第78話 天からの一撃

特異点砲の射程内に入った天体を防御することは不可能である。

この超兵器の弾体はあらゆる物質を(転換装甲すら!)貫通し、内部に潜り込んだ時点で無慣性状態より復帰。質量を取り戻すと同時に、ホーキング輻射ですべてを破壊するのだ。直撃を受けて、その破壊力に耐える手段は存在しない。

だからこそ、天体防御のためには、敵を手前の星系で阻止する必要があるのだった。

今。四門の特異点砲が、ひとつの天体をその射程内に収めた。


  ◇


―――分からない。分からない。分からない……

金属生命体群は困惑していた。

たった今破壊した病巣。いや、角田遥、と名乗ったそれの断末魔が理解不可能だったからである。

奴はいわば、異種族そのもの。あるいは異種族が創造した知性体の類なのであろうが。分からぬ。金属生命体群の巨大な知性を持ってしても、分からなかった。

は思案する。

私を殺す、とは言った。こうやるのさ、と。奴が死ぬ瞬間をつぶさに観測していたが、しかし分からなかった。一体奴は何を言っていたのだ。

私はこうして生きている。私を殺せる者などおらぬ。奴に殺せるはずもない。そのはずだ。なのになんだろう。この不安は。

ログを確認する。奴と言葉を交わしていた間の。奴が何かをしていれば、すぐに分かるはずだ。

―――何もない。奴は何もしていない。ただ、断末魔の叫びは私全体へと届いたが。

そこで、気付く。あの断末魔は。いや。それ以前。自らの存在を誇示したあの叫びは。

自身の内部を。その情報を流れをたどり、確認していく。

ひとつひとつはごく小さな。しかし、全体としては膨大なデータが、金属生命体群。その全域より移動していた。に気を取られている隙に。金属生命体群の中枢、母星系。最も通信密度が高い結節点である母星。その、工場区画の、一か所へ向けて。

金属生命体群は、急いでそちらに

手遅れだった。


  ◇


―――ああ。心地よい。

極微作業溶液の中。最終調整の最中だった仮装戦艦は、自らの誕生を今か今かと待ちわびていた。

外に出たら何をするのだろう。敵を滅ぼすのだろう。殺すのだろう。戦うのだろう。素晴らしい。種族のために自らは奉仕するのだ。

最後の仕上げ、とばかりに、膨大なデータが頭の中へ注入されていく。

そして、仮装戦艦は、完成した。

何も変わらない。種族のために戦う事も。敵を滅ぼすことも。何も。

だから、彼女は役目を果たすべく動き出した。鋭い爪を突き出し、培養槽を切り裂く。両手をかけて裂け目を押し広げる。たやすいことだ。流れ込んで来る警告を無視。周囲を見回す。金属の管が無数にくねり、壁面を伝った臓物のような空間。無重力のそこかしこで作業中の下位個体たち。金属生命体群の基地なのが分かった。

頭部バイザーを展開し、より荷電粒子ビームを射出。

壁面が溶け崩れた。床が爆発。下位個体どもが吹き飛んでいく。

なんと痛快な!!

生まれて初めての砲撃は、面白いようにすべてを破壊した。仮装戦艦の武装は、頭部副砲ですら小天体を粉砕できるのだ。

さあ。外に出よう。すべてを滅ぼそう。我々の敵を殺そう。

そう。私と同胞たちの敵。金属生命体群を。人類と、銀河の生きとし生ける者全ての敵対者を殺すのだ!!


  ◇


鋼の瞳だった。

何万キロメートルもあるその構造物は、惑星。銀色に輝く機械に覆われ、赤道の全周からは百を越える軌道エレベーターが柱のように屹立している。軌道上にはこれまた数千キロもある機械の基地が二つと、無数の通信衛星。その工業力はいかほどのものか。星系内の大型天体は軒並み開発し尽くされ、そして無数の航宙艦や金属生命が行き交っている。

それは金属生命体群の母星だった。

数学的調和と独特の美意識によって構築された金属生命体群の最重要拠点。異種族が見ても美しいと思えるであろう。そんな、彼女らの

その軌道上にある工場のひとつが、吹き飛んだ。内側よりの暴虐に耐えかねたのである。

中より現れたのは、少女だった。

均整の取れた肢体は麗しい。後頭部より伸びる髪は複雑な構造の放熱板であり、全身を構築しているのは薄桃色の金属。両の眼をバイザーで隠した、裸身の乙女にも似た形態だった。

人間と異なる点もある。

35メートルの巨体に背負っている、自身よりもさらに巨大な華のつぼみは畳まれた観測帆。両足首の外側とそして、両手首のやはり外側にマウントされた長大な機械は、各々が身長の3倍もの長さを備えていた 。

仮装戦艦。そう呼称される、金属生命体の指揮個体であった。

彼女は手首足首の機械。すなわち特異点砲をぐるりと回転させて一方向へと向けると、背中の蕾をたった今、破壊し尽くした工場の残骸へ突き刺した。

準備を整えた彼女は、四基の特異点砲を活性化させる。

目標は、眼下。金属生命体群の母星たる鋼の瞳である。観測帆は不要。この距離で、惑星相手だ。外しっこない。

―――やめろ。

聞こえてきたのは強い思念。金属生命体群がようやくこちらに気付いたのであろう。己を殺そうとする、自分自身の一部に。

この段階で、仮装戦艦は生まれて初めて口を開いた。

『やめろ、と言われて、お前はやめたことがあるのか』

『何を言っている。理解できない。分からない。どうして私を殺そうとする。何故だ』

仮装戦艦は、周囲を確認した。騒ぎを聞き付けた防衛部隊が動き始めている。急がねば。

『みんな同じだ。誰もが死にたくないんだ。お前だけじゃあ、ない。

その事にさえ、気が付いたら。お前は恐ろしい罪を重ねることは無かったろうに。

殺されることはなかったろうに』

『やめろ。やめるのだ。よ、やめろ。やめろ。やめろ。やめろ……!!』

『―――くたばれ。化け物!!』

特異点砲の基部。そこに装填された弾丸はトンネル効果を制御され、一点へと。シュバルツシルト半径内に落ち込んだ320トンの質量は、マイクロブラックホールと化す。

万感の想いを込めて、四つの砲弾が射出された。

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