新たな世界の章
第39話 急変した世界
紺野家に着くと、家族揃って花村家を出迎えてくれた。
さすがの両親もその家というよりはお屋敷であることに圧倒されているようだ。
志歩がにこっと奥から微笑んで軽く手を振ってくれる。
由梨の一家が揃ってきたから察したのか、貴哉が伝えたのか焦りも驚きもなかった。
「花村さん、ようこそ」
にこやかに麻里絵が言い、
「花村さんのお嬢さんとこうして縁が出来てよかったよ。評判はよく聞いているよ」
暎一が和成に言って、握手をしている。
和やかなムードに由梨は安堵する。
紺野家の居間に向かい合わせに座ると、
「由梨さんのご両親にお会いできるのを楽しみにしてましたわ」
麻里絵が美香子に話しかける。
「こちらこそ。なにぶん、ふつつかな娘でございますけどどうぞよろしくお願い致します」
「貴哉は親の私にも難しい子で、こうして由梨さんと出会えて本当に喜んでます」
「まぁ、そんな…。とてもよい息子さんでいらっしゃるのに…」
笑い声が響く。こういう時は親に任せてしまうに限る。
「それで結婚はいつ頃にするの?」
「出来るだけ早くに、かな。籍はすぐにいれるし式は家族だけでしたいと思う」
「あらあら、ずいぶん手抜きじゃない?」
「家族だけで充分だよ。誰か招待したら、色々と障りがある」
「まぁねぇ…でも、花村さんの方はどうですか?やはりお嬢さんですから、華やかにしたいとかあるんじゃありませんか?」
「いいえ、うちは何も。本人に任せます」
和成がそう間をおかずに答えている。
「私は、家族だけで充分です」
由梨は視線をうけて、そう答えた。
「それに由梨は今、妊娠してるんだ」
「あら、あら、そうなの?それは本当に急がなくちゃ」
麻里絵がとても嬉しそうに声をあげた。
「えー、赤ちゃんかぁ」
志歩も嬉しそうだし、絢斗も拍手していて歓迎ムードである。
「それなら、うちのウェディング事業で、まだオープン前の式場がある。そこでするのはどうだろう?オープン前にちょうどスタッフの確認も出来るしな」
と、洸介が言った。
彼の目は完全に仕事モードになっているものと思われた。
「それは良いわね、空きは確実だし」
「俺も暇だし手伝うよ」
絢斗が洸介に言い、兄弟はガッチリと視線を交わしている。
「ドレスなら、急がせれば1ヶ月ほどて完成するかな?」
志歩が言うと
「そうね、ドレスメーカーに早速注文しなくちゃ…あ、和式がよかったかしら?」
「いえ、ドレスは憧れですし」
「そう?じゃあ早速明日にでも手配しましょ」
次々と決まっていく話に由梨は、そこに座っているだけだった。
「あ、そうそう。新居は考えてくれた?またね、椿ちゃんが送って来てくれたのよ」
「それは俺が回る事にするよ」
貴哉がそう言って、間取りの紙の束を受け取った。
「子供が産まれるなら、その事も考えないとね」
「そうだな」
「明日は色々と動かないといけないわね、由梨ちゃん」
麻里絵が言った。
その言葉通り、朝から行動を開始した両家。
由梨は朝からソノダクリニックを訪ねた。
「あれ、花村さん。今日は休みだったよね?」
夏菜子に言われて由梨は正直に答えた。
「それが…。私、妊娠したので退職願を出しに来たんです…院長先生に話しに来たんです」
「えー?そうなんだ。でも、おめでとう」
夏菜子が明るく言った。
「聞こえたよ~花村ちゃん。おめでとう」
「ありがとうございます」
「でも…まあついに、捕獲されちゃったね」
「はい?」
「普通は、結婚の前には出来てほしくないでしょ?でも、彼は出来ても良さそうだったし、うっかり欲望に負けるとか無さそうだし、そんなに花村ちゃんを手に入れたかったのかななんて」
クスクスと結愛に笑われる。
客観的に見れば、捕獲…なのか…。
しかし、由梨がはっきりと貴哉に言わなかったという…事実はある。
クリスマスの後に、きちんと言えば、今の妊娠は避けられていたかもしれない。過去は変えることが出来ないのだ…。社会人なのに、妊娠して突然退職…。ダメダメである。
「院長、もう来てたよ」
「あ、はい」
由梨はドクタールームにいた苑田先生に、事情を話した。
「うーん、そうか。残念だけど、そういう事情なら仕方ないね。大事な時期だし、有給使ってそのままもう休みにして、今月いっぱいということにしようか?」
苑田先生は退職願を受けとると、そう言った。
「ありがとうございます。急で申し訳ありません」
「うん。女性にはそういう事があるのはわかってる。出産は大仕事だから頑張って。それで、もしよければまた戻って来て。みんなには話しておく」
「お世話になりました」
由梨はペコリとお辞儀をした。
ロッカーを片付けると、由梨は今いるスタッフたちに菓子折りを置いて挨拶をしてクリニックを後にした。
外で待っていたのは美香子と麻里絵。
「大丈夫だった?」
美香子がいい、
「大丈夫、先生はわかってくれたよ」
あっさりしすぎてるが、急で申し訳なくなる。
「じゃあ次はドレスね」
麻里絵に連れられて、由梨たちはドレスの店に入った。
「紺野様、お待ちしておりました」
折り目正しく言われて、由梨はお辞儀を返した。
「急ぎなのよ、どれくらいで出来るかしら」
「そうですね…2、3週間いただけますと…」
「まあ、そんなに早く?」
「頑張らせてもらいます」
今あるドレスを試着して、ベースとなるデザインを選び、それに装飾をあてて、デザイナーと話し合っていく。
麻里絵と、美香子が由梨以上に盛り上がって大まかなドレスがさらさらとスケッチされていく。
「素敵ね、由梨にぴったり似合いそう」
「本当にそうねぇ」
ドレスの後は役所に婚姻届を受け取りに行く。
「それで、後は…貴哉と合流して新居ね」
麻里絵は電話をかけて貴哉を呼び出している。
この日は仕事を後回しにして、新居を見に行っていた貴哉は
「それが良いと思うんだ」
由梨に渡された物件は立派な一戸建てである。造りは5LDKだがそれにしても、立派である。
「立派過ぎませんか?」
「でもね、由梨ちゃん。うちの元々の持ち物だし、立地も良いしこの辺りに住んでくれたら安心だわ。うちからも近くだし」
「そうね、由梨。それがいいと思うわ。ひとまず見てみなさいよ」
着いたそこは、広い庭と大きな家と…。
まるで夢の家だ。
建物はプロヴァンス風で、由梨の好きな雰囲気だった。
「あら、由梨の好きそうな家じゃない」
中も、プロヴァンス風な漆喰と、タイルで可愛らしく、なおかつ機能性も抜群だった。
「由梨が好きそうなのを選んでみたけど、どう?」
「いえ、強いて言えば…分不相応に思えて…」
「そうかな?紺野家に比べたら全然普通じゃないかな。近くには俺も行ってた幼稚園があるし、庭も広くていいよ?」
「そうですね」
「じゃあ、ここにしましょうか。家具はまた頼みましょう」
ぽん、と家まで決まってしまった…。
「由梨ちゃん、あっちに見えるのが紺野家の屋根よ。いつでも頼ってね」
と言うことは、歩いてもすぐ、ということだ。
「あら、良かったわね。由梨、良いところが見つかって」
にこにこと美香子が言う。
「二階もみてきましょうよ」
一階にはリビングとダイニングキッチン、それから和室と、納戸、それと広い寝室が一つ。
二階には部屋が3つならび、そしてフリースペースと書斎もある。駐車場は3台は停められて、それでも広い庭がある。
つまり、とても贅沢すぎる家なのだ。
けれど由梨には、贅沢すぎるからという理由で拒否は言えなかった。
「そうそう、貴哉。婚姻届をもらってきたわ。今書ける?」
「ああ、書く」
貴哉はすぐにさらさらと記入する。
由梨も、続いて書いて、保証人欄に母たちが書けば完了だ。
「じゃあ、貴哉は仕事に行くでしょう?私たちはこれを出して、ランチにしましょうか」
麻里絵が言い、貴哉の運転で役所に向かった。
あっさりと、由梨は花村 由梨から紺野 由梨へと名前が変わる。
色々と、名前を変えていかなくてはならない。
「これで正式に夫婦だね由梨」
「はい。よろしくお願いします、貴哉さん」
由梨は微笑みをむけた。
役所に出したあとは、由梨たちは貴哉と別れて、麻里絵と美香子とランチを食べる。美味しそうなのだが、由梨はあまり食べることが出来なかった。
「これでひと安心ね、由梨ちゃんはゆっくり過ごして元気に赤ちゃん生まなくちゃ」
そうして、一週間後、いつの間にか新居には搬入された新品の家具が配置され住めるようになり、由梨はそこに引っ越して貴哉との暮らしが始まったのである。
本当に何もかもが素早くて、セレブって凄いと思うと同時に一体総額いくらなのか恐ろしくてとても聞けない。
引っ越したと、同時に由梨の悪阻が本格的に始まり、体調は最悪となってくる。
「大丈夫か?由梨」
「うん…」
「顔色が悪いよ。病院に行こうか」
そういえばバタバタとしていてはじめての病院以来、受診していなかった。そろそろ、行かなくてはいけない時期でもあった。
貴哉と共に来たのは、新居から近くのレディースクリニックである。
診察を始めた医師は
「前回も言われてる?」
そう聞いてくる。
「はい?」
「双子よ、赤ちゃん」
「ご主人も見える?こっちに一人とこっちに一人」
「双子…」
貴哉はさすがに驚いたようである。
「今はとても、二人とも順調ね」
由梨はそういえば双子かも知れないとは言ってなかったなと、思い出す。
「ここでは設備が整ってないから、紹介状を書くわ。桐王大学附属病院でいい?次はそっちでね」
「はい。大丈夫です」
桐王か…。と由梨は複雑な気持ちである。しかし、確かにあそこ以上に近くて設備のいい病院はない。
「それから、母子手帳ももらってきてね」
「はい、わかりました」
悪阻が酷いというと、注射をしてもらい診察は終わる。
「双子?」
診察室を出た、貴哉は由梨にそう言った。
「うん、そう」
「それは…由梨は大変なんじゃないかな?」
「だと、思うの」
「俺も、頑張らないとな」
貴哉はそういうと、由梨の手を握った。
病院の帰りに母子手帳を2冊と、いろいろな冊子とマタニティマークを受けとると、由梨はそれを大事に仕舞った。
紺野家からは、由梨の体調がすぐれない事を聞いたからか麻里絵が手配したお手伝いさんの高阪さんが朝8時から夜の6時まで来てくれていて、その事を情けなく思いつつも由梨は一日中、吐き気と戦いながら過ごしてした。
「私、今専業主婦なのに…」
「気にしたら駄目だよ。由梨だって今は辛い時なんだから甘えておけばいいよ」
「ありがとう…貴哉さん」
高坂さんは、栄養士の免許もあり由梨の食事も体調に合わせて作る有能ぶりでまさに至れり尽くせりだ。
そして、3月のつわりの落ち着いた頃には無事に家族だけの結婚式が行われた。
connoグループの新しい式場は、女の子の憧れをぎゅっと詰め込んだような真っ白なお城のような外観で、芝のグリーンが由梨はとても幸せな気持ちで結婚式を迎えた。
オーダーのドレスも、とても上品さと可憐な雰囲気が絶妙のバランスで、由梨はため息をついた。
体調を考慮して、家族だけで式と食事会はとても暖かみがあり、由梨はこの式を準備してくれた家族たちに感謝の涙が止まらなかった。
「ありがとう」
こんな言葉しか言えない事がもどかしい。
貴哉の選んだ指輪は婚約指輪と結婚指輪が重ねてつけられるデザイン性の高いものでとても由梨に似合っていた。
お揃いの指輪は、貴哉のすらりと長い指にも収まって
「結婚…しちゃいましたね」
由梨は隣の貴哉にぽつりと言った。
「そうだね、これからはずっと、一緒だ」
時々、怖いような貴哉だけれど、この日はとても終始穏やかでそして、頼もしかった。
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