっ、若葉」
ペリッ
彼女は、音羽さんに首根っこ捕まれて、プラーンとしたまま挨拶をする。
「にいに、本当に僕の名前覚えてないの? ううう、しょうがないや、自己紹介するね、若葉、
ペコッ
「……ふわっ、はい、よろしくお願いします」
心臓がバクバクして、動揺しまくってる。
次に如月さんだ。
彼女は、ホルスターにUSP45を刺して、ハンドガンの予備マガジンを準備している。どうやら彼女は、ハンドガンだけしか持って行かないつもりのようだ。
「
俺の訝しむ表情を読み取ったのか、メイン武器は魔剣であると言った。
「あ、はい、よろしくお願いします」
彼女は、プイッと横を向く。
あれ? さっきと雰囲気が違う。
えらくあっさりした挨拶で、間が抜けた返事を返してしまった。ちょと恥ずかしい。
顔を赤くしてたら、タキシードを着た仔猫が、机の上を歩いて俺の前に座る。
?
なんだ?
「やあ、夕夜久しぶりだにゃ、我がにゃは、偉大な風の精霊シルフにゃ」
……?
「フワァッ、しゃ、喋れたのか?」
「失礼な奴だにゃ」
「あ、はい、ごめんなさい」
「ふむ、確かに
途中から、説教臭くなって長くなってきたので、金属製のサラダボウルに山盛りにしてあった.45ACP拳銃弾を掴んで、机の上に投げて転がす。
コンッ、コロコロ
「君たちはにゃ……」
コンッ、コロコロ
「し、自然の…にゃかの……」
コンッ、コロコロコロコロ……コトン
「ニャーン」
シルフは、机の下に.45ACP拳銃弾を追いかけて、飛んでいった。
次いで、隣のテーブルから声をかけられた。
「気が済んだかね、そっちの挨拶は終わりかな、じゃあ、僕も挨拶をするよ」
さっきの精悍なオジサンの吉田さんだ。
「僕は吉田。隣の髪の短いのが佐藤君、長いのが鈴木君」
「よろしく」「んっ」
「はい、よろしくお願いします」
吉田さんの両脇にいた2人が、短い挨拶をする。
3人ともハンドガンを分解して、整備をしていた。
「俺たちは、ダンジョン歴1年目で、水の階級だ。銃器の取扱には慣れている」
……あー、銃器の取扱に慣れてますか、そうですか。何だかそんな感じするなあ。バイト先のCQBトレーニングの時、時々こんな感じの謎な人くるもん。
明らかにカタギじゃない筋の人とか来るもんなあ。ヤクザの人とも違う、謎な筋の人。
バイト先の店長と似ている。
バイト先の店長は、元傭兵経験がある。今で言うと民間軍事会社と呼ばれるアレな職業だ。
傭兵は、お金になるイメージがあるかもしれないが、残念ながら、店長はお金持ちではない。個人装備や、渡航費や色んな出費がかさんで、むしろ日本でバイトして資金を作ってから、現地へ行き来する生活だったそうだ。
……結論、あまり関わりになりたくない。
「はあ、よろしくお願いします」
俺が少し気のない返事をしていると、吉田さんは、同じ机にいた別の人達を指差す。
「で、そっちが右から、高橋君、伊藤君、渡辺君だ。皆土階級、君のお友達の3人と同じだね。彼らは3ヶ月前のダンジョンの時に来て、ちゃんと生き残った優秀な人材だよ」
3人ともサラリーマン風で、髪型もちゃんとした風体の人達だ。
ただ、真っ青な顔で軽く会釈しただけで、また下を向いて、何かブツブツ言いながらハンドガンのマガジンに弾込め作業を繰り返してる。
何を言ってるのだろう?
耳をすませて聞いてみる。
「……には弾が入…って扱う……引き金には弾を撃つ直前ま……銃口を……壊したくない物には……弾の飛んでいく先を……」
断片的に聞こえた内容から推測すると、思い当たる事がある、どうやら銃器の安全な取扱方法をつぶやいていたようだ。
1.銃には、弾が入っていると思って扱う。
2.引き金には、弾を撃つ直前まで指をかけない。
3.壊したくない物には、絶対に銃口を向けない。
4.弾の飛んでいく先を常に考えて撃つ。
銃器を持つ人が最初に教わる基本だ。
事故を起こしたくなければ、絶対に守るべき項目。逆にこの1つでも守らなかった時に、大事故は起きる。
ちょっと感心していると、吉田さんがにこやかに理由を教えてくれた。
「おや、夕夜君、彼らが唱和しているのに気が付きましたか。ふふふ、これはね、前回のダンジョンの時、シモベとの乱戦時に味方への誤射を行ったので、唱和してもらっているのですよ」
「え、誤射ですか? 大丈夫だったんですか?」
俺の問に、サラリーマン風の3人は、ビクッと震えて、怯えた目で吉田さんを見ている。
「ええ、フォーメーションとか、射撃技能とか以前の話です、銃器の安全な取扱方法を覚えてもらっているのです」
「は、はあ、なるほど」
……言ってる事は正しいし、言葉は丁寧だけど、物凄く嫌な予感がする。やっぱりこの人とは距離を置こう。
「どうやら夕夜君は、女性ばかりの場所だと緊張しすぎるみたいだね……どうですかね、夕夜君、うちのパーティーに来ませんか?」
……うわ、短時間で見抜かれてた。
まあ、見てりゃ分かりますよね、確かにここ4・5年、母さんか妹ぐらいとしかマトモに会話した覚えがないもんなあ。
って、この人のペースに乗せられたらヤバそうだ。さっさと断ろう。
「ええ、お誘いはありがたいのですが、一緒に組みたい奴がいるのですいません」
「それならしょうがないですね、気持ちが変わったら来てください」
俺は軽く会釈をして、元の弾込め作業に戻った。
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