第28話 もう一つの秘密

「ココちゃん来てくれたんだ。優ちゃんは今日は…居ないの?」

 大智くんが少し残念そうに話しかけてきた。優ちゃんと仲良くなったみたいだ。

 その大智くんが持っていた紙切れに目を奪われた。

「あの…それって…。」

「あぁ。これ?ケイのメモ書き。あの風貌で字が綺麗って嫌味…ってこのメモ欲しいの?もう用事は終わったからいいんだけど。」

 あまりの食い入るような眼差しの私に大智くんはメモをくれた。

 そのメモには『アマチャトリーナ多めに用意。大皿を奥から出しといて。』と書かれていた。

 この字…。ひらがなしか見たことないけど…間違えるわけない。これはママの字…。

 心臓がドクドクと騒ぎ始めて、どうしていいのか分からなくなる。

「大丈夫?ココちゃん。顔色悪いよ。」

 心配そうに声をかけてくれる大智くんにかろうじて口を開く。

「あの…大丈夫…だけど先に帰ってるってケイちゃんに伝えて。」

 私はメモを握りしめて逃げるようにお店を出た。

 どういう…どういうこと?あの手紙はケイちゃんから?私をからかっていたってこと?

 頭の中がぐちゃぐちゃになってどうしたらいいのか分からなかった。


 大智は顔色が悪かった心愛が心配になり、佳喜にそのことを伝える。

「ココちゃん。大丈夫って言ってたけど、真っ青な顔して出てったぜ。」

「真っ青って…。」

「お前の書いたメモ書きを欲しそうにしてたから、あげたんだ…。」

 最後まで言い終わる前にそれがまずかったことを大智は知った。佳喜は最近見せなかった鋭い目つきになると「悪い。オーナーにやっぱり今日は無理だって伝えて」と店を出て行ってしまった。


「あれを…あれを見たのか。どうすれば…。」

 佳喜は、はやる気持ちを抑えながら家へと急いだ。


 家に帰っても心愛の靴はない。念のため部屋もノックしてみる。それでも返事はなかった。

 いけないと思いつつ心愛の部屋のドアを開けた。女の子らしい可愛らしいインテリア。部屋から心愛の甘い香りがして佳喜の胸を締め付けた。

 ふとテーブルにある書類に気づく。2通ある書類。戸籍だった。

「あいつ…。それで…。」

 そういえば就職用の書類を取りに行くと言っていた。今思えばその後から様子がおかしかった気もする。気づいてしまったのだろう。

 その上、あの字のことまで…。


 佳喜はよろよろと部屋を出ると外へと歩き出した。あてもなく。歩く。自分には行く宛などない。自分の居場所なんてどこにもないのだ。

 そんなことを思いながら。


 心愛はグルグルする頭を冷やしながら、考えても仕方ないから家に帰ろうと足を家へと向けていた。

 天国の電話をしてくれるようなケイちゃん。私をからかって手紙を出すような人じゃない。

 少し考えれば分かることなのに、衝撃が大き過ぎてパニックになってしまった。

 それに…。まだケイちゃんとママの字が似てるってだけで、手紙を出したのがケイちゃんかどうかは…。

 そう思いながら家に帰った。


 2階に上がると自分の部屋のドアが開いていて胸騒ぎがした。部屋に入るとテーブルの上に置きっ放しだった戸籍謄本が目に入った。

 ケイちゃんに知られてしまった…??

 心愛は家を飛び出した。ケイちゃんが…ケイちゃんが…居なくなってしまうかもしれない。

 空はどんよりとしていて今にも降り出しそうな天気だった。


 どんなに探してもケイちゃんは見つからない。いつの間にか降り出した雨は心愛の体を冷やした。

「寒い…。」

 身震いをする。それでも帰りたくなかった。どこを探せばいいのかも分からないまま闇雲に探し回った。


 深夜。佳喜の携帯が鳴る。雨に濡れ、体はカタカタと震えていたが、もうこのまま消えてしまってもいい。そんな風に思っていた。

 どうしてそこまで…と思うのに、自分の中で心愛の存在が大きくなっていたことを今さらながらに思い知った。

 鳴り止まない携帯。震える手で確認すると知らない番号だった。雨、知らない番号…嫌な予感がして電話に出ると電話口から怒鳴り声が聞こえた。

「てめぇ!ケイキか?心愛を放ったらかしで何してんだよ。心愛が…倒れた。」

「!!!」

 電話口は瑠羽斗だった。瑠羽斗の怒鳴り声に考えるよりも先に体が動いていた。


 病院に着くと外で待っていた桜さんが「まぁ佳喜くんびしょ濡れじゃない」と持っていたハンカチを渡した。

 そこへ瑠羽斗がやってきて胸ぐらをつかむ。

「なんでお前がいてこんなことに!」

「…ココは?」

「お前なんかに心愛を…!!!」

「瑠羽斗やめなさい。…佳喜くん。心愛ちゃんは大丈夫。道で倒れて運ばれたの。行ってあげて。」

「俺は…もう側にいる資格がないんだ。自分が大切だと思うと…ダメなんだ。居なくなってしまう…。」

「何を…。」

 桜さんが何か言う前に瑠羽斗がまた胸ぐらをつかんだ。

「てめぇ!今さらなんだって言うんだよ。認めたくないけど……ケイキじゃなきゃダメなんだよ。なんで俺じゃないんだって思うけど心愛はケイキしかダメなんだよ!」

 瑠羽斗の言葉に佳喜は目を背けた。それでも瑠羽斗は続ける。

「雨が苦手なのに何やってたんだよって俺、言ったんだ。そしたらなんて言ったと思う?」

 佳喜が顔を上げると瑠羽斗は目を見据えて言った。

「大丈夫だよ。雷は鳴ってないし。それに…雨よりも雷よりも今はケイちゃんが居なくなっちゃう方がずっと怖い。ってよ。」

 ドンッと乱暴に離された手からよろよろとよろめいて、その場に崩れ落ちた。

 どうして…。俺はお兄ちゃんでもなんでもない…。俺には…その資格はない。

「とにかく行ってあげて。」

 桜さんに優しくそう言われ、佳喜はよろよろと病院に入り心愛の病室まで歩いた。


 心愛はベッドで眠っているようだった。華奢な体が横たわっている。

 佳喜はその近くにある椅子に腰かけた。

「どうしてこんなことに…。」

 佳喜は悲痛な声をあげた。

「もう何もいらない。何も望まない。だから…ココの…ただ心愛の幸せだけ。」

 小さな手をそっと握る。

「隣にいられたら、なんてもう望まない。例え心愛が誰か別のもっと大切な人ができようとも俺は見守ってる。好きなんかじゃない。」

 ギュッと手を握るとかすれる声でつぶやくように言った。

「もっと大事な…。」

 ベッドが、もぞもぞと動いて心愛が佳喜の方を向いた。

「ココ!大丈夫なのか?」

「…あの…今のって。」

「………なっ。起きて…。」


 よく見るとびしょ濡れのケイちゃん。そのケイちゃんが顔をみるみる赤くした。

 あれ…この照れた顔…どこかで…。

 そう思っているとケイちゃんがかすれた声で「今のは…忘れてくれ」って言った。

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