引きこもり魔女さんの介護生活、始めました。

らぴんらん

第1話 魔女さんとの出会い

 道のりは大変酷いものでした。


 乗ってきていた自転車を手押しで進んでいるわたし。

 泥まみれの服にぐちゃぐちゃの靴を装備しています。

 もう帰りたい。泣きそうになる気持ちを抑えながら歩いていました。


 始まりは、街でいただいた自転車が壊れたことにあります。

 降り続いていた長雨もようやく晴れ、ルンルン気分で自転車をこいでいたわたし。

 そんなわたしに、深い深いぬかるみが容赦なく襲いかかってきます。

 ぬかるみにはまった自転車は後輪がパンクし、チェーンが切れてしまいました。


 街を外れると道路は荒れ道に変わります。当然雨風に晒された地面は悪路になるのです。

 それ以前の姿とはうって変わってぬかるみや水溜まりの集落に変貌していたのでした。

 長雨の後なので、考えれば分かるだろうと仰るかもしれません。

 ですが街で生まれ育ち、舗装された道以外を移動したことが無かったわたし。

 そんなわたしにとって、こんなに荒れた道だとは想像もつかなかったのです。


 一体どこまでこの道は続くのでしょう。

 かれこれ1時間以上は歩いています。

 照りつける太陽が容赦なくわたしを焼きます。

 服についた泥は砂に変わり、カピカピになっていました。

このままミイラにでもなってしまったらどうしましょう…あるわけないですけどね


 そもそも何故わたしが街を出て外に出たのか。

ことの始まりをご説明します。

それは昨日の夜のことでした。


 仕事を終えて帰宅しているとき、突然衛兵さんに声をかけられました。

 突然のことだったのでおろおろしている私を、衛兵さんは容赦なく持ち上げます。

 「おろして!おろしてください!」

 泣きじゃくって手の中で暴れまわるわたし。

 いい年のくせになにをしていたのでしょう。

 思い出すと恥ずかしくて、穴にでも隠れてしまいたい気分です。


 そうして運ばれた先は、とある建物。

 "魔女交流センター"と書かれたその看板は、時代に取り残されたようにボロボロでした。

 衛兵さんに持ち上げられている私は、そのまま事務所に運ばれます。

 応接間のような区画の椅子におろされたわたしは、出されたお茶を啜っていました。…ぬるい。

 「おお、来てくれたかね」

 お茶を啜っていた私を待っていたのか、お腹の大きなおじ様が現れました。


 「待っていたもなにも、誘拐したのはそちらでしょう」

 呆れた私はお茶を置いてそう言いました。

 「はっは、すまなかったな。衛兵はろくな説明もせずに連れて来てしまったようだ」

 「説明ねぇ、問答無用で連行されましたよ…」

 「そうかそうか。さっそく本題に入りたいのだが、良いかな?」

 そう言ったおじ様は私の前に腰掛けました。

 「本題と言うのがな…ある女性にあって頂きたいというものなのだが」

 「はあ、女性に?」

 「その女性と言うのも、ただの女性ではない。私たちのセンターが何か知っているか?」

 「魔女交流センターとかなんとか。看板にそうかいてあった気がします」

 「その通り、魔女交流センターだ。もう何をするかわかるだろう?」

 そのおじ様は、とてもニコニコと言ってのけました。

 魔女さんにあってほしい、そしてその役目を貴女に頼みたい。ということのようです。


 「魔女さんに私が会えばいいと…?」

 「そのとおり。こちらも人手不足でな…君にいってほしいのだ」

 「うーん…」

 考え込む私。

 魔女に興味がないと言ったら嘘になります。魔女と言ったら少女の憧れですから。

 魔法を操り悪を倒し正義を貫く魔女、その姿に私も少なからず憧れていました。


 「どうだね?行ってみてはくれないか?」

 「…分かりました。行きますよ」

 「そういってくれると助かるよ。早速明日、魔女の家へ向かってくれたまえ」

 ーーへ、明日?いま明日って言いましたかこの人

 「困った魔女なんだ、まあ頑張りたまえ」

 そういってわたしの肩をぽんぽんと叩き、何処かへ行ってしまうおじ様。

 それからというもの、話はトントン拍子に進んでいってしまいました。

 事務所から家まで衛兵さんに送っていただき、その日は解散しました。


 そして翌日。

 朝起きるとわたしの家には自転車が一台と、それに挟まった手紙が一つ届いていました。


 (やあ起きたかい。

 よく眠れたならそれに越したことはない。

 魔女のもとへいく君に、この自転車を上げよう。

 これで移動が楽になるはずだ。

 では早速いきたまえ。

 タイムイズマネーと言うだろう。   


     by素敵なおじ様   


 ps.お仕事辞任届け代筆しておきました。

 これからは魔女交流センター勤めです。)


 びりびり。私はそれを破り捨ててゴミ箱に投げ入れます。

 前の仕事を勝手にやめられたみたいです。

 それにしても魔女交流センター勤めって…。

 人に紹介するのが恥ずかしいことこの上ないです。


 過ぎたことはどうしようもないのでキッパリと切り捨てるわたし。

 こうなったわたしの判断力はきらりと光るものがあるのです。

 あ、これ少ない長所です。

 そうして自転車にまたがります。

 この時点ではルンルン浮かれていました。

 おじ様に腹はたちましたけど、自転車は嬉しかったです。


 そうして今に至るわけです。

 本当、厄介事に首を突っ込んでしまったものです。

 魔女への憧れを抑えきれずに首を縦に振った昨日の私が恨めしい…。

 噂ではその魔女さんは何百年もそこに住んでいるとかいないとか。

 一体どんな貫禄のあるお方なのでしょうか。


 あれこれ考えながらぬかるみの道を歩いていると、丘の先に一軒の家が見えてきました。

 魔女さんの家に違いありません。

 憧れの魔女さんにもうすぐ会えると期待に胸を踊らせます。

 急いで丘をかけ上がり家を目指します。

 壊れた自転車はここに置いておくことにします。

 …はい、不法投棄です。よいこの皆様は真似しないでくださいね。


 はぁはぁ…。

 息を切らすわたし。

 運動をあまりしていないせいで、少しの丘をかけ上がるだけで息が上がってしまいました。

 こんこんっ、と軽快にドアをノックします。

 もっと禍々しい家だと思っていましたが、そうではないようです。

 赤いレンガ屋根に開放的な窓、キチンとお手入れされたお花が飾ってありました。

 寝ていらっしゃるのでしょうか、しばらく待っても魔女さんは出てきません。


 こんこんっ、とまたドアをノックします。


 それでも魔女さんは出てきません。心配になってドアノブに手をかけます。

 どうやら鍵はかかってないようなので、中に入ることにします。

 「魔女さん、いらっしゃいますか~」

 いまだ返事はありません。私は廊下をずんずんと進んで行きます。

 なんだか冒険みたいでワクワクしてきました。廊下を進んだ先にある扉に手をかけます

 どうやらここはトイレだったようです。

 なかなか小綺麗に掃除もしてあり、几帳面な性格の魔女さんなのでしょう。

 続いてお風呂場。

 整然と並べられたシャンプーとリンス。わたしの家に置いてある銘柄のものもあります。


 残る部屋は一つ。恐らくリビングでしょう、その扉に手をかけます。

 コポコポ、とお湯を沸かしているような音がします。

 音の元へ向かうわたし。

 そこには油汚れ一つないキッチンがありました。

 対面式のキッチンからはリビングが一望できます。しかもIH。

 もしかして結構お金持ちだったりするのでしょうか。

 貰えたりしたら嬉しいですね。

 テレビの前のソファーに近づいていくわたし。

 人の家を探索するのは楽しいものです。


 「わっ」

 ソファーの前を通りかかったわたしは、なにかに引っ掛かって体制を崩します。

 そのまま目の前に転んでしまいました。

 尻餅をついてしまったわたしはお尻を抑えます。

 何に引っ掛かったのでしょうか。

 気になったわたしはソファーのそばにある紫色のもふもふした布団を見つめます。


 何やらごそごそしているもふもふ。

 何かがくるまっているのでしょうか。

 なんだか宝物を見つけられた気持ちがした私は、もふもふに手をかけてバサッとそれを剥ぎ取ります。


 「うわっ!」

 びっくりしたわたしは思わず声を上げます。

 そのもふもふのなかには、15.6歳くらいの見た目をした女の子がくるまっていました。

 驚いたその女の子は目をまん丸にして私を見つめてきています。

 手には携帯ゲーム機を持っているようです。

 ゲームをやっていたのでしょう。


 「わわ、どちら様ですか?!」

 そのとき、ピュー!っと、やかんから蒸気が噴き出す音がしました。

 こうして、わたしと魔女さんは出会ったのです。






  



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