ろうじょうびより!

 ――ざっけんなよ、マジで。

 頭の中でブツブツとぼやくも、やっぱり口に出さないと心は晴れない。


「ざっけんなよ、マジで」


 あぁ、ダメだ。口に出したら余計に闇が広がりそう。


「くっそ……富野とみののヤロー、ほんとムカつく」


 上司の富野課長はすぐに怒る。怒鳴る。理不尽に。いくら事務所で叱るにしても、あんながなり立てられたらホールに聴こえちまう。それをなだめて落ち着かせるのに一苦労。今日も。


 老舗料理店「わたなべ」に勤務してから七年。去年、副支配人になったものの、ここ一年まともに連休なんてとれやしなかった。連休。夢の二連休。週一で休みがあればラッキーって感じで、まぁ、飲食店なんてほとんど真っ黒だし、それは分かっているけど休みがないのはきつい。三十も間近になればいよいよ疲れがとれなくて、とにかく病気しないように気をつけるしかない。

 あー、しんどい。いつか辞めてやる。いつか。

 とりあえず、明日からの二連休をどう過ごすかが問題だ。しかし、ふらふらと夜中の帰路で思い起こすのは明日のことではなかった。今日の帰りがけに言われたことが自然と頭を巡る。


『えっ? 清田さん、明日から二日もいないんですか!』


 って聞いてきたのは後輩の末本。大げさに驚いて、顔を青くする。


『清田さんがいなくちゃ、誰がホールを回すんですか!』


 いやいやいや。まずは俺を労ってくれよ。あいつ、自分のことしか考えてないな。くそ。こちとら半月ぶっ続けで毎日十二時間仕事してたっつーの。二日穴空けるくらいいいだろ。バチ当たらないだろ。いいから休ませろ。


「あー、ダメだ。楽しいこと考えよう。明日からの休みをどうするか……何すっかなぁ」


 何しよう。休みは基本、寝るしかない。やることがない。

 いつも営業スマイルを発動しているから、表情筋が死んでいる。目がだるい。全身が悲鳴をあげている。何もしたくない。でも、二日間何もしないっていうのはもったいない。

 え、どうしよう。洗濯する? 掃除? 外に出る? どこ行く? ダメだ、まったく思い浮かばん。

 別にインドアってわけじゃないのに、もう何年もまともに出かけてない。遊びに行くという発想がない。

 おもむろにスマートフォンを開く。明日の天気予報は……雨。


「……籠城するしかねぇな」


 二日間、籠城しよう。何も無理やり外に出なくていいんだ。しかも明日は雨。籠城するにはうってつけの日和じゃないか。

 そうと決まれば、買い物を済ませよう。明日と明後日分の飯。籠城するなら料理もいいかな。あぁ、いや、めんどい。適当にお菓子でも買って、酒と、あとは……コンビニに行って決めよう。


 ***


 そうだ、今日からアルバイトが入るんだった。ウクライナ人のアーニャ・ヤロヴェンコさん。


「彼女、四カ国語使えるし、居酒屋でもバイトしてるから日本語は大丈夫だよ。なので、あとは任せた、清田くん」


 それだけ言って人事課長が逃げていく。おい、なんで逃げる。


「ヨロシクオネガイシマース、キヨタクン」

「いや、待って。清田くんじゃなくて、清田さん、ね。そこ間違えちゃダメだからね。うちは物静かなお客さんとかうるさいお客さんばっかりだから、くれぐれも『くん』じゃなくて『さん』でお願いします」

「わかったヨ、キヨタ! さん!」


 ダメだ、これはダメだ。何が「外国人観光客を相手にできる英語ペラペラの外国人を雇おう」だよ。何が日本語できるだよ。一ヶ月前にぽっと出の人事課長に任せちゃダメだ。


「イラッシャイマセーッ!」


 威勢のいいアーニャ。

 とすかさず富野課長が急ぎ足でやってくる。短い足ですばしっこく、何故か俺のところに来る。


「おい、清田くん! うちは大声を出していい店じゃないぞ!」


 分かってます。うちは格式高い創業一〇二年の老舗料理店です。語尾を上ずらせて「イラッシャイマセーッ!」なんて言っちゃダメです。


「なんとかしろ!」

「清田さん! アーニャさんが皿を割りました! めっちゃ高いやつ!」


 末本が慌てて報告してくる。

 あぁ、もう……



「勘弁してくれ」


 目を開くとそこはいつもの薄暗いホールじゃなく、狭いワンルームの我が家。

 はぁ……疲れてるんだろうな。夢の中でも仕事してるし。なんだよ、悪夢じゃねーか。

 むっくり起き上がってスマホを見ると、午前九時。遅刻じゃん、って思ったけど、今日は休みだった。焦りを感じただけで悲しくなる。

 あーあ。世界よ、滅べ。生きてるだけで金がかかるし、安月給であんなに働かされて、しかも働き方改革とか言って、無理やり休みをねじ込まれても困るんだよなぁ……どうせ溜まった仕事を別の日に片付けなきゃいけないんだろ。


「……やめよう。せっかくの休みだ」


 ベッドから降りて、カーテンを開けた。シャッとレールが鳴るとほこりが舞う。掃除しないとなぁ……と思いつつテレビの電源を入れる。


「やっぱり今日はずっと雨っぽいな」


 横殴りの雨。雲はなんだか真っ黒で汚い。天気悪すぎ。


「やっぱ籠城だな……」


 この雨じゃ窓も開けられない。やむまで待とう。

 顔を洗って歯磨きするけど、少し伸びたヒゲはそのままにして、再びベッドに戻ってテレビに目をやる。


『本日は全国的に雨となり、降水確率は……』

『トラックと乗用車がぶつかる事故が発生しました』

『男性が川へ飛び込み、死亡しました』


 どの局も暗いニュースを流している。


『男性は衝動的に川へ飛び込んだ模様です』


 自殺かなぁ。俺も働かされすぎてきついけど、仕事に殺されたくないなぁ……

 スマートフォンで撮影されたと思しき縦長の画面に切り替わった。

 轟々と激しい濁流に、ぼやけた人影が飛び込んでいく動画。そのあとに続くように、何人も川へ飛び込んでいく。おいおい、一人じゃねーのかよ。


『また、そのあとに飛び込んだ女性らに面識はなく、いずれも衝動性のある――』


 若い女性アナウンサーが困惑気味な顔をした。そして、カメラの向こうにいるであろうカンペを見やる。


『速報です。この事件に関する事態が全国で相次いでいる模様です。現場より中継です。カワイさん?』


 アナウンサーが呼べば、カメラは中継場所へ切り替わる。しかし、そこには誰もいない。カメラは川を映しているが、その映像もなんだかおかしい。カメラを地面に置いたような。固まって動かない。


『カワイさん? 聴こえますか?』


 異常だ。何かがおかしい。

 ニュースから離れて、窓を見た。雨が降っている。道路には人や車が行き交っている。でも、傘を差した人がいない。車もなにかおかしい。徐行しているものもあれば、猛スピードで走るものも。あ、バスが横転してる。


『防衛省より発表があります』


 危険信号みたいな音を出したテレビに再び顔を向ける。防衛省?


『一連の事件につきまして、原因は不明。ただし、雨が関係していることだけは言えます。雨に警戒してください。絶対に外へ出ないことを厳守し、自衛してください』


「はぁ? なにそれ」


 情報がよく分からない。スマートフォンを開いて、SNSのアプリをタップする。と、こちらは情報の嵐だった。

 異常気象、集団自殺からパンデミック、地球滅亡なんかの言葉が並んでいる。その中で一番多いのが、


「ゾンビ……?」


 いや、ゾンビって。映画じゃあるまいし。

 令和も序盤で、これからって時に。そりゃ世界終われって思うこともあったけど、いくらなんでも急すぎる。


「ちょっと連絡してみよう」


 アプリで呼び出すのはアドレス帳。その中から「わたなべ」を探す。しかし、その前に画面が着信に切り替わった。


「うわっ」


 慌てて通話ボタンを押す。


「もしもし?」

『あ、もしもし! 清田さん! 無事ですか!』

「末本か」


 叫びに近い、いつになく慌てた声の末本。


『僕、今から出勤なんですけど、雨がやばいって言うじゃないですか。だから出ように出られなくて。助けてください!』

「いやいやいや、俺だってやばいじゃん、それ」

『しかもですね』


 話を聞かず、末本は忙しくまくしたてる。


『家の前をゾンビが歩いてるんですよぉ。やばいですよ、これ、本当にゾンビ……これ、絶対雨のせいですよね!』

「雨に濡れたらゾンビになるってか。バカバカしい。んなわけ……」


 言いかけると、突然に隣の部屋から大迫力の爆音が響いてきた。耳を痛めそうな激しいスピーカー音、ひっかくような高い音がぞわぞわと背筋を震わせる。


「うるっせー! 朝っぱらから何事だ!」

『清田さん!? 窓開けちゃダメですよ!』


 かろうじて末本の声が聴こえる。窓は開けるなって言う割に助けてって言ったよな。どっちだよ。

 考えている間にも音は激しさを増す。なんだろ、デスメタルみたいな曲調だってのは分かる。リズムに合わせて壁を殴るような音も。

 異常だ。異常すぎる。確かにお隣さんはたまにギターをかき鳴らしててうるさいけど、ここまで近所迷惑なことをする人じゃなかったはず。


『清田さん! 清田さん! やばいです!』

「どうした、末本!」


 電話の奥の後輩が悲鳴をあげる。


『やばいって! ドアが壊される! 何人もきてて! 見つかっちゃいました、あぁっ!』


 不穏な叫び。そして、その声はどんどん遠ざかっていく。


「末本!? おい、末本!」


 ガンッ、と何かを打ち付けたような音のあとに、通話が切れる。無情な電子音。そして、デスメタルは続く。

 末本はどうなったんだろう。本当にゾンビがいるのだろうか。窓を開けるなって言われたけど確認したい。でも怖い。恐る恐る外を見る。うるさい隣を覗くも、防火板で見えないからなんの情報も得られない……と、思っていたら防火板が揺れた。


「え?」


 板が揺れ、何かが突き破る。足だ。人の足。板を突き破って穴が空いた。しかし、侵入するような気配はない。穴から一瞬だけ見たのは、紫に変色した顔だった。それだけでお隣さんに異変があったことを悟る。

 すぐさまカーテンを閉めた。


「……籠城しよう」


 いや、そもそも元から籠城するのは決めてたけど、まさかこんなことになるとは思わない。

 デスメタルと殴る音が響く中、ただ静かにベッドに寝転がった。テレビを消す。スマートフォンの電源は満タンだったから切る。災害の時はそうしたほうがいいって聞いたし。

 災害か……災害なんだろうな、これも。なんてこった。

 あ、やばい。水と食料の確保できてなくね?

 起き上がって冷蔵庫を見る。中にはバナナ一房と水一リットルだけ。あとは、昨日買ってきた酒とスナック菓子が数袋。

 ……終わった。これだけでどうしのげっていうんだよ。籠城するならそれなりに用意しとけよ、昨日の俺!


 ***


 メタリックな重低音と壁を殴る鈍感な音から逃れる術はない。助けは呼べない。職場に連絡しても繋がらなかった。誰もいないのか、それとももうゾンビに支配されているのか。

 末本からはあれきり連絡がない。こまめに電源を切っているから、もしかするとすれ違っているのかもしれない。いや、今は人の心配よりも自分が優先だ。どう生き延びるかが最善。水も食べ物もとりあえず我慢しておく。一日くらいならなんとかなる。

 でも、明日はどうなる。明後日も明々後日も。それに、今はお隣さんがデスメタルに夢中のようだからいいが、いつうちのベランダに入ってくるか分からない。カーテンは怖くて開けられない。テレビももう一度つけてみたけど、どのチャンネルも今は繋がらなくなってきた。やばい。本当にやばい。

 このまま籠城してもいいことはないだろうし、いずれは食料も尽きるし、水だって必要だ。だが、水道も怖くて栓を開けられない。貯水タンクがやられていたらそれこそ感染するかもしれないし。ゾンビに対する知識はほぼゼロだが、なんとなくそんなことを思いつく。


 何もしないでいる。これでいい。今はまだ。


 いや、問題を後回しにするのは良くないかもしれない。現状を変えないといけないのかもしれない。やっぱり食料確保に外へ出るしかないかも。

 ゆっくりベッドを降りて、そっとカーテンを開ける。目だけ覗かせると、雨は上がっているようだった。でも、雲はまだ暗い。またいつ雨が降るか分からない。

 食料確保へ出るには今がチャンスか。いや、お隣さんでさえゾンビ化してるんだ。外に出たらすぐに感染するかもしれない。完全防備したとしても、いきなり襲われたら即死する。絶対に。

 こういう時、格闘技でもやっておけばよかったなと後悔する。子供の時に親から勧められた習い事の中に格闘技系のものがあった気がするなぁと、どうでもいいことを思い浮かべた。


 でも、デスメタルが思考の邪魔をするからすぐに我に返った。いつまでも終わらない。曲調に変化があったとすれば、ギターがより複雑なコードを演奏していることだ。それにここ数時間、壁への攻撃が続いているが、そろそろ原型がなくなっているんじゃないか。そんな心配をしている。

 よし、いろいろ考えたけどまだ家から出るのはやめよう。金や食料、水をまとめておき、いつでも出られるようにスウェットの上からジャージを着ておく。帽子も欲しい。冬用のニット帽を握っておく。

 まぁ、何事もなければいいんだけど……

 その時、突然にカーテンの奥で破裂音がした。

 カーテンを開く。目の前に赤。真っ赤。ガラスにべっとりと手形が現れる。


「うわあああああああっ!」


 思わず叫んだ。すぐに動悸が活発になる。さらに全身が痛む。腰を打ったが、それよりも半月連勤で疲れた体には随分な負担がかかった。喉もあまり使わなかったから刺すように痛んで鬱陶しい。

 ベランダには、頭が削れたお隣さんがいた。ガラスにヘッドバンキング。これが一応リズムに合っていて、血しぶきが窓を汚していく。


「やばいやばいやばい……嘘だろ、もうここまで……」


 まとめた荷物まで這っていき、慌てて玄関まで逃げる。けど、すぐに立ち止まる。窓を見る。お隣さんはヘドバンしているだけで、まだガラスを突き破ってはいない。


「焦るな、落ち着け、まだ大丈夫。お隣さんはただリズムに乗ってるだけだ……」


 外に何がいるか分からない以上、むやみに飛び出すのは危険だ。多分。

 そっとのぞき穴を見る。誰もいない。でも、死角にいたら怖い。急に襲いかかられたら対応が難しい。今ので分かったけど、俺は体が丈夫じゃない。腰はまだ痛む。

 ドスン、ドスン、ドスン、と窓が鳴る。その音に向き合って、急ぎ足で部屋に戻った。カーテンを閉める。


「あ、これだと攻撃してきたときに見えない」


 もう一度カーテンを開ける。ヘドバンは終わらない。が、彼が頭を上げた時に目が合った。


「うわっ」


 怯んで後ずさるも、彼はそのままヘドバンを続けた。


「籠城もここまでか……いや、でも、まだ……」


 どうしたらいい。て言うか、ここまできても、俺は助かりたいんだな。毎日毎日、仕事で疲れて休みも寝るだけで、ストレス三昧なのに、それでも生きたいらしい。


「まぁ、こんな風になるのはゴメンだよな……」


 お隣さんには悪いが、頭を削ってもデスメタルを聴き続けたくはない。真っ赤な血しぶきを飛ばして、人を襲って外をうろつく怪物にはなりたくない。

 末本もこうなってしまったんだろうか。会社の人を一人一人思い浮かべた。

 毎日怒鳴る富野課長も。フロントの中尾さん。人事課長。そういや、この間、調理課から絞られたなぁ。そっちが在庫管理できてないのが悪いくせに。

 ちくしょう、ろくなヤツがいない。助かってほしいのは中尾さんかな、仕事できるし。


「あ、」


 思わず口を開いた。

 窓にヒビが入っている。やばい。突破されるのも時間の問題だ……

 ゆっくりと後ずさって、玄関まで戻る。その間にもキリキリと窓はヒビ割れていく。

 その時だった。背後の玄関がドンドンと大きな音を立てる。


「おぉーい! 清田くん! 無事かーっ!」


 デスメタルとヘドバンで溢れる部屋の中、突然かいくぐってきたのは聞き慣れた声。


「富野課長!?」

「清田くん! 開けなさい! ここを開けるんだ!」


 ノブをガタガタ鳴らしながら怒鳴る富野課長。のぞき穴から見れば、確かに課長の丸く湿った頭が見えた。すぐさまドアを開ける。


「課長!」

「無事か、清田くん! 良かった!」


 ずんぐりむっくりの丸顔と、大きな声がこんなに頼りになるとは思いもしない。


「課長こそ大丈夫ですか! ってか、その格好、なんですか」


 全身真っ黒で、何やら肘と膝にパッドを装着している。首にゴーグルをぶら下げ、背中に細長い銃口が伸びている……エアガンか。パッと見た目は重装備の特殊部隊みたいな。


「グズグズしてる場合じゃないぞ。町中ゾンビだらけだ!」

「いや、そうですけど」


 脳内処理が追いつかないから簡単に説明だけでもしてほしい。しかし、背後では窓がもう破れそう。確かにグズグズしてる暇はない。

 富野課長は厳しく強引に俺を引っ張った。食料と水を詰めた荷物と、奇跡的に指に引っ掛けていたニット帽をかぶって外に出る。


「君はなんでもそつなくこなすからね、後回しにしても大丈夫だったな!」


 マンションを出ながら富野課長が言う。


「駆けつけたときにはすでに末本くんはやられていた。他の従業員もだ。でも、やっぱり君は無事だったな」

「課長……」


 褒められているんだろうけど、後回しにされたっていう事実には納得がいかない。


「まずは今から拠点に行くぞ。俺がヤツらを倒すから、君はとにかく走れ!」

「課長、あの、その装備はどっから」

「俺の趣味はサバゲーだ。サバゲー! サバイバルゲーム!」


 課長はうるさそうに雑な説明をした。そして、前方からふらりと現れる赤紫のゾンビに向かってエアガンを撃つ。命中。すごい腕前だ。


「高校んときにアマチュア無線の資格もとってるから電波をいじることもできるぞ!」


 なんだそのスペック。どこに隠してたんだよ。


「まずは拠点だ!」


 エアガンを肩にかけ、ゴーグルを装着する富野課長。

 横転した車や人気のない道を用心しながら走る。


「拠点ってどこなんですか」

「わたなべだ!」


 まさかの職場。いや、でも、そこなら食材もたくさんあるし、寝泊まりできるような個室もあるし、武器になるものだってたくさんある。籠城するにはうってつけだ。

 そして、ここから結構近い。走れば二十分くらいで着く。しかし、町にはいつどこからゾンビが飛び出してくるか分からない。でも、課長がいるなら安心だろう。

 固いアスファルトは湿っている。でも走る。できる限り拠点へ近づく。ゾンビがきたらすぐに課長がエアガンを撃つ。その繰り返しで、俺達はわたなべへたどり着いた。


「よくやった、清田くん!」

「や、課長がすごいだけです……俺は逃げるしかできなかった」

「そんなことはない。君にはいつも助けられているからね」

「課長……」


 やばい、泣きそう。俺は誤解していたのかもしれない……いつもうるさいって思っててすみませんでした……

 昔ながらの日本家屋風の店。表ではなく、裏手へ回る。重たい鉄扉の鍵を開けてノブを回して――




 ***


 目を開けると、そこはぼんやり暗い自室の天井があった。


「――あれ?」


 裏口を開いたはずだ。なんで家に戻ってきてるんだ。


「夢かよ……」


 まさかの夢。嘘だろ、ここまできて夢って、そんなオチ。ふざけんな。

 スマートフォンを見る。丸一日経っている。くそ。睡眠に一日使うとかどんだけ疲れてんだよ。

 ドスン、ドスン、と時折、隣から物音がする。まぁ、デスメタルをガンガン鳴らされるよりはマシか。

 俺はベッドに横たわったまま、テレビをつけた。外は雨。籠城するにはうってつけの日和。


『本日は全国的に雨となり、降水確率は……』

『トラックと乗用車がぶつかる事故が発生しました』

『男性が川へ飛び込み、死亡しました』


 嫌なニュースばかりだな。それになんだかデジャブ。

 SNSを開こうとするも、先にアドレス帳を呼び出した。画面をスライドさせ、富野課長で止める。


「……いや、急に趣味はサバゲーですかって聞けるわけねーだろ」


 画面を閉じて、脇に放り投げる。

 今日も惰眠をむさぼっていよう。課長には明日聞いてみるとして。

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