ダンジョントラップで異世界無双 ~洞窟に転生したら最強だしモテモテだし最高でした!~

だいたいねむい

第1話  転生した

「うわあーーー!」


 薄暗い洞窟の中に、少年剣士の叫び声が響き渡った。足下がいきなり崩れ去ったのだ。

 ばらばらと岩のかけらや泥が、奈落へと消えてゆく。

 少年剣士は崩れた土砂とともに、そのまま闇に飲み込まれていくかに思われた。


「アルベルト! この手につかまって!」

「エルマ! たっ、助けっ……!!」


 幸運にも、すぐそばを歩いていた魔法使い姿の少女がかろうじてその手をつかむことに成功した。


「く……」


 しかし少女の細腕では、鎧姿の剣士を長時間支えることは困難だ。

 エルマの顔がみるみるうちに苦悶でゆがんでいく。


 アルベルトは、エルマの顔をちらりと見て、それから下を向き、落とし穴の奥底を見渡そうとした。

 だが、当然ながら穴の内部は闇に覆われていて、どのくらいの深さか検討もつかない。彼女が手を離せば、おそらく命はないだろう。


「すまない、エルマ。俺としたことが……」

「大丈夫よ。アルベルト、あなたは私がきっと助けてみせる……!」


 申し訳なさそうに、アルベルトがエルマに呼びかける。

 エルマは強く彼の腕をしっかりと握りしめた。驚いたことに、エルマは存外腕力があるようだ。


「んんっ……!」


 両手で剣士をつかみ、穴の縁で踏ん張り、引っ張り上げる。

 少しずつではあるが、アルベルトの体が穴から見え始めた。


 もう少し。・・・・・もう少しだ。・・・・・・


 玉のような汗がエルマの顔に浮かんでは、地面にしたたり落ちてゆく。

 手に汗を握る、緊迫のシーンだ。


「……大丈夫! もう少しであなたを引っ張り出せるわ」

「おう! エルマ! 頼んだぜ……! おまえがいなければ俺は今頃……」

「フフ。そんなこといいの。私だって、アルベルトがいなくなることなんて考えられないもの」

「エルマ……! そうだ、俺、このダンジョンを攻略したら、おまえに渡したいものがあるんだ」

「アルベルト……!! それならば、私の命に換えてもあなたを救ってみせなきゃならないわね!」


 二人の交わす視線に熱が帯び始める。


「おーい! アルベルト! エルマ! 大丈夫かー!?」


 通路の奥から、二人の仲間パーティとおぼしき戦士や狩人レンジャーが駆け寄ってきた。


 OK。ここがクライマックス。

 観客もそろったことだし、いーい塩梅だ。


 俺は、この一番に狙いを澄ませる。

 ここでしくじったらすべてご破算だ。

 集中しろ、集中しろ、集中しろ――今だ!


「イヤアアアアアアアアアアアア!!!???」


 突然、エルマの悲鳴が洞窟内に響き渡った。


「……え!?」


 エルマがアルベルトから手を離す。

 呆けた顔で、落下を始めるアルベルト。

 何が起きたのかわからないといった表情だ。


「あああああああかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいいいっ!!!??? 虫! 毛虫よっ! たくさんの毛虫が私の腕にいいいいいっ!!??」


 ばらばらと天井から降ってきた――俺が降らせた大量の毛虫たちが、うぞうぞと彼女の腕に、背中に、うごめいている。


「うわあ……」


 それを一目見て、戦士が顔をしかめる。狩人の方もだいたい同じような反応だ。

 こんな穴ぐらに潜り込んでくる冒険者達でも、身体中毛虫だらけになるのはイヤらしい。

 腕を払い、背中をかきむしり、悲鳴をあげつつ地面を転げ回るエルマ。


 よっしゃあああああ!

 その様子を見ながら、俺はこの日一番のガッツポーズをとった。心の中で。

 これだ。コレを楽しみに生きてるんだ。


 さて、一方のアルベルト君は――


「うわあああああああああ……って、アレ? ドミニク、マルセル、なんで俺、生きて……」

「アルベルト? アルベルトなのかっ!?」

「無事だったんだね!?」


 エルマがのたうち回る中、アルベルトの声を聞いて戦士ドミニク狩人マルセルが慌てて穴の縁をのぞき込むと、すぐそこにアルベルトの顔があった。

 なんで自分が生きているのか、理解しがたいといった表情だ。


 当たり前だ。

 落とし穴の深さは二メートル強。本日のお客さんの体格を慎重に考慮した結果だ。

 これで穴の縁で手を離されたとしても、二十センチほどで足がつく計算になる。

 おまけに底は柔らかい砂を厚めに敷いて、仮に直接落っこちたとしても極力ケガさせないようにしている。

 職人というのは、そういった細かいところに心を配ることができる者のことをいうのだ。

 ……まあ、光が底に当たらないようにデザインするのに、ちょっと工夫が必要だったが。


 俺の見たいのは、人間の死ではない。

 そんなことは興味はない。生前だって、別に殺人鬼とかそんなんじゃなかったし。まあなんだ、ただのモテないフリーターだっただけだ。


 それはともかく。

 俺の目論見は成功裏に終わったようだ。


「おい……今さっき、なんで俺の手を離したんだよ」


 仲間に穴から引っ張り上げられたアルベルトが、エルマに詰め寄る。

 声色は平静を装っているが、腹の底から出したような低い声だ。


 いい傾向だ。


「そ……それは……だって、いきなり毛虫が天井から降ってきて……」

「毛虫なんてどこにもいないぞ?」


 ふふん。毛虫は消しておいた。


「お、おまえ……さっきは俺を自分の命に換えても救うって言ってたよな!?」

「あ、アレは……」


 うつむくエルマ。

 その様子に、アルベルトがとうとう爆発した。


「あーあ、これだから女はイヤなんだよ。どうせ、もう限界~☆ だって私こんなに頑張ったんだもん☆彡 みたいな感じで悲劇のヒロイン気取ればいいとか思ってんだろ! だいたい、この前だって……ドミニクの奴に色目使ってたのだって俺が知らないとでも思ってんのか!」

「ハ、ハア? 何言ってんの? 私とドミニクのことなんて、アンタに関係ないでしょ? だいたいアンタ、普段オラついて『俺、昔はちょっとヤンチャしててさあ~。オークとかワンパン余裕だぜ』とか言ったクセに実は浅っさ~い穴ぼこに落ちたくらいでビビってるヘタレじゃん!」

「な……やっぱりかよぉ! クソぉ……! このクソビッチ!」

「なによ! このヘタレ野郎! いいもん。私、もう帰るから」

「な……オイ! ちょっ、待てよ!」


 クソを二回連呼したアルベルトの制止を無視して、大股でその場を立ち去るエルマ。

 その様子をしらけた様子で見守る、残りの仲間達。

 互いに見合わせて、もうどうにでもなれ、といった空気だ。


 よし。ここまででいいか。

 そこまで見届けた俺は、満足して視点を洞窟全体に切り替えた。


 俺は洞窟に転生した。


 生前は時給850円のコンビニで働くしがない28歳のフリーターだった。ちなみに夜勤で850円だ。地方を舐めてはいけない。

 夜勤が終わって眠い目をこすりながらの帰り道のことだった。横断歩道を渡ってる最中、信号無視してきたトラックに轢かれて……俺は今ここにいる。

 本当に転生するとは思わなかったけど。


 で、そんなささやかな俺の趣味。

 それは、一言で言うと、人間観察。

 具体的には、人の洞窟たいないに土足で入り込んできたリア充冒険者どもに天誅を下す。洞内に罠を創出・設置して、パーティーを欺瞞と不信、恐怖と絶望の巷にたたき込み、しかしながらその誰一人をも死なせずに崩壊に追い込む……といったものだ。


 我ながら悪趣味にもほどがあるとは思っている。


 ちなみになんで洞窟なんかに転生したかって話なんだけど、これがまた胸くそ悪くなる話だ。

 死んだ直後、俺は真っ白い空間で、神様らしき存在に出会った。

 で、そいつが言った。


「あ、キミの名前って洞口 崇(ほらぐち たかし)っていうんだ~。じゃあ、せっかく『洞』の時が付いてるんだし、来世は洞窟ね」


 気がついたら洞窟になっていた。

 マジ神様死ねよ。市ねじゃなく死ねだ。

 お前はいっぺん転生して、貧乏長屋の便所紙にでもなってこいってんだ。


 そんなこんなで八つ当たり半分、趣味半分でリア充冒険者どもを手当たり次第崩壊に追い込む日々が続いたある日のこと。


 その日やってきた連中は、他の奴らとはひと味違った。

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