怒るピエロ

 君は「怒るピエロ」の話を知っているだろうか。

 聞けばどうも、いじめられっ子の子供が復讐のために広めた作り話らしく、一時期流行っていた怪談なんだが……知らない?


 私が若い時……まだスマートフォンなんてものがなく、世の中はいわゆるガラケーと呼ばれるもので溢れていた頃。ほんの十年かそこらで今とは随分と変わったものだが、もしかすると今でもあるのだろうか。チェーンメールという迷惑メールがあちらこちらで出回っていたんだ。

「このメールを○人に回さないと不幸になる」という感じで。その中でも、「怒るピエロ」というのがタチが悪くて。


 そもそも、ピエロというのは人に笑われる存在なんだけれど、こいつは違って、名前のまんま怒った顔をしている。白い顔に縁取られた大きな目、口が特徴的なのは想像に難くないだろう。あと、涙のマークだね。それが一般的なピエロというものだ。


 あれは、なんというか、苦手な人は苦手らしいね。私はサーカスで彼らの動きを見て大笑いしたものだが、「怒るピエロ」のせいですっかり嫌いになってしまったよ。


 ええと、話を戻そう。

 その「怒るピエロ」というのは、つまり、チェーンメールで回ってくるイラストのことなんだけれど、誰が描いたか知らないリアルなピエロの絵で、それがカクカクと蠢いている。

 音も出るんだ、これが。

「アハハハハハハハハハハッ!」と甲高い声で笑うんだけれど、どこか怒りを感じる。自分を笑う人々に怒りをぶつけるかのように、笑うんだ。

 馬鹿にされて怒るなんて筋違いだと思うんだけれど……。


 届いたメールには、その動くイラスト(デコレーションメール)と少ない文章がある。


「ワタシハ 怒ル ぴえろ

 コノ めーるヲ 読ンダラ 速ヤカニ ひゃくにんニ 回セ」


 回せなかった場合のペナルティが書かれていないから、無視する者は少なくなかった。現に、私の大学でも届いたヤツが小馬鹿に笑っていたものだよ。

 でも、無視した人間……それこそ、小馬鹿にしてたヤツがさ、突然いなくなってしまって、行方不明。たかがメールを回さなかっただけで。

 大体、百人なんて馬鹿げた数だろう? 連絡帳にそんな人数を登録しているヤツがそうそういるわけない。馬鹿にして笑って放置するのが普通だ。

 けれど、高をくくっていたら呆気なく一人消え、二人消え、挙句に私まで消えてしまったわけだから、これはもう由々しきこと。


 私はこの空白の時間、ただ眠っていたように思うんだけれど、耳元では必ず「怒るピエロ」の声がした。

 今もそう。こびりついてなかなか剥がれてくれない。


 いつしか周囲の人間があのピエロに見えてくる。奇声を上げて怒る、あのピエロに。

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