第9話 アルバトロス急襲
9.アルバトロス急襲
―― ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………… ――
森の中にゴム製履帯のくぐもった音が響いていた。
この程度の音であれば強めの風とさほど変わらないため、一キロぐらいまで接近しても城の哨兵に気付かれることはない。それでも大事をとり、連合軍のAM部隊は城から二キロほどの地点まで接近したところでいったん行軍を停止した。
時刻は午前六時前――もうすぐ日が昇る時間だ。まだ山の中腹だが、太陽の光に照らされれば朝霧に覆われた城の全貌も見えてくるだろう。ルネたちはAMの動きを完全に停止し、関節各部に仕込まれたモーター音すら立てないように息を殺してそのときを待った。
しばらく待つと、山の端から眩しい光が差した。空が赤く染まり、クリンバッハ城が朝日に照らされる。アーサリンはパップの右肩から潜望鏡のように突き出たカメラを操作し、城の全体像が収められるようにレンズを向けようとした。
「あ、あれは……!」
突然、アーサリンが大きな声を上げた。
「ど、どうしましたの?」
AMのアイカメラは同軸上での陸戦のみを想定しているため、左右平行にしか可動しない。まだ城との距離が離れすぎているため、操縦者の見ている前面モニターには山の斜面しか映っていないのだ。ゆえにそれを目撃できたのは、上下にも可動するカメラのファインダーを覗いていたアーサリンのみだった。
基地のほうから見上げていたときには霧と擬装のせいで分からなかったが、クリンバッハ城の城壁に大きな穴が開いていた。上下の幅は十メートルほどだが、左右には四十メートル近い長穴だ。
城壁の穴は左右の両端が“く”の字に削られ、横長の六角形になっている。なにかの発射口にも見えるが、単発であれほど巨大な砲弾などあり得ないし、そもそも横長である意味が分からない。まさかあれが科学技術の最盛期にさえ実用化されていなかったビーム兵器ということもないだろう。常識的に考えれば砲台を整列させて近づく敵に
一見しただけでは穴の用途は全く不明である。とはいえ、ここでそれをいくら考えても
―― ズガガガガガガガガガガガガガガガ!!! ――
銃撃音とともに、アーサリンの乗るパップに大きな衝撃が加わった。
「きゃあぁぁっ!」
「な、なんですの!?」
「敵襲だ! みんな、散れぇっ!」
無線からエダの声が聞こえたが早いか、六機のAMは一斉に散開して戦闘体勢に入った。護衛対象のパップを取り囲むようにして、円の外側に向けて機銃を構えるが、敵影はどこにも見えない。
アーサリンは城からの攻撃かと思ってカメラを上に向けたが、城壁に開いた穴からなにかが発射された形跡もなければ投下された様子もなかった。
「今の……どこから撃ってきやがった?」
「分かりません。それに履帯の音が全く聞こえませんでした」
アルバータの問いにジョルジアナが答える。そう、AMが移動するときには必ず鳴るはずの履帯の音が、どの方向からも聞こえなかったのだ。
AMは内部機構のほとんどがモーター駆動のため、化石燃料を使った内燃機関を積んだ乗り物よりもはるかに
だが、先ほどアーサリンたちを攻撃してきた敵は全く音を立てずに近づいてきた。しかも現在どこにも姿が見えないということは、撃った後にも移動して姿を隠したはずなのだ。それなのに接近する音も離脱する音も全く聞こえなかったのはどういうわけか。アーサリンたちが到着するずっと前から待ち伏せていて、遠くや物陰から狙撃したということも考えられるが、それならもっと早くに攻撃していればよかったはずだ。
―― ガガガガガガガガガガガガガガガ!!! ――
―― ドガガガガガガガガガガガガガガガ!!! ――
アーサリンの乗るパップを護衛している五機のパイロットが周囲の森に目を凝らしていたそのとき、再び銃撃音が聞こえた。今度は複数だ。
「うわぁぁっ!?」
装甲板を増設していたおかげでコックピット内部や重要な機関部まで弾が貫通してくることはないが、それにしても凄まじい音と衝撃だ。
「くっ……敵は一体どこにいるってんだ!」
エダが叫ぶが、それに答えられる者はいない。
またも敵が接近する音は聞こえなかった。それどころか弾の飛んでくる方向すら見極められない。森の中には木々の陰などでまだ薄暗さは残っているというのに、銃弾が発射されるときのマズルフラッシュがどこにも見えないのだ。
「このままじっとしていては危険よ! 各機、ここから離脱します!」
止まった状態で銃撃を受けても胸さえ離しておけばアバラを折るようなことはないが、そのままでは機体そのものが蜂の巣と化して撃破されるだけだ。ルネの号令とともに、六機のAMは城に背を向けて退却を始めた。
狙い撃ちされないよう、機体を左右にスウィングさせながらスキーの
とはいえ見えない場所からの銃撃を避けるのはさすがに難しく、装甲板にはかなりの弾丸がめり込んでいた。装甲が厚いことが売りのキャメルでなければすでに撃破されていてもおかしくはない。ルネの乗るスパッドとジョルジーヌが乗るパップがほとんど被弾しないのは、ひとえに二人の神がかった操縦技術と強運のゆえにすぎなかった。
「くっそ! 敵影がどこにも見えないってどういうことだよ! やつらが開発した新兵器ってのは、AMの姿を消す迷彩塗料かなんかか?」
「それはありえないでしょう。そもそも姿が見えなくなるだけなら、どうして履帯の音まで聞こえなくなるんですか」
「俺が知るわけねーだろ!」
アルバータが
それになんらかの方法で姿を隠したとしても、AMの移動音そのものを消すことはできない。移動せずに森の中から狙撃しているにせよ、木々の間を縫って逃げていくこちらを狙い続けるには射線が取れなくなるはずだ。森の外からの超長距離狙撃ともなれば、なおさら木が邪魔になる。
「……ねえ、さっきから少しずつ攻撃が近くなってない?」
ふいにロベルタが口を開いた。
「そうか? 俺には分かんねーけど」
「……いえ、確かに少しずつ機体に加わる衝撃が大きくなっています。それに銃撃音から着弾までの時間も短くなっているような」
「じゃ、じゃあ敵が少しずつ近づいてきてるっていうのかよ!? 姿が全く見えないのに?」
アルバータはそういうが、他のパイロットは誰もそれを否定しない。
普段無口な者が口を開くということは、それだけで言葉に重みがある。そのため連合軍のパイロットたちは普段からロベルタの言葉には信頼を置いているのだが、そうでなくても実際に攻撃を受けている身として、身体で感じていたことでもあるのだ。
敵はだんだん近づいているのに、姿は全く見えない。そしてアルバータやエダが先ほどから木々の間に向かって『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』とばかりに撃ち返しているが、当たった様子もない。
誰もが焦りを隠せないこの状況で、アーサリンは限られた情報の中から様々な可能性を考えた。自分が乗っているパップを操縦しているジョルジーヌはもちろん、他の仲間はみな敵の攻撃を避けるのに手いっぱいなのだ。今は諜報部の自分が頭を使わなければいけない。
ふと、アーサリンは一つの可能性を思いついた。それは常識的に考えればありえないこと。簡単なことのはずなのに、常識的に考えていたからこそ誰もが頭から締め出していた非常識。
馬鹿馬鹿しい考えだと思いつつも、アーサリンは引っ込めていた潜望鏡型のカメラを再び伸ばし、本来ならば絶対に向けないはずの方向――真上に向けた。
そのとき、アーサリンがカメラのファインダーを通して見たものは――朝焼けに燃える大空を、円を描きながら旋回する六羽のアホウドリ(アルバトロス)だった。
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