白球先輩少女
「鬼!鬼畜!ボクの自信を潰すつもりなの!!」
「……何事も真剣勝負の方がいいだろ?」
昨日の出来事から朝練の一幕でまた美智瑠さんから勝負を挑まれたので、今日はセンターフェンス直撃で勝たせてもらった。
「はぁ、抑えるコースが浮かびません」
「それは選択肢が少ないからな。美智瑠さんが投球の幅を広げれば、自然とリードの幅が広がるよ」
そこはバッテリーで話し合って詰めないと行けない部分だけど。
「それなら早く教えてよね!」
「はいはい、放課後にでも教えるよ」
美智瑠さんは昨日会ったばかりだが、なかなか負けず嫌いで投手向きの性格だ。
「由香から聞いたぞ、藤堂先輩の勧誘に行くんだってな」
朝練終了後に薫さんから聞いたことがない名前を聞いたが、その先輩とは昨日話していた人のことだろう。
「あー、まあそのうち行こうと思ってはいたんですけど」
「何言ってんだよ。いずれ行く予定なら早い方がいいだろ?」
男の俺よりもよっぽど男前な考え方だな。
「藤堂先輩は中学の野球部で一緒だったから私も一緒に説得してやるよ」
「……頼みにしてます」
「まあ任せろ!」
力強く人の背中を叩いていき、笑顔で校舎の方に歩いて行った。……痛いですよ。
「よし、コーチ行くぞ」
昼休みになり、薫さんがわざわざこちらのクラスに足を運んで来た。その後ろには何故か雫さんも一緒にいる。
「雫さんはどうしました?」
「いえ、薫さんが楽しそうに教室を出るものですからご一緒させて頂こうかと」
まじか。悪いけど俺は薫さんが楽しそうにしていても絶対について行かない。
「雫が言っていることは間違いないな。部員勧誘は楽しいからな」
「上級生の教室に行くとか憂鬱でしかないんだが」
「何言っているんだよ。ほら行くぞ、時間は有限だからな」
急かされて教室を後にする。
二年生の教室がある二階に俺たち三人はやって来た。
「何だがドキドキしますね」
下級生の場違い感が半端ないのにこの状況を楽しめる何て雫さんは大物か?
「失礼します。藤堂先輩いますか?」
こっちはこっちで遠慮もせずに教室に入って行った。
「……須田か」
「お久しぶりです。元気にしてましたか?」
「お前が敬語は調子が狂うからやめろ」
二人とも知人だから気兼ねなく話しているせいで俺たちが入るタイミングが見つからない。
「今日はどうした。もしかして後ろの二人と関係するのか?」
「あー、そんな感じですね」
鋭い視線がこちらに向けられて萎縮してしまうが、薫さんはまったくお構い無しである。
「ほらコーチ、お前が言わないと何も始まらないぞ」
背中を押されて藤堂先輩の前に立つ。
「一年の藍原 宗輝です」
「私は
先輩と握手を交わす。あれ、もしかしたら意外と気さくな人ではないのか?由香さんのは、俺を戸惑わせる冗談と言われた方が納得する。
「あのですね。藤堂先輩を野球部の入部して欲しくて来ました」
「はぁ?」
冗談じゃないと言いたい口振りで話す。
「野球部ってあの人数不足か?あんなの同好会だ」
「……正論過ぎて何も言えませんわね」
雫さん、ここは怒ってもいいところですよ。
「藤堂先輩の言いたいことは分かるよ。けど、私はこれから形になると思っているけどな」
「須田……お前頭でもおかしくなったのか?」
「おかしいのは先輩だろ?たかだか一回の怪我で野球から離れて恥ずかしくないのか?」
藤堂先輩の言葉に薫さんは真っ向から反論する。それよりも怪我?彼女は何処か怪我でもしていたのか。
「最後の大会前に当時投手の藤堂先輩は疲労骨折で欠場。チームは一回戦は勝ち上がったが、エース不在のチームは二回戦敗退だ」
藤堂先輩と薫さんが所属していたチームは優勝候補とまで言われていたらしい。それでもエースの不在は精神的にも味方を追い詰めて行ったんだろう。それだけエースが敵味方に与える影響があるってことだろうな。
「それでやる気を無くして野球から離れたってことですか?」
「あぁ、そうだよ。何か悪いか」
疲労骨折と言っても怪我をしてから半年間はしっかりリハビリに取り組めば充分に続けている。
それにーーー
「悪くはないですよ。ですが、先ほどから見える手のひらは野球を諦めて無さそうですよ?」
野球から離れて一年以上は経つ筈なのに未だに手にはマメが出来ている。俺はそっと藤堂先輩の手を手に取り、手のひらを確認していく。
「指先にもマメが出来ていますね。それに手のひら何度もめくれて硬くなってる。素振りも欠かさずやっているんですね」
「なっ、おま……そんな…いきなり」
何故か藤堂先輩が顔を真っ赤に染めているが、俺は気づかずに首を傾げてしまう。
「コーチ……そういうやり方で勧誘するのはいただけないな」
「こ、これが噂のプレイボーイというものですか」
薫さんと雫さんから白い目で見られている。
「えっ、俺何かした?」
「はぁ、女性の手を軽々しく触るのはマナー違反だぞ」
薫さんから教えてもらい俺はようやく自分がしている過ちに気づいた。
「す、すみません!そんな下心はないんです。ただ、そう!純粋に同じ野球選手として関心していたんです」
頼みますから警察沙汰だけは勘弁してください。まだ高校生を続けていたい。
「もういいよ」
まだ恥ずかしさが抜けないのか藤堂先輩は顔を片手で隠すような仕草をしている。
「……まだ私は野球が出来ると思うか?」
「思いますよ。それだけ努力をしている方が報われないのはおかしいですからね」
お世辞でも何でもないこれは本心だ。ブランクはあるかも知れないが、薫さんと同じ野球部でレギュラーだった人に期待しない訳には行けない。
「藤堂先輩、また野球をしませんか?」
「………はぁ、分かったよ」
ため息をついてはいるが、藤堂先輩は憑き物が落ちたようなすっきりとした表情をしていた。
「藍原 宗輝か………ありがとな」
藍原本人には聞こえていない呟きを薫は耳に拾っていた。
(先輩がお礼とか珍しいな。もしかしてコーチ、意外と別方向の才能もあるかもな)
普段は見ない先輩の一面に驚きながらもそんなことを思っていた。
そして教室での出来事を見ていた一部の生徒から藍原をことを陰で天然ジゴロと呼ぶようになるのはそう遅くないことだった。
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