第20話 名まえとネクタイ
全国大会の結果は、座奏の方は残念ながら銀賞。マーチングは金賞を取ることが出来て、その3つの金をとったメンバーの一員としてやりとげた達成感があった。頼りがいのある先輩たちにがむしゃらに食らいついて、そして引っ張って貰えた、そんな内容の4ヶ月だった。
そうして...彩未の夏休みは終わりを告げていた。
3年生が引退するので新 ドラムメジャーには新閣しんかく 奈雪なゆき先輩、新部長は 三波みなみ 瑶佳ようか先輩が就くことになった。なゆき先輩もようか先輩もあづき先輩の流れを受け継ぐS要素たっぷりの指導ぶり。
来年の新一年生もきっとびしばしとその洗礼を受けて、Mっ子になるに違いない。そうすると...彩未たち2年生は少しずつSっ子になっていくのかな...?
大会が終わり、初秋におこなわれる 文化祭『こうせい祭』。
3年生が中心になるのだが、サックス隊で彩未もフラッシュモブの様に観客から突然舞台に上がるという演出を企画していた。
中庭で行われ、たくさんの学校の生徒と来客の人達が見に来ている。そんな中の客のように、はじめは彩未も座っている。
ソプラノサックスの2年生の槙まき 結子ゆいこ先輩とテナーサックスの佐々木ささき 一花いちか先輩。それにバリトンサックスの一年生の藤原ふじわら 晴臣はるおみも、同じくそこかしこに潜んでいる。
そうして、仮のステージとなった中庭の階段の上で吹奏楽部の演奏が始まる。
テンポの良い曲を中心に、演奏されていき、曲が途切れたときに彩未たちは階段を駆け上がりステージに乱入する。走っていき仲間から楽器を受け取り『ルパン三世のテーマ』を演奏する。ルパンらしい、振り付けをしながらだ。
最初は観客に驚きがみられた事に、演出の成功を感じて嬉しくなる。
はじめはアルトである彩未からソロがまわってくる。
みんな知っている曲なだけに緊張する。ソプラノ、テナー、バリトンもそれぞれに見せ場があり拍手が起こる。ドラムも入ってきて、ドラムソロもとても盛り上がった!
そして、きりの良いところで、sing sing singの音をパーカッション隊がドカンと入れてくる。そのタイミングで彩未たちは後ろに下がり、ここで他の一二年生も参加して全員での演奏をする。
ずっとたくさんたくさん、練習した曲だ。ステップだって体がもう覚えている。
最後に大きな拍手を貰い、お辞儀をして下がっていく。
部室まで楽器を運んでから、
「彩未、めっちゃカッコよかった!」
和奏と春花に言われて
「ほんと?」
「キレーに音が出てたよ」
「良かった、緊張してたから」
「お客さんたちと近いしね」
「やー、でもゆうこ先輩もいちか先輩もそれにおみくん、メチャクチャ上手いからまけんよーに頑張ったよ」
「おみくんのバリサク!確かにカッコ良かったわ!」
吹奏楽部はほとんどが女子で男子は少ない。おみくんはその少ない男子のうちの一人である。
「彩未もずっとピアノ習ってるから、やっぱりこう表現力っていうか違うよね」
和奏に褒められて少し照れ臭くなる。
「そう?」
「彩未はまだ続けてる?」
「さすがにレッスンは週イチになったけど、練習はいちおう続けてる。ちょっとずつだけど」
春花はずっと同じピアノ教室である。
「えー、どこにそんな時間がぁー」
「だって、ピアノ買ってもらう時にママに言われたからね...。20歳になるまでは毎日弾くこと!下手でもなんでも続けなさいって」
「たま~に、えらいよね彩未って」
「うんうん。えらいえらい」
たまに、と言われてほんのり傷つく。
(色々頑張ってるつもりなんだけどなぁ)
「...まぁ、ほんとの事だから命だけは許しちゃるわ」
・*・*・*・*・*・*・
文化祭が終わり、後片付けがされていくと、祭りの後の残る興奮とそして寂寥感がどことなくある。すこし短くなった日は夕焼けと長い影をもたらしている。
帰路に着いた彩未たちは電車に乗り、そして大きな駅構内の人混みの中を乗り換えにゆるゆると喋りながら帰る。
「あれ、彩未のカレじゃない?」
「あ、ほんとだ」
「私らはいいから、一緒に帰りなよ」
「え」
「ここからなら、学校には見つからないでしょ」
「んー、ありがと」
彩未は春花たちに手を振って、前を歩く翔太を追いかけた。
えいっと、後ろからその背中に飛びかかる。
「ぅわ!」
「びっくりした?」
「した...!!」
横から顔を出した彩未を見て、本当に驚いた顔をしてる。
「一人?」
「ううん、さっきまで一緒にいたよ。けど、翔太と一緒に帰ったらって」
「そっか」
ニコッとするとそれは彩未の好きな笑顔。
なんだか嬉しそうでつられて嬉しくなる。
家が近づいてきたからか、学校ではうるさく言われるシャツの第一ボタンを一つはずしネイビーに黄色の模様のはいったネクタイを指を入れて緩めている。
それに暑いからか、白のベストは脱いで、鞄にひっかけてある。ベストは夏でも女子も男子も学校では着ないといけない。
翔太は背が伸びたから、彩未の目線はちょうど翔太の頭半分下になり鎖骨がわずかに見える。
「暑い?」
「うん、まだまだ」
「それ以上脱いだら捕まっちゃうよ?」
「脱がないって」
冗談めかして言うと、翔太は笑いながら返事をする。
駅に着き、改札を抜けるとマンションの方へと向かう階段を降りて行く。
「あ、そうだ。今日のカルテットの時の彩未ちゃん、めっちゃカッコよかったよ」
ピタッと彩未が止まったので、翔太が一段下から振り向いた。
「どうかした?」
この状態だと彩未の方が少しだけ背が高い。
手を伸ばして、胸元にあるネクタイをそっと掴んだ。
「彩未、ちゃん?...ね、翔太。私たち、つき合ってるよね?
いつまで...単なる幼馴染みなの?私って、ずっとご近所の‘’彩未ちゃん‘’なの?」
「...そ、だよな...」
翔太の目の下に少しだけ色がのり
「彩未...」
はじめての呼び捨てに、彩未は笑みを向けた。
「ふふっ」
そのままネクタイを引っ張って、唇にキスをする。
「ちゃんと呼べたから」
「彩未」
もう一度名前を呼ばれて、ドキドキする。
「なぁに」
「...彩未...」
翔太から、今度はゆったりとキスを返される。何度も繰り返されるキスは音をたて、耳を刺激してくる。
顔の左側に添えられた手が耳と首筋に触れて、その刺激がゾクゾクと感覚を敏感にさせる。
「...んっ、 ひと..きちゃ..」
音をたてて離れた唇は、じんと熱くなっていた。
「...うん」
少し近くで見た翔太の顔は、気がつけば、成長期の彼はどことなく男っぽさを増していて、彩未はまたドキドキしてしまった。
(顔があつい...)
指を絡ませるように、繋ぐとそのまま並んで歩く。
それなのに赤い顔を見られたくなくて足元を見ながら...練習中の失敗の話やシャーペンの芯買わなきゃとかそんな下らない話を、マンションに着くまでしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます