46*新しい場所で出会う人々

「新しく薬剤師として働く事になった、ロアさんだ」

「よ、よろしくお願いします」


 ロゼフィアは皆の前で頭を下げた。


 一応名前は仮で「ロア」になっている。名前から正体がバレる(正体自体バレるのはいいが、魔女とバレたら厄介なため)事がないように、という配慮だ。


 皇帝であるフィリップスから側室ではなく薬剤師として、と言われたため、その通り宮廷薬剤師として迎えられた。その日のうちに手続きが終わり、ひとまず薬剤師として働いている人達に挨拶をする事になった。


「へーオッドアイなんだ」

「珍しい容姿ですねぇ」

「どうやったらそんな色になるんだろ……」


 薬剤師の人数はそんなに多くないようで、紹介の時にその場にいたのは六人程度だ。それぞれが興味津々に見てきたり、髪に触れたりしてくる。自国でも最初はそんな反応をされたので、慣れていた。むしろこんな風にされるのは久しぶりの感覚だ。


「こらこら、新人さんには優しくね?」


 慌ててそう言ったのは宮廷薬剤師で室長を務めているディミトリス・マシュー。先程ロゼフィアを紹介してくれた男性だ。色素の薄い肌に同じく薄い金髪で糸目。普通の顔をしているのに、笑っているように言われるのが地味な悩みらしい。


「ほんとに綺麗ね。珍しい容姿だし、なんだか魔女みたい」


 どきっ。


 とするが何も反応しないに限る。

 愛想笑いで誤魔化しておいた。


 すると薬剤師の一人が口を尖らせる。


「えー? 大体魔女って本当にいるんですか?」

「この国の古い文献にもたくさん載ってるでしょ? いるわよきっと」

「だってあれ昔の話じゃん。どうせ御伽噺だって」


 なんだか好き勝手な事を言われる。


 研究室にいる薬剤師達は研究熱心だったり真面目な人が多かったので、なんだか新鮮だ。ここの薬剤師達はどこかマイペースな気がする。ちなみにディミトリスはおろおろしていた。室長ではあるが、優しい性格なのだろう。皆の言動に一蹴まではできないと見た。


「――おや、魔女やったらおるで?」


 急に声が聞こえると思えば、ロゼフィアはぎょっとする。

 なぜならそこにヴァイズがいたからだ。


 いきなり現れた彼女に、薬剤師は「おおっ」と声を出す。


「白髪!?」

「え、何歳?」

「何なのあの人」


 皆、遠慮なく感想を述べる。

 するとヴァイズはくすっと笑う。


「うちはさすらいの旅をしとる薬師よ。まぁ各国回っとるけん、皆よりは色んな事知っとるやろうなぁ。あ、ちなみに年齢は公開しとらんけど、おばあちゃんじゃないけんな?」


 急な出現に、皆はこちらよりもヴァイズに気を取られたようだ。すぐに彼女に寄っては質問攻めにする。ぽかんとしていれば、ディミトリスが近付いてくる。


「しばらくここで手伝いたいと言って下さったんです。丁度よいので、お二人で行動してもらおうと思いまして」


 なるほど。確かに同時期に入った方が一緒に動きやすい。しかもヴァイズは全く嘘をついていない。色んな国を移動しているし、元々は放浪の旅をしていた。だから正体がバレてもそんなに問題はない。自分の事は自分でなんとかする、と言っていたが、さすがやる事が違う。思わず心の中で舌を巻いた。そして。


「え、魔法使いの子孫!?」

「魔法使えないの?」

「魔法は使えんけど面白い薬ならたくさんあるで。よかったら飲んでみる?」

「えーそれは怖いなぁ……」

「はいはい! 俺飲んでみたい!」


 すでに場に溶け込んでいる。

 皆もいきいきとした表情でヴァイズに話しかけていた。


 さすが、色んな人と出会って会話してるだけの事はある。

 最初は注目の的であったのに、今や全ての視線をヴァイズが奪っていた。







「あたしはアカネ。一応副室長してるよ。よろしくね」


 挨拶の後、仕事を教わる事になった。ロゼフィアはヴァイズと共に返事をする。副室長だというアカネはその名の通り真っ赤な髪を一つで括っていた。性格も情熱的なのか、腰に手を当てて堂々としている。思わず姐さん、と言いたくなるほどだ。


「あんた達の境遇等は聞いてるけど、特にロア。あんた元々は側室になりたかったみたいだけど、薬剤師でいいの?」

「へ?」

「ほら、境遇もあるけど、皇帝目当てに側室になりたがる人けっこういるからさ」


 苦笑しながら言われる。


 確かにフィリップスのあの風貌や実力に惹かれる人は多いだろうなと思った。だが、自分はあくまで身寄りがなくて住むところもないのでここに来た、という設定なので、何の問題もない。むしろ薬剤師の仕事ができるのはありがたい。本業であるし、間違っても皇帝に色仕掛けをしろと言われてもできないだろうし。


 住む場所と仕事を与えてもらえただけで十分だと伝えれば、相手はすんなり納得し「そっか」と言った。そしてすぐににやっと笑う。


「まー、今の皇帝は誰にも目がくれないだろうしねぇ」

「それってもしかして」


 オルタが言っていた「恋煩い」の事だろうか。


「そう。うちの皇帝は絶賛ある人物に夢中なんだと」

「へぇ、それって誰なん?」


 ヴァイズが面白げに聞く。

 こういうのにはノリがいい。


「それが、分からないんだよねぇ」

「え?」


 意外な返答だ。


 むしろ城の仲でそんな話が出ているのなら、人物を特定できそうなのに。何かしら魔女との関係があるんじゃないかと思っていただけに、少しがっかりする。すると、アカネはこんな事を言ってくる。


「仕方ないよ。だって皇帝自体が分からないんだから」

「? どういう事なん?」


 思わずヴァイズも怪訝そうな顔になる。


「だから、皇帝が覚えてないんだってさ。その人の事」

「覚えてない……? でも、だったらどうして」

「さすがにそこまでは私達も分からないね。どこで出会ったのか、誰なのかも分からない。だけど皇帝はその人を想っている……。オルタさんも参ってるだろうよ。秘書官だし、周りからの圧も一番重いんじゃないかな。皇帝はどんなに側室作れだの言われても無視してるから」

「…………」


 ロゼフィアは思わず無言になる。


 果たして本当にそういう事はあるのか。噂の発端だって、誰なのか分からない。裏で誰か操作しているとしても、可能性が一番あるのがフィリップスだ。それなのにそのフィリップスが恋煩いに悩んでいる。


「あの、ご病気とかではないんですか。その、精神的な、とか」


 その可能性がないわけではない。

 だが顔を横に振られた。


「一応医者にちゃんと見てもらったよ。他にも食べてる物とか、薬を飲んでないかとか、厳重に調べた。けど、何もなかったんだ。おかしいよね」


 アカネは困ったような言い方になる。

 そしてはっとした。


「っとあー、新人にこんな話しちゃいけなかったな。ごめんね。仕事に入ろうか」

「は、はい」


 話が終わり、仕事の説明を受ける。話が終われば、調合室に入る事になった。服が汚れないように、エプロンを渡される。ヴァイズは自前のがあるらしくロゼフィアだけもらったのだが、なんとなく新品ではないと思った。綺麗なのだが、気にならないほどの小さい染みがいくつかあったのだ。


「これって、以前誰かが使われてたんですか?」


 何気なく聞けば、アカネはぎょっとした。


「え、嘘? 新品のはずだよ? だって新人さん用だもん」


 慌ててエプロンを見れば、アカネも気付いたらしい。

 眉を寄せながら、少し頭を掻いた。


「おかしいなぁ。衛生上厳しくなってるから、倉庫に使用済みのは置いてないはずなんだけど……」

「あの、別にこれで大丈夫です」


 慌ててそう伝える。

 このままでは前に進まないと思った。


「そう? まぁあんまり気にならないし、大丈夫か」


 アカネも頷き、そのまま調合室の説明を始めた。







「……で、早くも一週間ほど経ったわけやけど」


 ヴァイズの言葉に、ロゼフィアは遠慮なく机に突っ伏した。

 場所はお昼で食堂だ。他の人達も賑わっている。


 まだ完全に仕事を覚えたわけではないが、それでも元々薬師なのもあるのでそこまで苦ではない。気さくな人も多く、人にも恵まれていると思った。だが。


「……情報がないわね」

「やな」


 即答で同意される。

 そう、情報がないのだ。核心的な・・・・情報が。


 一応フィリップスの事や出入りしている女性(魔女)の事を周りに聞いたりしてみた。だが、アカネが教えてくれた内容以外新しい収穫はないし、その魔女の収穫はこれっぽっちもない。見た目がただの女性であるから魔女と分からないだろうし、城に出入りしている人は大勢いるため、特定もできない。それに驚いたのだが、どうやら皆、実物の魔女を見た事がないらしい。


 だが、それはある意味当然なのかもしれない。大昔に「魔女狩り」が行われていたのだ。そんな話、いくら過去であってもあまり思い出したくないだろう。それは魔女である自分もだった。あまりそういう話はしたくない。しかもこの国に今も魔女が住んでいるのか疑問だ。文献ではいくらでも魔女の事は書かれているが、それも過去の話だったり御伽噺だと信じ切っている人もいた。今どきの若者は過去の惨劇を知らない。だからこそ、魔女がいる想像もできないのかもしれない。


 さすがにこの国に流れているだろう魔女の悪い噂は聞いているのではと思ったが、これも大半が知らなかった。もしかして噂は外部に出ているだけで、内部にはないのだろうか。それも不思議に思った。


「……やっぱり、皇帝に聞いた方が早いのかしら」

「そうやなぁ。今となっては会えるかも分からんけど」

「それなのよね……」


 元々は側室として入る予定だった。側室であればフィリップスと会ったり話す機会もある。シュツラーゼの事も聞けるだろう。だが誤算だ。まさか薬剤師として雇われるとは。


「それとうち、もう一つ気になる事があるんやけど」


 ロゼフィアは頷く。

 おそらく考えている事は同じだ。


「私達の前に誰かが・・・・薬剤師として働いていたって事よね」


 今度はヴァイズが大きく頷いた。

 そう考えたのはそう思う節がたくさんあったからだ。


 エプロンが新品じゃなかっただけでなく、誰かが使っていた薬品や道具があった。聞けば誰のものでもない、誰が使ったかも知らない、という状況。アカネとディミトリスに聞いても「分からない」の一点張り。例えば誰かが使っていただろうけど誰かは分からない、ならまだしも、道具がそこにある事すら知らなかったのだ。これは明らかにおかしい。


「でもどういう事? 皆が嘘をついてるの?」


 見たところそうは思えない。

 嘘をつくなら多少の隙や動揺が生まれるものだ。


 だが皆、本当に知らない、という振る舞いが多かった。


「いや多分……」


 ヴァイズは口元に手を持っていく。

 その顔は真剣そのものだった。


「あ、おーい!」


 すると急に声をかけられ、二人してびくつく。

 見ればアカネが少し遠くで手を振っていた。


「なになに、二人して内緒話?」

「い、いえ。そういうわけじゃ」


 声が大きかったので近くにいると思って焦ったのだ。

 だがそれを言うと怒られるだろうと思って黙っておいた。


「ふうん? まぁいいや。実は新しく騎士が来てね。紹介しようと思って」

「騎士?」


 どうやら警備であったり伝達云々の仕事で騎士が部屋に来る事があるらしい。しかもこの時期に新しい騎士が来るのは珍しいのだとか。彼女の後ろから出て来たのは、真っ黒で金の装飾があるこの国の軍服を着た青年だ。


 そしてその青年を見て、ロゼフィアは絶句した。


「え……」


 ヴァイズも思わず声を漏らす。

 なぜならそこにいたのは――――。


「彼はステフ・イワレブ。なかなかの剣の腕前でね、特別に入団が決まったんだってさ」


 名前を聞き、少しずっこけそうになった。


 彼はジノルグにすごく似ていたのだ。だが、名前は違うし風貌もちょっと違っていた。髪は黒ではなく焦げ茶であるし、右耳には何か銀色のイヤリングのようなものをつけていた。


 顔は全く同じであるし、体格もそう変わらない。

 だから一瞬見間違えた。


「初めまして。これからよろしくお願い致します」


 真面目な物言いだった。


 声を聞いて、少し泣きそうになる。

 思わず鼻の奥がつんとした。


「ロ……ロア」


 ヴァイズが気付いたのか、声をかけてくれる。

 思わずその場から立ち上がり、ロゼフィアはその場から駆け出した。




 走りながら、いつの間にか涙がこぼれていた。


 気合いを入れてこの城に来たばかりだというのに。

 まだ一週間しか経っていないのに。それなのに、もう寂しくなるなんて。


「あの」


 真後ろで声が聞こえ、驚きつつ振り返る。

 するとステフが立っている。走ってきたであろうに、息は乱れていない。


「な、なにか?」


 驚きのあまり、涙が引っ込む。いつの間に。それに初対面であるこの人物に呼び止められる程の事をしただろうか。焦っていると、相手は少し迷うような素振りをした後、口を開いた。


「俺、なにかしましたか」

「え?」

「泣きそうに見えたので」


 彼は少し視線を下げる。


 もしかして、心配で来てくれたのだろうか。

 嬉しいと同時に、少し気恥ずかしい。慌てて笑って見せた。


「ごめんなさい、ちょっと人を思い出して」

「人?」

「知り合いに似ていたの。少し懐かしく思って」

「…………その人は、どんな人だったんですか」

「えっ」


 それを言えというのか。

 姿が似ている人物に。


 なんだか本人に言うようで恥ずかしい。

 だが、逆に本人じゃないからこそ言えるのかもしれない。


 思わず口に出していた。


「頑なで人の話も聞かなくて強引で真っ直ぐ過ぎるくらい真っ直ぐな人で」

「……なにかその人に恨みでも……?」


 そう聞こえたのだろう。

 ステフは少したじたじになっていた。


 だがロゼフィアはふっと笑う。

 

「でもね、私にはもったいないくらい、素敵な人なの」


 すると彼は、少し目を見開いた。


「……その人は、」

「ロア!」


 するとヴァイズが走ってきた。

 なぜか険しい顔をしている。


 彼女はこちらに来て、ステフとの間に入った。そして一度彼を睨んだ後、ロゼフィアの腕を引っ張る。そのまま早歩きで進み出した。


「ちょ、ちょっとヴァイズ」

「なに気を許しとん」

「え」

「確かにあの騎士は騎士さんに似とるけど、それでも別人やろ」

「それは分かって」

「やったら警戒せないかんやろ! ロゼはお人よしなんやけん」


 引っ張られる手に力がこもる。

 それがヴァイズなりの心配である事は分かった。


「でも、別に危害を加えられたわけじゃ」

「どうしても知り合いに似とると気が緩みがちになるもんよ。確かにそっくりやし、もしかしてあの騎士さん本人じゃないかと思ったけど」


 思わず胸が高鳴った。


 そうだ、確かにその可能性もある。どうして気付かなかったのだろう。もしかして彼は――と思っていれば、ヴァイズはばっさりと切り捨てる。


「あまりに雰囲気が違う。覇気がないわ。世界には自分に似とる人が三人いるっていうし、多分そっくりさんなんやろうね」


 言われてみると確かに覇気はなかった気がした。ジノルグはいつも凛としている。真っ直ぐ前を見て意志を持ってこちらに思いをぶつけてくる。だが、先程の青年は物静かだった。真面目な様子だったが、勢いもない。


「まぁどっちでもいいけど、用心するに越した事はないわ」

「……そう、ね」


 最もな意見なので、そう答える。


 だが内心、ジノルグに会えたようで嬉しかった。

 なんて、とてもヴァイズの前では言えなかった。

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