Ⅰ-Ⅳ
「見ろ! これが僕の――救世主の称号を持つ人間の力だっ!」
「……」
俺は動かない。否、動く必要などどこにもない。
常時発動しているスキル・神々の寵愛。それさえあれば、こんな凡庸極まる剣に傷付けられる道理はない。このスキルは俺に対する一切の敵対行為を無力化する。
ほら。
砕け散った。
「――え」
何が起こっているのか、幸道はまったく理解していなかった。
なので、もう一押し。
俺は拳を前に突き出した。
青い光が、幸道の懐へ滑り込む。
「魔弾展開」
「がっ!?」
短く、自分に命令した。
結果は幸道の反応から明らかだろう。情け容赦なく数メートルの距離を飛ばされ、そのまま神殿の床に叩き付けられたのだ。
痛みに悶える彼は、なかなか立ち上がることが出来ていない。膝を付くのがやっとで、そこから先は動くことが出来なかった。
……威力は十分の一ぐらいまで落としたつもりだったが、ちょっと足りなかったかもしれない。あるいは、防御系のスキルを彼が持っていないのか。
後ろでは、木島がホッと胸を撫で下ろしている。
「何が起こったのかよく分かんないけど……ユウ君って、やっぱり頼りになるんだねっ!」
「そうか? っていうか、名字で呼んでいいぞ? もう子供じゃないんだし」
「ちょ、ちょっと何それー。普通名前で呼び合うものでしょ? ユウ君だって昔、私のことをミドリって呼んでたじゃない。だからほら、一緒に名前で!」
「むう……」
でも、本音を言うと恥ずかしい。男子共の例に漏れず、俺も彼女に憧れてるもんで。
まあここまで言ってくれるのは、逆に脈アリなのかもしれないけど。
「えっと……じゃあ、改めて宜しく、ミドリさん」
「名前だけでいいってば。あ、こちらこそ宜しくね、ユウ君」
「……」
自分だけ君付けで納得いかないけど、まあいいか。
と、そこへ王女イオレーを中心にした者達がやってくる。血相を変えているとはこのことで、喜びと驚愕が混ざり合った表情をしていた。
王女だけが前に出ると、どこか恭しい態度で呼びかけてくる。
「お、お二人には別室へ移動してもらいましょう。他の方々と問題を起こしては大変ですから」
「……そうですね。そうしたください」
嗚咽を零している幸道を一瞥して、淡々と王女へ返答する。
そんな彼女の瞳は、溢れんばかりの期待を宿していた。まるで、憧れのスポーツ選手にあった子供のような目である。
やはり俺の正体を知っているんだろう。かつて、魔王を倒した英雄その人だと。
「ではご案内します。あ、お妃もご一緒にどうぞ」
「――」
豆鉄砲を食らった鳩のように、ミドリは硬直して動かなかった。いやまあ、俺も驚いたけど。
それだけお似合いに見えた……のだろうか? 幸道を始め、クラスメイト達も茫然とした視線を向けている。
「とりあえず行こう、ミドリ」
「そ、そだね。えへへ……」
耳の先まで赤くなった彼女と一緒に、俺は教会らしき建物を後にする。
だが、その直前。
『くく、愉快愉快』
好きになれない、女神の声が聞えてきた。
しかし隣にいるミドリや、他の人々は反応していない。どうやら俺だけに聞えているようだ。
大声で反応するのは控えた方がいいかもしれない。彼女、自分が認めていない人間の相手をするのは面倒なのだそうだ。
あと大声で話したりすると、俺が個人的に疑われそうな気がする。色々と。
『ん? なんだか不愉快そうだな? せっかく見せ場を作ってやったのに』
「必要ないって……もう少し神様らしく、温かい目で観察したらどうなんだよ」
『いやだ』
小声で返す俺に対し、女神様は誇るような口調で回答した。
『お前も分かるだろう? 人間は人間らしく、欲望に染まって生きてもらわないと困るんだよ。色々細工もしたんだからさあ、楽しまないと』
「細工?」
『ああ、全員の理性をある程度解除しておいた。これで欲望まみれに行動してくれることだろう! 最高だな!』
最悪だ。
だが納得できることもいくつかある。先ほどのクラスメイトの反応だ。妙だとは思っていたが、どうも女神によるものらしい。
「酷いもんだな……」
『気にするな! 中には平常運転と大して変わらん者もいるぞ? いやー、面白いやつだな、うん』
「……帰りたいって人がいたら、帰せよ?」
『うむ、可能な範囲で行おう。せっかく呼んだのだから、少しぐらいは役に立って欲しいしな』
まったく期待できそうになかった。
ここまで来ると巻き込まれた者達には同情した方がいいかもしれない。いくら神とは言え、ここまで人を弄ぶのはどうなのか。
……まあ彼女らは、そんな意見など気にも留めないだろう。人間が持つ善悪の価値観など神には通用しない。
そのくせ一方的に干渉してくる。始末に悪いとはこのことだ。
「でもまあ、文句ばっかり言ってもな」
神の気分は変わらない。人間が人間の意思で生きたければ、足掻くしかない。
それだけだ。
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