スのつく危険なお仕事でーす! ②

 半年前、国立国会図書館の地下深くに密かに造られた諜報部員のオフィスに俺は居た。無人の部屋には大型のコンピューターが設置されて、俺はATMみたいな機械にIDカードを差し込んだ。すると青白い光が描きだす、ジェームス・ボンドの立体ホログラムが浮かび上がり、新しい任務について説明してくれた。

『ハロー、ミスター・ニンジャ』

 ニンジャというのが俺のコードネームだ。

『日本転覆を謀る、国際陰謀団が東京の某所に潜伏しているという情報が入った』

 イケメン男優スパイのホログラムがキザな格好で喋っているが、このキャスティングを考えた奴は相当イタイ人間だろう。

『国際陰謀団は中韓の手先だと思われる。マスコミを使った情報操作をおこない、原発問題や放射能や9条などでデマを流して、日本国民を混乱させようとしているのだ。放って置くと大変危険な活動家たちである。潜入捜査で、その活動を見張り、黒幕を暴き出し、状況判断によってはすることも止む無し!』

 今回の任務は相当ハードそうだ。抹殺許可まで出ているとはあなどれない敵とみた。

『すでに一名が潜入捜査に入っている。その者には君のことを知らせてある。――だが、君の方は最終段階まで仲間とのアクセスを禁止する。一時的に記憶喪失となって、某所での情報収集をやって貰うことになるだろう』

 日頃から、スパイは自分以外の仲間のことは何も知らされていない。もしも敵に捕まっても知らないのなら自白できないからだ。

『では、成功を祈る。ミスター・ニンジャ!』

 青白いホログラムのイケメンがニッと白い歯を見せて消えた。

 その映像を最後に、俺の記憶はプッツリと途絶えてしまった。たぶん、この後に麻酔銃を撃たれて、記憶にブロックを掛けてから、あの『サソリ荘』に放り込まれたのだろう。


 ――やっと、記憶が戻ってきたが、だが俺はハッキリと敵の正体が掴めていなかった。


 覚醒したばかりの俺は……ぼんやりしたまま椅子に座っていたが、その時、どこからか銃弾が飛んできた。ビックリして机を倒して楯にするが、見るとババアが教壇からこちらへ発砲しているではないか!? 

 日頃から、常軌を逸したババアとは思っていたが、まさか拳銃乱射犯になろうとは思ってもみなかった。

 そして、横を向いてもっと驚いた! あの気弱そうな苅野さんが銃で応戦している。


 いったい、どうなってるんだ!?


 果たして、俺の味方はどっちだ? ババアか苅野さんか? どっちが敵なんだぁー!? 

 この銃撃戦のさなか、丸腰の俺は100%不利じゃねぇーか!!

 バーンと銃声が轟いて、ババアが倒れた。

 どうやら、苅野さんの銃弾を喰らったようだ。教壇の裏で倒れているババアの方へ、ゆっくりと歩いていく、どうやら止めを射すつもりらしい。

 それにしても苅野さんの銃の腕前は漫画家とは思えない。――いったい彼は何者なんだ!?


「糞ババア死ね……」


 腰を屈めてババアの心臓に銃口を向けた、その瞬間、教壇が倒れて苅野さんに直撃した。

 そして、ムクッと起き上がったゾンビババアが、

「ニンジャ、そいつが黒幕だよ! 早く殺っちまいなっ!」

 そういって、リボルバーをこっちへ投げて寄こした。

 キャッチした俺は、無言で苅野玄のコメカミに弾丸を撃ち込んだ。

 もんどり打って倒れた彼は息絶えた――。

 

 俺のコードネーム・ニンジャを知っているということは……先に潜入捜査に入っている仲間というのが、もしかして、この大家のババアのことだったのか――。

「大家さん大丈夫か?」

「ああ、防弾チョッキ着ててよかった」

「まさか、あの苅野さんが黒幕だったなんて……」

 見るからにショボイ中年男だった。

「おまえがグズグズしてるから、アタシの命が危険に晒されたじゃないか」

「……先に、潜入捜査に入っている俺の仲間って大家さんだったんですか?」

「そうだよ。潜入というか。アタシのアパートに奴らを住まわせて見張ってたんだよ」

「俺が見た感じ、目立った動きがなかったようだったが……」

「おまえの目は節穴かよっ!?」

 大声で怒鳴られた。

「苅野がサソリ荘に住むようになって、うちの店子が胡散臭い奴らばかりになった。怪しい宗教で若者を洗脳したり、国籍不明の密入国者たち。善良な市民を脅すヤクザと外国からの出稼ぎ売春婦とか……アイツは中韓から資金を貰って、日本を卑しめるプロパガンダをマスコミを使ってやってたんだ。日頃、気弱なオヤジを演じているから、みんな騙されてたのさ」


 ――そうだったのか。苅野さんの好人物ぶりに俺も騙されていた。


「そこまで調査が進んでるなら……俺の任務って……意味ないじゃん」

「バカだねぇー、ニンジャは苅野の目を眩ますためのダミーだよ。自分の部屋の隣に怪しい人物が住んでいると、そっちの方に気を取られて……アタシにはボロを出すために仕向けたのさ」

「俺ってだったんですか?」

 この半年は任務は何だったんだと心底落ち込む――俺だった。

「見張られていたのはおまえの方さ、今日も尾行されてたの気づいてないだろ?」

「…………はぁ」

 ――もう言葉がない、俺はスパイ失格だ。新しい仕事をハローワークで探そうかな。

「一年前からアパートを購入して、大家に成りすまして、こっちは罠を張ってたんだよ。いきなり現れたおまえに、苅野は神経を尖らせていたさ。ラーメンに仕込んだ睡眠薬でおまえを眠らせて、自白させようとしたが『サソリ荘』以前の記憶がない……奴は焦ってたね」

「そりゃあ~記憶をブロックしてたから……」

「ついに行動にでたのさ。おまえの正体を知ろうと、この部屋に呼び寄せて探るつもりが自分自身がボロを出しちまった」

「ボロ?」

「“私が愛したスパイ”というキーワードで、おまえの記憶ブロックを解除した。しかも苅野が中韓から指令された、任務こそが“私が愛したスパイ作戦”だったのさ。だから計画がバレたと過剰反応して、先に銃を撃ってきたのはアイツの方なのさ」

「――そうだったのか!」

 苅野さんの豹変ひょうへん振りにはマジで驚いた。

「まさかアパートまで罠だったとは……」

「情報収集しながら家賃も稼げる、こんな美味しい仕事はないよ」

 カカカッと威勢よくババアが笑う。


「いったいスパイと大家さん、どっちが本業ですか?」

「スパイはアルバイトさ。アタシはCIAのスパイと結婚してたんだ。アメリカでは旦那と一緒に諜報活動やってたよ。その旦那が亡くなったんで日本に舞い戻ってきたけど、スパイの腕を買われてね。時々、内閣情報調査室から仕事の依頼がくるんだよ」

「大家さんってなんですね」

 CIAで活動してたなんて、映画に出てくるようなスパイじゃん。

「おまえのさぁー、その表情が……」

「へ?」

「ブラック企業で働いてる従業員みたいで、慢性的な疲労感を湛えた表情がいいんだよ」

 それって、褒めてるつもり? 失礼なババアめ!

「スパイは目立っちゃダメなのさ。かっこ良くて女にモテるなんて……007が創った幻想で現実はそうじゃない」

「だから、俺のコードネームが“忍者”で目立たないように……」

 ババアの説明に納得させられた。

「アタシのコードネームはレディーだよ。これから任務の時はレディーとお呼び!」

 こんなしわくちゃババアに“レディー”なんて……俺は絶句していた。


「任務終了! やっと自分の顔に戻れるわ」 

 そう言うとババアは、まるでパックを剥がすように顔の皮膚をペリペリと捲っている。白髪交じりのカツラを外したら、新しい顔がでてきた。

「アメリカでは特殊メイクと演技の研究もしてたの。私は変装が得意なのよ」

 大家のババアこと“レディー”変装を外したら、なんと三十代の美しい女性の素顔が現れた。そして年寄りのしわがれ声から、優しいトーンの声に変わっていた。

「これが君の素顔だったんだね」

 眩しいほどに魅力的な彼女に、俺の目は釘付けになった。

「コードネーム・ニンジャ、潜入捜査は大成功よ!」 

「国際陰謀団の黒幕は苅野玄だった。レディー、君のお手柄だ!」 

 長い潜入捜査から解放された、二人のスパイは抱き合って任務完了を喜んだ。

 大家のババアの演技にすっかり騙されていた、こんな美しい素顔が隠されていたなんて想像もできなかった。


 ――美女スパイの虜になった俺は、やっぱりスパイ失格かなぁ~?

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