最終話 答案返却&個人成績表配布 秀介、烈學館強制入塾回避なるか?

翌週月曜日、最初に返却されたのは世界史Aだった。

……嘘だろ。六四点って。前より、二二点も下がってる。

 秀介は高校に入ってからの自己最低点に落胆し、顔も蒼ざめた。

 一応は得意科目なので、ショックの強さは一入だったのだ。

「秀介くん、元気出して。平均点も大きく下がってるみたいだし」

「しゅうすけ、おれなんか二九やで。一夜漬けしてんけど」

休み時間、智帆と涼太は慰めてくれたが、

今回、平均点は五七って言ってたけど、平均は関係ないよ。

秀介の気分は晴れなかった。

続いて返却された古典は、七八点。

これはまあ、想定通り。もう少し稼ぎたかったけど。

 秀介は少しだけ安堵した。平均点は未採点のクラスがあるので公表してもらえなかった。

 現国は、前回より平均点は上がったものの、秀介の点数は中間の六九点から六二点に下がってしまった。

平均は、あったけど……。

 秀介はまた不安な気持ちになる。

帰りのSHRにて返却された生物基礎は、七四点でまずまずの出来だった。

        *

「秀介ぇ、古典は褒めてあげるけど、現国と世界史でこんなひどい点取って。もっと本気で勉強せな、あかんやないのっ!」

「母さん、その二つも平均点よりは少し上だったんだよ」

「秀介は理系クラスに進もうとしとるんやろ? 国公立目指しとるんやろ?」

「確かにそうだけど」

「ほな文系科目も全部平均より相当上やないとあかんの分かっとる?」

「分かってるって」

「智帆ちゃんは、世界史なんぼやったん?」

「……九五点だったよ。ちなみに哲英は九八点」

「ほらね。いつも真面目に勉強して来た子は、いくら問題が難しくなって平均点が下がっても高得点が取れとるでしょ」

「俺も今回は真面目に勉強したよ。智帆ちゃんや哲英は俺と地頭が違うんだって」

 その日、秀介が帰宅したあとのリビングでの母との会話。デジャブが感じられた。

「得意科目でこの有様じゃ、もう烈學館行きマンガ類廃棄確定的ね♪」

 母はにやりと笑った。

「母さん、他の科目で平均を大幅に上回ったら百位超えるだろ」

「あとは現社以外苦手科目しかないくせに、そんな奇跡みたいな事起こらへんって。明日さっそく烈學館に申し込んでおくから」

「待ってよ母さん。今度は絶対超えてるから」

「ふふふ。まあ、一応順位が出るまで申し込むのを期待せずに楽しみに待ってあげるわ」

「……」

 秀介は不愉快そうに三つの答案を取り返すと、自室へ。

「シュウスケくん、Show me your answer sheet.」

「シュウスケトン、テスト、テスト」

「秀介君、テスト見せてね」

「秀介お兄ちゃん、テストーッ」

「秀介さん、見せたくないとは思いますが、受講生の成績をきちんと把握することはわらわ達の使命ですので、お願いします」

教材キャラ達はさっそく要求してくる。モニターを通じて事前に知ろうと思えば知ることは出来たのだが、皐月の権限により、秀介が帰ってくるまで待つことにしたのだ。

 秀介はもちろんこの五人にも答案を見せてあげた。

「古典、高得点おめでとうございます。現国は急に成績を上げるのが難しい科目ですから、あまり気になさらないで下さいね」

 皐月は満面の笑みを浮かべる。

「世界史Aも秀介君は今回良く頑張ったわ。今回は難易度かなり高かったし。それで六割以上はまあまあ立派よ。前回高かった分、今回大幅に下がった平均点はまるでセンター試験みたいね」

 州湖良も優しく褒めてくれた。

       ☆

翌日火曜日も引き続きテスト返却Day。

朝のSHR時に返却された化学基礎、秀介の点数は六三点だった。

一時限目数学A、六七点。二時限目現代社会、七六点。三時限目数学Ⅰ、六五点。

いずれの科目も中間テストよりは十五点以上アップしていた。

この四科目は、古典と同じ理由で平均点は公表されず。

そして四時限目。

「では今からテストを返しますね」

播本先生による英語の授業にて、秀介の最も苦手としている英語のテストが返却されることになった。

「今回、平均点は中間より一〇点以上ダウンして五三点になっちゃいました。でも、模擬試験はもっと難しいからね」

 播本先生はこう付け加えて、答案を出席番号順に返却していく。

「寺浦くん、もっと頑張りましょうね」

「うわっ、予想通り赤点か」

 播本先生は苦笑いを浮かべつつ、涼太に答案を返却した。

「涼太、何点だった?」

 秀介は気になって尋ねてみた。

「二四」

 涼太は爽やか笑顔で堂々と言い張る。

「やばいなぁ」

 秀介の表情は若干引き攣った。自分もそれに近い点数かもしれないと思ったからだ。

「心配しないで。利川くんは今回、とてもよく出来てたわよ」

「えっ……嘘ぉ!!」

 秀介は受け取って点数を眺めた瞬間、驚愕の声を上げた。

 中間テストで五〇点台だった英語が、八二点もあったのだ。

「すげえな、しゅうすけ」

 涼太もかなり驚いていた。

えっと、全部足すと……。

 秀介は自分の席に戻ったあと、これまでに返却された九科目分の合計点を頭の中で計算してみる。九〇〇点満点中、六三一点。一科目あたりの平均は約七〇点だ。

この点数で、百位以内に入れるか微妙だなぁ。平均点は中間より大幅に下がってるはず。

 秀介はそのことを強く願った。

「秀介くん、英語すごく頑張ったんだね。おめでとう」

「おめでとうございます。利川君。かなり実力を上げて来ましたね」

「いやあ、これはまぐれだよ」

 休み時間が始まると、秀介の席へ智帆と哲英が祝福の言葉を述べに来てくれた。秀介は照れくさそうに謙遜する。

智帆は九四点、哲英は九九点。さすがにこの二人には適わなかった。

           *

「あら秀介、意外とええ点取れたのね。智帆ちゃんの答案カンニングしたんやないの?」

「してないって。っていうか、出来るわけないだろ。俺の努力、素直に認めてよ」

「ふふふ、冗談やって。せやけど、秀介がこんなに取れとるんやし、平均八〇以上はあるんやないの?」

「母さん、それはあり得ないって」

この日の帰ってからのリビングでの母とのやり取り。母は秀介の点数が予想以上に良かったことを不審に思ったようだ。

           ☆

 その日の夜、秀介が夕飯を食べて自室に戻ると、

「シュウスケトン、リミットロコフォアがシュウスケトンの五教科九科目での予想学年順位、出してくれたぜ」

 化能蒸がこんなことを伝えて来た。

「科目毎の予想平均点と、過去の定期・課題テストから分析してみた結果、秀介お兄ちゃんの予想順位は……」

理密等がそう言ってから数秒間、沈黙が続く。

秀介の心拍数はかなり高まっていた。

「一〇二位。誤差はプラスマイナス五位以内となったよ」

「……微妙過ぎる」

 いよいよ理密等が告げると、秀介は苦虫を潰したような表情で突っ込んだ。

「シュウスケくん、ネガティブになっちゃダメ。absolutely九九位以内だって」

「秀介さん、あくまでも予想ですので」

「シュウスケトン、元気出しなよ」

「秀介お兄ちゃん、これはあたしが遊びで出したものだからね。当てにならないよ」

「秀介君、自信を持ちなさい。たとえ百位以下だったとしても、お母さんを説得すればなんとかなるから」

 教材キャラ達は励ましてくれる。

「ありがとう。でも、母さんに言い訳は絶対通用しないよ」

「シュウスケくん、この窮地を乗り越えられたら、二年半後の大学受験にも大いに自信が持てるようになるよ」

 それでも不安になる秀介に、エマはウィンクして勇気付けた。

          *

 翌日には副教科も返却され、秀介は保健七一、家庭科六八点で共に学年平均よりやや高い点を取ることが出来た。

さらにもう一つ朗報が。秀介はこの日、四時限目の水泳の授業でクロール五〇メートルを泳ぎ切り、夏休みの補習を回避出来たのだ。


      ☆   ☆   ☆ 


同じ週の金曜日、帰りのSHR開始直後。

「それでは皆さんお待ちかねの、待ってないかな? 個人成績表を配布するわね」

担任の播本先生がこう告げた瞬間、

……つっ、ついにこの時が来たかっ! 

秀介は今まで経験したことがないくらい心拍数が上がった。

「呼ばれたら取りに来てね。赤阪くん」

 テストの答案と同じように出席番号順だった。

 六番の哲英は受け取った瞬間、

 副教科含めても総合ではトップでよかったよん♪

 満足顔を浮かべた。またしても学年トップだった彼の総合得点は一一〇〇点満点中一〇七七点。この高校の期末テスト個人成績表には、副教科を除いた総合得点と学年順位も記載されており、そちらは九〇〇点満点中八八六点。もちろんトップである。

「しゅうすけ、いよいよ運命が決まるな」

「うん。英語で八二点も取れるとは思わなかったし、もしかすると、いけるかも」

「絶対あるって」

「秀介くんなら、きっとあるよ」

 それ以降のクラスメートの名前が呼ばれている最中、涼太と智帆が秀介の席へ近寄って来て勇気付けてくれる。

「寺浦くん」

「あっ、もうおれか」

 いよいよ呼ばれた涼太は慌てて個人成績表を取りに行く。

 秀介も彼のすぐ後なのですぐさま立ち上がって教卓の方へと向かった。

「利川くん」

「はい」

百位以上、あってくれ、あってくれ、あってくれっ!

 秀介は心の中でこう何度も唱えながら、個人成績表を受け取った。

 そして休まず副教科を除いた総合得点の学年順位が載っている欄を見つめた瞬間、

そっ、そんな……あんなに、頑張ったのに。

 秀介はかなり落胆する。百位を、超えられなかったのだ。三一五人中、一〇七位だった。《副教科を含めての学年順位は一一八位》

まあ、仕方ないよな。これが現実かぁ。他のみんなも同じように勉強してるもんな。

 秀介は暗い表情で自分の席へと戻っていく。

「しゅうすけ、惜しくも百位超えれなかったんだな。元気出せ」

「秀介くん、残念だったね。でも、気を落としちゃダメだよ。夏休み明けの課題テストで頑張れば、なんとかなるよ」

 涼太と智帆だけでなく、

「利川君、前回よりは順位かなり上がっているから希望を持ちたまえ」

 哲英も秀介のそばへ寄って来てくれ慰めてくれた。

「まあしゅうすけ、気にするな。おれなんかさらに順位下がってワースト記録更新したぜ。夏の新番組のせいやな」

涼太は苦笑いする。全科目平均点を大幅に下回り、学年順位は副教科を除くと二七四位、含めると二七八位だった。当然のごとく一科目も哲英に勝つことは出来なかった。

残りの男子の分が配り終わると、女子の分も配布されていく。

前より上がってる。すごく嬉しい♪

智帆は受け取った瞬間、満面の笑みを浮かべた。一〇一〇点で学年十三位。中間テストの時より二つアップ。家庭科では満点を取り、哲英より順位が上だった。副教科を除くと八一九点で十四位。中学時代は同級生二三〇人くらい中、最高六位、最悪でも十一位だった智帆。一学年の人数が増え周りの学力水準も上がったこの高校でもほとんど順位を落とすことなく済んでいるのだ。

「母さんにどうやって言い訳しよう」

 解散後、秀介は廊下を俯き加減で歩きながらため息まじりに呟いた。

「しゅうすけ、七つくらいの差だったら、大目に見てくれるかもしれないぜ」

「ここは利川君の高度な説得力が試されますね」

 涼太はにこやかな表情で、哲英はきりっとした表情で言う。

「秀介くん、塾に行きたくない、マンガ類捨てられたくないってこと、私もいっしょにおば様に交渉してあげるよ」

 智帆はとても心配してくれる。

「なんか、悪いけど。頼むよ、智帆ちゃん」

 秀介は自分の力だけでは絶対無理だろうと感じ、智帆に協力を求めることにした。

 今日は久し振りに秀介、智帆、哲英、涼太の四人でいっしょに帰ることに。月に二、三回程度はこういうことがあるのだ。

 四人が正門を通り抜けてから三分ほどが過ぎた頃、

 プップー♪ と、四人の後方から、車のクラクション音がした。

ほとんど間を置かず、

「あのう、利川くん」

 女性の叫び声。担任の播本先生だった。四人は立ち止まる。

「あの、利川くんの個人成績表に、一箇所重大な間違いがあったの」

「えっ!」

 播本先生から伝えられたことに、秀介は目を丸めた。

「世界史Aの点数が、位が逆になってるはずなの。確かめてみて」

「そっ、それじゃ」

 播本先生から伝えられると秀介は慌てて通学鞄から個人成績表の答案を取り出した。世界史Aの得点欄を確かめてみる。

 六四点を取ったはずが、四六点と表記されていたのだ。

「これが訂正分よ」

 播本先生は車の窓越しに新しい用紙を渡してくれた。

「…………やっ、やったぁーっ! ギリギリで烈學館行き回避だぁーっ!」

受け取って自分の順位を知った途端、秀介の顔は瞬く間にほころんだ。

訂正された彼の副教科を除く学年順位は、一〇七位から八つ上がって九九位となった。総合得点も六一三から十の位と一の位とが入れ替わって六三一へ。よく似ているため秀介も配布された時気づかなかったのだ。副教科で足を引っ張ってしまい、総合では一〇八位だったがかなりの健闘である。

 秀介の目は、ちょっぴり涙で潤んでいた。

「利川くん、よっぽど嬉しかったのね」

 播本先生はそんな彼を見て優しく微笑む。

「よかったね、秀介くん」 

「利川君、おめでとうございます!」

 智帆と哲英も大喜びしてくれた。

「見事な大逆転だな。なあ、しゅうすけ、なんでそんなに急激に順位上がったんだ?」

 涼太は不思議そうに質問してくる。

「烈學館行きとマンガ類捨てられないように、本気出したおかげかな」 

 秀介は生き生きとした表情で説明する。

「まあ、しゅうすけは中学の頃からずっと学年平均未満なおれと違って、元々成績良かったからな。おれも夏休みは頑張らんと。夏休み明けの課題テストではおれも百位以内を目指すぜ」

「口だけにならないようにね♪」

 哲英は得意顔で涼太に忠告しておいた。

「寺浦くん、冗談じゃなく、本当に頑張らなきゃ二年生になれないかもしれないわよ」

 播本先生はやや険しい表情で念を押し、Uターンして学校へと戻っていった。

        *

「母さぁーん、これ、見てくれよ!」

「どうしたの秀介? そんなに興奮して」

 秀介は家に帰り着くとすぐさま、訂正された個人成績表をリビングでお昼のバラエティ番組を見ていた母に見せ付けた。

「百位以内に、入れたんだ」

「あらぁ、すごいやない秀介。ひょっとして、今回は一五〇人くらいしかテスト受けへんかったんやないの?」

 母はにやりとした。

「そんなこと無いって。いつも通りだよ。何人中の順位かも載ってるだろ」

「あらほんまやね……それにしても、ほんまにギリギリ回避ね、秀介」

「どう、俺もやれば出来るでしょ」

 秀介は得意げににっこり笑う。とても上機嫌だった。個人成績表を返してもらうと、意気揚々と自室へ駆ける。

「Congraturation!」

「通信教育の不倶戴天の敵、学習塾行き回避、おめでとうございます!」

「やったなシュウスケトン」

「秀介お兄ちゃん、あたしも限りなく嬉しいよ♪」

「秀介君、よく頑張ったわね。この調子で次も更なる高みを目指して頑張るのよ」

 教材キャラ達もパチパチ拍手を交えて大いに祝福してくれた。

「俺がこんなに順位が上がったのは、みんなのおかげだよ。ありがとう」

 秀介は嬉し涙を浮かべながら感謝の気持ちを述べる。

「これこれ、男の子が泣いちゃダメよ」

 州湖良は優しく微笑みかけ、彼の頭をそっとなでてあげた。

「だって俺、本当に、嬉しくって」

 秀介はさらに涙が溢れ出て来る。

「秀介お兄ちゃん、あんまり泣くと『あー○あん』の絵本みたいに、お魚さんになっちゃうよ」

「シュウスケトン、喜びの刺激が閾値に達したんだな。ちなみに涙の原料は血液なんだぜ」

「秀介さんの目にも涙ですね」

「シュウスケくん、Don‘t cry.学校の定期テストなんて、ただのwaypointだよ。泣くのは、第一志望大学にパスした時だよ」

 他の四人は微笑ましく眺めていた。


     ☆  ☆ ☆ 


「うーん、どうしよう。提出期限明日までだよ」

 あれから数日が過ぎたある日の夜、秀介は自室で学習机の椅子に座ってプリントを眺めながら悩んでいた。

「第一回文理選択希望調査かぁ。シュウスケくんは文系に進むんだよね?」

 エマが覗き込んでくる。

「いや、俺は理系に進むつもりだけど」

「えっ! わたくし、てっきり秀介君は文系に進むものだと。国語と社会科が得意なようだし、英語も今回かなり成績伸びたでしょう」

 州湖良は驚き顔になった。

「そうなんだよね。だから俺、本当に理系にしていいのかなぁって。智帆ちゃんは文系クラスに進むみたいだし」

「秀介お兄ちゃん、理系に来てっ! 秀介お兄ちゃんは理系に進むのぉーっ! 数Ⅲの範囲までいっしょにお勉強するのぉーっ!」

 理密等は秀介にぎゅーっとしがみ付きながら大声でわめいた。

「シュウスケトン、理系に進んで物理と化学と生物、出来れば地学もさらに深く学ぼうぜ。その方が将来絶対役立つぜ」

 化能蒸も袖を引っ張って来て強く要求してくる。

「あの、理密等ちゃん、化能蒸ちゃん」

 秀介は当然のごとくとても迷惑がる。

「進路を、強制するのはよくないです。これは秀介さん自身の問題ですから。出来ることなら、文系に来て欲しいですが……」

 皐月は暗に願う。

「秀介君の成績なら、文系の方が後々絶対楽よ」

「シュウスケくん、理系に行ったらチホちゃんとクラスが別になっちゃうよ」

「それは、まあ、クラスは別だったことの方が多かったから、べつに、いいよ。理系クラスでは5人中3人が国公立行ってるから、文系学部志望でも国公立狙いだから理系に進むって子も毎年二割近くいるみたいだし……俺、理系に進むよ」

 秀介は意志を固めた。 

「やったぁ! これから秀介お兄ちゃんといーっぱい付き合えるね」

「さすがシュウスケトン、まあ文系と理系を分けるのはナンセンスだとアタシは思うけどな」

 理密等と化能蒸は満面の笑みを浮かべ、大喜びする。

「英語はどちらに進むにしても重要科目だから、付き合いはいっぱい出来るね」

 エマは得意げな表情だった。 

「秀介君、本当にそれでいいの? もう一度良く考えてみない?」

「秀介さんがそうするのなら、仕方ないですよね」

「州湖良ちゃん、皐月ちゃん、俺は国公立志望だから、理系学部に進んでも国語と社会科は入試で使うし、理数と英語に負けないくらいいっぱい勉強するから。それにこれ、まだ正式決定じゃないし、正式決定は二学期末だから」

州湖良と皐月に困惑顔で残念がられるも、秀介は意志を曲げなかった。文理選択希望調査表に黒のボールペンで理系クラスに○を付けた。

 

            ☆


翌日の帰りのSHRの後、三者面談が始まる。終業式の日まで数日に渡ってクラスメート全員に行われるのだ。秀介は初日の午後一時半から、智帆は三時からだった。

「利川君、期末テストよく頑張ったね。この調子でもっと順位を上げていけば、理系クラスのハードなカリキュラムでもじゅうぶんついていけるよ。東大現役合格だって夢じゃないかもよ」

「そうですか」

 播本先生からこう告げられると、秀介は緊張が解れ表情がほころぶ。

「よかったね、秀介」

 母もとても喜んでいた。

「利川くんは、大学は国公立志望かな?」

「はい。まあ、一応。阪大でも行ければいいかなぁっと」

「それなら二学期以降は今よりもっともっと良い成績が取れるように、夏休みはめっちゃ頑張らなきゃダメよ。この高校から阪大現役合格狙うには、学年十位以内が目安だからね。お盆は遊んでもいいけど、それ以外の日は一日最低五時間は勉強しなさい」

 播本先生はきりっとした表情で告げる。

「えーっ、そんなに? まだ一年生なのに」

 秀介は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「受験勉強は、一年生の頃からの積み重ねが大事だからね」

 播本先生は笑顔で忠告する。

「秀介、分かった?」

 母に肩をポンッと叩かれた。

「いっ、一応」

 秀介は沈んだ声で答える。

「利川くん、頑張ってね。夏休み明けの課題テスト、期待してるわっ!」

 播本先生は優しく微笑みかけ、エールを送ってくれた。

 これにて三者面談は終わり、秀介と母は教室をあとにする。

「それにしても秀介、女の子のアニメ絵が描かれとる教材使って、ほんまに一気に成績上がったわね。母さんはまさかあんなに上手くいくとは思わへんかったわ」

「まあ、俺も日々たゆまぬ努力をし続けたからね」

「よく言うわ。智帆ちゃんが面倒見てくれたおかげでしょ。せやけど秀介、塾行かんでも大丈夫? 母さんが小中学生の頃通わされた思い出の烈學館、秀介にも行かせてあげたいなぁ。夏期講習だけは参加した方がええんやない?」

「大丈夫だって、あんなとこ行かなくても。あの教材だけで勉強は十二分だよ」

 廊下を歩き進みながら、楽しそうに会話を弾ませる秀介と母。

「甚だ嬉しいです。わらわ達を頼りにしてくれて」

「なんか照れるなぁ」

「シュウスケくん、いいこと言ってくれるね」

「秀介君ったら。厳しく指導した甲斐があったわ」

「秀介お兄ちゃんに気に入ってもらえて、あたしもすごく嬉しい♪」

 その様子は、教材キャラ達からもテレビモニター越しにしっかり観察されていた。

 音声も入るように、化能蒸が改良したのだ。


       ☆


『あの、秀介くん、理系クラスに行けそう?』

その日の夕方、秀介のスマホに智帆から電話がかかって来た。

「うん。俺は大丈夫だったよ」

『よかったねー秀介くん、私も理系クラスに進むことにしたよ』

「えっ! 智帆ちゃんも理系なの!? でも、希望調査、文系で出してたよね?」

 予想外の報告に、秀介はかなり驚いた。

『そうなんだけど、私、被服学や栄養学の方にも興味があって。そのためには化学や生物をもっと詳しく勉強した方がいいかな、とも思って。それと、理系クラスは多くの科目が勉強出来るから進路の幅を広げ易いよって播本先生からも三者面談で勧められて、変更したの』

「そっ、そうなんだ」

『三クラスだけだから、また秀介くんと同じクラスになれる可能性は高いね』

「そっ、そうだね。じゃあ俺、そろそろ、切るね」

『うん。秀介くん、また明日ね』

「分かった」

 こうして秀介は電話を切った。彼の表情に、少し笑みが浮かんでいた。

「チホちゃんも、理系に進むんですねっ。Wonderful!」

「シュウスケトン、理系を選んでよかったな」

「あたし、これからも秀介お兄ちゃんといーっぱいお付き合い出来るから限りなく嬉しい♪」

 化能蒸と理密等は満面の笑みを浮かべていた。

「数学は、特に進度が速いみたいだから不安はいっぱいあるけどね」

 秀介は苦笑いする。

「秀介君、絶対国公立に進んでね。文転してもいいのよ」

「秀介さん、理系こそ国語はライバル達と差を付けるための重要科目です。古文と漢文はマーク模試で常に満点を狙えるように頑張っていきましょう」

 州湖良と皐月から真顔で強く要求された。

「みんな、引き続きよろしくね。あとは涼太が心配だな。絶対理系無理って言われそう」

涼太は、最終日の午前十一時から三者面談が組まれてあった。一人通常一五分のところを、彼は三〇分取られていた。

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