第2話 羊守

「あの壁の向こうはどんな世界があるのだろう?」


 その青年は【庇護の壁】の前で漠然とした思いをつぶやいていた。ヨゼフは羊守を生業としている。町の中心部から30里ほど離れたこの地は広大な草原を必要とする放牧に最適な場所とはなる。


 羊は人にとって重要な家畜である。毛皮は厳しい冬を過ごす為の衣服となり、脂質の多い肉は草原の真ん中に位置するこの国に置いて重要な栄養源となる。


 しかし町から離れるという事は危険も増す。それ故に人が安全に暮らせる街の地域を第一区、庇護の範囲内ではあるが堅牢な建物など無く庇護の力が弱い地域を第二区とされている。


 だが彼は今迷い込んだ子羊を追うために第二区分の終わりを示す【庇護の壁】の前まで来てしまっている。壁と言っても石垣を膝下ぐらいまで積み上げただけの簡素なものだ。それがダラスの街を中心に巨大な円を描きこの国を形成している。

 

 しかしその石垣は人を遮るという意味において確かに壁であった。その石垣を超えてしまえば神獣の庇護を失いおぞましい獣魔が跋扈(ばっこ)する世界へと足を踏み込むこと成る。


 獣魔、それは正に人類にとっての厄災といえる存在である。異常なほどの回復力を持ち、剣や槍での傷などたちどころに治ってしまう。その形、大きさ等はさまざまではあるが、普通の人間が多少武装したところでたちどころに襲われその短い命を散らすことになる。


 この獣魔の存在により人類は他の町との交流の手段を持たない。しかしその獣魔よりも更に上位の者は存在する。


 それが神獣と呼ばれるモノ達だ。太古の昔より人々に語り継がれるほどの長命を持ち、雷や炎等人知を超えた力を持つ存在。そしてそれらは守り神として人々の信仰の対象となっている。


 それぞれの町の中心には神獣を奉る祠があり、祠を中心とした地域は神獣の庇護を受ける。庇護のある地域に獣魔は近づかない。自分より上位の者の存在を知っているからである。


 そしてその力は祠の周辺が最も強くなり、離れれば離れるほどその庇護の力は弱まる。上位の獣魔は縄張りを持っている為、寄り付くことはないが、下位の獣魔はその庇護の及ぶ範囲ギリギリまで生息しており、獲物を見つけた場合短時間ならば入ってくることもある。


 「何を考えているんだ俺は。ここでさえ決して安全じゃないのに」


 じっと壁の向こうを見つめていたが、気を取り直し子羊の捜索に乗り出す。子羊一匹でも領主様の大事な羊だ。こんな危険な所から早く見つけ出さなければ。

 

 少し離れた所から犬の鳴き声が聞こえた。俺の相棒ポーラの声だ。どうやら子羊をみつけたらしい。早く羊たちを連れて家に帰ろう。こんな所は早く離れなければ。外の世界等望んだところで碌なことないのだから。


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