独白

 さぁ、愛と食について語ろうか。視界はとうに、さざなみを作っているのだが。

 どこから語ろう……あぁ、そうだ。まずは、ここから始めるのが無難なところだろうな。


「僕は、死んだ」


 いや、正確に言えば死にゆく。終わりへ向かうわけだが、一体どうしてこうなったのか。

 最愛にして最高な最期の恋人――彼女に毒を盛られたから死ぬ。たったそれだけなんだけれど、僕もただ一人で死にたくはなかったし、最も食べ残しは惜しいものだから彼女のグラスに毒を仕込んでおいたんだ。

 目の前にいる彼女は四肢から真っ赤な血をとろとろと垂れ流しているよ。綺麗だね。

 生が消えた、物言わぬ器はどんなに精巧な剥製や人形よりも美しいと思う。

 息が止まる瞬間、彼女の瞳から光が消えていくんだ。虚ろになった目玉は世界で一つだけの美しい宝石。はじめから動かぬ石なんかよりもずっと価値あるものだ。

 僕は今までに、綺麗な死に様を見せてくれる女の子を何人か探してきたし、死をプレゼントしてあげたんだけれど、やっぱり彼女を最後に残しておいて良かったと思う。

 あぁ、いや、「最期」か。

 まったく、僕もこれから死んでしまうというのに、この高揚が抑えきれなくて参ってしまうよ。

 ん……いや、違うか。これはただ毒物を処理しきれない身体が痙攣しているのか。うーん……死というのは苦しいものなんだね。でも、苦しみから逃れようともがく様は必死に生きようとしていて実に健気で美しいものだと思う。

 しかし、彼女は。

 彼女だけは耐えていた。ひたすらに苦しみを耐えていた。人間はどうしたって生き物だから、異物が身体に混ざればそれを処理できなくなる。身体が壊れていくのだから、苦しいに決まっているはずだ。

 それなのに。

 僕が盛った毒を含んでも、彼女は決して息を上げることも引きつけを起こすこともしなかった。とても、とても、静かだった。

 確かに、生きようともがく姿は見ていて興奮する。快楽的な欲動を促して、僕の内部を激しく沸かす。

 だが、静かに沈むような死は、快楽も恥へと変えるのだ。獣のような欲が怯んでしまう。それはさながら凄み、とでもいうのか。

 喩えるならば、圧倒の歴史的絵画のような。こちらが息を飲むような。そんな死。

 本当に優秀だよ。

 僕のことを愛していたからこそ、最高の美しさでいようと抵抗していたんだろう。今までにそんな子はいなかった。誰だって、最愛の恋人から殺されたくはないみたいだし……まぁ、僕にとってはよく分からない感覚だけれど。

 生こそ美徳とする世の中だから、この感覚は誰にも理解されないとは思っている。いや、世界にはおびただしい数の人間が生きているし、もしかしたら僕みたいな人間もいるはずだろう。会ったことはないけれど。

 もしも、死こそ美徳とする世界だったなら、僕は生を欲するのかもしれない。あがいて生き延びようとして、更には愛する誰かを生かそうとするのかもしれない。

 結局、僕は愛しているものには、一生愛し続けて欲しいのだ。そう願っているから、それを形にしているだけなんだよ。

 愛はいつかは壊れるもので、それなら、愛されているうちに壊しておけばいい。そんな考えでいるから世界は僕をのけものにした。

 こんな考えでいるから、どっちの世界にしても分かりあえなかっただろうな。神様がそういう風に作ったのだから仕方がない。


 ちなみに、生と性は漢字も感じも似ているよね。心が余分にあるかどうかの問題で、僕はどちらかと言えば「生」のほうが好きだ。それを食べる、というんだろうか。

 うーん……死にゆく様を見るのに興奮するというのに、生を食べるだなんてなんだか矛盾だ。いや、生死これは表裏一体に見えて同じことなのかも。じゃあ、どうして「死」だけが毛嫌いされるのか分からなくなってくるね。別のことを考えよう。


 さて。

 ゆっくりと命を暗闇に沈めてゆく彼女たちに、僕はいつも同じように「綺麗だよ」と囁く。それが聴こえているかは分からないけれど。

 あぁ、でも、最愛にして最高な彼女だけはきちんと聴いてくれていた。うっすらと微笑みまでくれた。

 確かに、死への恐怖を味わう姿は格別に美しいものだ。

 口から唾液と血液を垂らして、息を荒げて、喉を震わせて、臓器に回る異物に細胞を殺されて、壊されて、もがいて、もがいて、抗って、ジタバタとどうにもならない苦しみを味わって、生を欲して、逝く。

 僕は彼女らが逝くその度に、僅かな寂しさを覚えてしまう。それまで興奮で高ぶっていた感情が、まるで風船が破裂するようになくなってしまうんだ。

 ただ、美しいものを見れば満足感は得られるんだけれど。僕は好きな食べものは最後に残すタイプだから、最愛にして最高の彼女を残しておいた。

 今、目の前にいるはずの彼女。名前は知らないけれど、そんなもの、死んだら必要ないし。

 まさか、彼女だけが我慢できずに僕を殺そうとするなんて、思っちゃいなかったよ。

「貴方になら、殺されてもいい」なんて初めて会った時は軽々しく言っていたけれど、焦らしすぎるのも考えものだった。反省しよう。


 ………。


 いや、今さら反省したところで「僕」という存在はあと残りわずかで消えるのだから無意味だった。馬鹿だなぁ。頭ももう上手く回らないらしい。


 あぁ、もう。

 せっかくの美しい死をもう見ることができないなんて残念だ。でも、僕の心は大いに満たされている。満腹。食べ過ぎは良くないしね。


 彼女の血が、床に撒かれた直後、僕は床へと倒れ込んだ。

 彼女の真っ赤な血溜まりは、僕の鼻の中へと吸い込まれていく。


 トロトロとまろやかで、温かいものが僕の中へ吸い込まれれば混ざり合っていくようで、あぁ、これも、悪くないな、と、思った。


 悪くない。


 むしろ、快感だ。


 なんて、

 なんて、

 贅沢、

 なんだろう。


 僕は、

 ほんとうに、

 めぐまれて――

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