(9)二匹目のドジョウ

「この前、エリーシア姫様が従軍された折、墓穴を掘ったスペリシア伯爵の娘婿の、ルパートとか言う若造については知っているかな?」

 ジーレスがそう問いかけると、ソフィアとイーダリスは憤然としながら答えた。


「勿論知ってます! シェリル姫様の所にエリーシアさんが報告に来た時、直に聞きましたもの! 確か頭領もファルス公爵と一緒に参戦して、陰ながらエリーシアさんと王太子殿下の救出に尽力されたのですよね?」

「私も、ファルス公爵家傘下の方達から、色々伺いました。確かその男はルーバンス公爵の六男で、近衛軍所属の兄と図って、事もあろうにファルス公爵の養女になっている彼女を敵に引き渡そうとしたとか。全く、許し難い愚か者です」

「その通り。そんなろくでもない輩が、どうしてスペリシア伯爵家の一人娘の婿になったと思う?」

 深く頷いた次の瞬間、ジーレスが真顔で繰り出してきた問いに、二人は揃って目を丸くした。


「はぁ? どうしてと言われましても……」

「それは……、やはり家同士の話し合いで決まったとかでは無いんですか?」

 首を傾げながら言葉を返した二人に、ジーレスが思わせぶりに続けた。


「それがな? スペリシア伯爵家の令嬢は結婚前、馬車で移動中強盗に襲われた所を、偶々通りかかったルーバンス公爵家の六男に助けられているんだ」

「……偶々?」

「馬車で移動中?」

 そこで早くもきな臭さを感じ始めて顔を顰めた二人に向かって、ジーレスは淡々と話を続けた。


「王都の親戚の屋敷に招待された折の話らしい。因みにその親戚は、ルーバンス公爵家とも縁戚関係にあるらしいのだが」

 そこまで聞いて、その言外に含んだ物を容易に察知してしまったイーダリスは、思わず深い溜め息を吐いた。


「……それなら怪しまれずにその親戚を介して旅程、もっと正確に言えば王都に入る日程とかを聞き出せそうですね」

「そうなると、王都に入る直前の街道筋とかですか……。王都内を警護する近衛軍と、周辺の領地の私兵団双方の目の届き難い地域は、確かに幾つかありますね。普通の奴なら幾ら手薄でも、王都周辺で騒ぎなんか起こさない筈ですが、特定の目的の為に個人的に雇われた無頼者なら別でしょう」

 イーダリスの後を受けて、ソフィアは冷静に王都周辺の地理を頭の中に思い浮かべ、襲撃ポイントになりそうな箇所を幾つか割り出した上で、吐き捨てる様に推論を述べる。そんな微妙な空気の中、ジーレスがその時の詳細を口にした。


「その六男が、突然颯爽と盗賊達の間に割って入って、あっさりと連中を蹴散らして、令嬢を救い出したそうだ」

「うわ……、嘘くせぇ……」

「それって誰がどう見ても、ヤラセですよね?」

 思わずと言った感じでオイゲンとファルドが突っ込みを入れてきたが、ジーレスも憐れむ様な表情になって話を続けた。


「だが、それでその令嬢が彼に一目惚れして、『この方が私の運命の人です! この人以外とは結婚しません!』と頑強に主張した為、父娘ですったもんだした挙げ句スペリシア伯爵が折れて、渋々婿に迎えた事情があったらしい。だから例の遠征の時、敵との内通を理由に娘と強制的に離縁させて、婿との養子縁組も解消したスペリシア伯爵は『爵位を譲る前で良かった。家名にとんでもない傷が付く所だった』と心底安堵したらしいな」

 その一連の話を聞いたソフィアは、膝の上で握った拳を僅かに震わせながら、怒りの形相で呟いた。


「そうなると……、ひょっとして私、そんな馬鹿娘と同列に見られてたって事?」

「だから今回、ルーバンス公爵邸に招待されたんだ……。予め日時を決めておけば、いつ頃王都に入るかは、逆算して見当が付けられるからな」

 遠い目をしながら冷静に分析したイーダリスを見上げながら、サイラスも小さく息を吐いた。


(何かあまりにも馬鹿馬鹿しくて、コメントする気にもなれないな。世の中にはそんなアホな事を本気で企てる人間がいるんだ……。俺もまだまだ、世間知らずなのかもしれないな)

 サイラスが心底うんざりして精神的疲労と戦っていると、ふと何かを思い付いた様にソフィアが言い出した。


「あら? そうすると、ルーバンス公爵家の手の者が、王都の出入りをまだ監視している可能性があるんでしょうか?」

 その問いかけに、ファルドが難しい顔になりながら答える。

「それはあり得るな……。ソフィアが王宮にこっそり帰って、『彼女はもう領地に帰りましたのでお会いできません』と言っても、『王都から出た形跡が無いので、この屋敷にいる筈だ』とねじ込まれる可能性もあるんじゃないか? 最悪『王都在住は確実なのに、招待に応じないなんて無礼だ』とか、難癖をつけてくるかもしれないぞ?」

「何て面倒な……」

 ここでジーレスは、うんざりして呻いたソフィアからイーダリスに視線を移した。


「ところでイーダリス殿のお話も、支障がなければ聞かせて貰いたいが。ルセリア嬢と二人きりで、色々と話してきたんだろう?」

「え? ええ、まあ……」

 急に話を振られた上、問われた内容がルセリアとの事だった為、イーダリスは若干狼狽しながら言葉を濁した。するとそんな彼に、ソフィアが盛大に噛みつく。


「あ、そう言えばそうよ、イーダ! さっさと洗いざらい吐きなさい!」

「ちょっと待て、姉さん! 俺も彼女も、別に悪さをしたわけじゃないんだから! そんな言い方、人聞き悪すぎるぞ!」

 そんな姉弟のやり取りを、年長者達は若干人の悪い笑顔で見守っていたが、黙って事の成り行きを見守っていたサイラスも、うっすらと顔を赤くしているイーダリスを見て(やっぱり根掘り葉掘り聞きだそうとするのは野暮だよな)と、一人同情の眼差しを送っていた。

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