第26話 嘘

 変な空気のまま出掛けて行った心愛。佳喜はため息をついていた。

「何を言ってるんだか。今さらだ。今さらじゃないか…。自分の役割を忘れたのか。」

 自分に言い聞かせるようにつぶやいて天を仰いだ。


 私はどうしたいんだろう…。ケイちゃんが好きだ。それは自覚した。でも兄妹で…。

 お兄ちゃんということに悩んでいるのに、自分の一番近くに居てくれるお兄ちゃんをケイちゃんに望んでいるのかもしれない。

 恋人はいつか居なくなってしまうかもしれない。でもお兄ちゃんなら家族なら…って。

 ケイちゃんが言っていた「兄妹だからこそ一緒にいられるんだ」って言葉が今さらながらに痛いほど分かる気がした。


 心愛は市役所に来ていた。前に就職予定の会社から来ていた提出依頼の『戸籍抄本』を取りに来たのだ。

 申請するための書類を書く欄を見て、ふと疑問に思った。

 戸籍抄本…戸籍謄本?なんだろう。どう違うんだっけ。どっちがいるんだっけ?

 会社に必要な書類だ。不備があってはいけない。窓口の人に確認してみた。

「あの。すみません。戸籍抄本と戸籍謄本の違いってなんですか?」

 窓口にいた女性が丁寧に教えてくれる。

「謄本は家族全員の情報が載っていて抄本はご本人のだけが載っているものです。何にご入用ですか?」

 家族全員…。ドキンッとして気づけば「両方とも一部ずつ欲しいです」とお願いしていた。

 戸籍を見てどうするんだって思う。でもどうしてかそれを見たいと思った。

 前にパパが言っていた「佳喜はパパとママの子だろ?」の真意も分かるってもんよね。

 そう理由付けして書類が用意されるのを待った。

 順番待ちの番号を呼ばれ、再度窓口にいく。

「はい。抄本と謄本です。」

 お金いるんだ!と驚きながらお金を払って書類を受け取った。

 近くの空いている椅子に座って封筒に入っている書類を取り出す。

 抄本には当たり前だけど佐藤心愛と書かれていた。生年月日なんかが記載されている。

 次に謄本を見てみた。最初にパパの喜一の名前。その次に愛子。それぞれにおじいちゃんおばあちゃんの名前が父と母の欄に書いてある。家族のつながりを垣間見て温かい気持ちになった。

 その次は心愛の名前。続柄は長女。

 あれ…?そう思ってもそこで記載は終わりだ。

 胸がドクンと波打って何度も確認する。書類には確かに『謄本』の文字。

 どうして?どうしてケイちゃんのことがどこにも書いてないんだろう。

 パパが…認知してないとか、そういう難しい間柄?

 でも…。今、思えば違和感だらけだ。急に現れたお兄ちゃん。本当はお兄ちゃんじゃなかったら?

 ドキドキと騒がしい心臓の音で余計に頭がパニックになりそうだった。

 静まれ!私の心臓!!


 お兄ちゃんだということに悩み、それでもお兄ちゃんだということに幸せを感じていた。それなのに…。どうして…。

 考えても答えが出るわけもなく、ふらふらする足取りで家に帰った。


 玄関を開けると「おかえり」の声。優しいケイちゃんの声。その声を聞いて涙が溢れそうになる。

 …どうしよう。どんな顔して会えば…。

 顔を合わせない方がいいと思うのに、ケイちゃんが玄関まで来てしまった。

 抱きしめられ「おかえり」を改めて言われる。そして頬に唇を寄せようと腕を緩められた。

 いつも通り。そう。いつも通りのお兄ちゃんとしてのケイちゃん。でも…。

「な、どうしたんだ。何、泣いて…。」

 本当はお兄ちゃんじゃないの?それなのにどうして一緒にいてくれるの?私は…私はあなたが大好きで…。

 全部を言ってしまいたいのに何も言えなくて、ただただ涙が頬を伝う。

 ケイちゃんはそっと抱き寄せると「ゴメン」ってつぶやいた。

 違う。昨日のケイちゃんの言葉に泣いてるんじゃないの。

 そう言いたいのにやっぱり何も言えなくて首を振ることしかできなかった。


「ゴメンな。お兄ちゃんだからずっとココの側にいるって言ったの俺なのにな。」

 昨日の言葉のせいで泣いていると思っているケイちゃんが謝ってくれる。私は首を振るしかなかった。

 お兄ちゃんだから側にいてくれるのなら、お兄ちゃんじゃなかったらどうなるの?

 お兄ちゃんじゃなかったら良かったのにって思ったこともあるくせに、今は不安でしかなかった。

 そして決意した。お兄ちゃんじゃないかもしれないって知ったことは隠し通そう。それを追求してその先にいいことがあるとは到底思えなかった。

 決意してギュッとケイちゃんに抱きついた。フッと息がもれた音ともに頭をグリグリされた。

「ったく誰かの泣き虫のせいで服が冷たいな。」

 棘がある言葉で言われても手を離せない。本当に不思議なくらいケイちゃんはいつも通りに戻っていた。

 いつも通りなのに、今、手を離してもどこにも行ったりしないよね?って不安になる。

「どうしたんだよ。ココは甘えっ子だよな。」

 呆れた…だけど優しい声。

 この人を…この優しさを失うくらいなら嘘を…何も知らないって突き通そう。

 もう一度ギュッとしがみつく。ケイちゃんがどこにもいかないように。いなくならないように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る