第70話 患者もいろいろ-ご主人はいつもこんななの

 初めて診る患者さんの場合、来院時の状態がまともかどうか、すぐには判断しにくいものです。日頃の様子を知らないからです。


 ある夜中の当直帯に、70代の男性が、高熱で入院しました。私が主治医になりました。


 第一印象は、何となくぼんやりとしています。話しかければ何とか受け答えはできるのですが、すぐに寝入ってしまうのです。


 脳梗塞などの後遺症のある高齢者なら、こういう意識状態の人は時に見かけるものです。


 とりあえず高熱なので補液を行い、次いで抗生物質を投与しました。


 そして順に、血液検査やレントゲン検査、CT検査などを行ったのです。


 特別な異常は見られません。


 付き添っていた奥さんに、尋ねてみました。


「ご主人はいつもこんな様子なんですか」


 奥さんは真顔で、


「いいえとんでもありません。いつもはまったく普通です」


「ええっ!いつもこんなんではないの……」


 脳神経外来があったので、あわてて脳外科の先生に診てもらいました。


 いろいろな神経学的検査を脳外科医はしました。


 神経学的検査は、鉛筆で紙に丸をグルグル描くとか、立って歩くなど、割合医師とのコミュニケーションが必要とされる検査です。


 患者さんは、きちんとそれをこなしていました。傾眠がちといっても、必要最低限のコミュニケーションはとれていたのです。


 脳外科医は首をかしげながら、


「パーキンソン症候群かも知れませんね」(⇒豆知識①)


 消化器専門の私は、脳外科の先生のいうことなのでそのまま診断を信じたのです。(←(^ω^)消化器科医は、脳はてんでダメ)


 翌日になっても熱はひかず、意識も傾眠がちです。


 他の内科医師に相談してみました。


「脳炎かも知れませんよ……」


 内科医師はそういいます。


 その医師といっしょに腰椎穿刺をしました。特に髄液圧は高くなく、採取した髄液も、透明なきれいなものでした。(⇒豆知識②)


 髄液の精密分析には時間がかかるので、


「抗生物質もやっているし、ステロイドパルス療法をしてみたらどうでしょう」(⇒豆知識③)


 内科医師は、さらにアドバイスしてくれました。


 そこで、ソルコーテフを500mg静注したのです。


 翌朝病室を訪れると患者さんはベッドに座っています。ニコニコして奥さんと話していました。


「ええっ!これが同じ人!」(←(^ω^) この医者、よく驚くね)


 ソルコーテフ一発で、こんなに良くなるとは驚きでした。熱は下がり、意識はまったく普通になったのです。


 奥さんもニコニコ顔で、


「うちの人はいつもこんなんです」


 普通に戻った状態を見て初めて、普段は普通の人なのだなということが分かるのです。


 ソルコーテフを3日間続けて、その後も熱はなく元気で食欲もあったので、外来でフォローする事にしました。


 結局、確定診断はつかなかったのですが、ウィルス性の脳炎疑いということで、一件落着としました。


 いかに普段の様子を知ることが診断には大切かを、思い知らされた1例でした。


 すぐ検査ばかりしないで、 本人や家族によく話を聞くことは、医学教育では金科玉条のごとくいわれていますが、本当に大切なことなのですね。(←(^ω^)反省します)


☆豆知識


①パーキンソン症候群


 パーキンソン症候群 (英語: Parkinson's syndrome) は、パーキンソン病以外の変性疾患や薬物投与、精神疾患等によりパーキンソン様症状が見られる疾患・状態をいいます。


 症状はパーキンソン病と全く同様で、安静時振戦、アキネジア(無動)・寡動、筋強剛(筋固縮)、姿勢反射障害の主要な4つの症状のうち2つ以上が認められる場合をいいます。


②腰椎穿刺


 腰椎穿刺とは、腰部から腰椎クモ膜下腔を針で穿刺し、髄液の一部を採取することで、髄液の測定および診断を行う検査です。出血、髄膜炎、悪性腫瘍などを診断することができます。


③ステロイドパルス療法


 ステロイド剤を静脈より短期間に(通常は3日くらい)大量に投与する治療法をいいます。


 一般にはソルメドロールという短期間作用型の薬剤が使用されます。普通、輸液製剤200ml程度に混注し1~2時間で投与します。


 大量に投与しますがステロイド剤の副作用は出にくいのです。


参照:Wikipedia


〈つづく〉

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