がんばれ!はるかわくん! -2-
うちは喫茶店ではないが、平日の夕方になるとこんな感じ。
事務所のやたら立派な茶色のソファに、女子大生とかがたむろする。
「イケメン」店長が目当てなのだ。
もともとうちはスマホの修理をやるお店だ。
一番多いのは液晶の破損。それだと、修理にはだいたい1時間くらい。
外で時間を潰して、小一時間後に取りに来てもいいし、事務所でそのまま待ってくれていてもいい。
俺の今の仕事は、「そのまま待つ」 といった客への、接客だ。
オーダーを聞いて、簡単な飲み物をお出しする係。
店長が簡単な説明をして、「それではソファでお待ちください」 と言ったら、まずは温かい紅茶を出す。
それ以外の飲み物は、1杯300円から。
女子大生にはミックスフルーツジュース(350円)が人気だ。
OLさんに人気なのはミックス野菜ジュース(400円)。
特製サンドイッチ(500円、5食限定)なんていうのもある。
サンドイッチは店長じゃなくてヒミズさんが作っているが、好評で、昼過ぎにはなくなってしまう。
ここで働き始めて2週間くらい。女性の客が多い。
しかも、遊びに来るだけの客。
彼女たちも、そう。
彼女たちはけっして正式な客ではない。でも店長は気にしない。
もともと俺は、家以外の場所で過ごしていたくて夜間のバイトを探していたのだ。
ここに来る前は日中も別のコンビニでバイトをしていたのだが、面接のあと店長に、「接客も平気?日中もお願いしたいんだけど。」 と言われ、接客の経験もろくに無いくせに二つ返事で引き受けてしまった。
日中のコンビニのバイトは辞めてしまった。
そのくらい、店長は俺にとって魅力的だったのだ。
だけど、その結果がこうだ。俺は人に慣れるまでに、こんなに時間がかかるタイプだったっけ?最近やたらと臆病になった。
…いや、わかってる。
「あのひと」のせいなのだ。
ひとを必要以上に警戒してしまうのも、俺が家に居たくないのも。
あのひとを思い出すだけで、みぞおちあたりが冷たくなる。
…恐怖で。
(…大丈夫。あのひとはいない。)
「バイトくん、顔怖い…。」 はっ。
なんだか注目されている。
空気がすっかり淀んでるじゃないか。
(ヤバ。)
あわてて頭を2,3度軽く振ってしまう。
これも、自分で自覚できている妙なクセのひとつだ。
こうして俺は、思考を「切り替え」ながら、なんとか平常を保とうとする。
「ええと…すみません、考えごとしてました。」
「きみたち気にしなくていいよ。うちのバイトくんは、時々パラレルに入る癖があるから。」
なにそれ?女の子たちの視線は、また店長に向いてくれた。
店長は俺の事情を知らないくせに、ときどき鋭いことを言う。
パラレルワールド。
なるほど。確かにここは、俺の生きる現実とは違う、ほがらかな空気で満たされている。
裏口のドアが閉まる音がした。
用事を済ませたヒミズさんが帰ってきたのだ。
女の子たちは気付いていない。楽しそうに店長とおしゃべりを続けている。(おかげで、店長の指先は作業がずっと止まったままだ。)
彼女たちは、実は知らない。
店長よりもっとすごい、本物の「超イケメン」が帰ってきたことを。
ヒミズさんは裏方のスタッフで、絶対にスタッフルームから出てこない。
この店にもうひとりスタッフがいることくらいは彼女たちも知ってるようだけど、彼女たちは目の前の店長に夢中だから、ヒミズさんのことなど全然気にしてない。
もったいないようでいて、俺にはそれに対して、ちょっとした優越感もあったり。
なにしろヒミズさんはめちゃくちゃ顔が整っていてきれいなのだ。
スタイルもいい。雑誌とかで見るモデルさんみたい。
そう。外見は、「完璧」。
でも、実は俺はものすごく苦手だ。
きれいな顔をしているんだけど、俺の大嫌いなひとにちょっと似ている。
それにヒミズさんは、見られていることに気づくとものすごく不機嫌になる。
店長は全然気づかないのに、ヒミズさんはすぐ気づく。
それでも「きれいモノ好き」の俺はついじっと見てしまったりして、目が合おうものならヒミズさんはすぐに顔を背け、たちまち別室か、外にタバコを吸いに出て行ってしまう。
ヒミズさんは、すべてが整いすぎていて逆に現実味が無く、なんだかこの世のひとじゃないみたいだ。
しばしば、実は人形かなにかじゃないかと思うことがある。
無表情で、あいさつしても目も合わせてくれない。
店長とは少し仕事の話をするが、バイトの俺とはあまり口もきいてくれない。
たまに紅茶を差し入れすると、どうも、とか小さくいう程度。
――「あいつはシャイで人見知りだから。」 店長は言う。
「冷水」と書いて「ヒミズ」。名は体をあらわす(苗字だけど)。
ヒミズさんは奥のスタッフルームで別注の仕事をしている。
業者から預かった中古のスマホやタブレットの修理だ。(中古のスマホってなんだ?なんとなく怖くてきけない。)
店長があんな感じでも、ヒミズさんの仕事でうちの店はなんとなく潤っているらしい。
「ハル。」(ヒミズに紅茶。)
店長に目配せされる。店長は、ヒミズさんにやたらと気を使う(ような気がする)。
ソーサ―にのせた紅茶を片手にスタッフルームを開けると、ヒミズさんはさっき宅配で届いた荷物を仕分けしているところだった。
いつも半透明の薄いゴム手袋をしているのは、潔癖症だからだと思う。そういうところも、俺が大嫌いなひとに似ている。
「ヒミズさん紅茶…」
後ろから声をかけると、よほど集中して作業していたのか、ヒミズさんは、驚いたようにはっとこっちを見て、身体を伸ばして立った。
(でか…)
店長もヒミズさんも180cm強ある。目の前に二人で立たれると、ちょっとした壁が出来る。
俺は身長が165cmしかないので、かなりうらやましい。
今日のヒミズさんは黒のタートルに白地のネルシャツを羽織っていて、高級そうな細身の皮のパンツが、嫌味なくらい足を長く見せている。
スタイルが良くないと出来ない。
年齢は、店長より1,2歳くらい年下で、25,6歳くらいとふんでいる。
体の線が細いので、店長と比べるとやや華奢な感じ。
顔が小さくて肩幅がやたら広く見える分、腰がすごく細く映る。
また見てしまいそうになるが、あまり見ちゃいけないのだ。
「…紅茶、ここに置いときます。」
ヒミズさんは俺をちょっと見て、すぐ目をそらす。いつものことだ。
小声で「どうも。」というと、後ろを向いて作業を再開した。
少ししか見てないのに、また不機嫌にさせてしまったみたいだ。
(すみません。「くせ」でして…。)
ちょっと反省しつつスタッフルームを出ると、店長が俺を見てにやっと笑った。な、なんすか。
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