episodi 5 お泊まりしに来たよ♪
「鈴穂、期末テストも百位以内に入れてへんかったら、分かってるわよねぇ?」
六月二十四日、月曜日。期末テストまであとちょうど一週間に迫った本日。寄り道はせず普段通りの午後四時過ぎに帰宅した鈴穂は、母から爽やかな笑顔で問いかけられた。
「烈學館行きと本を捨てるってやつでしょ」
「その通りよ。ちゃーんと覚えててえらいわ、鈴穂。そうならへんように頑張りや」
「はいはい」
鈴穂はちょっぴり不機嫌そうに生返事してリビングをあとにし、自分のお部屋へ。
「鈴穂君、いよいよ期末テスト一週間前だな」
「スズホちゃん、テスト前はテンション上がるよね」
「鈴穂お姉ちゃん、今日からはさらに本気を出して数学頑張ろう」
「スズホルマリン、化学と生物は普段あまり勉強してくれないからここでいっぱい勉強しようぜ」
「鈴穂さん、今日からは家庭学習時間を二時間増やしましょう」
教材キャラ達は普段以上に機嫌良さそうだった。
「分かってるよ。期末は副教科もあるのが面倒だなぁ」
「副教科も頑張らなきゃダメです。大学入試でAOや推薦を狙うなら、評定平均に大きく響くので」
今日の帰りのSHRで配布された、期末テスト日程範囲表を眺めつつため息まじりに呟いた鈴穂に、睦月はきりっとした表情でエールを送る。体育、書道、情報は授業評価のみで期末テストは無しだ。
「賛太君はAOと推薦は邪道。当日一発勝負の一般入試で挑むべきっておっしゃってたけどな」
「私、推薦やAOは考えてないし、ママは副教科の分の成績は考慮しないって言ってたから……とりあえず平均点くらいは取れる程度に頑張るよ」
「それがベストだね。日程はJulyの一、二、三、四、五か。今度のSaturday,Sundayはスズホちゃんをconfinementだね」
「つまり土日は幽閉されて勉強漬け、外出禁止ってことだ。覚悟しとけよメスブタ」
「えっ、でも今週の土曜は毎月買ってるアニメ雑誌の発売日なのに」
キャロルと怜央から告げられたことに、鈴穂はどぎまぎする。
「そんなもん、テスト終わってから買えばいいだろ」
怜央は不機嫌そうな表情でこう意見した。
「でも、きっと売り切れちゃうよぅ」
「スズホちゃん、雑誌に萌えキャラを求めなくても、ボク達がいるじゃない」
キャロルはウィンクする。
「確かにあなた達はアニメの萌えキャラに匹敵、いや凌駕するくらいとっても魅力的だけど、実際に放送されてあるアニメのキャラじゃないと話題性が……と、見たい新作アニメの放送開始日とも見事に重なってるよ。中学の頃は一学期末は六月中、夏アニメ放送開始前に終わってたんだけどな」
鈴穂はかなり不満そうにした。
「それもテスト終了後のお楽しみということでー」
キャロルににっこり笑顔で突っ込まれる。
「気になって余計勉強に実が入らないかも」
「そういう子はたとえアニメが無くても何かと理由を付けてそう言うものです。鈴穂さん、期末試験は今学期の成績に大きく響く一大イベントですので、一生懸命頑張りましょうね」
睦月は真剣な眼差しでエールを送る。
「分かったよ。テスト終わるまで我慢するよ。総合順位百位以内に入らないと、ママに塾へ行かされるし」
「Oh,no! スズホちゃんのマミーはデビルだね。スズホちゃん、これはますます本気出さなきゃいけないね。塾なんかに行かされたらボク達と付き合える時間が減っちゃうもん」
「うっ、うん」
こうして鈴穂は椅子に座るというか、ギラギラした目つきのキャロルに力ずくで座らされる。
「鈴穂君の通う高校で上位百位以内なら、国公立大も余裕で目指せそうだな。半数くらいが東大に進学する灘や開成や筑駒と比較すりゃぁかなり劣っちまうけど、鈴穂君の高校も毎年東大一、二名、京大七、八名の現役合格者が出てるから、それなりの進学実績があるじゃねえか」
怜央は鈴穂の高校入学時に配布されていた高校生活の手引きの冊子、進路状況の項目を眺めながら話しかける。
「まあ、近隣の公立で二番手か三番手みたいだから。三人に一人は国公立大に進学してるみたいだし」
「鈴穂さんも、国公立大狙いですか?」
睦月は興味深そうに尋ねてくる。
「うん。ママもそれを望んでるし。私立大は学費高いからね」
「親孝行だな、鈴穂君。メスブタのくせに」
「いっ、いやぁ、そんなことは……」
怜央に頭を優しく撫でられ、鈴穂は頬を少し赤らめ照れくさがった。
「スズホルマリン、期末テストで楽々百位以内に入れる裏技があるぜ」
「そんな方法が本当にあるの!?」
剛流磁から突然告げられたことに、鈴穂は驚き顔で問う。
「うん。職員室に忍び込んで問題を盗み出せばいいのだ」
「そっ、そんなことしたらダメに決まってるでしょ」
剛流磁の説明に、鈴穂はすかさず突っ込んだ。
「剛流磁君、校則の厳しい高校だったら退学に値する行為だぜ」
「あいだぁ~っ!」
怜央に頭をゴチッと思いっ切り叩かれ、
「カンニングは厳禁です。試験は正当な方法で臨まなければなりません!」
睦月に険しい表情を浮かべられ、
「ごめんなさぁーい」
剛流磁は慌ててぺこんと頭を下げた。
本音としてはやりたいけどね。
鈴穂がこう思ってしまったその時、
ピンポーン♪ といつもの朝のように玄関チャイムが鳴らされた。
「鈴穂ちゃん、おば様。こんばんはー」
伸実がやって来たのだ。
やっぱり来たぁー。
鈴穂は気まずい心境に陥る。テスト直前になると伸実は毎回、テスト範囲の重要ポイントなどを教えに来てくれるのだ。中学一年一学期中間テストの頃から続けている伸実の習慣となっている。
「鈴穂ぉ、伸実ちゃんが来てくれたわよーっ。下りてらっしゃぁい」
「はいはい」
母に大声で叫ばれ、鈴穂は部屋から出て階段を下り、玄関先へと向かっていく。
「鈴穂ちゃん、今日はお泊りするね」
「えっ!!」
伸実からの突然の発言に、鈴穂は目を大きく見開く。
「鈴穂、よかったわね。今夜伸実ちゃんがお勉強、付きっ切りで指導してくれるって」
母はにこやかな表情で伝えた。
「鈴穂ちゃん、今夜はよろしくね♪ 外泊許可はちゃんと阪井先生に取って来たよ」
「べっ、べつに、そこまでしてくれなくても」
鈴穂は困惑する。
「だってわたし、久し振りに鈴穂ちゃんちでお泊りしたくなったんだもん。英語の授業でパジャマパーティが出て来たでしょ。わたしもやりたいなぁって思ったの」
伸実は満面の笑みを浮かべながら言う。大きめのトートバッグも手に持っていて泊まる気満々な様子であった。
「そんな理由かぁ」
鈴穂は納得出来たが、やはり困っている。
「伸実ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」
母は温かく歓迎した。
「はい、お世話になります。英語で言うとメイクユアセルフアットホームですね」
伸実は靴を脱いで廊下に上がると嬉しそうに階段を駆け上がり、鈴穂のお部屋へ向かって行った。
「あっ、ちょっと待って、伸実ちゃぁーん!」
鈴穂は大声で叫んだ。しかし伸実は聞く耳持たず、鈴穂の自室に入ってしまった。
これも毎度のことなのだ。
「どうしたの? 鈴穂。今回はやけに慌てて。鈴穂が持ってるオタクっぽい物、今さら見られたってなんともないでしょ?」
母はにやにやしながら尋ねて来た。
「確かにそうだけど」
鈴穂はそう答えて、急いで二階へ駆け上がった。
自室の扉を開けると、
「鈴穂ちゃん、かわいいお人形さん、また増えたね」
伸実はちょっぴり前傾姿勢になって専用ケース上をじーっと見つめていた。
よかったぁ。あの子達の姿は、見られてない。
鈴穂はホッと一安心する。
「鈴穂ちゃん、テスト範囲のプリント揃ってる? 足りないのがあったら、コピーしてあげるよ」
続いて伸実は、机の上や引出を物色し始めた。
「全部揃ってるよ」
鈴穂はそう答えると、机の上の本立てからファイルを取り出す。科目毎にきちんと分けられ九冊あった。
「本当だ、一枚も抜けがない。えらいね、鈴穂ちゃん。ちゃんと整理整頓出来るようになって」
一冊ずつ捲って確認してみて、伸実は大いに褒めてあげる。
「いやぁ、それほどたいしたことでもないと思うけど」
鈴穂はちょっぴり照れ気味。あの子達の指導のおかげだし、と心の中で思っていた。
「今までは全然出来てなかったんだから、大きな進歩だよ。そういえば鈴穂ちゃん、カッコいい男の子とかわいい女の子が表紙になってる参考書買ったんだよね。あっ、これだね。イラストすごくかわいいね」
伸実は床に置かれてあった英語のテキストを拾い上げ、表紙をじっと眺める。
「そっ、それは……」
鈴穂の表情は凍りつく。
「鈴穂ちゃん、ちゃんとやってるね」
三〇秒ほど見つめた後、伸実はページを捲り始めた。
「えっ、あっ、うっ、うん。ちゃんと毎日続けてるよ」
「えらいよ、鈴穂ちゃん。授業中も最近はいつも真面目にノートを取るようになったし、期末テストでは良い点取れそうだね」
「うっ、うん」
鈴穂は背中から冷や汗を流しながら適当に頷く。
あの子達、飛び出して来ないよね?
と、鈴穂はかなり心配になっていた。
「じゃ、夕飯までいっしょにテスト勉強始めよう」
「うっ、うん」
鈴穂が椅子に座ると、
「鈴穂ちゃん、もう少し詰めてね」
椅子の僅かなスペースに、伸実が座ってこようとして来た。
「あの、伸実ちゃん。そんなに引っ付かなくても」
「でも、落ちそうだし。じゃあベッドの上でやろう」
伸実はそう言うと、鈴穂の腕をぐいっと引っ張った。
「わわわ」
鈴穂はベッドの上に座らされる。
「ベッドふかふか~♪ わたし、今夜は鈴穂ちゃんと同じベッドで寝るね」
伸実はうつ伏せになって足をパタパタさせながら言う。
「ダッ、ダメだよ。引っ付くと暑いし」
鈴穂は嫌がる素振りを見せる。
「あーん、お願ぁい」
「でもぉ」
「鈴穂ぉ、伸実ちゃぁん。夕飯出来たわよー」
気まずい雰囲気を打ち消すかのように、母に叫ばれた。
二人はキッチンへと向かっていくと、
「今夜は伸実ちゃんの大好物よ」
母から機嫌良さそうに伝えられた。
夕飯のメインメニューは、ハンバーグステーキだった。
「わぁーっ。とっても美味しそう。ありがとうございます、おば様。わたし、貧血で倒れて以来、苦手な緑黄色野菜を日々たくさん摂ろうと心掛けてるんです。ハンバーグは最適ですね」
伸実は満面の笑みを浮かべる。
「鈴穂も未だけっこう好き嫌いが激しいのよ、ミカンとか」
「だって酸っぱいし」
「鈴穂ちゃん、ビタミンCが不足して壊血病になっちゃうよ」
「私、柑橘系は絶対好きになれないな」
鈴穂は苦笑いで主張し、椅子に座った。
「伸実ちゃんはここに座りなさい」
母は微笑みながら、鈴穂の向かい側の椅子を差した。
「はい、失礼します」
伸実は嬉しそうにその場所に座る。
そこ、ママの席なんだけどな。
鈴穂はちょっぴり気まずく感じるも、ともあれ食事開始。母は普段は誰も使ってない予備の椅子に座った。
十五分ほどのち、三人が食事を終えようとしたところ、
「ただいまー」
父が帰って来た。まもなくキッチンにやってくる。
「おじゃましてます。おじ様」
「やあ伸実ちゃん、お久し振りだね。ますますかわいらしくなって」
「おじ様ったら」
伸実は頬をほんのり赤らめた。
「ハハハ」
父は上機嫌で笑いながら、スーツから普段着に着替えるためリビングの方へ。
「伸実ちゃん、お風呂ももう沸いてるから、このあとどうぞ」
母は笑顔で伝える。
「ありがとうございます。でも、鈴穂ちゃん先にどうぞ。わたし、夕飯のお片づけを手伝うから」
「あら悪いわね、伸実ちゃん」
「いえいえ」
「じゃあ、先に入るね」
鈴穂は夕飯を平らげると椅子から立ち上がり、風呂場へと向かっていった。
すっぽんぽんで風呂イスに腰掛け髪の毛を擦っている最中、
「スズホルマリン!」
剛流磁が湯船から飛び出して来た。
「もう、剛流磁くん。私の入浴中に入り込んでくるのはやめようね」
鈴穂は優しく注意する。こういうことが度々あり、鈴穂はもはや驚く様子は無かった。
「まあいいじゃん。生ノブミトコンドリア、本当にかわいいね。生殖器と内臓のみならず細胞レベルまで観察したいくらいだぜ。ねえスズホルマリン、今夜はノブミトコンドリアとベッドの上で百合プレイ的なことするんでしょ? あの漫画みたいに」
「……何言ってるのよ。すっ、するわけないでしょ、そんなこと」
にやにや顔で質問してくる剛流磁。鈴穂は焦り顔で即否定した。
「スズホルマリン、つれないなぁ。パートナーを大切にしてあげなきゃダメだぜ」
「大切にするってそういうことじゃないでしょ」
剛流磁の意見に、鈴穂が迷惑顔で反論していたその時、
「おじゃまするね、鈴穂ちゃん」
浴室扉がガラガラッと開かれた。
「うわぁっ!」
「ゲッ!」
鈴穂と剛流磁はびくーっと反応する。
伸実がすっぽんぽんで入って来たのだ。
「あれ? 男の子……」
伸実は剛流磁の方に目を向けた。
「やっべ」
剛流磁はこう呟くと、一瞬で姿を消した。
「ねえ、鈴穂ちゃん。さっき素っ裸で銀髪の男の子がいなかった?」
伸実はきょとんした表情で尋ねてくる。
「きっ、きっ、きっ、気のせい、気のせいだよ」
鈴穂は慌てて説明すると、
「……そうだよね? まあ、いいや。鈴穂ちゃん。お背中流すよ」
伸実はあっという間に素の表情へと戻り、何事も無かったかのように鈴穂に接する。
「あっ、ありがとう」
「どういたしまして。わたしと鈴穂ちゃん、二人きりで入るのは、二年振りくらいだね」
「そっ、そうだね」
□
「どうしよう。ノブミトコンドリアに微小時間だけどオレっちの姿見られちゃったぜ」
鈴穂の部屋に戻った剛流磁は苦笑いで四人に伝える。
「Oh my god!」
「剛流磁お兄ちゃん、間に合わなかったんだね」
キャロルと理密図はハハッと笑う。
「その後は何事も無かったかのように普通に接してるみてえだけどな」
怜央はモニターに二人の映像を映した。
「幸いなことに伸実さんは、お部屋の様子を見る限りメルヘンチックなお方でしょうから、わらわ達の姿を見られても全く問題ないかもです」
睦月は冷静に分析する。
「それじゃあさ……」
剛流磁はあることを提案した。
□
あれから二十五分ほどのち、
「鈴穂ちゃん、お部屋に戻ってテスト勉強の続きやろう」
「私これから見たい番組があるんだけどなぁ」
「ダメダメ、テスト終わるまで我慢だよ」
お風呂から上がってパジャマを着た伸実と鈴穂は、いっしょに鈴穂の自室へ。
「スズホルマリン!」
「うひゃあああっ!」
入った瞬間、鈴穂は思わず仰け反った。
五人全員、テキストから飛び出していたのだ。
「ちょっ、ちょっと、あっ、あの……」
「あらまっ、男の子がいっぱいいるね。女の子も一人」
伸実は素の表情で的確に突っ込んだ。
「いとうつくしきかたちなる伸実さん、初めまして。わらわは鈴穂さんに現国と古典を教えている新玉睦月です」
「ぼく、数学担当の四分一理密図だよ」
「アイアム栗巣キャロル。Englishをレクチャーしてるよ」
「長宗我部・ニコライ・怜央だ。現社と世界史担当だぜ」
「理科の樅木剛流磁なのだ」
教材キャラ達はみんな陽気な声で、伸実にごく普通に自己紹介した。
「あっ、あっ、あっ、あのう……」
鈴穂はかなり焦る。
「はじめまして。わたし、光久伸実です」
伸実は爽やか笑顔で五人に自己紹介して、ぺこんと頭を下げた。
「鈴穂ちゃんの家庭教師さん?」
続いて鈴穂の方を向き、興味深そうに問いかける。
「まっ、まあ、そんな、感じ」
鈴穂は焦り顔で説明した。
「オレっち達みんな、この教材の中から飛び出て来たのだ」
剛流磁はあのテキスト五冊をピッと手で指し示す。
「そうなんですかぁ。すごいですねぇ!」
すると伸実は目をきらきら輝かせ、五人の方へぴょこぴょこ歩み寄った。
「のっ、伸実ちゃん、この子達のこと、不思議に、思わないの?」
鈴穂は驚き顔で問いかけた。
「さすがにちょっとびっくりはしたよ。でも、飛び出す絵本の進化版だって考えれば、そんなに不思議には思わなかったよ」
伸実はとても嬉しそうに伝える。
「そっ、そう?」
鈴穂はかなりホッとした。
「剛流磁さん、伸実さんにあのことを謝っておきなさい」
睦月は困惑顔で命令する。
「うっ、うん」
「えっ、剛流磁くんわたしに何か悪いことしたっけ?」
伸実はきょとんとなった。
「オレっち、ノブミトコンドリアのお部屋にこっそり忍び込んで、下着を何枚か盗みましたのだ。ごめんなさい」
剛流磁は土下座姿勢で謝罪の言葉を述べた。
「なぁんだ。そんなことかぁ。いいの、いいの、わたし、全然気にしてないよ」
伸実は爽やかな表情で言う。
「ありがとうございます。ノブミトコンドリア」
伸実の寛容さに、剛流磁は深々と頭を下げ感謝の意を表した。
「今夜はみんなでいっしょにテスト勉強しよう。七人でやるとすごく楽しそう」
伸実は嬉しそうに提案する。
「OK.ボクもたまには他の教科もラーニングしてみたいからね」
「もちろんいいよ。ぼくもいろんな教科勉強して、もっともっと賢くなりたいから」
「わらわも勿論参加致します。理数科目の苦手意識をほんの少しでも無くしたいですし」
「オレっちもいっしょに頑張るぜ。スズホルマリンとノブミトコンドリアだけにたくさんの科目を学ばせるのは不公平だからな」
「賛太君も専門バカにならないように幅広い教養を身につけた方が良いとおっしゃられていたから、おれさまもしぶしぶ参加してやるぜ」
教材キャラ達は快く承諾した。こうして七人で副教科を除く五教科九科目の重要項目をそれぞれ十五分から二〇分ほど軽く勉強していき、あっという間に日付が変わる頃になった。
「鈴穂お姉ちゃん、伸実お姉ちゃん、おやすみなさーい。ぼく、いろんな教科が学べて知識も増えて楽しかったよ」
「おやすみ、スズホルマリン、ノブミトコンドリア。太陽の中心のように暑い夜を楽しんでね」
「おやすみなさいです」
「グッナイ! See you again,ノブミちゃん」
「鈴穂君、伸実君。おやすみ♪」
教材キャラ達は就寝前の挨拶をして、テキストに飛び込む。
「おやすみーっ。出会えて嬉しかったよ。鈴穂ちゃん、とってもいい子達だね」
伸実は全く不思議がることなくその様子を眺めていた。
「あの、伸実ちゃん。あの子達の存在は、他のみんなには絶対ナイショにしてね」
「もちろんだよ。二人だけの秘密にしようね」
伸実がこう言ってくれて、鈴穂はホッとする。
「あの、伸実ちゃん、もう一つお願いがあるんだけど、私と同じ布団で寝るのは、やめて欲しいなぁ」
「それは嫌だよ。わたし、鈴穂ちゃんと同じお布団で寝るぅ!」
この要求は、伸実は受け入れてくれなかった。鈴穂は当然のように困惑してしまう。
「じゃあ私は、床で寝よっかな」
「ダメだよ。そんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。いっしょに寝るのはわたしと鈴穂ちゃんだけじゃないよ。この子もいっしょだよ」
伸実はそう伝えると、
「じゃーん、これ見て。鈴穂ちゃんに取ってもらったナマちゃん。川の字に寝よう」
トートバッグからそれを取り出し、敷布団の上に置く。
「それも、持って来てたんだね」
鈴穂は苦笑いを浮かべながらも、なんだか嬉しくも思った。
「鈴穂ちゃんも早く寝よう。夜更かしは体に毒だよ」
伸実はおかまいなしに、いつも鈴穂が使っている夏蒲団に潜り込んだ。
「わっ、分かった」
鈴穂はそれからすぐに電気を消して、ゆっくりとした動作で慎重に同じお布団に潜り込んだ。
「おやすみ鈴穂ちゃん」
「……おやすみ」
そんな会話を交わしてから二分も経たないうちに、伸実の寝息がスースー聞こえて来た。
「ねっ、眠れない」
鈴穂は極度の緊張で目が冴えてしまっていた。
それから三〇分くらい経っても、状況は変わらず。
間にあのナマケモノのぬいぐるみがあったため、体が引っ付き合うことは避ける事が出来たのだが、それでもやはり気になってしまう。
「スズホルマリン、今、百合百合する絶好のチャンスだぜ」
「うわぁっ!」
剛流磁が突然目の前に現れ、鈴穂はびくーっと反応した。
「ノブミトコンドリアの寝顔、とってもかわいいでしょ?」
「たっ、確かにかわいいけど……」
鈴穂は伸実の寝顔をちらっと覗いてしまった。
「まず手始めにパジャマを捲りあげて、ブラジャー外しておっぱいじかに触っちゃえ」
「そんなこと、出来るわけないでしょ」
「スズホルマリン、草食動物みたいだな。同性同士でそんなんじゃ三次元の男と交尾出来ないぜ」
「剛流磁君!」
「あいたぁ!」
突然、怜央に背後から頭を叩かれた。
「すまねえ鈴穂君。剛流磁君がご迷惑かけちまったようで。すぐに引き戻すから」
「あーん、レオルニチン。もう少しだけぇー」
「ダメだ、鈴穂君困ってるだろ。剛流磁君は、今夜はおれさまと寝るんだっ!」
「やっ、やめてぇぇぇ~」
怜央は嫌がる剛流磁を、自分のものと同じ社会科のテキストに押し込めた。
「それじゃ、おやすみ鈴穂君。剛流磁君のことならもう心配ないぜ。自分用のテキスト以外からは、自ら脱出も侵入も出来ねえからな」
怜央はにこにこしながらこう告げて、社会科のテキストに飛び込む。
そんな仕様もあったんだ。よかった。
鈴穂はこれで一安心する。布団に潜り込もうとしたら、
「あの、鈴穂君」
「うわっ!」
再び怜央が飛び出して来た。鈴穂は少し驚く。
「今日、というか時刻的にもう昨日だけど、伸実君っていう鈴穂君以上に臭いメスブタがいたから体罰は控えてやったけど、また今日から復活するからなっ♪」
怜央はウィンクして、再度テキストに飛び込んだ。
「……やっぱり。伸実ちゃんを、メスブタ呼ばわりするのはやめて欲しいな。私は、怜央くんに言われるとなぜか嬉しく感じちゃうけど」
鈴穂は苦笑いする。彼女は再び布団に潜り込んだが、やはり伸実がすぐ隣に寝ていることもあって、なかなか寝付けなかったのだった。
☆
朝、七時四〇分頃。
伸実ちゃん、いないな。
鈴穂が目を覚ました頃には、すでに伸実の姿は無かった。鈴穂はいつも通り制服に着替え、一階ダイニングへと向かっていく。
「おはようママ、伸実ちゃん」
「おはよう鈴穂ちゃん」
「おはよう鈴穂、今朝の朝食、伸実ちゃんも手伝ってくれたわよ」
「そうなんだ」
伸実もすでに制服に着替え終えていた。制服は持って来ていなかったので、一旦家に戻ったらしい。
「わたしは卵焼きを作ったよ。食べてみて」
「美味しそう♪ いただきます」
鈴穂は椅子に座ると、最初に卵焼きに箸をつけた。
「けっこう、甘いね。私の好みだよ」
いつもの母の作る塩味とは違い、お砂糖いっぱいだった。
「ありがとう。嬉しいな♪」
伸実は満面の笑みを浮かべる。彼女も鈴穂と同様、甘党なのだ。
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