(11)売り込み

「すまない、ソフィア、イーダリス殿」

 屋敷に戻るなりソフィア達に向かって頭を下げたファルドに、姉弟は却って申し訳無さそうな顔になった。

「……最初から、結果の予想は付いてましたから、気にしないで下さい」

「そうですよ。因みに、どういう話の流れでしたか?」

 その場を取り成しつつ現実的な問いを発したイーダリスに、ファルドはソファーに腰を下ろしながら、簡単に自分の首尾を告げた。


「どうと言われても……。『主からの申し入れをお伝えします』と言って、イーダリス殿が書いた文書を手渡しながら、『ルセリア嬢との縁談はお受けしますが、ロイ殿とのお話は自分達には分不相応だと思いますので、遠慮させて頂きます』と告げた瞬間、くどくどずるずると話を引っ張った挙げ句、『それならルセリアとの話も無かった事にする』と言われて、取り敢えず穏便に引き下がって来たんだが……」

「でしょうねぇ……」

 そこで大方の予想が付いていた姉弟とファルドが難しい顔をしている居間に、昔からステイド子爵家に仕えている老執事がやって来て、困惑気味にソフィアに声をかけた。


「エルセフィーナお嬢様、宜しいでしょうか?」

「どうしたの? ベンサム?」

「その……、ヴォーバン男爵がお嬢様にお会いしたいと、只今いらっしゃいまして。どう致しましょうか?」

 普段殆ど交流が無い、お互いの屋敷が街路を挟んで向かい側にあるというだけの関係の当主の来訪に、姉弟は怪訝な顔を見合わせた。


「ヴォーバン男爵が? 玄関にって事?」

「姉さん、何か約束でもあったのか?」

「そんなのあるわけ無いでしょう? 私は家の交際には、一切関与していないし。イーダは?」

「そもそも屋敷が街路を挟んですぐ隣なのは確かだけど、親戚でもないし親しく行き来とかはしていないさ。それ位、姉さんだって分かってるだろ?」

「そうよね?」

 益々不思議そうに首を捻った二人だったが、ここでファルドが冷静に指摘してきた。


「ソフィア……、昨日ルーバンス公爵邸で、そこの若僧に言われた内容を思い返してみなさい。ヴォーバン男爵家について、何か言っていただろう?」

 それを受けて、ソフィアが真顔で考え込む。

「ヴォーバン男爵家についてですか? ええと……、そう言えば確か……、『ヴォーバン男爵家は我が家とは縁続きだ』とかなんとか……、あ!」

「そういう事か……」

 殆ど同時に、ある可能性について思い当たった二人は、途端に苦々しい顔つきになったが、ファルドが淡々と追い討ちをかけてくる。


「ステイド子爵家からの申し出が気に食わないルーバンス公爵家側が、早速ヴォーバン男爵に『ロイと結婚するようにソフィアを説得しろ』と圧力をかけてきたんだろうな。そんなろくでもない役割を押し付けられて、同情はするがね」

「……変な所だけマメね」

「だから断った姉さんだけの指名か。姉さん、俺がしっかり断るから」

 うんざりとしながらも力強く申し出た弟に、ソフィアは首を振った。


「あんたが出ても『本人を出せ』って粘るのは確実でしょう。それに相手が男爵家だから、門前払いしてへそを曲げた挙げ句、下級貴族の間で変な噂を立てられたら厄介だわ。ルーバンス公爵は上級貴族だし元々悪評高いから、そこがどんな事を言っても、下級貴族は面白半分に聞き流すだけで終わるけどね」

「そうは言っても……」

「指名は私なんだから、ちゃんと話は聞くわよ。そう心配しないで」

 まだ何やら懸念があるらしいイーダリスは渋っていたが、ソフィアはそれを半ば無視し、老執事に向き直って指示を出した。


「ベンサム、門前払いもできないから、取り敢えず応接室にヴォーバン男爵をお通しして頂戴。お茶も忘れずにね。この格好じゃ人前に出られないから、急いでドレスに着替えてから出向くから、適当に誤魔化しておいて欲しいの」

「畏まりました。お任せ下さい」

 穏やかに微笑んでベンサムが請け負うと、イーダリスが未だ懸念を払拭できない様に確認を入れてきた。


「……話だけだな?」

「何を言ってるのよ?」

 しかし疑念に満ちたその問いかけを、笑い飛ばすソフィア。

「本当に、話だけなんだよな!?」

「勿論よ。何の心配をしてるわけ?」

「色々だよ」

 真顔で訴えるイーダリスを見て、ソフィアは笑みを深めた。


「本当に心配症ね。応接室は本当に私だけで十分よ。おとなしく待ってなさい」

 そう宣言して悠然と歩き出したソフィアに、当然の様にサイラスが音も無く付いて行った。そして自室に戻ったソフィアは、即行で普段着のワンピースから質素ながらきちんと仕立てられたドレスに着替えた。髪だけは結い上げる時間を惜しんで、肩より長い髪を自然に流して応接間へと向かったのだが、大人しく部屋の前で待っていたサイラスも、そんな彼女に何食わぬ顔で同行したのだった。


「お待たせしました、ヴォーバン男爵。お会いするのは久しぶりですね」

 ソフィアが応接室に姿を現すなり、ヴォーバン男爵グリードは立ち上がって両手を広げ、些かわざとらしく彼女を出迎えた。


「やあ、エルセフィーナ嬢! 直に合うのは十数年ぶりかな? 子爵夫人が倒れて静養の為に家族皆で領地に引きこもってからは、時折子爵は王都に出向いてきても、子供の君達は領地に留まっていたからね」

「そうですね」

 グリードの愛想笑いにソフィアは失笑しかけたが、何とか堪えて二人でソファーに向かい合って座った。それから互いににこやかに会話を始めたが、ソフィアとグリードは十歳程の年齢差があり、彼女とも両親とも微妙に年齢がずれている事もあって、屋敷が近いからと言っても特に親しくはしていない間柄であり、その為特に共通する思い出なども無く、当然と言えば当然ながら、すぐに話題が尽きてしまった。


「…………」

 そして必要以上に場を盛り上げる事無く、胡乱気な視線を送ってきたソフィアに、グリードは一つ咳払いをして重々しく言い出した。

「ところでエルセフィーナ嬢。実は最近、ちょっとした噂を小耳に挟んだのだが……」

「あら、どういった噂でしょう?」

 さり気なさを装いながらグリードが言い出した内容に、ソフィアは内心(やっと話を出す気になったか)とほくそ笑みつつ、表面上は不思議そうに問い返した。するとグリードが、相手の反応を探る様に言い出す。


「ステイド子爵家に、ルーバンス公爵家から縁談が持ち込まれたとか」

 それを聞いたソフィアは(やっぱり思った通りね)と多少うんざりしたが、表面上は淡々と答えた。


「はい、確かにそういうお話がありましたね」

「そんな良い話、当然お受けするのだろうな」

「弟とルセリア嬢のお話はお受けしましたが、私とロイ殿のお話はお断りしましたわ」

 ソフィアがそう率直に口にした途端、グリードは大仰に驚いてみせた。


「なんと!? それは正気かい? エルセフィーナ! ロイ殿は容貌が良い以上に、若手文官の中でも俊英と名高い、将来有望な方だよ? それを袖にするなんて、なんて勿体ない!! はっきり言わせて貰おう! 君は間違っているぞ!」

 腕を広げたと思ったら大袈裟に胸をかきむしり、次いで真顔で勢い良く自分を指差しながら非難してきたグリードに、性質の悪過ぎる三文芝居を眼前で見せられた気分になったソフィアは、呆れ果てて冷め切った視線を向けた。


(演技がくさ過ぎて、笑うに笑えないわ。これはひょっとして、こっちの気力を削ぐ為に、計算して演じているのかしら? だとしたら凄いわね。一種の才能だわ)

 若干現実逃避気味に、ソフィアがそんな埒もない事を考えていると、グリードが続けて強い口調で語りかけてきた。

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