第31話 変なお医者-口達者

 口達者とは、良く言えば話し上手、悪く言えばおしゃべりのこと。医者の中にも、たいそうな口達者なお医者がおられました。


 それは50そこそこの外科のK先生。その頃私は精神科から外科に転向したばかりで、K医師に教えを請いながら、しばらくいっしょに仕事をしていたのです。


 それはそれは何事にも計算高く、父親が日本医師会の実力者で、かの有名な医師会のドン、武見太郎と張り合った仲といわれるだけあって、その弁舌振りは口角泡を飛ばす勢いでありました。(←(^ω^)「口から先に産まれた」とは、まさにこの人のことだわ)


 ある時には1人の入院患者の病歴を取るのに、4時間もかけたことがありました。3時間待ちの3分間診療と揶揄されるご時世に、何と4時間ですよ!


 私は診療をいっしょにやっていましたので、時々、偵察と催促をかねて病室に顔を出しても、素知らぬ顔でまだ話してる。


 大先輩なので、「早くして」ともいえません。当然、怒涛のごとく押し寄せる外来患者の診察は、私1人でやらねばなりませんでした。


 4時間も患者を攻め立てた医者も医者なら、相手した患者も患者。相当元気な病人だったに相違ありません。(←(^ω^)変な表現)


 ちょっとした皮膚のかぶれに軟膏でもと気軽にやって来た患者さんも、ひとたび彼につかまれば、生い立ちから私生活に至るまで、微に入り細にわたって暴露されてしまいます。


 ほとんどの人はこんなによく診てくれるお医者さんを大歓迎しますが、時に迷惑がる人もいます。


 ある時、性病らしき患者さんが来ました。誰も下の話しを人に知られたくはありません。患者はためらいながらそうとは知らず、K先生に小声で耳打ちしました。


「なに!」


とばかり患者に見入ったK先生、


「どこで何をやったのか」


 大声でやり出しました。突然の機関銃掃射のような詰問に、彼はびっくリ仰天。哀れにも周りを見やって、おろおろそわそわ。


 周りのスタッフたちも、


「あーあ、やっちゃった」


 気の毒そうに見つめています。


 たいていどんな患者さんでも、K医師の診察を受けるとその話術にはまり、彼の大信奉者になってしまうのでした。


 最近では病院のIT化により、パソコンに向かって診療する医師が多くなりました。私の母が病院にかかって、驚いていました。医者がパソコンだけを見て、一度も自分を見なかったというのです。


 北野病院のT医師は、いっています。


「研修医に私が最も強調しているのは、患者さんの悩みや訴えを聴くことです。まずは、パソコンに向かう手を止めて、患者さんのほうに身を傾けることから始めることです」


 それからすると、4時間も話したK先生は、良医の部類にはいるのではないでしょうか。(←(^ω^)でも4時間は、ちと長過ぎだわ)


 患者に長時間話し続けたお医者さんは、もう1人おられました。それはホスピスの女性医師でした。


 ホスピス医の仕事は、疼痛緩和という医療技術はあっても、ほとんどがターミナル(終末期)の患者さんの色々な訴えに、精神的にアプローチするのが主なものです。したがって、患者の訴えをよく聴いて、それに答える話法が大切になります。


 そのホスピス医は、患者の話をいちどきに3時間聴いたのです。(←(^ω^)この人もすごいわ)


 3時間と聞いて私は仰天しました。ターミナルにありながら、医者も患者もよく話せたものだと、感服したのです。


 といっても、話す内容は実質的には10分ほどのものです。同じことを何度も何度も患者は繰り返しますから、そのまま傾聴していると、ついには3時間も話が続くことになるのです。


 もう1人のホスピス医が、それをいかにまとめ上げるかが、ホスピス医の腕だといっていましたね。


 興味深いことに、話をしていると、だんだんと使うモルヒネの量が減ってくると、女医さんはいっていました。話すことによって苦痛がやわらぎ、モルヒネの使用量が減ってくるのです。


 余談ですが、精神科の医者は、おしゃべりが多いようですね。しゃべるのが仕事ですから、当然といえば当然です。無口ではとうてい精神科は務まりません。


 精神科の医局では、話し出すと世間話が2時間ほども続きました。それがたまにならいいのですが、ほぼ毎日なので、私のような無口な者にはたまりません。


 そういう時はこっそり医局を抜け出して、他の部屋で仕事をしていました。


 早々に精神科から外科に転向して、無口な私などは正解だったのです。(←(^ω^)そうだそうだ)

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