01*王女の策略に困る魔女

 カランカラン。


 ドアの上側についた鈴が鳴る。 

 入ってきたのは似た顔を持つ兄妹だ。


「魔女さん、薬買いに来たよ!」

「はーい」


 返事をしつつ、魔女はしていた作業を再開する。


 調合し終わったばかりの薬を、小さい白い袋に分けて入れていく。最もこれは別の人に渡す分だ。棚に並べられている薬草が入った瓶を手に取り、すぐに調合を始める。


 そして薬が完成した。


「ありがとう! じゃあまたね!」


 兄妹はすぐに薬を受け取り、小走りで行ってしまった。きっと、早く薬を渡したくて仕方ないのだろう。魔女はふっと息を吐き、また別の薬を作るために部屋の奥に入ろうとした。


 と、鈴の音が聞こえ、振り返る。

 そこには軍服を着た青年が立っていた。


 黒い短髪に黒い瞳。

 なかなか精悍な顔つきをしている。


 魔女は思い切り顔を顰めた。


「誰?」


 騎士がここに来るのはしょっちゅうだ。

 王族は昔から頻繁に魔女との交流があった。それは今も変わらず、その関係性を大切にしている。だからか、昔から王族は毎回大量に薬を買ってくれる。そして、その薬を受け取りに来るのが騎士だ。


 誰が来るかは毎回手紙で知らせてくれる。お互いに間違いがないように。だが、目の前にいるこの騎士を見たのは初めてだ。しかも、いつもなら同じ騎士が来るのに、今日は違う。変更があるならちゃんと手紙で知らせてくれるはずだ。なのにその手紙もない。つまり、魔女が警戒してしまうのも無理はない。


「見事な髪と瞳の色だな。『紫陽花の魔女』」


 抑揚のない言い方だ。皮肉めいているようにも感じ、むっとなってしまう。確かに長い髪は淡い桔梗色。瞳は広い海を連想させる青色と、藤の花のように濃い紫色。オッドアイだ。普通の人からすれば珍しい色の組み合わせだろう。そんな容姿を持っているため、周りからは「紫陽花の魔女」と呼ばれている。


 別に紫陽花とは何の関係もないのだが、色的にそう見えるらしい。勝手につけられた呼称だ。自ら名乗ったわけではない。だが、皆が当たり前のようにそれで呼ぶので、見ず知らずの騎士にそう言われるのも仕方なかったりする。もう慣れてしまった。


「それで、一体何の用なの」

 

 すると単刀直入に言われた。


「アンドレア殿下の命令だ。王城まで来てもらう」


 アンドレアというのは、この国の第一王女だ。

 歳が近い事もあって、それなりに面識もある。


 だが魔女は慌てた。


「待って。私は何も聞いてない」


 もし何か用があるなら、ちゃんと連絡が来るはずだ。今までもそうだった。大体王族は暇じゃない。事前に予定を立て、用があるなら前もって連絡してくれる。いくら命令だからといって、急に来いと言われ、はいそうですか、とのこのこ行こうとする単細胞がどこにいる。


「聞いてなくても俺は命令を受けてる」

「そんなの知らないわ。それに、王族の命令でも私はここから出るつもりはない。そう約束したはずよ!」


 「紫陽花の魔女」も幼い頃から王族と関わりを持っており、それなりの知識や知性がある。これからもより良い薬学の知識や薬を提供する代わりに、自分の事をあまり公にしないようにしてもらった。そして森でひっそりと暮らし、王都には行かないとはっきり伝えた。


 それなのに、このままではこっちの言い分が通らない。それを抗議したのだが、騎士は特に表情を変えない。そして何か考えた素振りを見せた後、急に近寄ってきた。身構えていれば、ひょいっと身体を持ち上げられる。


「なっ!」


 しかもそのまま歩かれる。

 魔女は絶句した。


「ちょっと離して。離してよ!」


 いくら言っても離してくれず、しかもそのまま馬に乗せられてしまった。なんという実力行使なのだろう。馬に乗ったら乗ったで、今度は慣れない揺れに絶叫してしまうのだった。







 王城に着けば、すぐに応接間に案内される。


 中に入れば、微笑みながら椅子に座っている人物がいた。今年で十八を迎える第一王女、アンドレア・クレッシェンドである。金髪碧眼でいかにもこの国の姫に相応しい整った容姿を持つ。フリルが多くついている桃色のドレスも可愛らしい。会うのはだいぶ久しぶりだ。


「よく来たわね。ロゼフィア」


 優雅に紅茶を飲みながらそんな事を言ってくる。

 名前を呼ばれた魔女は、半眼になった。


 するとアンドレアは不思議そうに首を傾げてくる。


「あら大丈夫? なんだか顔が青白いけど」

「……あなたのとこの騎士が猛スピードで飛ばしたからね」


 実際その通りで、そのせいで絶叫したものだ。


 少しはスピードを落としてほしいと頼めば、聞こえてないのか無言を押し通してきた。なかなか強引だ。今まで来た騎士は紳士が多かったというのに。それを聞いたアンドレアは苦笑した。


「ごめんなさいね、うちの騎士が。でもあなたには早急に来てほしかったの。だから嬉しいわ」


 そしてすっと先程の騎士に手を向ける。

 ご丁寧に紹介をしてくれた。


「彼は私の側近、ジノルグ・イギア。騎士団の中でも有数に入る剣術の達人よ」

「側近……」


 王女の側近というのだから、それなりに優秀なのだろう。確かに有無を言わさない威厳ある態度が見て取れる。それでも、わざわざ自分を迎えに来る時は別の騎士でもよかったのではないだろうか。


「まぁ側近、だったけど、今は違うわ」

「え?」

「今後はあなたの護衛を任せたいと思ってるの」


 にっこりと笑われる。

 でも自分は笑えない。


「そんな話、聞いてないけど」

「これから話をするつもりだったからね」


 あくまで無邪気に言ってくる。

 無邪気さはさすが年相応だ。


「私の側近を務めていた事もあって、彼がどれだけ優秀で堅実なのか、私が一番よく分かってるわ。だから、ロゼフィアをちゃんと守ってくれると思って、彼を抜擢したの」

「ちょっと待って。私は今後も森から出るつもりはないし、自分の身くらい自分で守れるわ」


 実際そのつもりであるし、危ない目に遭った事もそうない。最も、森深くに入ってくる人の方が少ないわけで、人よりも森に棲む獣から、薬草園が荒らされないかと心配する方が多いくらいだ。


「そう言うけど、私は心配なの。だってロゼフィアはとっても美人なのよ? そんな美人を森の奥深くに一人って……どう考えても襲って下さいと言わんばかりじゃないの」


 絶世の美女であるアンドレアに褒められてもあんまり褒められたような気がしない。自分が美人であるかは置いておいて、確かに容姿は珍しいかもしれない。しかもオッドアイだ。珍しがって近寄ってくる人が今までいなかったわけでもない。


 でも、そんなに危ない目に遭った事はない。

 だから大丈夫だと言えば、こう言われる。


「ああ、それは見張っておいたからよ」

「……今なんて言った?」


 さらっとおそろしい事を口にしなかったか。

 するとアンドレアは傍に立つジノルグを見上げる。


「ロゼフィアの事だから護衛はいらないって言うと思って、しばらく彼に見張ってもらったの」


 聞けば一週間前くらいに勝手に護衛をしてくれてたらしい。自分の知らないところで。騎士自身、最初は初めましてな感じで話しかけて来たくせに、自分の事を知っていたのか。


「あと怪しい人もジノルグに追っ払ってもらったのよ」


 呑気にアンドレアは紅茶を飲む。


 聞けばじっと自分を見つめる怪しい人がいたとかいないとか。確かにここ最近、妙に視線を感じると思ったら……。ジノルグのおかげでもう来なくなったそうだが、いつの間にかそうやって見られていたなんて。気付かなかった自分もあれだが、思わずぞっとした。


「ね? だから、やっぱりこっちで暮らした方がロゼのためになると思うの」

「もしかして、それが目的? そんな事言われても、私は森から離れるつもりはないわ。それに、護衛をしてくれるなら、そのまま見張っててくれたらいいじゃない」


 わざわざここまで呼び出したのは、そういう事か。身の危険を案じてくれたのはありがたいが、それでもそれが森から離れる理由にはならない。森に住んだままでいいのなら、護衛の騎士が傍にいてもまぁ我慢できる。


 するとアンドレアは分かりやすく膨れた。


「それだけじゃないわ。私は、もっと皆にロゼの事を知ってほしいのよ」

「逆に私は知ってほしいと思わない」


 申し訳ないが、はっきりと告げた。


 自分は静かな場所が好きだ。それに、魔女だから、とか、この容姿だから、とかいう理由で人に注目されるのも好きじゃない。だから静かな森で薬を作りたい。そしてその薬が、少しでも人の役に立ってくれたらそれでいいのだ。それ以上は何も望まない。


「……本当、ロゼは断るのが上手いんだから」


 アンドレアは視線を下にした。


 歴代の魔女と王族は、それなりに関係を持っていたが、ここまで情報を公開するなと言うのは自分くらいだろう。今までの魔女は、森の中に住んではいたが、それでも人との交流も大切にしていた。だが自分は、最小限だけにしてもらっている。その分必要な知識は提供しているし、何も問題はない。


「分かったわ。じゃあ、」


 そう言いながらアンドレアは一枚の紙を出してきた。


「これを見てほしいの」

「?」

「この国の行事の一つ。『花姫』のお披露目会よ」


 「花姫」とは、選ばれた複数の少女が「花」になり、美しく着飾って城下を回るというもの。元は別の国であった行事らしいが、国の交流の証として、この国でも開催する事になったのだ。別の国では「花姫コンテスト」というコンテストを行い、一番の花姫を決めるらしい。だがこの国ではコンテスト形式ではなく、抽選で選ばれた少女が花姫になれるようだ。一人ではないので、ある意味平和的と言える。


「花姫の衣装は多くの洋服店が協力しているわ。花姫に選ばれた人が着ていた衣装も注目されるし、宣伝にもなる。他国からも人が大勢来るくらい注目されている行事でもあるのよ」

「へぇ」


 気のない返事をしてしまう。

 自分には縁のない話だからだ。


 それにしても、こんな行事があったとは。森での生活が長いせいだろう。全く知らなかった。だが華やかな感じがしていいんじゃないだろうか。そのまま紙を見れば、大輪の花々の絵が描かれており、しかも大きく日時が書かれている。読み進めていきながら、ロゼフィアはあるところで目が点になった。


「……ちょっとアンドレア」

「なあに」

「これ、私の名前もあるじゃない!」


 日時の他に出演者も書かれていたのだが、そこには大きく「紫陽花の魔女 ロゼフィア」ともあったのだ。なんで自分が出る事になっているのか。しかもなんで自分だけこんな大きく書かれているのか。


 するとアンドレアは極上の笑みをする。


「私の権限を持って、出る事にしておいたから」

「!? どうしてそんな事……!!」


 本人の許可も取らずに勝手に決めてしまうなんて、職権濫用みたいなものじゃないか。しかもこの国の王女という人が。だが彼女は、ふふふ、と優雅に笑う。


「そんなの、ロゼが絶対許可を出さないからに決まってるじゃない。すでに大きく宣伝もしているし、民達もあなたに会えるのをとても楽しみにしている。今から欠席なんてしたら、もうこの国にはいられないとでも思って頂戴ね?」


 最後は強い口調で言われてしまう。

 思わず奥歯を強く噛んでしまった。


 久しぶりで忘れていた。この王女は可愛い顔をしていながら、何が何でも自分の決めた事は必ず実行に移す性格である事を。……そして、実際彼女が計画した案は非の打ち所がなく、周りも納得せざるを得ない事を。

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