2 - 4 「新たな扉」
「貴様の名は何だ」
この
両腕で胸を抱え込むように組み、顎を上げた状態からハルトを見下ろしており、その堂々とした仁王立ち姿は、美貌も相まって対峙した男を酷く不安にさせるような威圧感があった。
(こ、怖ぇ…… も、もしかしなくても、これ、鞭で打たれる系の、罰だよ、な? ま、まずい、おしっこ漏れそう……)
「名前はハ……」
「遅いッ!!」
シュバッという空気を切り裂く音がした直後、ビシィッと音とともに、痛みが衝撃となって身体を走った。
「ィッ…… ヒィッ!?」
余りの痛みに、当たった左胸の皮が全て摺り剥けたかのような錯覚を覚える。
一瞬で涙目となったハルトは、この後に起きる生き地獄を想像して震え上がった。
(いでぇえええ!? じょ、冗談だろ!? こ、これ本気? お、大人の本気鞭打ち無理、無理無理無理…… し、死ぬ…… 死んじゃう…… ま、マジで…… 冗談抜きで…… )
教鞭で打たれた箇所が、徐々に赤紫となって膨れ上がる。
ハルトは、その傷口とメイリンの顔を交互に見た。
目に映る光景を受け入れられず、何度も見直した。
歯がガチガチとぶつかるくらいに震えながら。
「私を舐めているのか? 私の質問には素早く、簡潔に、はっきりと答えろ」
「は、はい!」
「違うッ!」
――ビシィイイ!!
「ぎゃぁあ!?」
(い、いでぇえええ!? な、何故だぁああああ!? ちゃんと返事し……)
「違うッ!」
――ビシィイイ!!
「ぴぎぃいぃぃ!?」
(うぎゃぁあぁあ!? し、死ぬ!? 死ぬからぁああ!? 何!? 何で!? 何が違うのぉおおお!?)
「違うと言っているだろッ! 何度言えば理解するんだ貴様はッ!!」
ハルトが悲鳴を上げる度に、メイリンの教鞭が何度もハルトの胸を捉えた。
雷に打たれたかのような衝撃の連続に、身体は反射的に硬直し、意志とは無関係に何度も仰け反る。
その度に、磔台がギシギシと音を立てて揺れた。
そんなハルトを見兼ねて、キングが口を挟む。
「お、おい、新入り! 返事は、了解であります。副館長殿、だ!」
「りょ、了解でありますぅう!? ふ、副館長殿ぉおお!?」
キングをギロリと睨むメイリン。
その眼差しに、キングはすぐさま下を向いて視線を逸らした。
「まぁいいだろう。この程度のことは大目に見てやる」
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ…… む、無理無理無理、こ、殺される…… い、いやこの地獄が続くなら、いっそのこと楽になりたひ……)
人生で味わったことのない激痛の連続に、ハルトの焦点は定まらず、虚ろに宙を彷徨っている。
心なしか、意識もボーっとし始めつつあった。
「おい、貴様! この程度で寝るな!!」
「ぐふぇ!?」
メイリンがピンヒールでハルトの腹を踏みつける。
そのままハルトへと体重をかけ、顔を寄せると、ハルトの顎を右手で掴み、強引に引き寄せた。
(ひ、ヒールが刺さって痛い!? うっ、ち、近い。顔が近い!? な、なにを!?)
「ほう、意外に綺麗な肌をしているじゃないか。貴様、どこの住民だ? それとも貴族か?」
「ち、違うであります! 副館長殿!」
「貴様ッ! 私に向かって唾を飛ばすなッ!」
「のべぼぉっ!?」
至近距離で答えたが故に、唾が飛ぶと顔面を殴られる。
(り、理不尽すぎる…… くっ、ま、まずい…… 今、下腹部を押されたら……)
尿意を我慢し続けていたハルトは、メイリンに腹を踏まれたことによって、今にも決壊しそうな状況になっていた。
自然と内股気味になる。
だが、そうとは知らないメイリンは、当然違う受け取り方をした。
「貴様、誰が勝手に気持ちよくなっていいと言った」
目を細めつつ、悪魔のような笑みを魅せるメイリンに、ハルトは心の底から恐怖を抱いた。
「ち、違います! そうじゃなぐはっ!?」
弁解しようと口を開いたハルトに、再びメイリンの拳がめり込む。
「貴様が話していい時は、私が許可した時だけだッ!」
痛みで意識がボーっとしてくる。
(あ、あれ……? な、なんだ、か…… き、気持ち良く? なってきた……?)
あまりの痛みに、副腎髄質よりアドレナリンが分泌され、一時的に痛みが和らぐ。
身体の異変に、乾いた笑みを浮かべるハルト。
そこに正常な意識は既になかったのかもしれない。
(痛めつけられて…… 気持ち良くなるなんて…… はは…… ドMか…… っての……)
「ほう…… 余裕そうだな」
すると、メイリンがハルトへかけていた足を下し、再び教鞭を振るった。
「ギィヒィッ!?」
身体を襲う衝撃。
だが、不思議なことに、そこに痛みはなく――
代わりに身体を駆け巡ったのは――
快楽。
そう、快楽であった。
痛みが快楽に変換され、身体を駆け巡ったのである。
その衝撃に、白目を剥き、意識を飛ばしかけるハルト。
突然、恍惚とした表情を浮かべ始めたハルトに、メイリンは笑みを深くした。
その口は、耳まで届きそうなくらいに裂けているかのようだ。
「気持ち良いのかッ!? 貴様、気持ち良いのかッ!? この変態がァアッ!!」
「ヒィッ!? ヒャッ!? ウヒャうぅッ!?」
(や、やめてぇええ!? これ以上は壊れちゃぅう!? 壊れちゃうからぁあああ!? ウィッピングに目覚めちゃったら責任取ってよねぇええ!?)
白目を剥きながらも、ギリギリのところで意識を保つハルト。
教鞭が振るわれる度に、ハルトの肉が裂け、血が舞い散った。
だが、ハルトは笑っている。
毎度恒例になりつつある白目を剥きながら。
方やメイリンも、その顔に強烈な笑みを浮かべている。
そんな二人を見ていたキングが、口を開けて呆けていたとしても仕方のないくらいに衝撃的な光景だった。
因みにウィッピングとは、鞭でパートナーを打つSMプレイを指す言葉である。
「はぁ…… はぁ…… クックック…… 嬉しい…… 私は嬉しいぞ…… 久しぶりに手応えのある男に会えて、なァッ!!」
「ピンチャゥッ!?」
メイリンが息を切らしながら、上気した表情で汗と返り血を拭う。
(無理無理無理無理…… も、もう出る…… 出ちゃう……)
だが、ハルトはもう色々と限界だった。
身体を駆け巡る快楽にはある程度耐性がついてきた。
だが、尿意を我慢することに関しては、また別の次元の話だった。
「……ん?」
メイリンが視線を下げる。
そこには、血が飛び散って所々赤い斑点柄のついたズボンが、一つの小高い山を作っていた。
それは紛れもない性の象徴、興奮の証だった。
実際は、尿意が限界に達したせいで、副交感神経が刺激されたのが原因なのだが、メイリンは知る由もなかった。
そして、ハルトの元気な下半身を見たメイリンはというと――
「クックック…… アーハッハッハッ!!」
喜びのあまり目を見開き、高笑いを始めた。
その表情は楽しくて仕方がないと言わんばかりのものだった。
「ば、バカ! 新入り! 忠告しただろ!」
キングの悲痛な叫びも、今のハルトには届かない。
何故ならば、全ての神経を下半身に集中しなければいけない程に、限界を迎えていたからである。
余りにも強烈な尿意に、逝きかけていた意識が戻ったとも言える。
それが良かったのかどうかは別として……
さて、皆さん。
人間、尿意を限界まで我慢するとどうなるかご存知だろうか?
そう、答えは単純。
何も出来なくなるのだ。
息すらも止め、ただただ漏らさないことに集中するのである。
ハルトもまた、その状況に達していた。
(出る出る出る出る…… 少しでも動いたら出る…… 出ちゃう……)
「貴様の息子も鞭が欲しいのかッ!? クックック、アーハッハッハッ! いいぞッ! そんなに欲しければくれてやるッ! じっくり味わうがいいッ!!」
メイリンがその顔に狂気を漲らせ――
教鞭を大きく振り上げる。
そして――
血走った目を限界まで見開き――
全身をしならせながら――
ハルトの膨らんだ下半身の先端目掛け――
全力でその教鞭を振り下ろした。
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