第13話勇者の資格。

「お疲れ様です魔王様。あれ、元勇者はどうしたのですか?」

「元って言ってやるな、可哀想だから。

 まさか筆記で落ちるとは思わなかったからな、勉強のために図書室の禁書保管庫に放り込んだ」

「あぁ、彼処に………大丈夫ですかね、精神汚染とか起こりませんか?」

「まぁ、大丈夫だろう。あれの加護は半端じゃあないからな、あらゆる呪いを跳ね返すよ」

「物理的に汚染しようとする本もありますよ、触手伸ばしてこう、脳味噌に」

「大丈夫、多分、大丈夫な筈だ」

「………知りませんよ、勇者の血筋が途絶えても」

「別に構わん、そうなったら別なやつを見繕うから」

「え、隠し子か何か居るのですか?」

「知らんが、多分居ないんじゃないか? 先代の勇者は割りとカタブツだったからな、道中そういうイベント全部スルーしたし」

「はぁ、女の子三人との旅だったのですよね?」

「あぁ。………まぁ、そいつらの中に居たとしたら解らんがな。

 しかし闇巫女よ、もしかしてお前、何か勘違いしてないか? 別に、勇者に血筋とかは関係無いぞ?」

「えっ! ………選ばれた血筋とかいうのでは無いんですか?」

「ふむ。良い機会だ、仕事も一段落したし、一服がてら教えてやろう」


 ………………………


 ………………


 ………


「紅茶をお持ちしました」

「ご苦労、砂糖とミルクは?」

「持ってきましたけど………」

「うむ。では(ドザー)、話を(ドザー)始めるか(ドザー)」

「………」

「先ずはゆ(ドザー)うしゃにつ(ドザー)いてだ(ドザー)が、お前は(ドザー)そのせん(ドザー)べつをど(ドザー)のように(ドザー)行っているかわ(ドザー)かるか?」

「すみません、砂糖何杯入れる気なんだろうと気になって話が入ってきませんでした」

「ちゃんと聞いておけ」

「だって、おかしいくらい入れたじゃないですか。もうそれは紅茶ではなく紅茶味の砂糖菓子です。固形じゃないのが不思議なくらいですよ? もしかしてわざとですか?」

「別に良いだろ、我輩は甘い紅茶が好きなのだ!」

「チョコは嫌いな癖に………」

「甘さにも種類があるのだ。全く、飲み物くらい好きに飲ませろ」

「うわぁぁぁ! 何やってるんですか!?」

「何って………ミルクを」

「瓶! 一瓶! 全部入れてどうするんですか!」

「ミルクティーが好きなんだよ」

「もう紅茶の成分より多くなってるじゃないですか!」

「うるさいな」

「もうそれは、紅茶を飲むという行為ではありません。お菓子を食べるのと変わりませんよ」

「頭を使うと糖分が必要になるのだ。良く言うだろう?」

「あれはデマです。脳が必要とするエネルギーは、1日の消費カロリーの2割程度ですよ」

「酷使すれば、もっと増えるのだ」

「ちなみに脳で消費出来るのはぶどう糖であってしょ糖ではありません。どれだけ頭を使いカロリーを消費しても、果糖や脂質は消費できないのです。頭を使っていても、それでは脂肪分が増えます」

「解ったよ! 後でちゃんと運動するから!」

「絶対ですよ」

「………何故飲み方でここまで怒られなければならないのだ………」

「太った魔王様など魔王様ではありません。それはただの豚です、卑しさの化身です」

「お前今、世界の7割を敵に回したぞ」

「何より不健康でしょう。体重が増えるのはともかく、脂肪分が増えるのは百害あって一利無しです。

 燃やすのです。懸命に脂肪を燃やさないと、待っているのは死亡です」

「正論って時に人を傷付けるよな………」

「別に魔王様は太っていないでしょう。………今のところは」

「ふん、将来的にも太らん」

「どうですかね。お酒も飲むし、肉やなんかもお好きですし、そろそろお腹が出てらっしゃるのでは?」

「あのなぁ、我輩は元とはいえ神だぞ? どれだけ食べようが、神は太らん」

「魔王様。今、世界の女性すべてを敵に回しましたよ………?」

「そんな死んだような瞳でナイフを構えるな! しかもそれ黒曜石じゃないか!」

「(カッ)『其は荒ぶる闇の怒り、猛る激情の名残なり。時は巡り、太陽が沈む。いざ、解放せよ』

 【煙噴く黒曜石の鏡テスカトリポカ】!」

「おいぃぃぃっ! 下らんことで奥義打つな!」

「女性にとってはそれだけの重みを持つ話題なのです」

「体重だけに?」

「………(カッ)」

「カットインするな! 解ったから!」

「気を付けて下さい、繊細な話題なのです」

「お前が言い出したのに………」

「そもそも魔王様が紅茶を馬鹿にするからです」

「いや馬鹿にはしてないぞ?!」

「でなければ冒涜です。折角紅茶に生まれたのに、こんな砂糖漬けにされて………」

「それはそれで砂糖に失礼だと思うが………まぁ良い、さっさと説明してしまおう………」


 ………………………


 ………………


 ………


「そもそも、勇者というのは特別な個人を指すのではなく、単に『勇気がある者』という意味だ。特別な意味でも使命を背負っている訳でもなく、そうだな、意味合いとしては【勇士】に近いかな」

「ずいぶんと門戸が広く感じますが………」

「各コミュニティに一人は勇者が居るだろうな」

「気軽いですねぇ」

「勿論気軽だ。川沿いの、とか、力強い、とかの称号の1つに過ぎんからな。

 だが――それに神が目をつけると話が変わる。加護を与えられ、そして宿命を得る。望まずともな」

「ろくでもないですね」

「我々はそのろくでもない側だがな。

 まぁ、お前の言う通り、ろくでもない宿命だよ大体は。押し売りみたいなものだからな、気に入らん物でも買わないわけにはいかんのだ」

「けど、魔王様。その割りには今のところ、三回くらい血統でやってませんか?」

「うむ。だって解りやすいからな」

「ひどい………」

「血筋とかは楽だぞ、ある程度能力遺伝させられるし、居所も探しやすいし、人間側の知名度もあるし、血統限定の装備品も用意できるしな。

 何よりシナリオが楽だ。世界を救う旅に出る動機付けを考えなくて済むんだぞ? 命を失う危険もある過酷な旅に、スムーズに放り出せる。世界平和以外に報酬の無いのにだ。最高だろ」

「悪徳企業の社長みたいな言い分ですね………」

「まぁ、それもあまり続くのはどうかなと思っていたところだ。目先を変えたり、舞台を変えるには勇者の血筋ごと変えるのが良いし、その辺秩序神とも相談しなくてはな。

 ………先代勇者が暗黒騎士というのも、話としては面白い。だからこそアイツには、勉強と就職活動を頑張ってほしいのだ」

「要特訓、といったところですがね。しかし成る程、珍しくタメになりました」

「珍しくは余計だ」

「さて、では。見習暗黒騎士の勉強の成果を見に行きますか?」

「うむ、そうするか。(強制的に)勉強出来る施設だからな、別人のように生まれ変わっているだろう」


 ………………………


 ………………


 ………


「………全滅か」

「死亡による経験値リセットですね」

「仕方無いな………」

「この死因を覚えてるよりマシかもしれませんね、本に脳を吸われるってのは」

「………忘れようか」

「………そうですね」

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