元勇者の断章〜その者は誰からも愛されて〜
みやのかや
プロローグ
そこは薄暗い部屋の中。
少し大きめのベッドと、小さなテーブルが1つ。
照明は、テーブルの上に置いてある魔光灯だけ。
魔力を充填すると一定の時間だけ光り続けるそれは、この世界で最もポピュラーな照明だった。
(……はぁ)
心の中でため息をつく。いや、たぶん実際でも、ため息を吐いただろう。
息を吐いたら、その後はもちろん吸う。
その程度の当たり前は、この世界でも変わらない。
息を吸った拍子に、部屋に漂う独特の臭いが体の中に入ってくる。
もうすっかり嗅ぎ慣れた匂いだったが、そこから想起される記憶は未だに慣れるものではなかった。
臭いはベッドから漂っている。
乱れたシーツと飛び散った飛沫が、事後を物語っている。
これから僕はこれらの片付けをしなければならない。
「……っ」
体を動かすと、背中の辺りがきしんだ。無茶な体勢を強いられた影響だろう。
「神よ、癒したまえ」
僕は誰に言うともなくそう呟いて、右手を背中に当てる。
「<ヒール>」
力ある言葉が体内の魔力を動かし、右手から魔力が放出される。
体のだるさが消えていき、背中の痛みと、ついでに下半身の鈍痛も消え去っていく。
「っ!」
楽になった体の奥から、どろりとしたものが流れ出てきた。
持っていた布巾を咄嗟にあてがって、それを拭う。
床を汚してしまうと、そこも清掃しなければならなくなる。できれば手間は増やしたくない。
そんな事を考えた瞬間、ふと、無性に情けなくなって、涙がこぼれた。
——何で、こんな目に。
異世界転生。
現実の地球で死んだ人間が、異世界で新たな生を始めること。
大体の転生者において前世の記憶は残っており、それを頼りにして第二の人生を生きる事が多い。
僕にとってもそれは同様だった。
地球で死んで、異世界ミガルドに転生した。
転生する時には女神様に会って、自分の希望も伝えた。
「誰からも愛されるモテモテ勇者になりたい」
女神様は僕の曖昧な希望を聞き入れ、新たな体を用意してくれた。
愛らしい顔立ちに、輝くような金髪。
大きな青い瞳に、金色の長いまつげ。
体は発展途上でまだ幼いが、それも含めていかにも愛される容姿だろう。
吉田正良(よしだまさよし)は死んで、勇者マサヨシとなった。
そして今、僕は男娼をやっている。
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