第10話 秋のベンチでほのぼのと静岡ちゃんとお話するだけの話

 夏が終わり、紅葉が綺麗な季節になりました。

 風が少し肌寒く、妖精学園を囲む一面の草原も、だんだんと黄色がかってきます。


 お昼休み。

 教室で、お弁当の納豆丼を食べ終えた茨城ちゃんが廊下でウロウロしていると、中庭のベンチに座り、モミジの木を眺めながらお茶を飲んでいる、ショートカットに前髪パッツンな女の子、静岡ちゃんを見つけました。

 なにしてるんだろ?

 上履きのまま中庭に出る茨城ちゃん。


「おーい、静岡ちゃーん」

「あら~、茨城ちゃん。一緒にお茶飲む?」

 静岡ちゃんは穏やかな口調でニッコリを微笑みました。


 中庭のベンチに並んで座り、お茶を飲む茨城ちゃんと静岡ちゃん。

「もう、すっかり秋だね~」

 目の前に植えられた大きなモミジの木を見上げながら、静岡ちゃんがしみじみ言いました。争い事が苦手で、いつもニコニコしている、のんびり屋の彼女は、こうやってボーッと過ごす事が大好きなのです。

「なんか秋になると切なくなるべ」

 茨城ちゃんはお茶を啜りながら言います。

「そういえば、この前は残念だったね~」

「この前?」

「ほら、サバイバルゲームの。あと一歩で優勝だったのに」

「なんか、全部あたしのせいにされちゃったの。あんなに頑張ったのに」

 あの時の事を思い出し、ぷく~っと頬を膨らませる茨城ちゃん。

 最後に油断して兵庫ちゃんにやられてしまった事を、埼玉ちゃんや千葉ちゃんにすごく怒られてしまったのです。

 静岡ちゃんはクスッと微笑みました。

「でも決勝に行けるだけ凄いよ~。私たち中央部は初戦で敗退しちゃったもん」

 中部地方の妖精さんが集まる部は、そのままだと中部部という変な名前になってしまうので、中央部の名で活動しています。

「静岡ちゃんはおっとりしてるから、ああいう激しいゲームには向いてないべ」

「うん」

「静岡は、激しい運動するサッカーが得意な県なのに、どうしてそこの妖精の静岡ちゃんはのんびり屋なんだろうね?」

「なんでだろうね~?」

 ほんわかした雰囲気の中、二人は同時にお茶を啜ります。

 茨城ちゃんの湯呑みが少なくなると、静岡ちゃんは脇に置いてある急須を手に持ち、注ぎ足してくれました。

「ありがとうです」

 頭を下げる茨城ちゃんに、静岡ちゃんは優しげに微笑みます。

「でも、茨城ちゃんの所もサッカーが得意だよね~?」

「うん。鹿嶋にアントラーズがある」

 どうでもいい情報ですが、鹿島アントラーズの本拠地は鹿嶋市にあります。【しま】の漢字が違うのです。

「常勝軍団だもんね。すごいよ」

「でも静岡の方がいいべ。富士山もあるし、お茶で有名だし、アニメの聖地ばかりだし」

「そーかなー。茨城ちゃんの所にも、納豆とか水戸黄門とか、大きな大仏さんがいるじゃない」

 ――もれなくジジ臭いのが、茨城が魅力ない県一位に選ばれる理由でしょうか。

「あんなんヤダー。わたしの所にも、富士山みたいなカッコいい観光地がほしい」

「筑波山は?」

「ありゃマイナーすぎ」

「納豆も美味しいよ~?」

「苦手な人が多いもん。その点、お茶が嫌いな人って、ほとんどいないから、やっぱ静岡ちゃんの勝ちだべ」

 はあ~、と大きく溜め息を吐く茨城ちゃん。

「そういえば、茨城ちゃんって富士山に登ったことある?」

「んーん」

 茨城ちゃんは首を横に振ります。

「じゃあ今度一緒に登ろうよ? 気持ちいいよ~」

「……」

 茨城ちゃんは分かりやすいぐらい面倒くさそうな顔をしました。

「いいもんだよ、山登りって」

「山頂までタクシーで行けるなら、行くけど……」

「それじゃ山登りにならないよ?」

 静岡ちゃんはクスリと笑いました。

「あ、そうだ。ねーねー静岡ちゃん」

「なーに?」

「どうして富士山の自動販売機って、あんなに高いの?」

「う……なんで知ってるの?」

 嫌な所を突かれたようで、珍しく静岡ちゃんの表情が曇りました。

「だって有名な話だもん。テレビでもやってたよ」

「きっと、商品を運ぶのに労力を使うから割高になっちゃうんだと思うよ」

「そっか」

「うん」

「じゃあトイレが有料なのも?」

「処理が大変だから」

「――じゃあ、お金が無い貧乏人は富士山に登っちゃいけないって事なんだー」

 ガクッとずっこける静岡ちゃん。

「い、茨城ちゃん!? もしかして私のこと嫌い?」

「うそうそ、冗談だべ。あたしは静岡ちゃんのこと大好きだよ」

 あははっ、と無邪気に笑う茨城ちゃん。

「一応言っとくけど、お金が無くても富士山は楽しめるからね?」

「うんうん、知ってる知ってる」


 一陣の風が吹き、モミジの赤い葉がゆらゆらと踊りながら、二人の足元に落ちてきました。

 茨城ちゃんはそれを手にとって、青空の太陽に掲げました。

「キレイだべ」

「うん。秋って全てが綺麗に見えるから、一番好きな季節なんだ~」

「……あーあ、あたしも静岡の妖精に生まれたかったな。そうすれば皆から愛されたのに」

「またそういう話?」

「うん」

 茨城ちゃんは、口を尖らせながら足をぶらぶらさせます。

「そんな事ないよ。私だって皆に愛されてる訳じゃないし」

「静岡ちゃんを嫌ってる人なんているべか?」

「ほら、山梨ちゃんとか……」

 静岡ちゃんは苦笑いしながら、頬を掻きます。

 静岡県と山梨県。お互いの県境にまたがっている富士山を巡って、対立しているのは有名な話です。世間一般では、富士山は静岡県の物と考えてる人が多いため、山梨県に取ってはこれが気に食わず、また静岡側が表富士、山梨側が裏富士と呼ばれているのも納得がいかない一つです。

「そういや、静岡ちゃんと山梨ちゃんの間にはいろいろあったね」

「うん。仲良くなれればいいんだけど、お互い頑固な所があるからね~」

 静岡ちゃんの口から、疲れたような溜め息が漏れました。

「実際の所、富士山ってどっちの県のものだべか?」

「そりゃ――静岡県に決まってるじゃない。普通に考えて」

「へえ」

 茨城ちゃんはお茶を口につけながら、しばらくこの問題は解決しないだろうなー、と思いました。


「茨城ちゃんは、秋はなんの季節?」

「なんの季節??」

「ほら、スポーツの秋とか芸術の秋とか」

「んー……。食欲の秋かなー。静岡ちゃんは?」

「私は読書の秋。家の縁側で、秋風を浴びながら小説を読むのが好きなの」

「へー。なんかお洒落だべ」

「うふ、ありがと。茨城ちゃんもやってみたら?」

「……漫画でもいい?」

「……うん。漫画でも読書には変わりないもんね」


 茨城ちゃんが大きく欠伸をすると、つられて静岡ちゃんも欠伸をしました。

「ねみい……」

「あと二時間で下校だから、がんばろ?」

「うん」

 小さく頷きながら、眠そうに目を擦る茨城ちゃん。


「秋が来て、冬が来て、春になったら、この学校ともお別れだね」

「あたし達は、最終的にどうなるんだべか?」

「最終的に?」

「この学校を卒業して、その後」

「その後は、それぞれの都道府県の【女神】として一生懸命働くんだよ」

「働くって、なにするの?」

「それは――どんな事するんだろ?」

「静岡ちゃんでも知らないべか」

「うん、ごめんね。今度先生に聞いてみるよ」


 茨城ちゃんは、少しだけ残った湯呑みをグイッと飲み干しました。

「静岡の淹れたお茶は美味しかった。ごちそうさまでした」

「ありがとう。もういい?」

「うん。そろそろお昼休みも終わるし」

「でも、こうやって茨城ちゃんとゆっくりお話するの、初めてじゃないかな?」

「部活も違うし、席も離れてるから、なかなか喋る機会がなかったべ」

「今度うちに遊びに来ない? 次はもっと本格的なお茶をごちそうするわ」

「おお、楽しみだべ!」



 キーンコーンカーンコーン。

 昼休みの終了を知らせるチャイムの音が鳴ったため、二人は教室へと向いました。


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