第11話 新型AMの脅威

 11.新型AMの脅威



 ヒンデンブルグ号の発進口から飛び出してきたのは、見たこともない新型のAMだった。


「な、なんだぁ? あのペラペラのAMは? それにあいつら、武器を持ってないぞ」


 新型のアルバトロスD.IVを間近で見たエダが困惑の表情を浮かべる。

 彼女だけでなく、他のパイロットたちもみな同じ感想を抱いた。奇抜な造形はともかく、どの敵もガンランスはおろか普通の機銃すら装備していなかったからだ。つい今しがたウィルマが銃撃らしきものを受けたはずなのだが、今はどの機体も完全に丸腰なのは一体どういうわけなのか。

 連合軍のパイロットたちが敵の真意を測りかねていると、敵機がこちらに向けて一斉に手のひらをかざした。まるで『ちょっと待って』とでも言っているかのようだ。


「やつら、どういうつもりでしょう? 戦う気はないとでも?」


 ラモーナがルネに問いかけたそのとき――


「危ない! みんな避けて!」


 突然ウィルマが叫んだ。

 いつもの彼女からは想像もできないほどの大きな声に驚きつつも、全員が素早く反応して散開する。


 ―― ズタタタタタタタタタタタ! ――


 それまで連合軍の機体が集まっていた位置に、無数の銃弾が撃ち込まれた。敵が武器を持っていないことに油断して防弾傘を構えていない者もいたので、もしもウィルマの一言がなかったらもろに被弾していたところだ。


「な……い、今のは?」


 ラモーナが驚きながら敵のほうへ向き直ると、敵機の手から白煙が上がっていた。今の銃弾はそこから発射されたものだったのだ。ハンドマシンガン――アルバトロスD.IVの手のひらに仕込まれた新型の武器だった。

 本来アルバトロスD.IVは一方的な爆撃を目的とし、白兵戦を想定していない。だが開発者のアネット・フォッカーは敵がもし飛行型AMを開発して対抗してきたときのことを考え、最低限の武装だけは装備させておいたのである。ちなみに両膝にも一発ずつ極細のミサイルが仕込まれているのだが、全ての武装が隠し武器のようになっているのは銃身などの外装分だけ軽量化するためであって、けっして彼女の性格の悪さによるものではない。


「ちっ……かわされたか。初見の武器を避けるなんて、敵にもなかなか勘のいいやつがいるようね」


「……おそらくRUKのウィルマ・ビショップでしょう。被弾率が連合軍の中で最も低い天才パイロットという話ですから……あの薄い水色の、肩にアイマスクのエンブレムを入れたやつです……」


 舌打ちして残念がるローラに対し、敵に忌々しそうな目を向けるロートラウトがぼそぼそと説明を加える。彼女はこの戦争で姉を失っており、連合軍への憎しみが高じて名のあるAMパイロットの情報収集マニアと化していた。おかげで初対面の敵であっても、今のように中世の紋章官じみた解説ができる。


「さっきクリスチャンセン中尉の狙撃をかわしたやつね……なるほど」


「ラインハルト大尉、RUKの連中は我々ティーガーズにやらせてください。特にあのアルバータ・ボール……やつはゲルトルートのかたきです」


「本来ならインメルマン少佐を討ったアーサリン・ブラウンも仕留めたいところですが……そちらは大尉にお譲りします。やつは大尉にとっても前隊長のかたきでしょうから」


 ローラやロートラウトに引き続き、テオドラとヴァルトラウトの二人もまたじりじりと前に出て連合軍に襲い掛かろうとしている。

 撃破スコアの高いパイロットを寄せ集めただけの猟犬部隊と違い、マクシーネ・インメルマンという同じ師の下で鍛えられたティーガーズの絆は深い。彼女たちは仲間のかたきを討つまで、けっして恨みを忘れはしないのだ。

 今回の出撃において空中戦特化のAMでわざわざ地上戦を挑んだのも、空爆ではなく白兵戦で直接敵を叩き潰したいという彼女たちの要望によるものだった。開発者のアネットも自慢の新型機が地上戦においてどれほどの戦闘力を持つかというデータを取りたがったため、慎重なヴィルヘルミナも渋々ながらこの作戦に同意した。


「相手を選ぶことについては許可するわ。けど……十分に注意するのよ。こちらはハンドマシンガンとニーミサイル以外の武装を持っていないんだから」


「大丈夫よラインハルト大尉。私たちには今日のために訓練してきた、アルバトロスD.IVの性能を最大限に生かす連携攻撃がある!」


 ローラが真っ先に飛び出し、その後にティーガーズの面々が続く。その狙う相手は、アルバータを中心とするRUKの四人組だ。


「来やがった!」


「みんな、散らばって応戦するわよ!」


「「「はいっ!」」」


 そうして、両軍入り乱れての銃撃戦が始まった。


 ―― シュイィィィィィン! ――


「は、速い!?」


 本格的な戦闘がはじまってすぐ、連合軍のパイロットたちは敵の動きに驚愕した。空を飛んでいるときのスピードも凄まじいものだったが、飛行性能のために極限まで軽量化されたアルバトロスD.IVは、地上戦においてもキャメルやトライプを圧倒的に上回る速さを持っていたのだ。


「くっ……なんであんな小さい車輪で素早く動けるんだ?」


 アルバトロスD.IVの足には履帯が装着されておらず、代わりに鳥の足のような爪が前後に伸びている。その先端に装着された二つのローラーが履帯代わりなのだが、それが意外なほどの機動性を発揮していた。小径の車輪は大径のものに比べてトップスピードでは劣るものの、瞬間的な加速力では上回るからだ。しかも止まるときの力も小さくて済むので、インメルマン・ターンが使えなくても急制動や急旋回が可能になる。


「ちっくしょう! ちょこまかと逃げ回んな!」


 アルバータが必死にガンブレラのステッキ型機銃で攻撃するが、一発も当たらない。敵はこちらが銃撃を加えようとすると左右に素早く移動し、近寄ろうとすれば一気に距離を取って間合いを広げるという戦法をとっている。接近戦用の武器を持っていない敵にしてみれば当然の選択とはいえ、これだけスピードに差があると一方的に攻撃されてしまう。


 ―― ズキャキャキャキャキャキャゥン! ――


「うわっ!?」


 また背後から銃撃が浴びせられた。先ほどから何度もこの攻撃が繰り返されている。


「くっそ!」


 アルバータが攻撃の来たほうを振り返るが、そこにはすでに敵はいない。というよりも、近くにいる敵はみな他の仲間と戦っている最中だ。

 これこそがティーガーズの編み出した新たな連携技である。アルバトロスD.IVのハンドマシンガンは両手に装備されているため、左右の手でそれぞれ違う方向を同時に攻撃できる。それを利用し、自分の戦っている相手と別の敵が背後を見せたところを銃撃するのだ。これも地味な攻撃ではあるが、一方向にしか向けられないガンブレラの防御をくぐるには効果的だった。


 ―― ダキュキュキュキュキュキュキュキュゥン! ――


「きゃあぁっ!」


「くぅぅっ!」


 ティーガーズの連携を主体としたゲルマニア軍の猛攻に、連合軍のパイロットたちはなす術もない状態だった。

 ルネが散開しての交戦を命じたのは、混戦になれば誰かがヒンデンブルグ号にミサイルを撃ち込んでくれると期待してのことだったが、今回はそれが裏目に出た形だ。かといってお互いの背中を護り合う密集隊形では、高速で動き回る敵に対して反撃ができない。

 せめて足場が石や凸凹の多い荒地であったなら、走破性の低い小径ローラーでここまで素早く動くことは不可能だったはずだ。だが、ここのように平坦な草原ではそれも期待することはできない。今は戦う場所も状況も、全てがゲルマニア軍に味方していた。


「少佐、これではあの飛行船を攻撃するどころではありません。ここは一度退却して、策を練り直しましょう」


「私も副隊長の意見に賛成です。すでに四十分は時間を稼げました。これなら友軍も町から撤退できたはず」


「そうね……残念だけど、これ以上戦ってもこちらに被害が出るだけだわ」


 ラモーナとジョルジアナの提案に、ルネも退却を考えはじめた。たしかにこのまま戦っていても、隙を突いてヒンデンブルグ号にミサイルを撃ち込むどころではない。


「でも、どうしますこの状況? 撤退しようとしたところで、あのスピードで追ってこられたら逃げ切れませんよ」


「それについては考えがあるわ。みんな、私が合図したら全速力で町のほうへ向かって。そして町に入ったら、すぐにありったけのミサイルを建物や地面に撃ち込むのよ」


「? わ、分かりました」


 他のメンバーの中にはルネの意図がすぐに理解できた者もいるが、頭を使うことが苦手なエダには分からない。とはいえ、命令とあらば指示通りに動かなければならないのはどちらにせよ同じだ。


「いい? 二機ずつ背中合わせになってお互いを護りつつ、横走りで行くわよ。余った一機で殿しんがりを務めるのは私がやります」


 ルネの指示に従い、全員が背中合わせになって正面に防弾傘を構えた。それが横に四列ずらりと並ぶと、少なくとも左右の端以外には攻撃できる隙がなくなる。


「ふふん、まーたお得意の亀作戦? だったらその傘が壊れるまで鉛玉を撃ち込んでやるだけよ!」


「文字通り手も足も出ないなら、そこで縮こまったまま蜂の巣になればいいわ♪」


 調子に乗ったヘルミーネとブリュンヒルデが連合軍にさらなる猛攻撃を加える。エーリカやティーガーズの面々も勝利を確信したのか、二人と同じようにやりたい放題の乱射ぶりだ。

 だが、ヴィルヘルミナだけは敵の行動に妙な違和感を覚えていた。ヒンデンブルグ号への攻撃を諦めたにせよ、ここで踏ん張っていてもジリ貧のはずだ。こちらの弾切れを待つ作戦にしても、両手から発射される弾丸の雨で防弾傘のほうが先に破壊される可能性のが高いだろう。敵は一体なにを狙っているのか?

 完全に防備を固めた連合軍をゲルマニア軍が取り囲み、ハンドマシンガンで銃撃を加えながらその周囲をグルグルと回る。しかしあまりにも歯ごたえのない敵の有様に、その動きはずいぶん単調になりはじめていた。機体同士の距離も等間隔になり、一定のリズムを刻んでしまっている。


「今よ!」


 ルネが自分の前に現れた機体に向かって機銃を撃つ。それに驚いた敵が一瞬動きを止めた瞬間、そこに開いた隙間に向かって全員がダッシュした。


「……あいつら、逃げるつもり?」


「逃がすと思うか!」


「ここで引導を渡してやる!」


 連合軍に対して恨み骨髄こつずいのロートラウトとテオドラ、ヴァルトラウトの三人が率先して敵を追う。殿しんがりについたルネは防弾傘を構えつつ、一直線に追ってくるその三機に向かって銃撃を浴びせかけた。


 ―― キュキュキュキュキュキュキュキュキュゥン! ――


「ちぃっ!」


「こんなものでぇっ!」


 アルバトロスD.IVは装甲の薄い機体だが、それを補っているのが各部の形状である。両刃もろはのナイフのような手足はもちろん、胴体も上から見ると前後に細長いひし型なので、攻撃できる面積がそもそも狭いのだ。しかもエッジのきいた形状のせいで、真正面からでは弾が自然と後ろに逸らされてしまう。


「……っっ! 銃撃も通じないなんて、本当に恐ろしい機体ね」


 ルネは敵の攻撃を受けながらも、他の隊員たちを護りつつ全速力で走った。あと数十メートルで街中に入ることができる。

 

「ここまで来れば……ええいっ!」


 ルネはガンブレラの手元にあるボタンを押し、ボロボロになっていた防弾傘をパージして敵機のほうへと飛ばした。ガンブレラの隠し機能である『アンブレラ・イジェクト』だ。


「その武器はもう見切っている!」


 以前これでアルバータにやられたヴァルトラウトはもちろん、ティーガーズ以外のメンバーもすでにこの機能については学習済みだ。ルネの飛ばした防弾傘はあっさりとかわされ、空しく地面に落ちて転がった。

 最後の切り札ともいえる武器は避けられてしまったが、おかげでほんのわずかではあるが敵の追撃スピードが落ちた。その隙を逃がさず、連合軍の機体はニュルンベルクの町へとなだれ込んでいく。


「いいわ、距離が開いた。みんな、ミサイル一斉発射よ!」


「「「了解!」」」


 ルネの号令とともに、九機のAMが肩にマウントされた六連装ミサイルポッドを全弾発射した。先ほどまでの戦いですでに何発か撃ってしまっていた者もいたが、それでも四十発近いミサイルがところ構わず炸裂する。


 ―― キュドドドドドドドドドォォォォォォン…………! ――


「ぬぅっ!」


「やつら……一体なにを!?」


 もの凄い粉塵が舞い上がり、一瞬前が見えなくなる。目眩めくらましかとも思ったが、十秒ほど経って砂煙が風で吹き飛ばされたとき、ゲルマニア軍のパイロットたちは敵の意図にようやく気付いた。


「こ、これは……!」


「くそっ、やつらの狙いはこれか!」


 ニュルンベルクの大通りは、あたり一面が瓦礫がれきの山になっていた。建物の残骸だけなら避けて進めないこともないが、道路の石畳までが爆風で引っぺがされて酷い有様だ。敵の目的は、地面をめちゃくちゃに荒らすことで彼女たちの追撃を振り切ることだったのである。


「しまった、これじゃあ……!」


 ここまで地面を荒らされては、履帯ならともかく小径ローラーでは乗り越えていくことは不可能だ。まんまと敵に逃げられてしまったことで、ローラをはじめとするティーガーズのメンバーは歯噛みして悔しがった。


「残念だけど仕方がないわね。あれだけの戦いでアルバトロスD.IV唯一の弱点ともいえる足回りの弱さを見抜いたあたり、さすがはルネ・フォンクと言うしかないわ」


 ヴィルヘルミナはアルバトロスD.IVの戦闘力自体はさほど高くないことも、今回の戦いを優位に進めることができたのは足場のおかげだということも十分に理解している。だからローラたちのように、敵を逃がしたことについてはさほど気にしていない。むしろ苦手な地上戦をほぼ無傷で終えられたことに胸を撫で下ろし、ニュルンベルク奪還という目的を果たせたことに満足していた。


「AM部隊が逃げた以上、これでこの町から敵戦力は一掃できたと考えていいわね。歩兵部隊を送り込んで町を占領しましょう。今回の戦いは我々の勝利よ」


「そうね……あれだけ完膚なきまでに叩いておけば、少なくとも示威じい行動としての効果は十分だわ」


 敵に人的損害を与えることはできなかったが、自分たちの脅威を知らしめるという意味では十分な戦果を上げることができた。連合軍のエース部隊がなす術もなく逃げ延びたという噂が広まれば、敵軍の戦意喪失ははなはだしいだろう。ヴィルヘルミナやローラの言うとおり、今回の戦いが大勝利であることは間違いない。


「とりあえず私たちは艦内に戻って、司令部やフォッカー博士に今回の成果を報告しましょう」


「「「了解」」」


 九機のアルバトロスD.IVが町の外へと引き返し、ヒンデンブルグ号の格納庫へと戻っていく。

 発進口の前で、ローラはふと後ろを振り返った。すでに敵は去り、その姿はどこにも見えない。


「見てなさい連合軍……次に戦場で出会ったときこそ、仲間やお姉ちゃんのかたきを取ってあげるから」


 そのとき、ついに雨が降りはじめた。雨はすぐに本降りとなり、大粒の雨が町にくすぶる火を消していく。だがローラの憎しみはなおも激しく、彼女の心の中で炎のように燃え盛っていた。

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