カセットテープの声

 事務職員のアヤカさんは、毎年九月頃になると指がつったように動かなくなるらしい。そんなとき、決まって思い出すことがあった。

 アヤカさんが通っていたK小学校では、合唱コンクールの練習にカセットテープを使用していた。毎年、学年ごとに課題曲が決まっており、カセットテープに録音された伴奏に合わせて歌の練習をする。

 もういつ誰が録音したのか分からないが学校に長く保管されており、ダビングを繰り返すなど使い回していたので、アヤカさんの時代ではガサガサと荒れた雑音が混ざっていた。


 四年生の九月、学校で怪談ブームが巻き起こり、クラスメイトたちはどこから仕入れてくるのかK小学校の怪談を噂していた。その中の一つが「カセットテープの声」。

 その課題曲だけに録音されており、ノイズの奥で「助けて」と、少女の微かな声が聴こえるのだという。ピアニストになりたかった女の子が、この曲を録音したあとに事故で指を怪我したから、その嘆きがテープに吹き込まれたんだとか。

 ちょうど、その曲がクラスの課題曲として決定していたので、みんながその声を聴こうとしていた。しかし、アヤカさんは怖がりなので耳を塞ぎたい気持ちで毎日の練習に励んだ。

 しかし、これは誰かの作り話だったと後々に判明した。


「しょせんは作り話なんですよね。でも、どうしてもあの曲だけはいまだに聴けなくて。サビに入る前の伴奏の裏で確かに聴こえたんです。『アヤカちゃん、返して』って。『助けて』じゃなくて『返して』って」


 アヤカさんは自身の指を見ながら語る。


「あの話が作り話なら、私が聞いた声は誰だったんでしょうね」


 それからアヤカさんは、今はもうそのテープは捨てられているだろうと言いながら、手を握って指を隠した。

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