(4)サイラスの決意

 頭痛を覚えながら職場である魔術師棟に戻ったエリーシアは、魔術師達が待機している部屋に入るなり、頭痛が悪化した気分になった。

「おう、お帰り、エリー」

 午前中は個別の作業場に籠って術式の開発作業をしていたサイラスが、自分の席に戻って報告書らしき物を作成していた為で、隣接している自分の机で作業しなければいけなかったエリーシアは、面倒な話はさっさと終わらせるに限るとばかりに、さっそくサイラスに声をかけた。


「サイラス、何とも残念なお知らせがあるわ」

「何だ?」

 室内を見渡したエリーシアは、都合よく自分達以外の魔術師が全て出払っている事を確認してから、端的に報告した。

「ソフィアさんに縁談が持ち上がったのよ」

「彼女に縁……、はぁあ!? どこのどいつと?」

 ガタンと椅子を背後に蹴倒しながら立ち上がった彼の前で、エリーシアが棒読み調子で報告を続ける。


「なんと、ルーバンス公爵家七男のロイ様だそうよ。御年二十二歳の、頭と性格が兄弟同様悪そうな、一見好男子。もう、笑っちゃうしかないわよねぇ」

 実は自分の異母兄に当たる人物の事をそんな風に酷評した彼女は、半ばやけっぱちに「あはははは」と笑ったが、それどころではないサイラスは険しい顔付きで詰め寄った。


「笑ってる場合じゃないだろう!? 大体二十二歳って、彼女より年下だろうが!」

「そうなのよね。本人にしてみれば、笑ってる場合じゃないのよ。一週間後に弟さんと一緒にお見合いする事になったから」

 真顔で淡々と状況説明するエリーシアに、サイラスは怪訝な顔で尋ねる。

「一週間後って、そんな急に? しかも弟と一緒に見合いって何だ?」

「弟さんには、公爵家の九女との縁談が同時に来たそうでね」

「……抱き合わせって事か? 随分ふざけてるな」

 何とも言えない顔で溜め息を吐いた同僚に、エリーシアは再度周囲を見回し、人目が無いのを確認してから声を潜めて話を続けた。 


「子爵令嬢のソフィアさんは、色々な事情で偽名で侍女として働いてるの。表向きは、病床にある母親の子爵夫人の世話をする為に、両親共々領地に引き篭もっている事になっているらしいわ。本名がエルセフィーナって知ってた?」

「……初耳だ。元はファルス公爵家の屋敷に仕えていたって事は知ってたが」

「でしょうね。明後日には王都内にある実家のステイド子爵邸に戻って、色々準備したり対策を練るつもりらしいわ。実家って言っても、実態は肩代わりして貰った借金の返済代わりにファルス公爵家で自由に使ってて、弟さんが間借りしている形になってるそうだけど。それで、どうする気?」

「どう……、って?」

 いきなり真顔で問いかけられたサイラスは戸惑ったが、エリーシアは容赦なく切り込んできた。


「このまま、指をくわえて黙って見てるわけ?」

 そう問われたサイラスは、不自然に目を逸らしながら、幾分悔しげに告げる。

「そうは言っても……、相手は腐っても公爵令息だろう? 変な騒ぎを起こしてルーバンス家の家名に泥を塗る様な真似をしたら、彼女や彼女の実家の立場が悪くなる。それに幾ら貧乏でよそで偽名で働いているとしても、彼女はれきとした貴族の一員なんだぞ? 結婚相手だって、それ相応の相手が求められるだろうが」

「あのね、その家の血を引いてる私が言うのも何だけど、相手はとっくの昔に腐ってる公爵家の人間なのよ? そもそも縁談を持ち込んだのも、ゴリ押しっぽいし。無理やり汚い手を使って、話を纏められても良いわけ? 私に言わせればね、元敵国人で祖国からあっさり切り捨てられた元王子様だとしても、あんたの方が能力があって人格的に問題が無いって分かってるだけで、結婚相手としては遥かにまともだと思うわよ?」

 きっぱりとそんな事を断言されて、思わずサイラスは笑ってしまった。


「一応血が繋がってる人間に対して、辛辣だな」

「これまで出会ったルーバンス公爵家の人間だと名乗る連中に、一人だってろくなのがいなかったんだから当然よ。息子もそうだけど、娘も高慢ちきで能力が無い癖に人を貶す事ばかり。ホント、ろくでもないわ」

「王宮内で顔を合わせた時、何か言われたか?」

「不愉快な事、思い出させないでよね」

 渋面になったエリーシアを見て、サイラスは口を閉ざした。そのまま少し考え込んだ彼は、何やら意を決した様子で、静かに彼女に声をかける。


「……エリー」

「何?」

「頼みがある」

「内容によるわ」

「生憎と俺は姿替えの魔術には長じていないから、お前の腕を借りたい。犬でも猫でも鳥でも、屋敷周辺に出没しても不振がられない小動物に、自分の姿を変えたいんだ」

 そう言われたエリーシアは、答えが分かっていながら一応尋ねてみた。


「一体、何をする気?」

「ステイド子爵家に潜入して、その縁談を潰すか回避させる」

「へぇ~? ついさっきまで色々うじうじ言ってたのに、随分乱暴な事をする気になったのね」

 若干皮肉っぽく尋ねると、サイラスは真剣な表情で断言した。

「勿論、何かするに当たっては、彼女や彼女の実家に迷惑がかからない様にするし、結婚話を潰した責任はきちんと取る」

「良く言った!! 全面的に協力してあげるわ!」

 サイラスの決意を聞いたエリーシアは、嬉々として叫んだと思ったら、自分の机の引き出しを漁り始めた。


「こんな所で役に立つとは、思ってなかったわ~! 実は前々から、シェリルに施された術式を解析しながら、その応用を考えてたのよね」

 そしてすぐに折り畳まれた用紙を取り出し、それを机の上に広げて上機嫌でサイラスに指し示す。


「じゃーん!! あんたの魔力特性に合わせた、姿替え術式構築案! これだとシェリルの時と違って猫の姿のまま喋れるし、魔術だって使えるっていう優れ物よ? 期待してて!」

 満面の笑みで説明を受けたサイラスだったが、硬い表情で用紙とエリーシアの顔を交互に見てから、疑わしそうに尋ねた。


「……何か妙に都合が良過ぎないか? ひょっとしてその実験台に俺を使おうと、俺の魔力特性に合わせて調整してたとか言わないよな?」

「嫌だ、そんな事狙って無かったわよ? でも確かに自分自身に術式を行使して、万が一失敗したら困るし。サイラスだったら更なる魔術の発展に対して、貢献してくれるかな~、とは思っていたけど?」

 それを聞いたサイラスは、がっくりと項垂れた。


「その白々しい物言いは止めろ」

「えぇ~? じゃあ使う気は無いの?」

「そんな事は言ってない。分かった。それを俺に使ってくれ」

「そうこなくちゃ! じゃあ、その前にもう一つ、問題をクリアしておかないとね」

「問題って何を?」

 これ以上何か問題があるのかと怪訝な顔になったサイラスだったが、エリーシアは王宮専属魔術師を束ねる魔術師長と副魔術師長が控えている隣室へと続くドアを指差しながら、真っ当な忠告を口にした。


「どれだけ欠勤する事になるか、現時点でははっきり分からないのよ? とっとと魔術師長と副魔術師長に長期休暇を申請して、了承して貰ってきなさい」

「……無理かも」

「うだうだ言ってないで、とっとと行くのよ!」

 思わず視線を逸らしたサイラスの手を掴み、エリーシアはドアに向かってずんずん歩き出した。


「お前、どう考えても新しい術式を試したくて、うずうずしてるだけだろ!?」

「当たり前よ。さあ、さっさと絞られて来なさい!」

 彼を引きずる様にしてドアまで到達したエリーシアは、ノックをしながら元気良く室内に向かってお伺いを立てる。

「失礼します! サイラスが魔術師長と副魔術師長に、お話があるそうでーす」

「おいっ!?」

 自分の意思丸無視で事が進められた事に、サイラスは焦った声を上げたが、中から「どうぞ」と了承の声がかけられると同時にドアを開け、サイラスを突き飛ばして中に入れた。


「失礼しましたー」

 そして何食わぬ顔でドアを閉めて自分の席に戻ったエリーシアだったが、暫くしてからげっそりした顔で戻って来たサイラスの首尾を聞き、彼が任せられている仕事を留守中代わりに進めておく事を、苦笑しながら請け負って慰めたのだった。

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