第10話 最期の晩餐に蝋燭はいかが
約束の時間に冒険者ギルドの裏口へ向かうと、中からは外にいても分かるぐらい強く、血なまぐさい臭いが漂ってきていた。
嫌な予感がして足を踏み入れると、やはりそこには地下街のマフィアたちの数多の死体が。
……ダンの持ち込む話に今まで旨くないものは一つとしてなかったのだ。
きっとこれもまだ作戦のうちに決まっている。
そのミスリルの塊さえ手に入れれば、私は一晩のうちに今以上の金持ちに成り上がることができるだろう。
上手く甲冑が手に入ったなら、ここに倒れている者どもとは別に、新しい傭兵を雇って、ダンのやつも始末してやればいい。
もうすぐ上流貴族の仲間入りをする私が、わざわざ小汚い盗人に私の財を分けてやる必要など、全くもってないのだ。
私は指定された13号室へと、足を運んだ。
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部屋に入ると、クッちゃんとルンちゃんがもうすでにマフィアのボスは刑に処したようで、マスターの手足を縛っていた縄を牙でかっ切っている途中だった。
マスターの顔は靴で蹴られてできた青い痣がたくさんできていて、服を脱がされた上半身にも硬い石の床でついたかすり傷が痛々しい。
俺はローブのポーションを取り出してふたを取り、マスターの傷口へふりかけた。
これでもうすぐ回復するはずだ。
「クック、ルング、そしてジュリオ、ありがとう…。ごめんね、僕がしっかりしてないせいで…迷惑かけちゃった。」
―何を言ってるんですかマスター!泣かないでください…マスターの危機だというのに俺たちは呑気に寝たままで…。おやっさんにも迷惑をかけちまった。
―僕も何もできなくて…。ごめんなさい。
<俺がミスリルの甲冑なんて着けているから…。マスターを傷つけてしまいました。申し訳ない…。>
「気にしないで3人とも。持ってきてくれた薬のおかげでもう傷も治ったし。それよりさっき、そこに倒れてるマフィアのボスが…」
「何だこのザマはッ!貴様ら!よくも私の邪魔をッ!」
「…来たみたいだね。」
こいつは…身なりからして貴族らしいが…誰だ?
―誰だテメエはッ!
「なんてことだ…この計画のためにどれだけのカネを出したと思ってるんだ…失敗などするはずが…!」
―誰だって聞いてるんだぜッ!ガルルルル!!
「バググググ!!」
「その男が依頼主だよ、クック、ルング。今回の事件の大元さ。」
―なんだって!よくものこのこと現れやがったな!今すぐ地獄に送ってやるッ!
<待ってくれクック!……この騒ぎは俺のせいでもあるんだ。俺に奴を始末させてはくれないか!>
―兄ちゃん、ジュリオにも獲物を分けてあげようよ。
―くっ…分かったぜジュリオ。ただし、手加減をすることは許さねえぞ!マスターを傷つける奴には絶対に容赦するな!
<分かってるよ。俺に任せてくれ。>
俺は、手刀を男へと向けた。
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はっ…ははははっ。
なんだこれは…なぜこの甲冑は私へ剣の切っ先を向けているのだ?
この計画は完璧だったはず…私の懐が温まるのではないのか?
成り上がるための計画を狂わせよって、腹が立つ!
「よくも!私がカネを払って雇った傭兵たちやマフィアの連中をあんな残虐な方法で殺しよって!」
―残虐だって?ほう…あれが残虐とは…ははははははっ!お前は何か大きな勘違いをしているようだな。
な、なんだこの声は…?頭の中へ響いてくるようだ!
もしやこの甲冑が私に語り掛けておるというのか?
「何がおかしいッ!そうじゃ!カネを返せ!私はペコ家の人間じゃぞ!貴様程度の魔物が歯向かうとどうなるのか思い知らせ…」
―底なしに愚かな野郎だな。今自分の置かれている状況に気づけよ。……この痛みと一緒になッ!
緑の甲冑が手を動かしたと同時に、
右の内ももを、注射針のチクリと刺すような感覚が刺激した。
違和感を得て目を向けた視線の端には、深紅の生暖かい飛沫が行き場を無くして飛び交う様子が捉えられていた。
私はバランスを崩し、床へ倒れる。
温かい体液が、懐の財布をじんわりと濡らした。
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ミスリルソードで片足を根本からためらいもなく切断した。
男は絶叫する。その叫びは町中へ響き渡り、間近にいた俺は頭ががんがんしそうだった。クッちゃん、ルンちゃんとマスターも同じだろう。
この男は今何を思っているのだろうか。
遠い将来の生活か。自分の1時間後か。1分後か。いや、今は華麗な鮮血に染まった傷口の雄叫びを、そのちっぽけな脳髄で処理しきることで精いっぱいだろうな。
マスターを傷つけるものは許さない。俺たち従魔はそのためにいるのだ。
マスターを守り、マスターとともに時を歩む。その生活を至福のひとときと捉えているのだ。
その均衡を乱したこいつは、然るべき報いを受けた。ただそれだけ。
しかしながら、俺の怒りはまだ収まらない。クックとルングも同様だ。
振り向くと、クックとルングがマスターの目を胴体で隠し、惨状を目の当たりにすることがないようにしてくれていた。
安心してさらなる制裁を与えられるな。
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「あっ…ああ…来るな、来るな!私を助けてくれ、悪かった、だから早くこの傷を癒せえええ!!!…傭兵たちッ!寝ていないで立ち上がってくれ!この悪魔を早く退治してくれエェッ!!」
―ふん、自慢の傭兵たちはもう廊下で伸びているぞ。さっき見てきたばかりだろう。
はっ、お前を助けるだって?それは聞けない願いだな。計画の邪魔をしただあ?俺たちの生活に茶々を入れてマスターを傷つけたのはお前たちだ。
さぁ、その一本の足でさっさと立てよ。ペコ家って言ったか?血だまりを這いつくばって外へ出て、その家の当主が犯した罪を町中に知らせて回れよ。
俺たちを敵に回したことを後悔して、汚名挽回してくればいい。
……それまでは何もせずに待ってやる。それが終わったら報告しに来い。褒美をやろう。
「褒美…?たっ…助けてくれるのか……?」
―はぁ?話の分からない奴だな。ひとおもいに首を刎ねてやるって言っているんだ。それとも今すぐ殺されるのがいいか?
ああぁ…なんなんだこれは…きっとこれは夢なんだ!
貴族であるこの私がこんな目に遭うはずがない!
私は今、悪い夢を見ているんだッ!こんな悪夢は嫌だ、覚めろ、覚めろ、早く覚めろっっ……ッ!
―どうしたんだ、目をぱちくりさせやがって。お目覚めかい。
……現実はここだよ。
「来るな、殺さないでくれ、いやだ、いやだ、いやだ、嫌だアアアァァァッッッ!!」
―喚くんじゃない!今ここでどうするのか決めさせてやる、早くしろ!
剣の切っ先を額に押し付けられた。血の涙がこめかみを伝って目元へと流れ落ちる。
「来るな、殺さないでくれ、いやだ、いやだ、いやだ、嫌だアアアァァァッッッ!!」
―ふん、最初から最後まで話の通じないやつだったな。
……俺は待つことが嫌いなんだ。
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ペコの太い首を豆腐のように胴体と分離させて、近くにあった蝋燭立てを口の中へ突っ込み、蹴り転がしてラズベリーのように踏み潰したあと、満足した俺はマスターたちへと目を向けた。
ここまで頭を破壊しておけば、俺に殺されたからといってゾンビ化することはないだろう。
クックとルングが、唖然とした表情で俺の顔を見つめている。
…なんだろ?何か制裁に不備でもあったかな?パーティのポリシーに反しちゃってたとか?
シメは確かにちょっとオーバーキルだったかもしれない。
―ジュリオ、おまえ、やる時はやる男なんだな!見直したぜ!それに、どこでそんなかっこいい言葉の数々を覚えたんだ!?そのボキャブラリー、今度俺たちにも分けてくれよ!殺す前に吐き捨てたセリフ…粋だったよなあ、ルング。
―うん、僕たちも敵にあんなことを言ってみたいなあ…。
…うーん、なんのことだ?怒りに任せて何かをぺらぺらと口から吐き出してたことは覚えてるけど、内容は忘れちゃったな。今やっとアドレナリンが回収されてきた気がする。
それより、この場から早く離れた方がいいよな。表情を見るに、死体の山を見たマスターが若干引いちゃってる感があるし。
夜中だけど、ペコの絶叫を誰かに聞かれてたらまずいし。
<マスターも元通り元気になったし、帰ろう、皆。水浴びをして返り血を流さないと汚いしさ。>
「僕のために頑張ってくれて…本当にありがとう。皆の強さにはやっぱりびっくりだよ。仲間になってくれてありがとうね。」
―もちろんですよマスター!
―もちろんだよマスター!
<もちろんですよ、マスター。>
パーティの友情の再確認を終え、俺たちは歩いて宿へ帰った。
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「おお、よくぞ無事に帰ってきたな皆。…ところでジュリオ、実は中ポーションの瓶が渡したあれしか在庫が無くてな…セペ、良かったら一本俺に分けてくれないか?」
マスターは驚いた顔をして、中ポーションを何本か部屋から持ってきて、申し訳なさそうにおやっさんへ渡した。
おやっさんは鎖骨の傷を治して、俺たちも寝どころへと戻ったのだった。
これにて一件落着。
とは、いかなかったのだけどね。
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