05*欲しい花は

「……なにそれ」


 会場に戻りながら、女性騎士であるサラ・オグツエから事情を聞く。まさか自分のために行われた事だったなんて、誰が思うだろうか。綺麗な赤毛を持つ彼女も、少し苦笑していた。


「私も言われた時は驚きました」


 どうやらサラは囮として花姫になったらしい。


 花姫が連れ去られた場面を目撃する事で、ロゼフィア自身も少しは危機感を感じてくれるかなと。結果的に危機感を感じるどころか、助けようと勝手に行動してしまったわけだが。これにはサラもキイルも予想外だったようだ。当たり前だ。誰が果敢に危ない目に遭いに行く魔女がいるのか。


 しかもこれがアンドレアの案だというのだからまた頭を抱えたくなる。いくら騎士団内部の仕業だからといって、やり方が強引だ。強引に推し進めようとするのがいかにもアンドレアらしいが。


 思わず溜息をついてしまう。

 するとサラが慌てたように弁解する。


「それでもこうして、紫陽花の魔女に出会えて本当に嬉しく思います。私だけじゃなく、民や騎士団の仲間も、皆そう思ってるんですよ」

「……どうしてそんな。私はそんなに立派じゃないのに」

「立派ですよ」


 優しい笑顔を向けてくれる。


「アンドレア殿下がいつも褒めていらっしゃいますから。それに、ジノルグ殿だって」


 思わぬ人物の名に、ぎょっとしてしまう。

 まさか彼も自分の噂話をしているというのか。


「魔女殿の護衛に決まって、嬉しそうにしておりました」

「……はぁ」


 思わず気の抜けた声を出してしまう。


 噂話じゃなかった事にはほっとしたが、首を傾げる。嬉しそうだった、というのはどういう事だろう。自分の護衛に決まっても何もいい事などないというのに。その反応が意外だったのか、サラは少し困ったような顔をする。さらに弁解してくれそうな予感だったので、ロゼフィアは丁重に断っておいた。







 会場に戻れば、先程の混乱状態と打って変わって、元の状態に戻っていた。観客達も最初にいた時と変わらないくらい大勢おり、舞台上には花姫達が並んでいる。聞けば騎士達が無事にこの場を治めた後、アンドレアが舞台に現れたらしい。そしてこのような事態になった事を、自らが謝罪したのだという。観客達はいきなりの王女の出現に驚いたようだったが、その真摯な姿に納得したようだ。


 ロゼフィアのいない間にそれをしている時点でさすがだ。ちゃんと自分でしでかした事は自分で責任を取っている。そこは民達からしても、信用できるところかもしれない。ロゼフィア自身も、アンドレアのその部分に関しては、美点だと思った。


 そして一通り花姫の紹介が終わると、舞台上から降りる。降りた先には、胸元に花を挿している騎士と、馬がいた。花姫達はすぐに自分の騎士の元に行く。どの花姫達も、何やら仲睦まじい様子だ。もしかして皆、知り合いなのだろうか。そんな事を思いながら見ていると、サラがこっそり耳打ちしてくれる。


「大体は意中の方だったりするんですよ」

「えっ?」

「花姫が騎士に。もしくは騎士が花姫に」


 毎年花姫の抽選はすごいらしく、倍率もかなり高いらしい。ちなみに騎士は騎士で、特に指定がなかった場合も抽選のようだ。その倍率も高いらしい。常に国や王族を守る騎士の人気は高い。女性からすれば、憧れの存在である事は間違いないだろう。しかも花姫に選ばれている女性は皆、とても綺麗な人が多い。騎士からすれば、そんな女性と知り合いたいと思ったりするのだろう。


「それに、選ばれた花姫と騎士は、運命の相手だというジンクスもあったりするんです」

「!?」


 まさか行事如きでそんなジンクスまであるとは。

 だが確かにどの花姫と騎士を見ても、なんだか微笑ましい雰囲気を醸し出している。それを見た途端、自分は場違いではないかと思ってしまった。するとサラも苦笑する。


「私も同じようなものですよ。ただの囮役ですし」

「あ、そっか。そうよね」


 サラも好きで花姫役になったわけではない。上に命令されたからだと言っていたし、それなりに機敏に動けるからだろう。やっぱり騎士団は実力主義なようだ。サラも同じような境遇なのだと分かると、なんとなく居心地が悪い気持ちも半減する。


「おいサラ」


 するとすぐ後ろで不機嫌そうな声が聞こえた。

 馬を引き連れた騎士が、腰に手を当ててこちらを見ている。


 サラは慌てて「すみません」と言っていた。


「では私も行きます」


 そして小走りで行ってしまった。


 思わずじっと見ていれば、相手の騎士の方が馴れ馴れしくサラに話しかけている。どうやら男性の方が年上のようだ。サラは困ったような顔をしつつ、手慣れたように言葉を返していた。おそらく同じ騎士で面識もあるのだろう。それでもその会話が楽しそうに見えた。


「魔女殿」

「び……っくりした!」


 いきなり背後で呼ばれ、驚きのあまり身体が固まる。するといつの間にかジノルグが傍にいた。しかも自分と同じ真っ黒の馬を引き連れている。とても毛並みの良い馬だ。


「すまない。いつまでもこちらに気付かないから」

「それは……ごめんなさい」


 気付いてなかったというか、気付きたくなかったというか。でも気付かなかったのは事実なので、素直に謝る。するとジノルグが「いい」と言ってくれた。そして馬と引き合わせてくれる。撫でても嫌がらず、こちらを興味深そうに見てくる。周りを見れば、もうすでに馬に乗って進もうとしているところもあった。


 ロゼフィアも乗ろうとすると、ジノルグが補佐してくれる。無事に乗れたのを確認して、その後ろにジノルグが乗った。森で出会った時にいきなり馬に乗せられた事を思い出す。あの時のように早足でかける事もないので、落ちる心配もないだろう。改めて乗ると、けっこう高い。髪が長いので視界が狭くならないよう、ロゼフィアは横髪を耳にかけようとした。


 すると急に、その腕を掴まれる。


「な、」


 いきなりなので思わず声を上げると、じっとこちらを見られる。真後ろなので気づかなかったが、思った以上に距離が近い。しかもジノルグの黒曜石のように黒い瞳がよく見えた。思わず吸い込まれそうになる。


「切れている」

「え、うそ。……あ、」


 そういえばキイルとの対戦で刃物が当たった事を思い出す。思わずそっと触れると、確かに切れたような感触があった。だがそんなに大きくもないし、深くもない。何日かすれば自然と傷は塞がるだろう。


「大丈夫よ。これくらい」

「だが」

「大丈夫だから」


 強く言い返せば、ジノルグは黙る。

 そしてそっと、切れている方の頬の髪を耳からおろす。


「人に見られたいものではないだろ」


 別にそこまででもないのだが。

 だがロゼフィアは何とも言い難く、小さく頭を下げた。




 大広場には大勢の者が左右に分かれて道を作っていた。


「来たっ!」


 誰かが叫んだ瞬間、皆が一斉にこちらを見る。

 大勢の花姫と騎士の姿に、わあっ、と声が上がった。


 花姫達は美しい装いで皆に手を振っている。

 ロゼフィアも見様見真似で手を振れば、民達は温かく振り返してくれた。


 そのまま城下を回っていれば、急に少女が飛び出してくる。それが丁度ロゼフィア達の馬の前だった。少女がこちらに近寄ろうとするので、ジノルグがそれを止めようとする。だがロゼフィアは制した。


 そして馬から降り、少女の元に行く。


「どうしたの?」


 ツインテールの少女はじっとこちらを見た。そして持っていた摘みたての花を、こちらに向ける。野原で摘んできたのか、青々としてとても小さい可愛らしい花々だった。


「あの、あげる」

「私に?」


 するとこくこく、と頷かれる。

 どこか頬が赤いのは、照れているのかもしれない。


 その可愛らしさに、思わず笑顔がこぼれた。


「ありがとう」


 すると少女は笑顔で、元の民衆の波に戻った。


 よく見れば母親がいたようで、こちらに向かって頭を下げていた。どうやら少女のした事を謝っているようだ。確かにいきなり飛び出すのは危ないが、ロゼフィアは少女の行いが純粋に嬉しかった。なので微笑みながら会釈を返す。すると周りの者達も思わずほっとしたような表情をする。


 ロゼフィアはジノルグに手を借り、また馬に乗り込む。

 もらった花も持ちながら、再度周りに手を振った。


「あんな風に笑えるんだな」


 ジノルグにぼそっと言われる。

 嫌味だなと思いつつ、その通りでもある。


「子供が相手だったから」


 子供の笑顔には、他にはない魔法のような力がある。子供の笑顔は無邪気で、大人よりも純粋で輝いている。大人になると、途端に笑顔は減る。それは自分も同じだ。だからこそ、子供の笑顔を見れば救われるような気持ちになる。森によく薬を買いに来る兄妹もそうだ。


「そうか。ところで」

「?」

「さっき一人でキイル殿を追ったのはなんでだ」

「…………」


 子供の笑顔で癒されている時に、いきなり爆弾を落とされたような気持ちだ。そういえばジノルグには何も言ってなかった。いや、むしろジノルグの存在を忘れていた。今までずっと一人でなんとかしようと考えていただけに、誰かに頼るなんて方法、自分の辞書にはなかった。


 だからこそ、この問いはきつい。


「身体が、勝手に」

「……俺はいらないか?」


 静かな言い方に、言葉が詰まる。


 確かに花姫が始まる前は、護衛はいらないと言った。

 今回だって、危ない目に遭ったものの、自分で解決しようと思えばできた。


 ……なんて。結局、ジノルグが助けてくれなかったら、危なかった。今回は騎士が行った事だったが、もしあれば本当に怪しい人だったら? もしかしたらロゼフィアも一緒に捕まっていたかもしれない。


 アンドレアからすれば、それ見た事か、と言われるかもしれない。だが、ジノルグは違う。自分を責めるような言い方をしない。そして聞いてくれている。どう思っているのかを。


「私は」


 ジノルグは黙ったままだ。

 だがロゼフィアは、どうしてもその後が続かなかった。







 一通り城下を回り、会場に戻る。

 そしてもう一度会場の舞台に花姫達が並ぶ。


 どうやら最後は、持っている花束を観客に投げるようだ。これは花姫の一種の恒例になっており、花束を受け取って少しでも幸せをもらおうと、女性達が火花を散らすらしい。


「…………」


 次々花姫達が観客に向かって花束を投げる。

 それを見ながら、ロゼフィアは隣にいるサラに声をかけた。


「ちょっとお願いがあるんだけど」


 サラはきょとんとした顔をする。

 だがロゼフィアの提案に、快く承諾してくれた。




「さぁ続いては紫陽花の魔女が……あら?」


 司会の人が名を呼んだが、いつの間にかロゼフィアの姿はない。周りも慌てて探すが、その間にもロゼフィアは移動していた。舞台から降り、そそくさとある人物の元へ行く。


「……どうした?」


 いきなりやってきたロゼフィアに、ジノルグは少し驚いたような顔をする。傍にはレオナルドや他の騎士達もいたのだが、周りは空気を呼んでか、そそくさとその場を離れてくれた。すぐに二人が向き合う形になり、観客もそれを見て思わずしんとする。

 

「これ」


 差し出したのは、鈴蘭の花束だ。


 普通、男性が女性に花束を贈る事はあっても、女性から男性に贈る事は滅多にない。だがロゼフィアは、ジノルグにどうしても渡したかった。勇気を出して、声に出す。


「助けてくれて、ありがとう」


 ジノルグは黙ったままこちらを見つめてくる。

 その視線がなんだか気恥ずかしくなり、早口にまくし立てた。


「す、鈴蘭には、『幸福』の花言葉があるから」


 結果的には助けてもらった。だから、そのお礼くらいはちゃんと伝えないといけない。だが、きっと素直でない自分は、可愛くお礼を言う事すらままならない。だから、花姫になっている今、花の力を借りたかった。そして、「花」そのものも渡したいと思ったのだ。


 持っていた紫陽花の花束は、代わりにサラに渡してきた。

 自分の花じゃないのは、鈴蘭の方が可憐で素敵な花だと思ったから。


「…………」


 ジノルグは黙ったままだ。

 微動だにしない。


 それが少し、不安になる。もしかして気に入らなかったのだろうか。やはり、男性に花なんて。そう思いつつロゼフィアが目を伏せると、そっと髪に触れられる。そして髪飾りとしてつけていた紫陽花の花が取られた。その動作に、思わず目を丸くしてしまう。


 ジノルグはそれを左右に動かしながら、こちらに見せてくる。


「俺には、これで十分だ」


 そしてロゼフィアが持っていた鈴蘭の花束を取り、思い切り上に投げる。それを見て女性陣は我先に叫びながら花束を取ろうとする。周りが騒ぎになる中、慌てて補佐の文官達がなだめていた。


 ロゼフィアも呆気に取られて鈴蘭の花束の行方を追っていたが、急に顔の前に先程の紫陽花の花を向けられる。そちらに顔を動かせば、ジノルグは穏やかな表情をしていた。


「魔女殿の言葉、ありがたくいただく」

「……なによ。投げたくせに」

「言葉は受け取った。花は魔女殿の花がいい」


 そう言いながら、大事そうに紫陽花の花を持つ。

 だがロゼフィアは、むっとして顔を背ける。


 それでも耳の縁は、少し赤く染まっていた。

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