第79話 されど罪人は竜と踊る

「私の魔法ではドラゴンの相手はできません! サユに代わりますっ!」


 そう言ってアユが俺特製の即効性睡眠薬を飲み込んだのは、ドラゴンの存在に気づいてからわずか二秒後だった。


「……あ? あ……ああ……」


 頭が真っ白になっていた俺がその言葉を理解して反応した時には、すでにアユは最後の援護としてスピードダウンとマジックパワーダウンを唱えてサユと交代し終えていた。


「――ふぅ~……いやぁー、これは大変そうだね~、あはははは。でもまあ、頑張るしかないよね、うんっ!」


 とんでもない状況で急遽ピンチヒッターを任されたサユだが、笑顔で――多少ひきつってはいるものの――真っすぐドラゴンを見据えて、「よしっ!」と気合を入れる。

 俺がサユの立場だったら「なんちゅう場面で呼び出してくれよったんや……」と恨み言の一つや二つこぼしてしまいそうだが、さすがはサユだ。


「フシュルルルゥゥゥゥ……グゴアァアアアアッッ!!」


 やはりというか、ドラゴン達には俺とサユを見逃してくれる気などさらさらないようで、大きく息を吸い込んで胸から喉元にかけてぷくっと膨らませると、敵ながら見事な連携でコンマ数秒のズレもなく一斉に攻撃を仕掛けてきた。

 思えば、今までファフニールと八つ首の木竜という強そうなドラゴンと対峙してきたが、幸運にも戦闘に及ぶことはなかった。

 ゆえに、俺はドラゴンの攻撃を生まれて初めて目にする。


 やはり定番といえば……火炎ブレスか――?!


 反射的に脳裏をよぎった俺の予想は、ちょっとだけ当たった。

 火炎、雷、吹雪、よく分からん紫色のなんか……たぶん毒、よく分からん黒色のなんか……本当に分からん――という、全く別々のブレスが放たれたのだ。

 同じドラゴンに見えるけど種類が異なるのか、それとも技のレパートリーが尋常じゃないのか……どっちなのか考えてる暇なんてない。

 同時に放たれた広範囲の攻撃。

 少なくとも俺じゃあ避けることは難しい。

 迎撃したくとも、『魔法の料理・改』によるスキルは制限によりあと五分くらい経たないと使えない。

 頼みの綱は……サユだけだ。


「うひゃー、大迫力だねぇ~。うーんと、それじゃあ……ウィンターウインド!」


 「映画でも見てんの?」とツッコミたくなる第三者目線的な余裕たっぷりのノリで唱えたお馴染みの風魔法が、五種のブレスを大きく屈折させる。

 実に鮮やかな防御……だけに留まらず、木枯らしを冠する風はドラゴンの飛行を阻害して、高い知能を感じさせる綺麗な隊列をあっさりと乱す。


「よしよし、いーねいーね♪ つ・ぎ・は~……サンダーホーネット!」


 間髪入れずにサユが繰り出したのは、あまり使用頻度は高くない雷系攻撃魔法の電気蜂。

 以前に俺が見た時は、狭いダンジョンの通路で数匹の電気蜂がモンスターに突撃して、見た目には地味めな電撃を与えていたが……今回は全然違う。

 バチバチと怖い音を立てるリアルな造形をした八十センチ近い体長の電気蜂が、五十……いや、百に迫る数で空を舞って強烈に発光する様子は、圧巻の一言に尽きる。

 広い場所で本気を出したサユの魔法は、もしかしたらマユすら圧倒できるんじゃないかと思ってしまうほどに壮大でダイナミックだ。

 アユのスピードダウンにサユのウィンターウインド……二人の魔法の相乗効果で動きが鈍ったドラゴンに、殺到する電気蜂を防ぐすべはなく、群がる蜂は電撃となってドラゴンを襲う。


「グォオオォォオォオオオオオッ!」


 これは早くも勝負ありか……?

 と思って肩の力を抜きかけたが、そこまでうまくはいかなかった。

 ドラゴン達は全身をスパークさせてジタバタともがき苦しんだものの、死ぬことも墜落することもなかった。

 やがて、一匹のドラゴンが力を振り絞るような一層大きな咆哮を上げて翼を広げると、弾丸のごとく旋回してウィンターウインドとサンダーホーネットの地獄コンボを強引に突破してきた。


「マジかよっ……!」

「ひぃ~、やっばいやっばい! でもでも、かなーり弱ってるかなあ……エアーキャノン!」


 少し慌てながらも、サユは右手を銃の形にしてドラゴンに照準を合わせ、空気の弾丸をぶっ放す。

 シンプルかつMP消費も少ない遠距離攻撃のため地上に来てから目にする機会が増えた魔法だが、今回は明らかに威力がおかしかった。

 鼓膜が破れそうなズドンという大音量が大気を振動させ、神風特攻してきたドラゴンの胸部を障子でも破くように易々と貫いてポッカリと大きな穴を開けた。


「す……すげええええええええええっ!!」

「やったー! まずは一匹ぃ~♪」


 ははっ……な~んだ楽勝じゃねえか、ビビッて損したぜ。

 まさか、今まで本当の実力を隠していたとはな。

 まあ、披露する機会も理由もなかったからだろうが……。

 唯一の懸念はMPだが、この調子ならおそらく大丈夫だろう。

 一応、MP回復料理もいくつかあるしな。


「さっすがサユ! かっけえええええ!」

「ふっふーん、すごいでしょ~。あたしの手にかかれ……ば、こん……な……――」


 俺の賛辞に、サユは誇らしげに胸を張ってドヤ顔をしていた、が……なぜか急に表情を曇らせ、胸を押さえてうずくまった。


「………………ん? サユ?」


 突然の出来事だった。

 何がなんだか分からなかった。

 時が止まったかと思った。

 サユが………………血を吐いて、倒れた。


「ぅ……う、うぅ…………」

「え? え? ど、どうした? だ、だ、大丈夫か??」


 おかしい。

 ドラゴンの攻撃?

 いや、そんなわけはない。

 どっからどう見ても、サユは危なげなくドラゴンを完封していたはずだ。


「サユ! しっかりしろ! くっそ……あっ、そうだ、あれを……!」


 万が一のために常備している回復魔法代わりの魔法料理。

 一瞬どこにあったっけと気が動転して分からなくなってしまったが、小さく加工して『回復』と書かれた丸薬を腰のポーチから取り出し、手が震えて何度も落としそうになりながらも急いでサユの口に放り込む。

 アユのヒーリングと比べたらカスみたいな効果しかないが、今はこれに頼るしかない。

 水筒に入れた水をサユの口に当てて流し込みながら、ダメージの原因を探すべく視線を周囲に巡らせる。

 まさか、新手のモンスターか?

 ドラゴンに気を取られすぎてた?

 しかし、こんな見通しのいい場所で気づかないはずはなく、やはり小型モンスターどころか虫けら一匹見当たらない。

 あるのは、外国人囚人冒険者達の死体と、たった今サユが撃墜したドラゴンの死体だけ……。


「!? あれは……!」


 即死して地に落ちたドラゴンの全身に、いつの間にか黒い炎がまとわりついて静かに揺れている。

 当たり前だが、エアーキャノンにそんなカッコいい追加効果などない。

 というか、俺は同じ炎、同じ現象を見たことがある。

 しかも、つい数日前に。

 あれは、たしか……そう、リベンジャースライムとかいう妙に弱いモンスターを俺がボッコボコにした時だ。

 あの時も、倒したスライムが突然あんな風に不気味な炎に包まれて、そして……。


「そうか……『ライフサクリファイス』か!」


 自らのMPを全て消費、身体能力を著しく低下させることで効果を発揮する魔法。

 自分が受けたダメージの一部を相手に与えるカウンター魔法だ。

 使用してから効果が切れるまでの時間が短いため、しばらく攻撃せずに待っていればいいだけなのだが……この魔法は使っていても相手にダメージを返す時まで見た目には分からない。

 俺はこれっぽっちも気づかずスライムにスペシャル鉈スラッシュをお見舞いした結果、その後数時間にわたって腹痛に悩まされた。

 相手がスライムだったから食あたりレベルの痛みで済んだが、MPも受けたダメージも比ではないドラゴンだったら……。


「……外傷はないし、意識はあるけど……どうすりゃいいんだ……。アユと交代してもらって回復魔法を……いや、そんな時間はねえ……っ!」


 回復料理を二個、三個と飲ませながらあれこれ考えている間に、再びドラゴンが暴風と蜂の大群を抜けてくる。

 俺はぐったりとするサユを背負って走るが……逃げ切れるわけがない。

 凄まじい速度で突進するドラゴンが、俺とサユを捉えるまで、あと数秒。


 くそっ……どうしようもねえ……。


 ここで……こんなところで、死ぬのか……?


 最後に……最後に、もう一度だけ、陽芽と……マユと……――


「けほっ……ぐっ……ぅぅ……しゃ、シャイニング……バード……!」


 死を覚悟し、後悔と無念が頭の中を無限に駆け巡っていた、その時。

 俺とサユの頭上に、太陽のように強烈な輝きを放つ四メートル超の巨大な鳥が出現した。

 その光がまともに直撃したドラゴンは、これまでとはニュアンスの違う叫びを残して反転すると、おそらくは音だけを頼りに、不規則に飛行する鳥から逃げ回り始めた。


「さ……サユっ! だ、大丈夫なのか!?」

「へ、平気……てんちにぃの、おかげで、なんとか……。そ……それより、早く、逃げないと……長くは、もたないから……」


 全然平気には見えないが、それでも命に別状はなさそうだ。

 おかげで辛くも危機を脱することもできたし、ホッと一息……とは残念ながらいかない。

 今はドラゴンの目をくらませて光の鳥に注意を引き付けることができているが、たしかにいつ俺達に矛先を向けるか分からない。

 それに、ドラゴンはまだ四匹も残っている。

 どこか、やつらの手が及ばない所まで、一刻も早く逃げないと……。


「――つっても、そんな都合のいい場所が山のてっぺんにあってたまるか……!」


 くっ……結局、死期が一瞬延びただけなのか?

 追い打ちをかけるように、地平線から太陽が顔を出してきやがった。

 このままじゃ、どのみちサユは太陽に焼かれて……。

 いや……まだだ、最後まで諦めるな。

 せっかく、サユが力を振り絞って作ってくれた機会なんだ。

 あがいて、あがいて、それでもどうしてもダメだったら……その時は、せめてサユだけでも、なんとか、どうにか、どうやってでも……。


「あっ……!」


 ただがむしゃらに、神に縋る気持ちで走る俺の前に、一筋の光明が現れた。

 遠くからでは起伏で分かりにくかったが、地面に縦十メートル、横二メートルくらいの地割れがあった。

 この中ならドラゴンは入ってこれないし、日光が当たることもない。

 ブレスを防げるだけの深さがあるのかは謎だが、今ならまだドラゴンは光の鳥に翻弄されている。

 ……飛び込むしかない……!


「うおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


 ダンジョンの入口から突き落とされた、あの日。

 樹海で落とし穴に飛び込んだ、あの日。

 そして、今日。


 どうやら俺の人生、ちょいちょい奈落に落ちなきゃ気が済まないらしい。

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